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05 宴の始まり

「……アルファラリス?」

 いまにもラテンの音楽が響きそうな陽気な顔を晒し、名乗った女は文字通り踊っていた。

性格にはウキウキで身振り手振りのオーバーアクションを見せていただけだが、その動作はジョージの勘に障っていた

「ほほう、つまあれはお前のクルーザーって事でいいんだな」

 呆然としている管制室の仲間たちを後に、グラスエリアに浮かぶ女の前に立つ。

顔にしっかりと怒りの刻印である額の亀裂を見せ、口元を震わせているジョージを前にアルファラリスは変わらぬ笑顔を見せている

【そうであるぞ、ああいう物に乗ってきたの方が、キターーーて感じがするであろう】

「そうか」

 管制室の誰よりも先に、現実を認識した男の次の一手は容赦がなかった

大きすぎる帽子の彼女を掴みこめかみをげんこつで挟み込む

「反省しろ!! 反省!! てめーはコロニーをぶっ壊すつもりだったのか!!」

【花火をあげにきたのだぞ!!】

「お前の脳内だけで上げとけ!! よそにぶちまけるな!!」

【一緒にやるから楽しいのではないか!!】

 軽く一足で飛び出し女の頭を帽子事捕まえ圧縮する、ジューサーにかけるがごとく勢いよく叱りつける

「なんのゲームをやっていたのか知らないが!! 非常識すぎるだろ!!」

 ゲーム。

バース大学宇宙工学科の玄関口である老朽コロニーの周りには富裕層のみが暮らす元環境コロニーがある。

実験の終わった環境コロニーはリゾート地に改装され富裕層が余暇を楽しむ別荘が並ぶ、古いながらも宇宙時代初期の人の夢が詰まった名所となっていた。

だが、そういう場所にくる金持ちが必ずしも落ち着きを持つ分別正しい人間とは限らない。

宇宙という一風変わった空間を楽しむために自分勝手にヨットレースを開催するという事故がコロニーリゾートの黎明期にはよく起こった。

 現在も若輩にして金を持ってしまった小僧などが、ワンオフで作ったクルーザーやヨットでそういうバカをやることがたまにあった。

ジョージはその類のやつを見たこともあり、そしてこのイカれた女もそういう「ヒッピー」のようなものだと断定していた。

見た目成人した立派な女性であるイカれた相手

「いい年した女が、周りの迷惑を考えろ!!」

【おっおっおっおおおう!! なんだなんだ!! 進化した人類でもこんな楽しい挨拶をするのか!!】

 取れない帽子の下でげんこつに挟まれたアルファラリスは、ジョージの鉄拳制裁に怒るどころか喜びを表していた

【よいぞよいぞ!! 余はそのぐらいテンションの高い挨拶が大好きだ!!】

 勢いジョージに鉄拳圧縮をやりかえそうとする始末。

「げんこつが好きなのか!! マゾか!!」

【いやいや余はドSぞ!! そんでもって愉快大好きぞ!!】

「俺は今不愉快絶頂だ!!」

【それもまたよしじゃ!!】

この状態にいよいよ言葉を失う管制室だったが、クレア港長の意識は復帰していた

「ジョージ生徒、手を挙げるのはやめなさい。そしてあなた、アルファラリスさん。あなたのしたことはコロニー条約に違反していることです、よって今から警察に引き渡す間こちらで身柄を確保させていただきます。よろしいですね」

 淑女の手本のような指示は恐ろしく冷静に苛立ちを伝えていた。

静かな怒りに、周りにいた作業員に生徒がより押し黙ってしまうほど。

【いやいや待て待て、そもそもお前たちが呼んだから余はやってきたのだ。違反とか条約とかは余の作った決まりの模倣にすぎぬ故、余には全くもって無効であるぞ】

 周りの沈黙に怖じない笑顔はジョージの挟み込みげんこつの間に揺られている、吊るされた干物のような様でも笑顔だ

さすがにここまで平然としている相手に周りの困惑の苦情となる

「おい、いい加減にしろコロニー港に制限速度超過なうえコールサインもなしに飛び込んでくるやつがいるかよ」

「条約が模倣ってなんだよ、こいつ頭おかしいんじゃねーのか」

 口々に飛び出す非難は、数を増すごとに下劣になるがジョージの態度は一貫してかわらなかった。

「他はどうでもいい、とにかく連れていく」

【余は主賓ぞ、宴の場でに行くのであろうな】

「ああ頭の中真っ赤になる宴がやってくるからよ、それまで控え室でまってろよ主賓様よ」

【それは結構である!!】

「ああおれもけっこうだ」

 満面の笑みみせるアルファラリスに嫌気が巻く、吐き出す言葉に諦めが絡んでいた。

この手の金持ちは極めて自分本位だ、理路整然と法を説明しても自分は知らなかったでことを済ますような「行き過ぎて原始人」みたいな輩が普通にいる。

 話すだけ無駄、そういう冷めた目線で騒がしくなった管制室からアルファラリスを引っ張り出した。

「ミス・クレア、こいつは俺が閉じ込めておきます。港の方と重力システムの方をお願いします」

 無法者には慣れている。

大学の警備員は見た限り少なかった、第1級の緊急事態警報が鳴ったせいでコロニー脱出用カプセルへの誘導とすでに発射されてしまったものもあることを考えても仕方のないことだった。

 残る自主警備はジョージたち大学連に所属する外回り担当の仕事でもある。

山積した復旧任務は管制室も同じこと、だとすればすでに捕まえているさわぎの主のことはジョージが片付ければいい。

クレア港長もそのことはよくわかっている様子だし、これ以上口汚い雑言を聞くのも嫌やという目はうなづき良しと合図

「ジョージ生徒、第三会議室を使いなさい」

 そういうと管制室の喧騒に金切り声の叱責を乗せて一括をかましていた。

コロニーの騒ぎはまだ少しも収まっていない、内外に響く警報音と光の警告。

アルファラリスという女が刑事罰と罰金でどんな目にあうのかはわからないが、それ相応に重い罰と莫大な金を請求されてほしいと意地悪く思うことで心に平静をジョージは作っていた。




「アルファラリス? 臣民と同胞?」

 相変わらず警報の光物が壁を飾る実験室で、派手な女の自己紹介を聞いた鷹夜博士はその名を復唱し聞いたことはない名前に、人種確定は難しいと考えていた。

考えるために口を閉ざした鷹夜と入れ替わり、前に出たのはアイリ・シュナイダー博士だった。

白衣の裾を綺麗にまとめ、片膝をついてのお辞儀は、芝居かがった動作にも見える

「ミス・アルファラリス、私は貴女の語る言葉を理解できる数少ない人間です。私は貴女が何者かを知っております」

 アイリは堂々としていた。

その言葉通り目の前の女、アルファラリスを良く知っているというのが、聞くものの耳にわかる話し方だった。

「今日この日、貴女様に出会える事を心待ちにしておりました」

 片腕に抱いた資料、恥丘から向こう片時も離さなかった電子ファイル。

すました美しい顔が、下から派手な女であるアルファラリスを仰ぎ恭しく頭をさげる。

石碑と共に中空に浮くアルファラリスは、今までのおどけた態度から一転した新しい表情を見せていた。

本来そうであるように、尖った切れ長の目と少し上むきに上がった顎。

尊大の片鱗を見せる組んだ足は、自分にひれ伏すアイリに今までよりワントーン沈んだ声を聞かせていた

【貴女、ミス、そうではない、余は(おう)である。その点において理解が足りていないぞ。アイリ・シュナイダー】

 宙に浮かぶ皇、その異様に噛み付いたのは春香だった。

「どこの国の王様なの?」

 興味津々な丸い瞳、吸い付くような探究心にアルファラリスは景気良く応えた

【この銀河系、この方面宇宙を征服した皇である】

 方面宇宙、聞いたこともない言葉に春香はただ子供のように、いやいまも17歳の子供ではあるが真に喜んでアルファラリスに飛びついていた

「おもしろい!! ねえ私と一緒に宇宙の研究をしない!!」

 女子会の会話のように相手の手を握り大はしゃぎ、少し慌て立ち上がったアイリを片手で控えさせる様を見ても、鷹夜博士は黙ったままアルファラリスの姿を凝視し続けていた。

 懐疑と探求の入り混じった困惑の目、年寄りの考古学者は目の前の会話を一度脳から排除した形で、色々なものを見たていた。

もっとも目を引いたのは彼女の体を覆うマントの幾何学模様は、原始的でありながらも失われた数式文様を連続して彩っていた。

 幾何学は古代世界観を示す事象のデザインだ。

世界観を示しているものもあれば、単純に継続する波に風、天を飾る星、ついなる太陽を崇める図。

世界に数多ある文様はシンプルな世界観で、当時を教えるものだが、アルファラリスのそれにつく幾何学模様は実に興味深いものだった。

対なる世界を上から下えと描く文様、赤いマントに時に細かく大胆に刺繍されたそれは不思議な光で事象の形を良く示していた。

「……この模様は雷文が常に下に、挟み込むように最上部に」

【鷹夜源助博士か、目の付け所がまさに博士】

 彼女の大きすぎる帽子、そこから伸びている金色のパイプは気が付かぬ間に鷹夜の手に巻きついていた

「服の模様について説明してくれんかの?」

【まずそちの見たてを述べよ、余は話を聞くのが好きなのだ】

 この時に鷹夜は気が付いていなかった。

この会話が個別に行われていることを、となりでは笑顔で春香と話をし、その向こうでは自身を待ちわびたというアイリと話をしている。

それぞれが同じ時間の中で個別の空間が作られ、同じ場所なのに個別の場所が展開されていることに、己の探究心に従った鷹夜が気がつく術もなかった。

「通常幾何学文様というものは図的平面における事象の連続をもってそのものを表しているが、実際はもっと奥深い数学である例えば……」

【良いぞ良いぞ、たとえは要らぬ、それは理解している。先へ進め】

 片手を前に、識者である視線が効率よく話を続けろと促す。

鷹夜の前、アルファラリスはただのチンドン屋女ではなくなっていた。

知恵と知識を持つ気品を十分に感じていたからだ

「そも幾何学とは古代国家による土地改良や区画整理、河川整備などから生まれた必要数学であり、設計という思想に深く携わった数式である」

 抜群に難しくなった話をアルファラリスは愉快とわずかに笑みを浮かべ、手招きして先を述べよと見せる

「単純明快であり興味を抱かせる深層数学だが、実はユークリッド期にまとめられて以降は衰退し、そこから戻ったことは一度もないとわしは考えておる」

【よいぞ、まったくもって良い。実に気になるところだ、余がもっとも聞きたい部分でもある】

「いや確証はない、そう感じただけじゃ、貴女の服の模様を見た直感なんじゃ」

【確証など、お前の芯にある全てを述べよ。それが答えだ】

 鋭く興味を話たアルファラリスに、鷹夜は腰が引けていた。

確証などあるはずもない、幾何学は何度も衰退し日本においては滅びか語りもした学問だ。それが文様としての図式文化との距離をとるほどに衰退したのではという考えは今浮かんだものだった。

 アルファラリスの服、その羽織るマントに書かれた図式は空に至る数式だと直感で感じ取っていた。

「その服にある数式は宙に至る力学を描いている。最上の天で人が集うのは何のためか、繰り返の文様。大地と人と天と、そしてまた大地と太陽。これが真なる世界なのか、はたまた何を意味しているものかがわからんのじゃ」

 幾何学の原点は数字を使わない公式であり、古代人が生きた「先進の古代」を表すテキストだ、想像の域で裏付けのない仮説を自信なさげに告げた鷹夜に、皇の視線は厳しかった。

 喜びから一転するように

【なんだつまらん、宇宙の海に出るほどに進化したのに、それを忘れたのか?】

「忘れた? なにを?」

【なぜに余がここにきたのか、それをだ】

 酒が切れたような反応、喜びを見せていた唇が真一文字に結ばれ眉が八の字に下がる。

【どういうことだ。余を呼び出すほどになったのになぜ約束を覚えていないのだ? どいつもこいつも】

 急に白けた。

特殊であった空間は一瞬で統合され、鷹夜以外のアイリにも春香にもアルファラリスは同じ顔を見せていた。



「何やってるんだお前ら」

 突然開かれた時間と空間の壁から出た3人の前にアーロンを連れたジョージはバカを見る目で立っていた。

「なんだお前ら、重力無くなって夢遊病ってやつか? 笑えない奴らだ」

 事切れた空間幻想などジョージの理解には程遠い図でしかなかった。

非常用の照明しかない薄暗い部屋の中で三者三様の奇怪な図。

父親である鷹夜は困ったしかめっ面で棒状に固まり自分顎を抱えて浮いている、春香は何かに驚いたような惚けた顔を晒して宙を逆さに漂い、親父が連れた女科学者であるアイリは両手を広げてマリアに懺悔するような様

「あー、あーれか知覚的重力障害ってやつか、あの有名な。いやだね地べた生活の長いやつらは変な夢見て」

 かける言葉がない、だから小馬鹿にするしかない。

手をひらひらと、近寄るなというゼスチャーを見せて。

ジョージと一緒に部屋に戻ってきたアーロンは抑えるように苦笑いを見せる

「その言い方は酷いよ、着いて早々色々あって混乱したんだよ。みんな無事でよかったが先だろジョージ」

 ひょろりと背の高いアーロンは、不似合いなアロハシャツに腕時計についているフラッシュライトを灯し部屋を確認しなが、いつになく強い語気でジョージを叱る

「博士たちは初めて経験した無重力だよ、こんなに長時間地に足がつかないってのは怖いものだよ」

「わかってる、悪いアーロン」

「僕はいいよ、謝るなら博士たちにでしょ」

 アーロンの真剣な眼差しにジョージは顔を背ける形で謝罪するが、博士たちにどうこうという態度は微塵も見せなかった

「急に暗くなっちゃったからねぇ、部屋を出てライト探しに行ってたから不安だったんでしょう。さっきまでこのライトもつかなかったし。ジョージこういう機器が不安定になるのを重力障害っていうんじゃないかな」

「そうかな、よくわかんねーよ」

 特に心配した輩ではなかった。

途中で通路を彷徨うアーロンを見つけられたことで心配はほとんど解消されていた。

自分以上に冷静に宇宙を歩くことはできないが、宇宙という海の脅威を熟知しているアーロンが割と平然としていたことで他の者の無事は確認できたみたいなものだった。

「そんなことより……あっ、テメー!! ここにいやがったのか!!」

 異様な様子だった部屋に入るのをためらっていたジョージは一足飛びで実験用器具が並ぶ壁に向かい、アルファラリスを捕まえていた。

少し前に管制室を出た、彼女を引きずって通路を歩いていたはずなのにいつの間にか逃げられていた。

簡易ながらも両手を縛って引きずっていたのに、どうやって逃げられたのかとイライラしていたところだった

「チョロチョロしやがって、おとなしくしてられねーのか!!」

【お前は怒ってばかりでつまらん、こっちもつまらん、宴はどこなんだ】

 帽子を引っ張られる中で、しかめっ面の顔を合わせる愉快犯はされるがまま引きずられ

【なあ、宴はどこなんだ】

「知るか、反省が先だろ。反省という宴で犯罪調書のカーニバルでもしてやがれ!!」

 相変わらずの言に大きく反抗したジョージのてを振り払ってアルファラリスはついに爆発した

【やいやい!! いったいどういうことだ、こんな何も理解のない状態でいったい誰が余を呼んだのだ!!】



「大いなる皇アルファラリス、宴の支度はできております!!」

 アイリの言葉がこだまして四人の世界は真っ暗になっていた。

鷹夜博士、アーロン、春香は一瞬にして深い眠りの世界へと落とされていた。

ジョージは自分の体に通らなかった針を知覚して振り返っていた

「なんだ……、お前らなんだ!!」

 とっさに振り返ったジョージの頭を、耳と顎、頭蓋のジョインとあたりに強い衝撃。

間違いなく決まった殴打に、重力のない部屋の反対側の壁へと180センチの体躯が飛ばされる。

殴った相手の足元が薄れる意識の中でコマ送りで見えている、吸着靴にアイゼンを付けた軍用の黒靴、作業員ジャケットの内側に見える防弾ベスト

「軍人?」

「子供の時間は終りだ!!」

 畳み掛ける蹴り、深くみぞおちをえぐった衝撃はジョージの意識を痛みを伴うどん底に落とすに十分な威力を発揮していた。

もはや言葉など、血色の濃いアブクしか出ない口を晒し自分を倒した者達を睨むばかりだった

「我皇、我主人、12000年の旅よりの帰還をお待ちしておりました!!」

 跪くアイリだけが、闇に落ちずこのイカれた女と対峙していた

「お前ら……いったい何していやあがる……」

 アルファラリスが求める宴、それがどんなものになるのかなどこの時は誰にもわからなかった。





重力障害ってシドニアの騎士とかでも出てきてる結構メジャーな宇宙病ですよね。

宇宙酔いとかもそういう部類に入るし、ルナチルドレンなんか地球外で生まれ世代が地球という重力の井戸に骨が保たないなど進んだ宇宙時代になると色々適合できない人間の身に病気的なものが増えて、それを解消するための対策が練られていくのでしょうね。

僕は100歳になっても宇宙に行ってみたいです、100歳になってもいけるようなそんな技術が生まれてほしいと本気で思っていますが、自分も鍛えてその日を待ちたいと思います。

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