怪物VS化け物
クライマックス?
未だ検証が進まず、詳細もさっぱりわからない俺の異能。
これからのもしもに備えて少しでも解明しておきたい気持ちはあったが、実は意図的に避けていた検証があった。
その一つが【人狼】における『完全獣化』とでもいうべきものだった。
単純な五感と身体能力の強化、そして身体部位の獣化。それが【人狼】の異能。そしてその代償が不治の空腹。
あの時は爪と尾を変身させただけだった。しかし、たったそれだけでも空腹の代償は俺を苦しめた。
もし一部だけでなく完全に変化させた場合どんな凶悪な代償が襲い掛かるかわからない以上、迂闊に検証するわけにはいかない。俺自身も未来永劫使う気はなかった。
しかし今、それを自ら破り捨てた。
愛らしき少女の姿は原型を失くし、その姿はまさに怪物。二足で大地を踏みしめ、しなやかで光沢を持つ黒茶の毛で全身を覆いつくし、ナイフのような爪と牙をもった、巨大な人型狼―――すなわち【人狼】。
世界は一気に拡大し、今までまるで曇りガラス越しに見ていたかのように鮮明に映し出される。体の奥底から力が溢れ出て、どんなことでも可能ではないかと錯覚させる。
そう、あくまでそれは―――錯覚でしかなかった。
「グルァッ!」
咆哮と一閃。一息に放たれた渾身の爪は軽い音を立てて弾かれる。
(ちっ!やっぱり硬い!)
迫り来る巨腕を上へ跳んでかわし、土産に一発脳天に蹴りをぶちかまして更に跳び、電柱の上に着地する。
だが化け物は少しばかり動きが止まる程度で、直ぐに腕を振り回し始め電柱を圧し折り、アスファルトやらコンクリの塊を俺に向けて投擲する。
俺はそれを空中で蹴り飛ばして、逆に化け物にぶつける。
しかしそれも化け物の甲殻の前に粉々に砕け散ってしまう。もちろん効いているわけも無く、うっとおしそうに首を振るだけだ。
(おそらく変身系の異能。それもスピードを犠牲にして耐久力と攻撃力に特化してるタイプだ。くそっ、やりづらい!)
相手はタンク型、自分はスピード型。相手の攻撃が当たらずこちらが一方的に殴れるとしてもダメージがなくては意味がない。
できることといったら時間稼ぎぐらいしかない。増援を期待できるならいいが、暴動はここだけで起きているわけでない。あてにするのは少々希望的観測すぎる。
まずいことはそれだけでない。
ぐうっと腹が大きく唸る。
もちろんその音源は俺の腹、完全獣化した瞬間からまるでざるを通り抜ける砂のように空腹になっていくのだ。まだ数分しか経過していないのに空腹度はマックス。あまりの空腹に吐き気すらしてくる。
いっそ気でも失ってしまえば楽になれるだろうか不穏な考えが浮かぶも、頭を振って追い出す。まだまだ避難は済んでいない。
(目的はあくまで町の守護!なるべく時間稼ぎで、推奨が奴の戦闘不能、もしくは―――)
殺害。
少しだけ躊躇いがうまれるも、直ぐに噛み殺す。
相手も異能者ということは元は人間なのだろう。殺人が禁忌と戒められてきた以上、そこには躊躇がうまれてしまう。
だが、そんなこともいまさらでしかない。
殺らなければ殺られる、相手が襲ってきたのだから正当防衛なんてもう考えない。理由付けなどして逃げない。
ただ殺したいから殺す。それ以上それ以外何物でもない。
「ガアアアアアアアアアア!!!」
咆哮を上げ、一気に化け物へ向けて駆け出す。
一歩ごとに加速するのがわかる。世界がどんどん加速していく。
全てを置き去りにする視界の中、化け物は巨腕を振り上げる。だが遅い、腕を振り下ろすよりもはやく懐に入り込み、後ろでにもったそれを突き出す!
崩壊したビルの中から見つけた、分断した鉄筋。もちろん俺の爪より硬いわけがない、だが俺の爪より細いことに意味がある。
突き出す先は化け物の殻で覆われぬ唯一の箇所。真っ黒な殻の中で小さく浮かぶ真っ赤な瞳。
助走の力も合わせた鉄筋はまっすぐ化け物の目へと進み―――突き刺さる直前、真っ黒な何かがそれを遮った。
(……嘘だろ?!タンク型が魔術使ってんじゃねえよ!)
目と思われる部分を覆うように出現した不透明な黒い膜。【人狼】の知識がそれの正体を教えてくれる。これは魔術だ。いや、魔術もどきとでもいうべき稚拙な結界。しかしそれでも俺の攻撃を防ぐには十分すぎた。
「ゴァッ!」
空中で浮かび上がってしまった俺に向けて、化け物が尾を振り回す。
十分に速度が乗ったそれは迷い無く俺のわき腹に突き刺さり、ビルへと叩きつけられる。
ビルの壁にはしる亀裂の大きさが衝撃の強大さを語るが、意外にも俺の負傷は少ない。しなやかな毛がある程度衝撃を吸収してくれた。
(だが、流石に無傷じゃすまなかったか……)
化け物の尾にはこれでもかというぐらい棘がついている。その棘でえぐられたのか、わき腹にじくじくと鈍い痛みがはしる。
だがまだいける。自分自身にそう言い聞かせながら一歩を踏み出し
(……あれっ?)
風船から空気が抜けるように、アスファルトに倒れこんでしまった。
いつのまにか獣化も解け、いつもの状態に戻っている。変わらないのは、あまりの空腹に麻痺してしまった腹の違和感だけ。
「しまっ……たっ……!」
限界。たった二文字の絶望が押し寄せる。
そんなばかな、まだ決着どころか傷一つ負わせてないぞ?
とにかく逃げなければ、完全獣化状態でも駄目だったのに通常状態で勝てるわけがない。
起き上がろうと腕を曲げた瞬間、頭上を何かが横切り、バキッという音とともに何かが砕け散った。
一瞬なにが起きたかわからなかった。だが、それは直ぐに教えてくれた。
「―――ッ、アアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
右足から這い上がる灼熱のごとき激痛。
潰された。俺の右足が。
のたうちまわりたくなるができない。あまりの激痛に呼吸すら覚束無くなる。
「ハッ、フハッ、ヒ、ヒ、ヒヒヒヒヒヒッ!」
自分でもどんな表情になっているのかがわからない。
激痛と恐怖で泣いているのか、絶望と狂気で笑っているのか。
化け物はその巨大な手で俺を握りこみ持ち上げる。
どこまでものっぺりとした、愚鈍そうな化け物。一部の隙間なく覆う殻のせいで何を思っているのか感じ取るのは困難。だが、今こいつは確実に哂っていた。
自らの懐に潜り込んだ無力な鼠を。彼我の力量の差も弁えず立ち向かった俺を。
化け物の口がゆっくりと開く。数々の人間をあの世に引きずりこんだ門が開く。
(やらかしたか……ちくしょう……)
目から涙が零れる。止めたくても、次々と涙は溢れ出る。
多分俺は死ぬのだろう。ただの人間相手でも殺した化け物のことだ、異能者の俺なんて見逃すわけがない。
後悔が押し寄せる。
英雄なんてなれるわけがなかった。喧嘩一つしたことがない俺が、勝てるはずがなかったのだ。錯覚は所詮錯覚、現実になるわけがなかった。
もはや何も感じない。激痛も、空腹も、脳が麻痺したのかただ熱さだけがじんわりと残っているだけ。
ああ、どうせ死ぬなら楽に死にたかった。こんな痛みと空腹に悩まされずに。
俺は覚悟を決めてゆっくりと目を閉じ
『ホント馬鹿っすねえ。ご馳走なんて、目の前にあるじゃないっすか』
頭の中に聞き覚えのある声が響いた瞬間、サクッと、クッキーのような食感が突然口に発生した。
驚きはしたが、空腹であった俺は特に考えることも無くそれを咀嚼する。
硬い食感の中にある、グミのような食感のみずみずしい何か。
「オオオオオオオオオオオオオオオ!!!」
いつのまにか化け物の両手は外れていた。化け物は右手を抑えて、絶叫している。
何かあったのだろうかとも思ったが、そんなことは欠片も興味は無かった。今の俺にとって重要なことは、口の中のものを味わうことだけだった。
噛めば噛むほど旨みが溢れ出て、唸り続けた腹の魔物がその旨みに触れ喜びの雄たけびを上げる。
気がつけば、俺は二本の脚でしっかりと立っていた。確かに足の骨は潰されたはずであったのに。それだけじゃない。視点だって元の高さに戻っている。人狼状態に戻っている。
「オオオオオオオオオオオオオオ!!!」
大きく腕を振り回しながら迫る化け物。
だがさっきまで何よりも恐ろしく感じた化け物は、どうしようもなく小さく見えた。
世界が―――遅くなって―――
思考するまでも無く、反射的にそれを跳ね除けた。
その瞬間、パッと怪物の腕が飛んだ。
絶叫をあげながら残った腕を叩きつけようとする怪物。だがその動きはあまりにものろすぎる。
軽く横に避けようと踏み出した瞬間、いつの間にか地面は壁に変わっていた。
つい先ほどまで目の前で怒り狂っていた怪物が、いつの間にか遥か彼方へと行き拳を振り下ろしていた。
ああ―――遅い―――
目の前しか見ておらず、拳もまだ振り下ろしている最中。そして無防備にさらされた首筋。
おいしそうだ―――歯ごたえがあってうまいな。
口の中旨みに気がついた時、コンクリの床がいつの間にかアスファルトのものへと変化していた。
「オオオオオオオオオオオオ?!」
だがそんなことはどうでもいい。ただ今は口の中の旨みを味わう。
美味い。美味すぎる。
乾ききった喉を潤す水のような、足りなかったものが満たされていく感覚。しかし気がつくと、旨みはとうの昔に口の中から消えていた。ああ、あまりの空腹に飲み込んでしまった。駄目だ、まだ足りない、もっともっと、もっと!
「オオオオオオオオオオオ!!」
耳障りな鳴き声が響き渡る。しかし、感じるのは不快感でなく歓喜。
まだ―――残ってる!
ゆっくりと、止まって見えるほどゆっくりと踏み出される足。巨体を支える足は筋の多い肉、だけど噛み
締めれば噛み締めるほど味が染み出る良いお肉。
ダランと垂れる腕。身長ほどあるそれは食べる部分が多くて、ボリューム満点で良いお肉。
硬い殻で覆われた尻尾は未知の珍味。中の肉は舌の上でとろけるようにほぐれる脂身のよう。
コリコリとした食感の臓器。少し苦味があるが、それも味を引き立てる一つのスパイス。
程好く締まった首筋のお肉。可食部位が少ない高級なお肉だけあってその美味さは絶品―――
「……?」
ふと、先ほどまで戦っていた敵がいないことに気がついた。
あれだけの巨体なのだから、どこにいても目立つはずなのだが……
辺りを見渡しても、どこにもいない。匂いもそうだ、周囲一帯に散らばっていてどこにいるか判別できない。
逃げられた。残念なことだが、痕跡が何も残っていないのに無作為に探しても無駄だろう。
それより、『なすべき事』は終りじゃない。暴動が起きているのはここだけじゃない。
空高く跳躍し、匂いを辿る。
次の敵は、あっちだ。
あとちょっと。
暴走気味主人公
変身バリエーション
・【巨人】
・白ロリ
・【天使】
・【人狼】←
・【死神】
・【械姫】
・翠のじゃ




