動き出す世界
まだまだ増えます
場所は変わっていつものファーストフードショップ……でなく大学の食堂。
「……」
「……」
無言。その二文字が空間を支配していた。
茂も迂闊に声をかけられず、伊勢にいたっては笑い飛ばすことも出来ず俯いている。
それもそうだろう。これで四回目だ。
「こ、今回は地味だな!」
「まあ、茶色っすからね」
「ハジメっち、しげちゃん、今までが派手すぎただけで今の状態も十分目立ってるよ」
伊勢の言うとおり、周りを見渡さなくても視線を感じる。もちろん全て俺に向けてのだ。
勘弁してくれ。
「前のは美人だけど突飛すぎて逆に声かけづらかったからね。今回のは一見普通に見えるから、みんなも声をかけたがってんじゃない?」
「一見も何も、今回は変化はなさそうだけど?口調は小物っぽいが」
「甘いね。まだそう寒くない時期に暑がりのハジメっちがマフラーをしてるってところ、首元になにかでた
でしょ?」
「中々するどいっすね」
俺はマフラーを少しだけ緩めて、肌を晒す。
それを見た二人は、目を細めた。俺の首元には真っ黒な文字組み合わさり、複雑で奇怪な模様が首輪のように刻み込まれていた。
「今回のは中々派手っす」
「白髪は舌、【天使】は目、茶髪は首か。確かにそりゃ目立つな」
「ふむ……ちょっといいかな?」
真剣な表情でこちらを見る伊勢、何かつかめたのだろうか。
「なにっすか?」
「なんか全体的に犬っぽいし、今回の状態は【犬娘】でい、あうちっ!」
ふざけたことをぬかす馬鹿の膝に蹴りを入れてやる。心底どうでもいいわ。
「いや、それはかっこよくない。【人狼】のほうがいいだろ」
「茂もなにのってるんっすか」
「ぶっちゃけ言い難いし、髪の毛で判別してたらもしかしたら被るかもしれないだろ?」
「いや被りたくないんっすけど」
これ以上バリエーションを増やしたくない。
「いいか斉藤、日本のことわざにはいい言葉がある。―――『二度あることは三度ある』ってな」
「うぐっ」
否定したかったけど、できなかった。もう四度目を体験した俺に説得力無いだろう。
もしかして、日替わりなのかと恐ろしい未来を想像してしまった。せめて、四種類でとまって欲しい。ぶっちゃけると一つもいらないが。
「ふざけるのは終りとして、今回はなんか異能はないのか?」
「そうっすねえ」
配置されていたスプーンを手に取り、力を篭めてみる。材質に関してはわからないが金属製であるスプーンは呆気なく折れ曲がった。
「力は相変わらず強いっす。でも、昨日の【天使】と比べるとこっちのほうが強いみたいっす」
「おお……あれより強いといってもさっぱりわからないがそのスプーンどうするんだ?曲げちゃったけど」
「大丈夫っすよ」
スプーンが曲がった部分に指を当てる。
「R」
そう呟くと、スプーンが薄く輝き、元の形に戻った。
色々な方向から見ても、元のスプーンに戻っていた。うむ完璧だ。
「……え、なにそれは」
「魔術……っぽいもんすかね?簡単なものなら使えるようになったんすよ」
「本当に魔術なのか……今回の異能はそれで決定か?」
茂はルーズリーフの【人狼】の欄に魔術と書き込む。いや、勝手に【人狼】に決定するなよ。
「変身とか出来ないの?」
「もう【人狼】で決定されていることはきになるっすけど……やろうと思えばやれそうっすね」
右手に意識を集中すると、爪が鋭く長く変形する。
あ、できた。
「変身もできるっと」
「ねえねえハジメっち。耳とか出せない?」
「なぜっすか?爪だけ見せれば大丈夫っすよね?」
「もちろん、見たいからに決まってるからじゃないか!」
「却下っすね」
「そんなご無体な!」
伊勢が俺の手を取る。それに比例するように周囲の視線が厳しくなった気がする。
「仮にできたとしたら、目立つじゃないっすか。いやっすよ」
「一回でいいから、ちょっとだけ。ちょっとだけ見せてくれれば!なんなら昨日の喫茶店いく?お釣り受け
取りに行くついでに何か奢るから」
怪しいナンパ男のようなことを言い出す伊勢、それに対して周囲の視線はどんどん強くなっていく。まあ、傍目から見たら女性を無理やり怪しいところへ連れて行こうとしてる男に見えるからな。
『どうする?あいつ』
『ちょっと止めてくるか?』
ぼそぼそとだが、そんな声も聞こえてきた。これはまずい。このままじゃ昨日の二の舞どころか三の舞になりかねない。
「とりゃ!」
頭の上に意識を集中すると、何かが出たような感覚がした。突然見ていた少女から獣耳が出れば、思考停止ぐらいはするだろう。その瞬間をついて逃げ出そう。
「どうっすか?」
「あ、いやあの……ごめん」
何故か望むものを見せてやったはずなのに、伊勢は申し訳なさそうに謝った。
「どうして謝るんっすか?」
「あー、ハジメ。頭触ってみろ」
茂に言われたとおり頭を触ってみる。さらさらと髪質がいいのがわかるが、肝心な獣耳はでていなかった。
「あれ?」
何かは出た感じはあったのだから、獣耳がでているはずなのだが何も出ていない。スマホのカメラを鏡代わりにしてみても、顔などに変化はない。
どこが変化したのかと探していると、スマホのカメラの端にちらっと茶色いものが写った。
後ろに何かあるのかと思い振り向くと、そこにはふさふさとした茶色の大きな尾が揺れていた。
「……今回の状態は【人狼】で決定だな」
諦めたような調子で呟く茂。
俺は周囲を確認することなく、伊勢と茂を担いで食堂から脱出した。
*
逃げ出した先はファーストフードショップ。
店員が茂と伊勢を見た瞬間目を見開いていたが、金髪の女性がいないことを確認したのか安堵したように息をついていた。失礼な店員だな。
文句をつけてもしょうがないので適当に飲み物を頼んで、奥のほうの席に着く。
「さて検証作業に戻ろう」
「ちょっと楽しんでないっすか?」
「少しだけな。【人狼】状態では剛力と変身異能ってとこか?獣系ってことは五感とかも強化されてる感じ
か?」
「そうっすね。味覚と触覚はどうかわからないっすけど、目と鼻はそれなりによくなって一番いいのは耳っ
すね。多分、頑張ればスタッフルームの会話ぐらいは聞こえそうっすね」
「そいつはすごいな」
ルーズリーフに五感強化という項目が付け加えられる。
「本当によくわからないな。どう考えてもこれは……」
「バトルものみたいって感じかな?」
伊勢はスマホをテーブルに差し出した。
そこにはあるニュースサイトの記事が映し出されていた。
「なになに、『東京世田谷で放火?』ってこれがどうかしたのか?」
「別に普通の事件っすね」
「いやいや、記事の内容の一番下の所見てみなよ」
言われたとおり記事の一番下を読むと、そこに書かれていた内容は正気を疑う内容であった。
「容疑者と思われる人物は手から炎を出した?おいこれって……」
「そう、あまり相手にはされてないみたいだけどそう見たって言う人がいるんだ。昨日帰ってから見つけた
んだけど、さっきの魔術っぽいので確信した。つまりこれって、そういうことだよね?」
伊勢はあえて明言しなかった。
「私と同じ奴がいるってことっすか」
「実際、真偽は怪しいけどネットの掲示板にもちらほらあるんだよ。あくまで表に出たのはこれだけってこと、いやネット社会は怖いね」
伊勢がスマホを操作すると、そこには様々なことが書かれていた。
額から角が生えた。コンクリを握りつぶしていた。空中で誰かとしゃべっていると思ったら道を歩いていた人が突然倒れた。水の上を歩いている人を見かけた。金髪美少女が一人で不良五人を叩きのめした……
「―――って一つあちきじゃないっすか!」
「本当にネットって怖いね。さっきのももう書かれてるよ」
新しいスレを見れば、食堂にいた美少女から尻尾が生えたと思ったら男二人抱えて逃げ出したと書かれている。髪の毛の色とか他の情報を見てもどう考えても自分にしか思えない。ネット社会怖い。
「ちょっと探して叩きのめしてくるっす」
「どうやって探すって言うんだよ。諦めろ」
「うぐぐぐぐぐ」
八つ当たり気味にチキンを口の中に放り込む。うん、おいしくはないけど癖になる味だ。なんていうんだろうな、定番のチープさと言うのだろうか。
「ま、これで異変が起こってるのがハジメっちだけじゃないってことがわかったわけだ。もう手遅れ気味かもしれないけど、あんまり目立つことはやらないほうがいいよ」
「あん、なんでだ?」
「こういうのはしげちゃんのほうが得意でしょ?異能者が現れたら必ず現れる謎の組織って奴。もしくは異能者狩り?組織が国のものとは限らないし、逆に国の組織のほうがえぐかったりするでしょ?」
「そっすねえ」
考えれば考えるほど嫌な未来が見えてくる。
人間、特別な異能とか手に入れると簡単に図に乗る。神に選ばれしものとか、救世主であるとか。
それらを抑制するために『抑止力』いうものが必要であるが、その『抑止力』となりうる組織が善であるとは限らない。というか、『抑止力』あるためにひたすら無慈悲でなければならないだろう。
捕まったら最悪だ。少なくとも今みたいな日常は送れないだろうし、下手したら殺されかねない。
かといって戦うと言う選択肢も自信が持てない。昨日の暴走は【天使】の個性が原因っぽいが、いつもの俺ならあんな真似できるはずがない。ただの喧嘩すら手が震えるほどだ、殺し合いなんて考えられない。
「その点、ハジメは多少有利なところがあるな」
「え?なにがっすか?」
「姿が毎日変わるところだよ。そうころころ変わられたら狙いがつけにくいだろ?実際情報なんて見た目ぐらいしかないんだしさ」
「見た目変わりすぎて他の情報が結びつかないだけなんだけどね」
「というか、これ以上バリエーションが増えるのは勘弁してほしいんっすけどね」
「黒髪状態と白髪ロリと金髪天使と茶髪犬娘の次は何だろねえ……本命が灰色で対抗が赤、大穴が原色か
な?」
「嫌な予想しないでほしいっす」
本当にそんな風になりそうだから怖い。
「そういえば東京以外は目撃情報ないのか?」
「そうだねー京都とか大阪とか名古屋なら東京ほどじゃないけどあるみたい。ただ……この県あんまりぶっ
ちゃけてはいえないけど田舎だからね……」
「大学から自転車で五分も走れば田んぼ道だからな」
「人も少ないっすからねえ」
大学のある場所は流石に都市部に近いが、それでも大都市といえるものではない。高層ビルだって駅の周辺にしかなく、その数だって少ない。
「異能者の目撃情報は大都市に多いみたいだし、いないってわけじゃなさそうだけど都市部以外の情報はほとんどなし。というわけで、おそらくこの県に十人いたらいいほうです」
「喜ぶべきなんだか、悲しむべきなんだか……」
「笑えばいいんじゃないっすかね?」
実際変なのに狙われる確立が減ったわけだし。
「異能者ねえ……どんなのがいるんだろうか?というかそもそも斉藤の異能って何?」
「変身系じゃないの?詳しくはわからないけど」
「本人の意思がん無視で強制変身なんて嫌すぎるっす」
「しかも変身先は一つじゃないと、今までの情報からして変身した姿全部になんらかの異能があるみたいだ
し、黒髪と白髪だったときの異能はなんだったんだろうね?」
「黒髪は長身だったていうし、多分物理特化じゃないのか?白髪はその逆で魔術特化か?」
「それ【人狼】と被ってね?召喚系かもしれないよ?」
「召喚って、それ魔術じゃないんっすかね?」
「あ、そっか。じゃあテイマー系か?」
「変わってない気がするんっすけど……そもそも何もテイムしてないっすよ」
「えーじゃあ―――」
その後、大学が終わった後も俺たちは異能談義に明け暮れた。
やっぱり特殊異能ってのは男の心をくすぐるものがある素晴らしいものだ。欲しいかと聞かれたら断固断るが。
存分に語り合い日が暮れてきたころ、俺は二人と別れた。今回は不良に巻き込まれるといったテンプレにまきこまれることもなかった。まあ、そうそうあることじゃないとは思うが。
二人と別れしばらくしたころ、唐突に小腹が空いたような感覚がした。
「さっき食ったばっかりなんすけどねえ」
大学の食堂を利用していつもよりちょっと多いくらいの量を食べたが、それでもこの腹は満足されないらしい。
冷凍庫から適当に選び、電子レンジで温める。夜食にはちょっと重いかもしれないが、冷凍チャーハンだ。
多少冷たいところもあったが、端の熱くなりすぎた部分と混ぜれば丁度いい温度になる。
それほど作らなかったのでペロリとすぐに食べきってしまう。しかし、まだ小腹は満たされない。
「うーん、何かあったっすかねえ」
他にも冷凍のたこ焼きや、フリーズドライの卵スープなどを腹に入れていくが、どれだけ食べても満腹感は増えていくが、どうしようもないくらいに何かが足らない空腹感が頭を苛ます。
「うっぷ」
喉の奥までこみあげているのがわかるくらい腹に詰め込むも、それでも何かが足らない空腹感は収まらない。
もっと重要なものを食べていない感じ、それはお菓子だけで腹を膨らませて肝心なご飯を摂取していないときに似ている。
結局俺は、さっさと寝ることにした。
空腹感はするが、それでも耐え切れないほどじゃない。所詮小腹が空いた程度だ。
また明日になれば、これも収まるだろう。
そう自分に信じ込ませるように、俺は夢の世界へと飛び込んだ。
狼は、残念そうに腹に手をあてため息をついた。
感想など頂けるとありがたいです。とってもありがたいです。
変身バリエーション
・黒髪
・白ロリ
・【天使】
・茶髪→【人狼】(new!)←