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ハジマリ

この作品は性転換要素があります。お気をつけください。

『自分が想像するほど他人は自分を見ていない。その逆、自分が想定するよりも他人が自分を見ていることも、また然りである』 




 冬が近くなり、かといってそう寒くもないある日のこと。

 目覚めた俺は違和感を覚えた。

 体が重い。まるで全身にダンベルでもくくりつけられているように。

 風邪かと思い二度寝したくなるが、残念ながら額に手を当てても熱はないようであり、尚且つ今日は大学がある日。日曜日は昨日で終わりを迎えてしまった。

 季節はずれの五月病かと思い頭に手を伸ばしたところ、更なる違和感に気がついた。

 髪の毛が異常に長い。下手したら腰まであるくらいに。


「つい三日前に切ったばかりじゃなかったか?」


 ふと独り言を呟くと、今度は妙に声が高い。音楽的に言うならメゾソプラノぐらいだ。

 違和感を感じながらも特に危機感を持つわけでなく頭は寝ぼけたまま。喉の渇きを覚えて水を飲もうとベッドから降りようとしたところ、今度は胸が妙に重い。

 寝ぼけ眼を向ければ、そこにはTシャツを押し上げる二つの山が……


「………」


 一度目頭を押さえ、ゆっくり十秒目を閉じてもう一回下を向けば―――変わらず二つの山が。

 そっと手を当ててみればふわふわとした感覚が手に伝わり、胸部からも誰かに触られているような感覚が伝わってくる。


「………」


 ベッドから降りて、洗面台に設置された鏡へと向かう。

 猛烈な嫌な予感から目を逸らしながら、鏡を見るとそこにいたのは長い黒髪を肩から流し、眠そうな眼をした美女が……


「夢か」


 飛び込むようにしてベッドへ向かい、毛布を被る。

 きっと昨日遅くまでゲームをしていたから、まだ夢を見ているのだろう。なるほど、これが明晰夢というやつなんだろう。初めて体験したが、こんなにも感覚が現実のものと類似しているとは思わなかった。これは、確かに貴重な体験だ。でも今は明晰夢で楽しむより寝たい気分だから寝よう。そういえば、夢の中で寝たらどうなるのだろうかな。

とりとめもないことを思いながら枕に頭を乗せ目を閉じる。

 さて明日は英語の授業があったけ、最近わからないところ多いから当てられると嫌だな、そう考えながら再び俺は現から抜け出し夢の世界へと飛び込んだ。


          *


「夢なら覚めてくれよジョニー……」


 その数時間後、俺は意味不明なことを呟きながら頭を抱えることとなった。

 現実逃避してもどうにもならなかった。

 寝すぎで重い頭を起こし冷たい水で顔を洗っても強制的に目を覚ましても、俺の姿は変わりはしなかった。


「嘘だろおい、確かに少しだけ興味もあったりしたけどさあ」


 いつもの自分の声よりも高い声が部屋に響く。

 若干思考停止しながらも確認した結果、俺はどうやら女になってしまったことがわかった。

 それも、自分で言うのもなんだが美女だ。

 癖一つない美しい濡れ羽色の髪、服を押し上げる豊かな胸、かなりの高身長、たれ気味の瞳、普通の女性より低い声、もろにダル系お姉さんという言葉が似合いそうな美女だ。

 ただ幸運というか残念というか、その姿を見ても俺は一切興奮しなかった。


「こうかな?」


 ちょっとした好奇心で裸になり、鏡の前でポーズをとってみる。

 右手を頭に、左手を腰に当てくいっと捻る。乏しい頭から想像した精一杯のお色気ポーズ。


「……なにやってんだ俺」


 たっぷり一分間じっくり見続けて残ったのは、どうしようもないほどの空しさだけであった。そうだよな、なにが悲しくて自分の体に興奮しなきゃいけないんだよな。それができるのは、かなり上級のナルシストだけだよな。

 再び服を身に着けようと手を伸ばしたとき、ふと気がついた。


「あれ、そういえば服ってどうなってるんだ?」


 こういう話のテンプレであるなら、服も全部女物に変わってたりするかもしれない。とりあえずパジャマを身に着けて箪笥を探るが、箪笥の中身は俺が良く知る服だけであった。


「そう簡単にはいかないか」


 軽くがっかりはしたものの、予想している範囲だ。

 次はパソコンを立ち上げ、ブラウザを開く。もちろん入力するワードは「性転換 病気 流行」だ。

 だが、こちらも結果は芳しくなかった。でてくるのは難しい内容の遺伝子系の話か、同人ものの話ばかりだ。


「服が変わってないから世界変化ってのもないみたいだし、突然性転換する病気なんてニュースにならないはずないから、そっちの線も無し。後は入れ替わりぐらいか?」


 インターネットで自分が覚えている限りの出来事などを検索するも、どれも記憶と相違ない内容となっていた。断定はできないが、おそらく俺は同じ世界にいるはずだ。


「なんでこんなことが起きてるのかなっと―――おっ!」


 進まない情報収集にいらつきながらキーボードを叩いていたところ、偶然目をよこした財布の隙間からようやく手がかりとなりそうなものが見えた。

 財布の中にしまってある学生証。そこにはちょっと太った眼鏡の男ではなく、黒髪の女―――つまり今の俺の写真が貼られていた。

 他のものも調べると、俺の情報は全て男から女へと変わっていた。


「服は変わってないけど、学生証と保険証の性別は女に変わってる……ただの変化じゃないのかな?」


 自分でもびっくりするぐらい冷静に思考を重ねていく。

 突然女体化した原因はいくつか考えていた。伊達にそういう系の物語を漁ってはいない。

 一つは世界ごと書き換えられたというもの。一つは急に性転換系の病気が流行ったというもの。一つは限りなく低いけど宇宙人に連れ去られ改造されたというもの。最後は更にありえないけど実は俺には人外の血が混ざっていてそのせいで性別が変わってしまったというもの。


 ……いや、最後の可能性はまだ検証してなかったか。

 とりあえず、教科書が山積みとなっている机を持ち上げ―――れない。普通に重い。

 髪の毛を掻き分けたりしたけど角らしきものや獣耳は見えない。歯も普通のまま―――いや、見つけた。

 べえっと舌を出すと、真ん中に大きなバッテンだかよくわからない模様が入っていた。

 爪でカリカリと掻いても、模様は取れない。刺青の類だろうか?刺青なんて怖くて手が出せるはずがないので、自然に浮き出たもののはずなのだが、これが突然浮き出たということは最後の説もなんとなく信憑性がでてきた。……ぶっちゃけ性転換したことに比べれば舌に浮き出た模様なんて小さな変化だけどさあ。

 まあ、これも変化といえば変化なのか。

 他にもおかしい場所はないか探したが、舌以外に奇怪な模様が浮き上げっているような場所はなかった。


「ファイア!」


 わかりきったことだが何もでない。いや、室内で炎が出ても困るけど。


「何もなしか……」


 検証の結果、特別な異能的な何かもなかった。

 あれだ、あったらあったでとても困ることになるだろうが、ないとなるとそれはそれで残念な気分になる。男なら、異能や特別の力というものに一回くらい夢見るものだ。

 その後も適当に調べていると、うなり声をあげるように大きく腹がなる。


「そういえば、朝から何も食べてなかったな」


 時刻は既に昼と夕方の中間ぐらい。腹が減ってもしょうがないだろう。

 適当にパジャマから着替え、コンビニに出かけた。 


          *


 女になってから初めて外に出たが、太陽が二つとか他の星が見えるとか一面草むらになってるとか空中に浮いているということは無かった。ちゃんと太陽は一つで、アパートの周囲にも変化なし。うん、やっぱり世界は変わってないよな。

 若干びくびくしながら慎重に歩くが、外に出れば自分がいかにでかいかがわかる。いや、胸じゃなくて身長の話だ。

 みちゆく人と比べても、頭二つ分ぐらい俺のほうがでかい。もしかしたら、いやもしかしなくても二メートルぐらいあるかもしれない。とんでもない大女だ。


「いらっしゃいま……せ……」


 少しだけ屈んでコンビニに入ると、コンビ二のアルバイトの声が俺を見た瞬間小さくなる。気持ちはわかるが、あまりじろじろと見るのはやめて欲しい。

 わざとらしく咳をすると、アルバイトは自分がまずいことをしたと気がついたのかさっと目を逸らす。

 このまま立っていても見世物になるだけだなとため息をついて、一番安い弁当とおにぎりを三つだけとってさっさと会計をすませる。


「ありがとうございました……」


 アルバイトは最後までボーっとした様子で、俺を見送った。 

 文句の一つぐらい言いたいところだが、絡んでも面倒なことになりそうなので無視して足早に家に帰る。道中に小学生が指を指してたりするのが見えたが気にしない。気にしてないったら気にしてない。


「ふう……」


 コンビニに行くだけのはずなのに、恐ろしく疲れた。三分もあればつける場所のはずなのに、その何倍も時間がかかった気がする。

 精神的疲労からしばらく休もうかとも思ったが、唸り声をあげる腹を放置するわけにもいかない。少々早いが夕飯にするか。

 本日の献立は鮭弁当に、鮭マヨと鮭タラと鮭チーズおにぎり。


「鮭ばっかじゃねえか」


 早く帰りたいと思って適当に取ったのがいけなかった。というか鮭に対する品揃えがよすぎる。店長の方針かどうかは知らないが、勘弁してもらいたい。

 それでも他に食べるものもないので、黙々と食べる。全部鮭なのに色々と味が違って楽しめたのが微妙に腹立つ。


「ふう、食った食った」


 体型はスマートとはいえ身長もかなりのびたのでもしかしたら足らないかもしれないと不安に思ったが、そういうことはなかった。胃袋の大きさも変わっていないみたいだ。

 その後もインターネットで情報収集を続けていると、ふと時計を見ればもう九時になっていた。

 いつもより少し早い時間であるが、流石に今日はもう色々とありすぎた。精神的にも疲れたので寝ることにする。


「……シャワーぐらい浴びておくか」


 本音を言うならゆっくりと風呂に浸かりたいが、今から湯を張る気にもなれない。もうさっさと寝たい気分だ。まあぶっちゃけると体がでかすぎて湯船に入りきらなさそうってのもあるが。

 洗濯機に服をつっこんで、適度にぬるいシャワーを浴びる。


「……でかいな」


 改めて見てみると、出るところは出てひっこむところは引っ込んでいるナイスボディーなことがわかる。

 胸は手に乗せてもはみ出る位だし、全身ムチムチであるが太っているわけでなく、触れば結構筋肉がついているのがわかる。下手したら、男のときよりも筋肉があるかもしれない。


「ふむ……」


 半ば好奇心で胸を揉んでみる。

 ふにふにとして柔らかい、だが全く興奮しないのが逆に悲しい


「元に戻れるのかな俺……」


 軽く絶望しながらやたらと長い髪の毛も洗おうとするが、長すぎてとても洗いにくい。いつもより多めにシャンプーを使い、なんとか髪の毛を指で漉かすように洗っていく。泡を流すときもシャワーで適当に流すと残ってしまうので、丁寧に洗う。

 やっとのことで髪の毛を洗い終えた後、俺の体力は既に尽きかけていた。あまりにも時間がかかりすぎる。世の中の女子はこんなに大変な思いをしていたのか。

 体はシャワーでさっと流して風呂からでて時計を確認すると、既に四十分近くも時間が過ぎていた。

 精神的にも体力的にも疲れきり、髪の毛を碌に乾かすこともせず俺はベッドに飛び込む。

 髪の毛は乾かさないと風邪引くとか聞いた気がするけど、もう駄目だ。もう無理。

 数分も待つことなく、俺は眠りに落ちた。





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