エピソード2後編 娼婦は過去を 少年は未来を
「姉ちゃんを迎えに行くって……一体どういうことだよ」
差し伸べられた友の手に、ライはどこか悪寒めいた、不気味な感覚を覚えてかすかに身を退いた。
「言葉どおりだよ、ライ。これから僕らは子供たちと一緒にアンバーヘイヴンに行って、そこでメアリィさんと合流して、みんな揃って帝国本国に行くんだ」
「帝国の、本国?」
「そうさ」
グレンが朗らかに笑んだ。ライはその笑顔にも一種異様な雰囲気を感じ取り、
「やい、グレン! テメェ、なに企んでやがる!」
木剣の柄を強く握り直す。
「企む? 企むってなんだよ、ライ。僕は、僕らみんなが幸せに暮らせるよう、帝国の人たちとちょっとした取引きをしただけさ」
いいかい……とグレンは子供に言い聞かせるような穏やかな調子で一呼吸置き、語り始めた。
「ブロドキン帝国の皇帝に古くから仕える三名家といえば、ライも名前はくらいは知っているだろう。そのうちの一角、トルーマン家のお付と名乗る軍人が、あれはたしかメアリィさんが娼館に行ったすぐ後だった、たまたま街で見かけた僕に声をかけて来たんだ。彼は僕に言った。我々に協力すれば悪いようにはしない、と。で――よくよく話を聞いてみれば、つい最近帝国本国で新たに組織された戦闘部隊にトルーマン家の現当主、イオニア様が隊長として就任され、彼もその部隊の一員だという。さらに、トルーマン卿より直々にとある秘密任務を任され、この街に潜入しているのだとも」
固唾を飲んで聞き入るライの目の前で、グレンの丸眼鏡が傍らのランプ燈の灯りを反射し、ぎらりと光った。
「――帝国によるバドゥトゥ再統治作戦。僕はその尖兵として、トルーマン卿率いる独立強襲部隊『ギルガメシュ』の街への侵攻を手引きした。僕や子供たち、そしてライやメアリィさんが帝国本国で恵まれた暮らしをさせてもらうのと、引き換えに」
告白は早々に終わった。事実は実に単純かつ簡潔であった。そう、つまりグレン少年は、
「売ったってのか……この街を……」
「おいおい、人聞きの悪いことを言わないでくれよ。というかライ、お前だってこんな掃き溜めみたいな街、一度キレイに掃除してしまった方がいいって、そうは思わないのか?」
冷笑が静々とゴミ捨て場に流れた。
「ほんの一握りの金と権力を持つ人間、欲望にまみれた大人たち。そんなカスどもが自分の利益だの快楽だのを優先して弱い者を虐げて、食い物にして、今まで一体どれだけ多くの人がこの街で苦しんだのか、そしてこれからも苦しみ続けるのか。僕はもう耐えられないんだよ。こんな街で生まれたばっかりに食うものも食えず働きづめの子供たちや、借金の形に娼館で男にいやいや体を売る女の人たちを見てるのは、もうたくさんなんだ!」
激情をぶちまけるグレン。対するライはそれを真っ向から受け止めつつ、しかし彼をさらに上回る気勢で「たわごと言ってんじゃねえぞ、グレン!」
「ここが腐ってることなんて知ってらぁ! ガキのころからつれぇことばっかで、とうとうたった一人の姉ちゃんまで親の借金のせいで娼館に身売りしちまって……おう、憎んでも憎みきれねえほどのクズみたいな街だし、人生だし、なんでこんなとこに生まれちまったのかって、んなこたぁ考えない日はねえさ! けどよ、こんな街でも、ここはオイラやお前や子供たちや、姉ちゃんが生まれ育った場所なんだ! 大事な故郷なんだ! おめぇはそうじゃないってのかよ、ええ、グレン! トルーマンだかギルガメシュだか知んねえけど、そんな危ない大人たちを連れ込んで、そいつらが好き勝手に街をぶっ壊したり人を殺したりするのを黙って見てろって、おめぇはそう言うのかよ!」
「そうだ」
「バカ野郎!」
一喝するや、ライは友人に負けず劣らずの深い冷笑を浮かべると、
「オイラはバカかもしんねえけどな、グレン、おめぇはもっとバカだ」
思わぬ口撃にグレンの頬がぴくりと引き攣る。「なん……だって?」
「だってそうだろ。強いヤツが弱いヤツを力でねじ伏せるのが気に入らねえって言うわりにゃあ、帝国の軍隊なんて金と権力のかたまりみたいな連中に肩入れして、そいつらに街の無抵抗な人間をぶっ殺さしてんだからよ、おめぇは。言ってることとやってることがちくはぐじゃねえか」
「ライ……」
「それだけじゃねえよ。みんなで帝国本国に連れてってもらうだぁ? 恵まれた暮らしだぁ? へっ、グレン、おめぇいつからそんなお人好しになったんだよ。帝国の軍人が、テメェ勝手でこすずるい大人が、そんな約束を守るなんて本気で思ってんのか。利用するだけ利用して、用が済んだらあっさりポイ――に決まってらぁ」
「ライ、僕は……」
「どうしたんだよ、バカグレン。さっきっから喋るばっかで、テメェが手に持ってるそのナイフはただの飾りだってのか」
御託はもうたくさんだ、とライが瞳で挑発する。話し合ったとて答えは出ぬ、ならば腕っ節でどちらが正しいか決めようではないか――と。
凍りついたような無表情でライを見つめたまま、グレンは動かない。
自信に満ちた不敵な面持ちで、ライも。
少年二人の間に沈黙が降りる。
「残念だよ、ライ」
「うるせえ。それより見してみろ、帝国軍仕込みのおめぇの腕前を」
そうして、そのやりとりが別れの言葉であったか、はたまた開戦の合図であったか、両者は同時に相手へと仕掛けた。グレンは左手のナイフ、ライは両手持ちの木剣と、得物同士が派手な音を立てて上段切りにて交錯する。しかし、グレンにはこのまま鍔迫り合いに突入する気などまったくない。軽やかな足取りで反転し、半外套の裾を閃かせながらもう一方の手に握ったナイフを猛然とけしかける。何らためらいも容赦もなく顔面に迫る白刃を、ライは咄嗟の後退によって辛くも回避し、
「そうこなくっちゃな、グレン!」
友の本気の殺意に嬉々として応える。今日までの弛まぬ鍛錬で鍛え上げた足腰を最大限に活用し、後退から一転すばやく前へ、今度は渾身の中段切りを放つも――あえなく空を切る。グレンの姿はすでにそこにはなかった。
二激目を回避された時点で、彼は早々に次の動作へと移行していたのだ。
そもそも先の顔面を狙った攻撃は、その後の中段切りを誘うための一手でもあった。相手は右利きのライだ。事前に次の挙動がわかった上で、反対側へとすぐさま潜り込めば、必然的にこちらは相手の背中を取ることとなり、
「ぐあっ!」
傷つけるのは容易い。ライは脇腹を切りつけられ、さらにはついでとばかり同じ箇所に蹴りまでもらって、無様に地面に転がされた。
「やはりなっちゃいない、いや――解っちゃいないな、ライ」
木剣を杖によたよたと立ち上がるライを見下ろし、グレンは冷たく言い放つ。
「アッシュさんがお前に教えたのはあくまで基本、肉体の駆動方法にすぎない。なのにその先のことまでまるっきり猿真似しようとしたって、しょせんは無理がある」
「っん……だと?」
「アッシュさんもアッシュさんだ。たとえ断れないとはいえ、自分とまったく特性の違う、しかも体格まで圧倒的な差がある子供に、こんな高等な剣術を教えてしまったんだからな。……いや、もしかすると最終的に伝えるつもりだったのか? きっとこういう形で他人から指南を乞われたことはなかったろうし、だいたいあの人は見るからに口下手そうだしな。軍内部でも教官になるよりは生涯現場で戦い続ける人種か」
戦いの最中にもかかわらず、自分を無視して謎の独り言を繰り続けるグレンにライは声を怒らせる。
「わけわかんねえこと言ってんじゃあねえぞ、グレン! んなことより、こいつぁ一体どういうこった! こんなちんけな傷つけやがって! さっきのあの間合いからなら、一発でオイラを殺せたはずだろ!」
なぜ手加減などしたのかとライが問うと、グレンはせせら笑って、
「僕は弱い者いじめは好きじゃないって、さっきそう言ったろ?」
「て、テメェ、グレン!」
「来いよ。昔みたいに遊んでほしいんだろ、なぁ、ライ」
「誰が遊びだっ!」
怒髪天を衝いたライが木剣を振り上げて挑みかかった。構えも何もない無茶苦茶な突撃から、こちらも上段なのか中段なのか一向に定まらない実に半端な太刀筋の斬撃を、めったやたらと標的めがけて放り込む。
「おや、少しはマシになったじゃないか。ようやく自分の欠点を理解したか?」
「うるせぇぇぇええええ!!」
雄叫びをあげながらライは得物を振り回す。一方のグレンは巧みな体捌きでもって難なくかわす。
やがて疲れが出たのだろう、明らかに鈍った相手の動きを見定めて、グレンが軽く足を引っ掛けた。途端につんのめるライ。勢い任せに振り下ろした木剣が土の地面を穿ち、見習い剣士はまたも無様に地べたを舐めた。
「ちっきしょう! なんで当たらねえんだ!」
それでもただちに立ち上がる。見れば、たった今地面を叩いた際の衝撃によって得物は先端が折れ飛び、痺れのためか右手は柄を放してだらしなく垂れ下がって、もはや戦闘続行は不可能かに思われるが、
「次だ! 次こそは叩きのめしてやっからな、グレン!」
ライに諦めの気配はない。無残に破損した練習用の戎器を左手一本で支え、全身すり傷だらけになりながらも、気強く疾呼する。
「ライ、もうやめにしよう。やっぱりお前じゃ無理だ」
さながらボロ雑巾と化した友を前にして、少年はやや陰鬱な面持ちで言う。
「多少の怪我は致し方ないって、最初はそう思ってたけど、今じゃもうそんな気もない。僕はこれ以上お前を傷つけたくないんだ。だから――な?」
「黙りやがれ! だったらどうだってんだ、大人しくテメェについて帝国に行けってのか!? はっ、冗談きついぜ!」
「ライ、頼むよ」
「断るってぇ――言ってんだろうがよっ!」
そしてライは再びグレンへと襲い掛かる。でたらめな太刀筋はやはり変わらず、おまけに今度は足もふらついて、その姿はほとんど滑稽の域だ。無論グレンにはそんな攻撃なぞ通用するはずもなく――
「なっ!!??」
その刹那、背骨が丸ごと氷柱にすり替わったかのような錯覚がグレンを、帝国軍新進気鋭の強襲部隊ギルガメシュの精鋭から戦闘術を仕込まれた少年兵士を、にわかに慄然とさせた。
――速い!
咄嗟の判断で後方に大きく跳ぶ。何だったんだ今のは、と思考を巡らせる暇は、だが彼には与えられなかった。
中段、否、上段、否否――中段とも上段ともつかぬ不可思議な軌道で木剣がすでに迫っていたのである。
我が胴を打ち据えんと肉薄するそれをグレンは右手のナイフで防いだ。と同時に初手の激突のときとは段違いの剣圧に思わず歯を食いしばる。
「ぐっ――おおおおおおお!」
ライがそのまま切っ先をねじ込む。あわや額を突き割られそうになり、グレンはもう一方の左手のナイフを反射的に真横へと薙いで攻撃を仕掛けた。たとえ防衛本能に基づいた突発的な一撃であろうと、正直これは疑うべくもなく本気で相手を殺すために放った一撃であった。
「……?」
はっと我に返るも時すでに遅く、かといって振りぬいたナイフには何の手応えもなく、一瞬間の忘我の果てにグレン少年が見たものは、
低く深く地面に屈み込み、手負いの獣のようなぎらついた両目でこちらを見上げる、親友の姿だった。
「グレェェェェェェェェェエエエエエエエエエエエエエエエエエエン!!」
ライの咆哮が大気をつんざき、そしてすさまじい猛攻が始まった。
獣と見紛うのは、なにも瞳の色だけではない。前後左右縦横無尽に動きまわり、あまつさえ上下にも全身の筋肉をしならせて躍動するその様はまさに野生の畜獣。なおかつ、いつの間に痺れから脱したのか、息を吹き返した右手を加えた左右両の手を目まぐるしく得物が行き交い、そこから繰り出される剣線は相変わらず不規則で、無茶苦茶で、上から来るかと思いきや下から、右と思えば左と、まるで予測がつかないところも獰猛な肉食獣の爪牙を彷彿とさせる。
――ライっ、こいつっっ、食らいついて来るっ!
これと似た戦法を駆使する者に、肉削ぎアンジーことエリスルム王国軍のアンジェリカ・タロン軍曹がいる。しかし、同じく決まった型にはまらない変則剣術といっても、あちらが流麗な舞姫の舞踏であるとするならば、こちらは無骨で荒削りな獣のダンス。緩急など一切なく、相手を惑わす擬似的な剣線もなく、ただとにかくあらゆる方向から当たれば致命傷必至の痛烈な一刀一刀が、こうして敵対者から反撃の隙を奪い去り防戦を余儀なくさせる。
文字通り人が変わったかのようなライの攻勢を二本のナイフで必至に防ぎつつ――あまりに重い剣激のため回避は危険を伴うのだ――、今やグレンは錯乱を通り過ぎて恐怖さえ感じていた。即ちこの変貌ぶりが少年ライアスの内に秘められた何者をも凌ぐ爆発力であり、またそうした爆発力こそがグレンをして『解っちゃいない』と言わしめた彼の欠点を無意識に克服させる原動力となったことなど、到底考えもつかない。せいぜい得物が折れて短くなったことにより扱い易くなり、攻撃動作に無駄がなくなったのだと断定するので精一杯だった。もちろん、その解答も間違ってはいないのだが、
「ぐほぉ!」
グレンが事の全容を悟ったのは、ライがほぼゼロ距離から放った中段突きに深々と腹を抉られ、
「オイラの勝ちだ、グレン」
「がはっ!!」
続けて垂直跳躍から、渾身の力で打ち下ろした一撃に鎖骨をへし折られた、その後のことであった。
「殺せよ……抵抗なんかしないから……」
地面に前のめりにうずくまり、なおもグレンは皮肉めかしたセリフを、自身を見下ろすライへと投げかけた。人体にとって急所である鎖骨が折れた痛みは相当なものらしく、額には玉のような汗がいくつも浮かび、口元は小刻みに震えている。
元よりナイフも二本とも取り落とし、完全に戦闘不能となったグレンにライは言った。
「思ったとおり、おめぇはオイラ以上のバカだな、グレン」
いかにも彼らしい得意げな笑みで、
「オイラはなぁ、弱い者いじめが大っ嫌えなんだよ」
木剣を腰のベルトに収めた。
ライが頭を悩ませていた種々雑多な煩悶がすべて綺麗に解決したわけではない。さりとて、眼界を覆いつくしていた濃霧がいくらか薄くなるような、進むべき道だけはとりあえずしっかり見据えられているような、そんな安堵感は少なからずあった。定めし自分の人生においてもっとも重要なこの男との戦いにおける『勝利者の条件』は、今こうして正しく理解できたし、どうにかものにすることだってできたから。胸を張って、これが正しい、と断言できる揺るぎない確信を、たった一つでも手繰り寄せられたのだから。
「ちょっとちょっとーーーーー、アンタたちぃーーーーーーーー!」
心地よい達成感に浸かりかけたのも束の間、甲高い声がこちらへと近づいてきた。エルを小脇に抱えたレインだ。
「こ、こんなとこでジャレ合ってる場合じゃないって! どーゆーわけだか知んないけど、帝国軍がすぐそこまで攻めて来てるんだってば!」
ぜぇぜぇと息を切らせながら伝える彼女にライは頷き、「グレン、子供たちは?」
「なぜ、そんなことを訊くんだ」
「決まってらぁ、みんな一緒に安全なとこに避難すんだよ」
「断る……とは言わせないつもりだな、お前」
「あったぼうよ。オイラはおめぇに勝ったんだし、言うとおりにしてもらうぜ」
抗弁はするだけ無駄と見たらしく、グレンは不承不承立ち上がった。傷は決して浅くはないが、自分の足で歩けないほどではなさそうだ。
「じゃあ、レイン、あとのことは頼んだぜ」
「は? ちょっと、アンタどこ行くつもりよ」
ちょっくら用事さ、と言い置いてライがいずかへと走り出そうとするのを、グレンが呼び止めた。
「行くのか」
「おう」
「気をつけろよ。特に黒い鎧を着ている連中は精鋭中の精鋭だ、間違ってもまともに相手をするな。とにかく逃げて、逃げ回って、そして……」
「わかってらぁ。ぜってー連れて帰ってくっから、心配すんな」
「うん。――なあ、ライ、僕は」
グレンがまだ何か言おうとするも、ライは気づかずさっさと出発してしまった。
「ライ、僕は……僕は、それでも……」
呟く先には、そこだけやけに明るく照らし出された虚ろな空間――遥か北西の空が、ぽっかりと口を開けていた。
かつて大陸最凶と恐れられた、デリコファミリーという名の傭兵集団があった。
構成人数たったの十名、極めて小規模な部隊にもかかわらず、団長のデリコ以下いずれ劣らぬ猛者らが顔を揃え、雇い入れた陣営は必勝、逆に相対した陣営からはデリコと聞いただけで離反者が相次ぐほど、その勇名はミュクサガルド全土に広く知れ渡っていた。
一騎当千の精鋭ばかりで構成されたファミリーの中でも、特に戦場において多くの者から恐怖視され、忌み嫌われていたのが二人の女戦士だ。デリコの側近として常に最前線に立ち、まるで競うようにして互いに無数の敵を屠り、団内でも他の追随を一切許さぬ圧倒的な戦果を積み重ねる彼女たちを指して、ある者は『悪魔』と呼び、またある者は『怪物』と呼び、またある者は『鬼神』と呼んだ。されど、そうした様々な禍々しい仇名とは別に、誰もが口を揃えて言うことには、彼女たちはどちらも『花』だというのである。思わず息を飲むような類い稀な美貌はもちろんのこと、その修羅の営為でさえ、戦場に咲き乱れる可憐な花のごとし――と。
片や、躯の行列の果てに咲くと言われる、『疾風の白詰』――。
片や、死骸の真っ只中に咲くと言われる、『怒涛の花一華』――。
今から数年前、帝国軍の先陣部隊に雇われ、対する王国軍の精鋭部隊『碧狼騎士団』との激戦の末にデリコファミリーは壊滅したと史実に残っている。ただ、死亡が確認されたのは十名のうち八名。そして現在、残る二名にはエリスルム王国軍から多額の懸賞金がかけられ、目下お尋ね者としてその行方が詮議されているのであった。
「さあ、早く行きな。道中くれぐれもヘマすんじゃないよ」
「けど、姐さん――」
「何度もくどくどと説明させんじゃないよ。いいかい、さっきも言ったとおり、今日限りでお店は閉店。だから、ここにこうしてあんたらを閉じ込めとく筋合いはどこにもない。もちろん、殺す筋合いもね」
「しかし、僕らが店の禁を破ったのはつい昨日、閉店前ですし――」
「アァ、こっちはこっちでうるさいねえ! あんたは、あんたの女房とその腹ン中の赤ん坊を連れて無事逃げおおせることだけを考えてりゃいいのさ! わかったかい!?」
問答は終わった。世話のかかる若い男女は何度も礼を述べ、またそれ以上に何度も何度もこちらを振り返りながら、娼館の地下に掘られた抜け道へ、その先に続く闇の中へと消えていった。
非常用にと、店の経営に携わるごく一部の人間だけが知る、この抜け道。ずいぶんと前に聞いた話だが、アンバーヘイヴンはかつてデュランが幽閉されていたとされる監獄の跡地に建てられているそうな。なので、案外これもデュランが脱獄する際に掘った穴かもしれないと、誰かが笑って言ってたっけ。
まあそれはそれとして、とりあえず街の外に出られることが確実なここへ、一体何人の娘たちをこの三十分ほどで放り込めただろう。……半分、いや、きっと三分の一にも満たないはずだ。そう考えると自分は何と不甲斐ないのか。普段あの子たちをさんざん叱って、罵って、薄汚い男どもにせっせと股を開かせてるくせに、まったく、とんだ大姐さんがいたもんだ。
「おい、いたぞ! こっちだ!」
「貴様だな、用心棒どもと一緒になって我々の邪魔をしているという、店の娼婦は!」
「もう逃げられんぞ! 覚悟しろ!」
ただでさえ手狭な倉庫内に殺到し、口々にわめきたてる帝国兵たちに向かって、
「おやおや、みなさんお揃いでご苦労なこった。ところで、表の階段のとこにいた大男二人はどうしたい。まさか、尻尾巻いて逃げたンじゃあないだろうね」
「フン、あの豚どもか。ならば案ずるな。彼奴らは無謀にも我々の行く手を阻み、その結果、すぐそこで実に豚らしい、家畜らしい無様な死に様をさらしておるわ」
下卑た哄笑が高らかに響いた。
「そうかい……ブチョもゴンズも、最後まで気張ってくれたんだね……」
呟いて、足元を見る。そこには死体が一つ転がっている。ついさっき逃がしてやったあの子といつも仲良くしていた、コニーだ。両腕を切り落とされて抵抗できなくなったところを、複数の帝国兵たちに囲まれよってたかって乱暴されていた。現場は店のロビーだった。当然、そいつらは一人残らずひき肉にしてやったけど、コニーは助からなかった。どうにか引っ張ってきたこの倉庫で、痛い痛いと泣き叫びながら、死んじまった。
ブチョやゴンズや、コニーだけじゃない。アッシュと別れて戻ってきた時、とっくに店は帝国兵どもによる殺戮と強姦の地獄絵図と化していて、あっちでもこっちでも、それはもうたくさんの男たちが血を、娘たちが血に加えて涙を流していた。自分は殺せるヤツらはことごとくぶっ殺して、助けられる身内はできる限り助けた。そうして、ようやく今さらながらに思うこと……。
誰もが皆、自分みたいな半端者を姐さん姐さんと呼んで慕ってくれていた。どいつもこいつも図体ばっかり大人で、そのくせ頭はガキみたいに空っぽで、でも――みんな気のいい連中だった。本当に、今さらだけれど。
「――おい、何をしている!」
「武器を捨てろ! 抵抗したとて無駄だぞ!」
ほんと、今さらだ、何もかも。
「さっきからゴチャゴチャゴチャゴチャと、鬱陶しいヤツらだねぇ」
かくて隻眼の妖娼婦は再び戦場の花となる。遠い過去、我ながら未練がましいと思いつつも捨てられず、自室の次の間に封印していたばかに長大な片刃の大剣――
「そんなにお喋りがしたいンなら、地獄でするんだね。このベアトリーチェがきっちり送り届けてやるからさ」
彼女の愛器、羅刹姫の大鉈と共に。
快楽主義者を絵に描いたようなレイン・ヒッチコックという女は、けれどそれでいて押さえるところはきっちり押さえるしたたかな兵士でもある。
こんなこともあろうか……とはさすがに思ってもみなかったが、自身考案の新商法によって稼いだ金で、アッシュが闘技会にて調達してきたボウガンにつがえるための矢を相当量こっそり買い込んでいたのは、まことに正解だったと言える。
「だからって、こっちにも限界ってのがあるんだからね!」
事情は今もってまったく飲み込めていない。差し当たって目についた帝国兵を片っ端から射っていく。どこから攻めて来ているのだか、さっきから女子供まで見境なしに殺しまくるこいつらはきっと自分の生命をも脅かすだろう。であれば、殺られる前に殺るは必定。降りかかる火の粉は振り払わねば。
「つーか…………みんなちゃんといるー? はぐれたとか、マジでカンベンしてよねー」
また一人、血に飢えた正体不明の帝国兵を絶妙な頭部への狙撃で葬り去り、レインは後ろを振り返った。
すえた臭いの充満する暗く細い路地に、下は三歳から上は六歳まで、年端の行かぬ子供たちがざっと15名ほど、息を潜めてじっとしている。肩を寄せ集め一団となったその中心で、グレン少年が無言でこくりと頷くのが見えた。
レインとしては、このグレンが斯様な異常事態の原因を少なからず知る重要人物なのだと睨んでいる。それが証拠に、彼にはちっとも動じる気配がない。おまけにこちらの質問にも一切答えない。ライが去った後、自分をライの長屋に程近いイジェオ地区の集会所へと連れて行き、そこに集っていた子供連の保護を要請してきたのも妙だ。あたかもこうなることを事前に予期していたかのごとく、抜群に手際がよかった。平静からも沈黙からも、そして淀みない行動からも、予定調和の臭いがぷんぷんする。というか、ライは去り際に『あとのことは頼んだ』と自分に言付けていったが、あいつはグレンから事の仔細をすでに聞き知っていたのではないか。そうとしか考えられない。
「気に入らないわね……」
思わず本音が口を突く。
ガキどもだけが知っている真相がある。しかも、それに自分の生命もこうして関わってきている。不条理の感がむらむらと湧いて来て、ひどく腹が立つ。もういっそ、全部うっちゃって独りで逃げ出してしまおうか。
「ねえねえ、おねえちゃん、みんなでかくれんぼ、おもしろいね」
すぐ耳元から聞こえたきた楽しげな幼声に、レインは少々面食らった。本人たっての希望により背中に括りつけた、エルだ。帝国兵たちからの逃走に際し、ぐずられでもしたら厄介なので、この子を含め子供たちにはみな遊びだと伝えてあるのだ。
「おねえちゃん、かくれんぼがおわったら、つぎはなにしてあそぶ?」
「ああ、うん、そうねぇ……」
「エルね、おままごとがしたいなぁ」
「アンタ、ほんと好きね、あれ」
「おねえちゃんのするおとうさんね、エルのことぶたないから、すきなの」
「え……」
「エルのほんとのおとうさん、エルのこともエルのおかあさんのこともたくさんぶったから、きらい」
「へ、へー、そりゃひどいわね」
「おねえちゃんのほんとのおとうさん、おねえちゃんのことぶたない?」
「…………」
「おねえちゃん? どうしたの、おなかいたいの?」
エルが心配そうに尋ねてくる。するとレインは、
「クソったれ」
誰にも聞こえないようなごく小さな声で吐き捨てると、自身と童女を一つに固定する綿の紐の結び目を再度しっかりと締め直す。そして、路地の角から顔を半分だけを出して、その先の比較的大きな通りの様子を窺う。
途端にレインはぎょっとした。これまで単独か二人一組かでぽつぽつと見かける程度だった帝国兵が、優に十人を超す小隊規模で雁首を揃えている。のみならず、
――あいつら、正気なの!?
彼らは手に手に松明を持って、付近の建物へ火を放とうとしているではないか。
木造の住居や商店や工房が所狭しとひしめき合うイジェオ地区にとって、火災は脅威に他ならない。一度火の手が上がれば、類焼の連鎖は超高密度で密集する家屋群をあっという間に焼き尽くすだろう。無論、そこに住まう無数の住人たち諸共に。
さらに、折悪しくも不可解な微風が先頃からイジェオ全体に漂っているのをレインはすでに察知していた。巨岩の内部及び地下に築かれたバドゥトゥにあって、これはまことに奇なことである。岩盤の細かな亀裂などから外気が入り込み、街にわずかな気流が常時発生していることは前々から気づいてはいたが、ここまではっきりと明確に風が吹く理由とは一体――答えは不確定ながら即座に弾き出される。
――御取り潰しってのが妥当なとこね、帝国本国からの。
賊は外から侵入したのだ。火薬を使って岩盤を吹き飛ばし、穴を開けて。長屋で寝ているときにかすかに聞こえてきた音はそれだ。ではなぜ、本来身内であるはずの帝国軍がそんなことをするのか、考えられる可能性は一つ。野放し状態のバドゥトゥを再び厳重な管理下に置くためだ。
「なるほど、だから火――かっ」
要するに、他地区と違い何ら生産性も保護する必要性も有しない貧民街なぞ、これを機に燃やして綺麗に整地しようという思惑なのだ、ヤツらは。しかし、そうはさせない。ゴミだらけの小汚い街が焼失するのも住民たちが焼け死ぬのも自分にとっちゃ無関係だが、風に煽られ野放図に燃えまくる炎の海の中を子供連を伴って強行軍だなんて、まっぴらゴメンだ。
レインは得物に手早く矢をつがえ、狙いを定める。
多勢に無勢でも今なら殺れる。幸い手中のボウガンはかなりの高性能、しかも連中は一所に固まっているとくれば、一発の狙撃で複数を仕留めるのは造作もない。
――こっちの位置を悟られる前に連続でぶち込んで、速攻で殲滅してやる!
胸中で殺意を一気に高め、引き金に指をかけた、その時だった。レインの後方に真っ直ぐ伸びた路地の遠く彼方から、
「貴様ら、そこで何をしている!」
鋭い声がした。虚をつかれて振り向くと、そこには二人組の帝国兵の姿が。しまった、と思った時にはもう遅かった。指笛の音がけたたましく響いて、今まさに矢を撃ち込もうと狙っていた大通りの連中も何事かとこちらに向かって駆けて来る。
レインたちが身を潜める路地は片側を高い板塀、もう片側を民家の列に挟まれた完全な一方路。途中に逃げ込むようなわき道もない。或いはレイン単独なら民家の窓を破って活路を見出せもするだろうが、そんな荒業に幼い子供たち同伴で打って出るのは到底無理である。
万事休す。相応の錬度とはいえ、あくまでレイン・ヒッチコックは弩兵、遠距離攻撃に特化した兵種であって、もちろん基礎訓練としての白兵戦は多少なりとも修得しているものの、さすがにこれだけの数の敵を相手にするとなると無謀と言わざるを得ない。完全に手詰まりだ。
が、無謀だろうと手詰まりだろうと、レインは腿に装着したホルスターからダガーを抜いた。ほぼ無意識のうちに抜き放っていた。果たしてその行動が何に起因するものなのか、アッシュよろしく己が命が尽きるまで戦い抜くという兵士特有の本能か、さもなければ子供たちを守りたいと願う母性的な衝動か、ついに最後まで本人にも判らなかった。なぜなら、次の瞬間――彼女の意識はそのこととはまったく別の、実に奇怪で奇抜で出鱈目な一事に絡め取られてしまったからだ。
子供たちの一人が上空を指差し、「デュランだ!」と叫んだ。
真紅の影が、眼に痛いほどの鮮烈な赤が、頭上より飛来した。
今度は一人でなく全員が瞳を輝かせ、異口同音に歓喜した。
「「「――デュラン・ダ・ディランが来た!!」」」
またしても闖入者となった全身赤ずくめの怪人物が颯爽と宙を駆ける。垂直にそそり立つ板塀の側面を足場にして文字通りに疾走する。而して熟練の曲芸師も真っ青な超人的な挙動で向かった先は、
「うひゃぁ!」
レインの眼前。いつかの闘技会での一件をにわかに思い出し、彼女は帯革がぐるぐると巻きついた不気味な顔にダガーを突きつける。
「や、やろうっての、この変態殺人鬼!」
「こ……が……おう……」
「はぁ!?」
「お、おお、おうおうおう、だだだだ――て、ててててててていこくううううううううう」
「ちょ、ちょっと――」
「ていいいこっっっく、ぅお、ぅおぅお、ぅおれれええええ、ていこくうぉつつつつつつつつつ」
相手が発する奇声じみた音の意味するところをレインが理解するよりも前に、怪人物はぱっとマントを翻して路地から躍り出た。
「なんだぁ、貴様は! そのふざけた格好は!」
「いや、待て! こいつはたしか、少し前に報告のあった――」
そこまでだった。大通りを路地へと向けて駆け参じる最中だった帝国の小隊は、直後に信じがたい光景を目の当たりにした。
まず、デュランは例の炎を吐く曲刀を抜いて同時に三人の首を刎ねた。次に、二人をまばたきするほどの一瞬でずたずたに切り刻み、そして最後に一人を鋼鉄製のプレートメイルごと半ば強引に肩口から腰元まで焼き切った。
「こ、こここここ、ろろろろろろろす、りりりられるるるるるののののの、の、の――へいたい」
「うわぁぁぁあああああああ! 貴様、貴様ぁぁあああああああああああああああああ!」
「死ねええええええええええええええ!」
わけもわからぬ間に仲間を半分以上失い、残る兵士たちは半狂乱の体で曲者に挑みかかる。しかし無駄であった。全員曲刀の餌食となってことごとく死に果てた。
怪人物の尋常でない戦いぶりに、だがレインは絶句などしている場合ではなかった。反対側の路地の彼方から二人組の帝国兵らが近づいてきている。突然の闖入者に仰天して、かなり慎重な足取りではあるが、確実にこちらへと向かってくる。
「何だかよくわかんないけど、ほら、みんな行くよ!」
子供たちを促して大通りに出た。そのまま怪人物が立つのとは逆方向へ。初めて実際に見た街の英雄に後ろ髪を引かれるらしく、何人かが行きたくないとぐずるので、あとで菓子をたくさん買ってやるとなだめつつすかしつつ、先を急ぐ。
――けど、一体どこに行きゃ安全なのよ。
闇雲に逃げ回っても仕方がない。いや、むしろその方が危険だろう。先刻の様子を見ても明らかなように、敵は徐々に数を増し始めている。迂闊に動いてまとまった数の帝国兵とばったり、という事態は何としても避けたい。
「ねえ、ちょっとグレン、アンタどっか――っ」
身を隠せる場所を尋ねようと振り返って、レインは異変に気がついた。
いない。グレン少年の姿がどこにも見当たらない。おかしい、ついさっきまで子供たちの殿について一緒に移動していたはずなのに。
「レイン、そこにいたのか」
と――急に前方の民家脇から見慣れた、それでいてずいぶんと久しぶりに会う気のする彼女の仲間が飛び出してきた。
「止まるんだ。この先から帝国の小隊が攻め入ってくる」
腰の鞘からブロードソードを抜き、
「子供たちを建物の中に隠せ。ここで迎え撃つぞ」
娼館での出稼ぎから戻ったアッシュ・ザムは、わずかに緊張した面持ちで言った。
ライの予想に相反して街は静かだった。一目でそれとわかる厳しい帝国兵たちの姿も、見かけるには見かけるもののさほどではないように思われた。
とはいえ、イジェオ地区からラギア地区に入ると、立派に舗装された幹線道路や主要な目抜き通りはすでに封鎖されており、道を塞いで立つ黒い鎧の兵隊たち――あれがグレンの言っていた精鋭だろう――に見つからないよう脇道を迂回し迂回し用心深く進むのは、ずいぶんと骨が折れた。
また、時折見かける惨状は強いて無視する必要があった。暗黒街に生まれ育ったライといえど、さすがにそれらは直視するに耐えなかった。メイスに頭を潰されたならず者の男、上半身と下半身をすっぱり切り離された娼婦、満身を滅多切りにされ性別すら不明の浮浪者風の人物、他にも壁に意図的にぶちまけたかのごとき大量の血の跡、骨だの肉だのの欠片、臓物の切れ端と、ここで殺戮が繰り広げられたことは疑うべくもない。ライはそうした無残な痕跡をかわし、飛び越え、鼻をつく異様な臭いにめげず、どこか遠くから漏れ聞こえてくる破壊音や誰のとも知れぬ悲痛な叫び声を黙殺し、過去に一度だけ玄関先まで行ってすぐに引き換えしたラギア地区三番街の娼館『アンバーヘイヴン』を目指してひた走った。そして、ついに――
「よし、ここだ、ここに間違いねえ」
度重なる迂回を経た結果、前回訪れた正面玄関からはかなり離れた、店の勝手口へと辿り着いた。
それにしても、何度来ても大きな建物だ。琥珀色に照り映えた外壁は上にも横にも無尽蔵に広がっているかに見え、そうなると定めしこの勝手口も複数存在するものの中のたった一つにすぎないに違いない。鍵は……開いている。一体どこに通じているのやら、ライは慎重な手つきで鉄製の戸を開いて、中に滑り込んだ。
内部は単調な構造かつ陰気な雰囲気の通路になっていた。直立したライが横並びにちょうど二人分程度の狭小な左右の幅員に加え、作りっぱなしの石壁には窓も扉も一切なく、仄暗く、ほんの十歩も歩けばすぐに右に折れる。折れた先もほとんど同じで、されど正面に木製の戸がはまっているところが若干異なる。ライはその前までこれまた慎重な足取りで進み、そっと戸を押し開けてみた。
「――ぇっ!」
足を踏み入れるなり、ライはたちまち嘔吐した。無機質な空間は卒然と終わりを告げ、代わってあまりにも肉感的で煌びやかで残虐な実像が、彼の感覚器の一部を瞬時にして蹂躙したのだ。
藍色の高級絨毯が敷き詰められた幅広の廊下いっぱいにへばりつく、血肉。かつては一つに寄せ集って人間という生物を構成していたであろう様々な部品が、壁に規則正しく配されたオイルランプの光彩を受け、けばけばしく輝いている。臭気とてもまたすさまじい。血液や糞尿は元より人体内を巡る種々雑多な体液の独特な臭気と、娼婦たちが使う香水や化粧品の香気とが渾然一体となり、筆舌に尽くしがたき悪臭を撒き散らしている。
悪夢よりもなお凄惨な情景に気を失しかけながらも、ライは瞑目することなくその渦中へと進み出た。ここを通り抜けなければ娼館のさらに奥へは行けない、姉を探し出し連れ帰ることはできないのだと己を奮い立たせて。
「へぇ、なかなかやるじゃないのさ、おたく。さすがは帝国の生え抜きってとこかね」
廊下の突き当たりに見える観音開きの扉までもうあと半分というところまで来て、ライは立ち止まった。声だ。すぐ間近からたしかに生きた人間の声がする。それも、つい最近どこかで聞いた、やけに艶っぽくしっとりとした女の美声が。
「だけど残念。それっぱかしの腕前じゃあ、あたいを殺るにはちいっとばかし不足だよ」
不意にライはあることに気づき、ぎょっとした。いや、声の主のことではない。自分の周囲に展開する地獄絵図、その細部についてだ。
おびただしい量の血や肉にばかり気を取られて今の今まで見過ごしていたが、壁といわず天井といわず、何やら無数の彫り創があちらこちらに認められる。細く長く、深く、まるで巨大な化物が爪を振り回して暴れまわった後のように、石造りの建材の表面にまざまざと刻まれたこの創は一体――
「あばよ、黒い兵隊さん」
直後、ライの眼前左手の精緻な彫刻が施された開き戸が、けたたましい破壊音と共に砕け散った。粉微塵となって吹き飛ぶ木片と金具類、そして――黒光りする高質量の塊。それらが血液と思しき真紅の飛沫を伴ってライの眼界を横切り、右手の壁にぶち撒かれ、床に降り注いだ。
あまりの突発事、加えてどこか現実とは乖離したある種の美しさを漂わせる凶事に、ライが腰を抜かすことすら忘れて立ち尽くしていると、
「おや、あんた、いつぞやの坊やじゃないのさ」
部屋の中から、扉がすっぽりとなくなった戸口へと、一人の女が姿を現した。ライは思わず「あっ!」と声を上げて忘我から立ち返る。
「て、テメェは娼館の――ベアトリーチェとかいう顔役じゃねえか! どうしてこんなとこに!」
間違いない。全身血塗れていること、片手に自身の身の丈をも上回る超特大の片刃大剣を携えていること、それからなぜか左目に派手な眼帯を着用していることを除けば、この女こそアッシュを護衛役と称して引き抜き、大娼館アンバーヘイヴンに連れて行った妖娼婦その人であり、なおかつ、
「姉ちゃんはどこだ! どこにいるか教えろ!」
彼女は姉メアリィのことも知っていて、どうかするとその面倒まで見ていると言っていた。ここで会ったが百年目とばかり、ライが歯を剥き出して詰め寄る。
「答えろ! 姉ちゃんは、それとアッシュ兄貴はどうしたってんだ! 二人とも生きてんのか、どこにいんのか、オイラの質問に――」
「おだまり」
ずしっ、とベアトリーチェの大剣の峰がライの頭頂部に乗っかった。尋常でない重量にライはたまらず「あふっ」と情けない声を出して閉口を余儀なくされた。
「そうギャアギャアと喚き立てるでないよ、坊や。あらかた片付いたとは思うけど、まだどっかその辺に帝国兵がのさばってるやもしれないンだ。そうなれば困るのはあんただけでなく、ほれ」
ベアトリーチェの視線を追ってライが室内を見ると、果たしてそこには、
「ラ……イ……?」
「っ!」
「ライ、なの? どうして、お前、家にいるはずじゃ……」
「姉ちゃん!!」
おそらくこの部屋は客人を招いた際に懇談でもする談話室なのだろう、明るく開けた部屋の片隅、大きな柱時計の前で肩を寄せ合う数人の娘らの中に彼女はいた。非常に小作りな愛らしい顔出ちの、アッシュとも昨日ベアトリーチェの私室で邂逅したライの実姉――メアリィが。
なんという僥倖、そして数奇な巡り合せであろうか。実に二ヶ月という短期間ではあったものの、もはや今生の別れかと失意の底にあった姉弟は、帝国軍の街への急襲という大事件の勃発によってこうして再び合間見える機会を得たのである。
ライとメアリィは、互いに固く抱き合って再会を心から喜んだ。
「ライ、どこもケガしてない?」
「ああ、オイラは見てのとおり元気さ。姉ちゃんこそ平気か?」
「心配ないわ。だってベアト姐さんが――帝国の兵隊たちからあたしたちのこと守ってくれたから」
メアリィの視線の先、ベアトリーチェはジレの懐から取り出した煙管に火を投じ、さも暢気にぷかぷかと喫煙に興じていたかと思うと、
「再会の挨拶は済んだかい? だったら、あたいが今からする話をよっく聞きな」
早々に一服を終え、言った。
「今、この街は帝国本国から派遣されてきた大部隊に攻められてる。ヤツらの目的はバドゥトゥのお取り潰し――再統治とかいうそれらしい題目を、さっきとっ捕まえた帝国兵は口にしてやがったンだけど、要するにここをいっぺんキレイに掃除して、自分らの思うような街に作り直そうって計画さ。中でも特にウチらが商いしてるこのラギアと貧民街のイジェオは、再統治後には必要ないってんでかなり重点的にやるらしい」
さっと青ざめる娼婦らを一瞥し、心底憎らしげな面持ちでベアトリーチェは続ける。
「ここで何年も商売してきたあたいとしちゃ……いや、面子ってもンを何より重んじるラギアの連中ならどいつもこいつもそんな勝手な真似は許しちゃおけない。たとえ相手がお上だろうと徹底的に逆らって、それこそモノホンの戦争も辞さない覚悟さね。けど、今回はさすがに分が悪い。相手の規模も戦略も、これじゃあまるでアリがゾウに戦い挑むようなもんで勝ち目は絶対ない。強行すりゃ、死ぬ必要のない人間まで死んじまう、無駄な犠牲が出ちまう。そういうわけだから、さ」
憤りから一転、どこか晴れやかな笑みでベアトリーチェは、
「今日限りでこのお店は閉店だ。再雇用先の周旋も生憎ナシ。あんたらは全員お払い箱。どこへなと好きな場所へ行って、自分の力で生きてきな」
大娼館アンバーヘイヴンの閉鎖を宣言した。
「ただし、そいつは今から店を出て安全な場所まで逃げ切った後の話さ。肩ぁ並べて一緒にいる間は、あんたらはまだれっきとしたウチの商品としてあたいが厳重に管理する。……いいね?」
一様に曇天のような暗い雰囲気で押し黙る娘たち――メアリィを含めて十名――は、帝国兵の魔手から自分たちの命を救ってくれた大姐の穏やかな口調に、それでもどうにか各々(おのおの)首を縦に振った。
「でだ、今も言った通り、あたいはこれからあんたらを引き連れて店を出るつもりなンだけど、これにはちょっとした問題がある。実は地下に抜け道ってのがあって、だけどそいつはとっくに帝国の連中に押さえられちまっててね。となれば出口はここから一番近い正面玄関ってことになる」
「ちょっと待てよ」
ライが口を挟んだ。
「正面玄関って、そこのでっかい扉の向こうがわだろ、どうせ。でもよ、そっちはまだ帝国の兵隊たちがいそうで危なくないか? どうしてオイラが入ってきた勝手口を使わないんだよ」
「わかってるさ。まぁ最後までお聞きよ」
ベアトリーチェは大剣を肩に担ぎ、
「ご覧の通り、あたいの得物はこれだ。万が一あの狭い通路で仕掛けられたら、しかも挟み撃ちにされちまった日にゃ、満足に戦えないんだよ。それとも何かい、あんたらの首や胴体諸共ぶった斬ってもいいってンなら、あたいはそうさせてもらうけど」
石の壁なんざ紙みたいなもんだしね、と不敵に笑む妖婦を見て、ライはごくりと生唾を飲み込んだ。
「なァに、心配しなさんな。あたいはこう見えても、剣と男の扱いにはちょっとばかし自信があるのさ。あんたらはあたいの得物に殺されないよう注意しながら、しっかり後をついて来ればいいんだよ」
こうして一向はベアトリーチェの指示に従い、談話室を出て観音開きの扉の前へと移動した。この向こうが店の正面ロビー、いつかアッシュが初めて店に入った折、娼婦同士の壮絶な取っ組み合いに出くわした場所だ。
「……いやがるね。ギルガメシュとかいう黒い鎧の野郎どもだ」
扉のわずかな隙間から中を窺い、ベアトリーチェは小さく舌打ちをする。
「あんたら、この扉を開けたらすぐに真横の大椅子の背に隠れるんだ。あたいがヤツらを始末するまで、絶対に顔出すンじゃあないよ」
ライと娼婦らが揃って緊張した面持ちで首肯するのを見届け、
「遠いところをはるばるようこそ、帝国のお兄さんがた」
ベアトリーチェはロビーへと進み出た。同時に目の前の光景を毅然として見つめる。かつては多くの客や娼婦で賑わっていた店の顔とも言うべき吹き抜けの広大な空間には、先刻この場所で乱暴されていたコニー嬢のも含め、娘たちの体の一部や遺体がごろごろと転がっている。
「それにしても、ずいぶんご無体な真似をしてくれたじゃあないのさ。いくら帝国本国からのお偉い様ご一行とはいえ、これじゃウチは商売上がったりってもんだよ、まったく」
穢され壊された自分の庭に、無慈悲に命と貞操を奪われた同僚たちに、吐き気よりも怒りが込み上げてくる。得物を握る手にも自然と力がこもる。
「そこにいたのか、ドブネズミめが」
「のこのこ出てくるとは、薄汚い売女にしては見上げた度胸だな」
そうとは知らず、グレン少年をして精鋭と言わしためた漆黒の鎧を纏う帝国兵が二人、妖娼婦へと痛烈な罵詈を浴びせかける。
「フン、まぁいいさ。ところで、あたいはちょいと急いでる身なんでね、用が済んだのなら早々にお代を支払って、お帰り願いたいンだけど」
含意を込め、ベアトリーチェは大剣の切っ先を床に落とした。その挙動は極めて軽くであったにもかかわらず、接触した石畳の床は表面を覆う絨毯と一緒に張り裂け砕け散る。この様子を見て、帝国兵たちは声を揃えて大笑した。
「売女、貴様多少は腕に覚えがあるようだが、我らは他の雑魚どもとは違うのだぞ」
「左様。我らこそ帝国軍にその名を轟かす地獄の強襲部隊ギルガメシュの正騎士にして、帝国三名門が御一人トルーマン卿の秀抜たる矛、そして盾。歯向かう者はたとえ女とて容赦せぬ」
次々と抜き放たれる反り刃の剣――業物らしきクレイモアの冷涼な輝きに、ベアトリーチェはすうっと隻眼を細め、
「お支払いの前に、お兄さん方がここで何して遊んだのか、聞かせてもらえるかい」
突然妙な質問を投げかける。なんのことだと問い返されると、
「皆まで言わせるなんて野暮だねぇ。ここは娼館さ。他の兵隊さんらみたいにウチの娘たちとイイコトしたのかって、あたいは訊いてんだよ。それによって料金が変わるからさ」
すると一人がにわかに声を荒げて言った。
「貴様、我らを愚弄するつもりか! 敵地で婦女子に狼藉を働くなど、そのような不届き者は誇り高きギルガメシュの隊員には一人もおらんわ!」
「そっちのあんたもかい?」
「無論だ! 我々の任務はあくまで掃討、娼館内の人間をすべて手打ちにせよとの命令を本国より受け、それを実行したにすぎん!」
「へぇ、そうかい、だったら」
満足げに、ベアトリーチェは薄く口角を吊り上げ、しっとりと嗤い――
「二人とも特別料金だ。苦しまなくってもいいように、一瞬でぶち殺してやるよ」
死の宣告。瞬間、淫売婦と卑しむ相手からの侮辱にとうとう怒りを爆発させた一方の帝国兵が、クレイモアを振り上げ突撃した。
――速い、けど。
ベアトリーチェは少したりとて動じない。すかさず大剣を床に突き立て、その柄を両手で握るや全身の筋肉をしならせ軽やかに宙へと躍り上がり、ちょうど地面と水平になる格好で敵の胸へと蹴りを突き込む。淫婦の超絶挙動にわずかに面食らう帝国兵。しかし、女の細脚が放つ貧弱な攻撃なぞ彼の纏う漆黒の鎧の分厚い胸部装甲の前では涼風に等しく、ダメージは皆無。出鼻を挫かれはすれ、またすぐに仕掛けようと前を見て、
「ぃっ――」
黒き帝国の精鋭は真っ二つに両断された。頭から股下まで、バシネット型の兜はもちろん胸部や腰部を機能的に覆うセミプレートアーマーごと大剣に肉体を縦断され、絶命した。
ベアトリーチェの狙いは最初からこれだった。牽制は即ち次の一撃への布石でもあり、予備動作だったのである。原理は極めて単純だ。宙へと躍り出て前方に蹴りを放った際の運動力を丸ごと反動に変換し、自身の全体重もそれに加え、床に垂直に突き立てた得物を力任せに引き抜けばどうなるか――考えるまでもなく刃は猛烈な勢いを得て弧を、半円の軌跡を描く。その中に入れば一溜まりもない。たとえ、ギルガメシュの隊員が帝国軍から与えられた強靭無比な防具を着込んでいようと、死は免れない。
「どうだい、少しも痛くなかったろ」
ぞっとするような酷薄な微笑を浮かべ、ベアトリーチェは左右に断ち分かれた躯を見下ろす。
もう一人のギルガメシュ隊員が、相好にありありと動揺の色を浮かべて叫んだ。
「い、一体何者だ、貴様! こんな、こんなあっさりと我が同胞を打ち負かすとは、ただの売女ではないな!」
慌ててクレイモアを正眼に構え、
「待てよ、貴様が駆使するその剣と、奇怪な戦術は――」
彼ははっと息を飲む。
「そんな、まさか……貴様はあの大陸最凶と謳われたデリコファミリーの最高幹部、戦場に咲くと言われる怒涛の花――」
「おおっと、そこまでだよ、お兄さん」
相手の言葉を制し、ベアトリーチェは長大な得物の切っ先を後方に置いた、いわゆる脇構えを取る。
「あたいはそんなご大層なもンじゃあないよ。そうさ、あたいは男に股ぁ開いてテメェのお飯の種にする、ほんのケチな娼婦――いいや、元娼婦さね」
そして、それこそ胴が二つに裂けるのではと危ぶまれるほどの激烈で素早い大股一歩の踏み込みから、またしてもその運動力を存分に利用した中段斬りを巨大な風車のごとく解き放つ。さりとてこの一刀は不発に終わった。ギルガメシュ隊員は紙一重で後方に飛び退って辛くも回避に成功した。
――ちっ、やっぱまだ勘が戻ってないね。踏み込みが甘いったら。
渋い表情のベアトリーチェに敵は空振りの間隙を縫って切り込んだ。淀みのない流麗な挙動から上段切りを打ち下ろす。ベアトリーチェはただちに引き戻した大剣を全面高く掲げてこれに即応。古代文字らしき楔形の紋様が一面びっしりと刻まれた幅広かつ肉厚な濃紺の刀身は、先端を下に向けたまま己が主を守護する一枚の盾へと早変わりし、肉薄する凶刃を易々と弾き返した。
ギルガメシュ隊員の攻勢は終わらない。懐に飛び込んだのを良しとし、完全に勢いづいた手練の兵は上中下段を巧みに織り交ぜた幾多の剣線を矢継ぎ早に叩き込む。一方のベアトリーチェはそれらすべてを得物の大刀身で漏れなく防ぎおおせる。二つの鉄が衝突の度ごとに火花を上げ、このまま戦局は膠着するかに思われたが、
「っ!!??」
ギルガメシュ隊員が凍り付く。眼前から淫婦の姿が忽然と消えた。
そんな馬鹿な、自分は一瞬たりとて相手から目を離していないのに、まばたきすら惜しんで一心に攻め入る隙を窺っていたのに――と狼狽する彼はまだ知らない。頭上をぐるぐると旋回し、今まさに襲い掛からんとしている白く艶かしい二本の脚のことなど。
この時すでに、ベアトリーチェの絶技が再び炸裂していた。先と同様、床に突き立てた大剣の柄を両手で握り空中に出でて、今度はなんとそのまま肉体を天地逆向きに固定、つまり逆立ちしているのだ。ギルガメシュ隊員が驚愕したのは、彼女がその体勢へとあまりに速く突発的に移行したためであった。
ベアトリーチェという女が、かつて大陸全土に屍の山を築いた傭兵集団『デリコファミリー』の最高幹部にして同団きっての達人剣士『怒涛の花一華』本人であることはもはや自明だろう。
では、一体何が彼女をそうせしめたのか、また今もって斯様な絶技を駆使して帝国の精鋭をすら手玉に取り得るのかといえば、当然ながら戦場における経験値の違いや、過去の血のにじむような鍛錬によって抜群の身体能力を有しているせいもあろうが、理由はそれだけではない。
遥か昔、大陸の主に北方で猛威を奮っていたオーガ一族の女頭目が所持していたと伝えられ、過去にベアトリーチェがさる戦場近くの洞窟内にて入手し愛器に定めた『羅刹姫の大鉈』。実のところこの大剣は内部に魔術を宿した『封魔物』と呼ばれる古の宝具で、かのデュランを模す怪人物が所持する魔剣デュランダルも、世界中に全部で九つ存在するとされる――もっとも、そうした伝承を知る者自体、今の世においてはごく一握りだが――同宝具の一つなのである。
封魔物はそれ自体が意思を持ち、自らが主と認めた者を置いて一切の所持を許さないという。そうした意思の発露こそがデュランダルにおける柄の刃であり、そしてベアトリーチェ自身は気づいていない――というより魔術の存在を信じていない――が、羅刹姫の大鉈においては桁違いの重量なのだ。実にベアトリーチェの体重の四倍近い得物は、従ってアッシュにさえまともに扱えない。されど、一度封魔物の意思に呼応し自在に使役できるようになれば、非常な重量を伴った比類なき切れ味と強固な防御力で敵対者を圧倒する脅威の戎具となる。
数限りない死地を渡り歩いて磨き上げた戦闘センスと、厳しい自己鍛錬の賜物である人智を超越した肉体の挙動に加え、恐るべき封魔物の力をも操る妖しの女戦士ベアトリーチェ。彼女を敵に回した憐れなギルガメシュ隊員の命は間もなく尽きる。
「出ていきな、ウチの店から」
頭上の信じられない角度から急襲してきたウェッジサンダルのつま先に額をしたたか蹴りつけられ、視界を飛ばされると同時に後方へ大きくのけ反り、
「そして――二度と来るンじゃないよ!」
峻烈な逆袈裟斬りの餌食となる。大剣は、その柄を軸とし回転したベアトリーチェが着地と同時に直前まで溜め込んだ遠心力を余さず得て、さながら暴風のような禍々しい剣速で標的を破断するだけでは飽き足らず、瞬時に躯と化した重々しい塊を遥か上空にまで舞い上げる。
間もなく、ロビー内に木霊す残響。
虚空よりばらばらと降り注ぐ、金属と肉の無機質な着地音。
「おら、さっさと行くよ」
敵を討ち果たし、文字通りに退路を切り拓いたベアトリーチェが呼びかけると、ロビーの壁際に置かれた長椅子の背後から、ライと娼婦たちがおっかなびっくり這い出てきた。
「あ、あんた……いやいや、おばちゃん意外とスゲーな。あんなの人間の動きじゃねえってばよ。まるで化物みたいだ」
「坊や、坊やもあいつらとおんなじ目に遭わしてやろうか、ううん?」
「ひっ――! すんませんすんません、オイラが悪うございました!」
ライは自らの失言に気づいて慌てて謝罪し、引き攣った笑みのベアトリーチェの後ろにやや距離を置いて寄り添った。生き残りの娼婦らもいささか恐々とした足取りで彼に倣う。
改めて一団となった面々は、ロビーの惨状をなるべく見ないよう見ないよう努めつつ、先頭のベアトリーチェについて手早く外への出入口に行き至った。仲間たちの死を悼む気持ちはあるにせよ、それ以上に死臭漂うこの建物から一刻も早く逃げ出したいという強い思いが、彼女らそれぞれの顔より見て取れた。
「敵の数が思ったよりも多いね。でもまぁ、当たり前といや当たり前か。あたいが店の中で派手に暴れ回ってるのはとっくに筒抜けだろうし、厄介なヤツはさっさと狩っちまったほうが後々面倒がないって話さね」
娼館の玄関口にそびえる大扉をごく細目に開き、外の様子を確認してベアトリーチェが呟く。たしかに、丁字に開けた表にはざっと二十名程度の帝国兵が一箇所に集り陣を張り、おそらく娼館内へとなだれ込む準備を整えているのだろう、武器を手に手に厳しい声と面構えで互いに呼び合っている。ただ、軍勢の中には黒のセミプレートで武装したギルガメシュの隊員は三、四名しか認められず、他は軒並み通常のチェインメイルで武装した一般兵たちであり、戦力としては左程ではないように思われた。
「よし、だったら決まりだ。全員でいっぺんに外へ出てって、あたいが野郎どもをきっちり皆殺しにしたらすぐ移動。みんな、くれぐれも先走るンじゃあないよ。まずは周囲の安全確保が最優先だからね」
「移動って、行くあてはあんのかよ」
小声でこそこそ尋ねてくるライにベアトリーチェはきっぱりと頷く。「貧民街さ」
「さっきの質問、アッシュのことだけどね、あいつとはさっき別れた。仕事ができたって言ってイジェオの方向に走ってったから、きっとあんたらのとこへ向かったんだろう。探して合流するよ。……もう二度と会うことはないなんて、接吻までしてお別れした身としちゃあちょいと気恥ずかしいけど、情況が情況だしね」
「せ、接吻っ」
ライが頬を染めた。大人になったらあんたにもしてやるよ、とベアトリーチェは悪戯っぽく微笑した。
「それじゃあ、行くよ。何度も言うようだが先走りはご法度。外に出たら扉の前でじっとしてるんだ、いいね?」
念押しを済ますと、ベアトリーチェはやにわに大扉を蹴破って外界へ飛び出した。そのまま一気呵成に店先のぽっかりと開けた空間を渡る。そして、目と鼻の先にまで迫った敵を、慮外の出来事に完全に不意を衝かれる一人のギルガメシュ隊員と三人の一般兵を、得物で真一文字になぎ払った。吹っ飛ぶ四つの上半身。続けざまにもう一閃、敵陣のど真ん中で急制動を駆けた左前足を軸に回転し、旋風と化した羅刹姫の大鉈で五人の一般兵を同じく水平に叩き切る。
ここでようやく敵襲に気づいたギルガメシュ隊員が一名、クレイモアを振りかざして妖婦に挑みかかるが無駄だった。すでに返す刀で斜め下方からせり上がってきていた過重な刃に捉えられ、腋下から頭部を丸ごと粉砕されて真っ赤な破片を上空に噴き上げた。
敵の戦力を一気に半数まで減らし、さらにベアトリーチェは残りの手勢も始末しようと得物を脇構えに持っていく。
そこへ一条の刺突が攻め入った。
自身の大剣に勝るとも劣らない分厚く長い切っ先をかろうじて弾き返しつつ、ベアトリーチェは背筋にぞくりと悪寒を覚える。
――この速さ、タダもんじゃあない!
瞬時の判断で後方に身を引く。次いで相手はどこかと視線を飛ばした先、帝国兵たちの人垣を左右に割って現れた二名の黒い騎士を見て、彼女は我知らず大きく息を飲んだ。
一人は、いやにねとっりとした目つきの痩顔の男で、全身の至るところに鮮やかな金の彫刻が施された漆黒のフルプレートアーマーを纏い、すぐにこの男がギルガメシュを束ねる隊長なのだと知れた。
しかし、ベアトリーチェが驚愕したのはこちらではなく、むしろ攻撃を仕掛けてきたもう一方の人物だった。
女だ。隊長のとは違う彫刻のない無骨なフルプレート、剣を内臓した右腕の巨大なソードシールド、そして何より――鋭い鋭角に切り揃えられたおかっぱ髪と凛と引き締まった美しい顔立ちは、見紛うはずがない、忘れるはずもない、
「ブレ……ア……」
その名を呼んで、ベアトリーチェは半ば虚脱する。
一体どういうことだ。共に『怒涛の花一華』、『疾風の白詰』と並び称されたかつての盟友は、いかにもファミリーが壊滅した後も自分と同様どこかで生存し、お尋ね者として手配されているのだけは知っていた。だがなぜ帝国に、しかも正規軍なぞに所属しあんな立派な装備に身を包んでいるのか、まったくもって事情が掴めない。
「ライ!」
「――グレン!? グレンか! テメェ、何だってそんなとこに!」
困惑するベアトリーチェをよそに、こちらでも驚くべき再会が果たされていた。
ギルガメシュの隊長が跨る軍馬の傍らには、先ほどレインたちの許より姿を消したグレン少年が控えていたのだ。
ライはたまらず娼館の玄関口より駆け出した。娼婦たちも後を追った。
「ああ、メアリィさん、メアリィさんも無事でなによりです」
安堵のため息を吐き、優しげに微笑するグレンを見てもメアリィはただただ青い顔をして震えるばかりで、応えようとしない。久方ぶりに会った彼が、娼館を襲撃した帝国の兵隊らと一緒にいることに非常な衝撃を受け、絶句している。
「グレン、おめぇオイラとの約束を破りやがったな!」
「約束? 約束なんてした覚えはないな」
憤る友をグレンは無感情に突き放し、再度メアリィに柔和な笑顔で語りかける。
「さあ、メアリィさん、僕と一緒に行きましょう」
「い、行くって、どこへ?」
「ブロドキン帝国の首都、ガンダルグへですよ。こちらのトルーマン卿の計らいで、僕らはそこで何不自由なく暮らせるんです。これからはこんな汚い街で体を売ることなんてない、食べる物にも困らない、とても平和で気楽な毎日が待ってますよ――ね、トルーマン卿」
少年に無垢な瞳で顧みられた、ギルガメシュ隊長ことイオニア・トルーマン伯爵。彼は、見る者をあからさまに不快にさせるひどく歪んだ笑みをクッ――と漏らすと、
「はて、貴様はさっきから何を独りで喋っておるのだ」
腰の鞘から、豪奢な銀細工の籠柄がついたクレイモアを抜いて、馬上で真下へと思いきり切りつけた。
ライが、メアリィが、ベアトリーチェが、娼婦らが、皆揃って目を見開くその前で、グレンは胸に赤い華を咲かせながら、呆然として地に両膝をついた。「ど……どうし……約束と……ちが……」
「知らんなぁ、そんなものは! 余は貴様と同じく誰かと約束なんぞした記憶はない! ましてや貴様のごとき貧民のガキと、クックククク、冗談はよしてくれたまえ、腹が痛くてたまらんよ」
侮蔑に満ちた大笑が周囲に響き渡り、グレンの目から涙がこぼれた。
「メアリィ……さん。僕は……僕……は……」
少年が昔馴染みの美しい女性へと差し伸べた手は、わなわなと震え、宙を掻いたのち、卒然と力を失してだらりと垂れ下がり、ちっぽけな体躯は石畳の上に音もなく伏した。
「て――テンッメェェェェェェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!」
たちどころにライが爆ぜる。木剣を手に、最前グレンを圧倒した獣の動きでトルーマンに襲い掛かる。
「やめときなっ!」
それを制したのは妖婦ベアトリーチェだった。すんでのところでライの襟首を掴んで、引き倒す。
「あんたじゃあいつにゃ勝てっこない! 命を無駄にするのはおよし!」
「離せっ、離せよぉぉぉ、ベアトリーチェェェェェエエエエエエエエエ!」
「馬鹿だね、よっく考えてみな! あんがヤケを起こしてこの野郎に殺されちまえば、あんたの姉様はたった一人きりの肉親まで失ってもっと傷つくことになっちまうんだよ! それでもいいってのかい、ええ!?」
「うるっせぇぇえええ! こんなヤツにオイラは負けねえ、ぜってー負けねぇぇぇぇええええええええ!」
「いい加減にしな!」
それでもなお敵に挑みかかろうとするライの頬へ、ベアトリーチェが平手打ちを見舞う。けれど、なおまだ暴れようとするので何度も何度も連続で打ち据える。そうして、ようようわずかではあるが大人しくなったライの胸倉を締め上げ、
「死んじまったら終りだって言ってンだろ。生きてりゃ、生きてさえいりゃあ、機会は巡ってくる。それまでじっと耐えろ。耐えて耐えて耐えて耐えて、耐えて、いつか必ずあの野郎をその手でぶちのめすんだよ、あんたは」
喉の奥から絞り出すような声には、恐ろしいまでの気迫と凄みがあった。彼女が生きてきたこれまでの人生を総動員した、気迫と凄みだ。
ライはうな垂れ、沈黙した。
「隊長および副長にご報告致します! 官庁の制圧、終了しました!」
まるでその機を狙ったかのように、一人のギルガメシュ隊員が丁字路の奥から駆け参じてきた。
「そうか、相分かった。では向かうとしよう」
報告を受け、トルーマン隊長がまたぞろクッと顔面を歪ませる。
「シェール大尉、貴君はどうするかね?」
「は、私めはこやつらの処分を済ませたのち、速やかに合流いたしたく」
「よかろう、好きにするがいい。だが、早く来いよ、待っているからな」
「イエス、マイロード」
兵たちを引き連れ、黒い後ろ姿は遠ざかっていった。すかさずベアトリーチェがライに言った。
「坊や、お友達と娘らを連れて、アッシュんとこへ行きな」
「……え?」
「よく見てみな、その子はまだ死んじゃいないだろ」
ベアトリーチェが示す、捨て置かれたグレンの姿を見て、ライははたと我に返る。肩がゆっくりと上下している。まだ息がある。
「お前さんがどうにかするのさ、ダチの命も、姉様や娘たちのことも」
「オイラが、みんなを……」
「ブレア!」
卒然と呼びかけられても、馬上の女戦士は少しも動じる気配を見せず、
「どこへなと行け。取るに足らんクズどものこと、私は一切関知せん」
実によく通る美声ではっきりと答えた。ライはしばし迷っていたが、
「行こう、ライ。ここはベアト姐さんに任せて――ね」
姉のメアリィに促されると、「わかったよ……」と呟いてグレン少年に近づき、瀕死の彼を背中に負ぶった。
「先に行ってっけど、あとから必ず追っかけて来いよな。あんたにゃ、そのぅ、借りがあるからよ。そいつをきちんと返さないとおさまんねえしよ」
「あたぼうさ。大人ンなったあんたに接吻してやるって、こっちもさっき言ったばっかしだしさ」
「――っ! うっ、うっせえやい! とにかく早く来いよな、アッシュ兄貴たちと一緒に待ってっからな!」
こうしてライと娼婦たちも去っていき、大娼館アンバーヘイヴンの前には実に七年の歳月を経て邂逅した二人の元女傭兵たちだけが残された。
「なぁ、ブレアさぁ」
静かに燃える隻眼が、かつての同胞――『白詰』と戦場で仇名された絶世の佳人を射殺さんばかりにねめつける。
「一体全体どんな事情があるのか知らないけど、あんた、こんな真似して平気だってのかい」
「その言葉、そっくりそのまま貴様に返そう。こんな掃き溜めのような場所に人知れず落ち延び、娼婦などという浅ましい商売に身をやつしている貴様にな」
氷を思わせる固く冷たい顔がかすかに揺らぐ。「惨めだな、花一華」
「……なん、だって?」
「惨めだと、そう言ったのだ。それともなにか、仲間を見殺しにして一人でコソコソと逃げ出し、ファミリーを全滅に追いやった罪の呵責に耐えかねでもしたか。だからこんな場所で元の名を捨て、男に体を売り、自ら卑しい醜業婦の立場に堕して贖罪をしているとでも?」
「ブレア、あたいは――」
「呼ぶな! その、男どもの種汁にさんざん汚された生臭い口で、あの人につけてもらった私の大切な名前を二度と呼ぶな。吐き気がする」
「…………」
「どうした、戦らないのか。負けるのが怖いか、なぁ――ベ、ア、ト、リー、チェ」
次の瞬間、妖婦は地を蹴り斜めに飛んで、氷点下の嘲笑へと愛器を叩き込んだ。ところが、独立強襲部隊ギルガメシュの副長、黒染めの女戦士ブレアはにたにたと笑ったまま、いとも簡単に、赤子の手を捻るように右腕の大盾で神速の一撃を防いで見せた。
「遅すぎて、弱すぎて、まるで話にならんな」
まさか、とベアトリーチェは空中で戦慄する。奇怪なヘビの紋章が刻まれた盾はそれ単体でも規格外に大きく、さらには先端に極太の両刃剣まで備え、実際このソードシールドには非常な重量があって然るべきにもかかわらず、それをまったく意に介さぬ今の相手の挙動は――
「退け、淫売」
痛みとも衝撃ともつかぬ、両者をない交ぜにしたような異様で激烈な感覚が、直後にベアトリーチェの体内を隅々まで駆け巡り、貫いた。
――なっ、なん、だ、こ、りゃあ。
手足が痺れて言う事を聞かない。視界がぼやけて白む。意識が……意識がどこか遠くへ持って行かれる!
「チッ、やはりまだ馴染んでいないか」
「くっ……そっ……」
「これでは雌犬一匹無力化するので精一杯だな」
「ブ、レア……あんた……何をしや……がった……!」
真っ逆さまに落下した地面から、ベアトリーチェはいまだ麻痺したままの肢体で大剣に縋りつくようにしてやっと起き上がる。わけがわからない。或いは毒でも盛られたか、そうでなければ不可思議な幻術にかけられたか、いずれにせよ生まれて初めての体感だ。自分の体がまるで他人のものみたいな、こんなおかしな感じは。
「これで解ったろう、淫売よ」
ぴたり、と大盾の先端の鋭利な刃が首筋を捉えた。
「享楽に溺れて鈍りに鈍った貴様は、もはや私の敵ではない」
そして。
「失せろ。貴様には殺す価値すらない。そのまま裏切り者として淫売として、これからも生きて恥を晒し続けるがいい」
冷罵を残し、女戦士は去っていった。
たった独り捨て置かれたベアトリーチェは、その場に立ち尽くす。
「ちくしょう……ブレアの奴……」
こちらに向けられた相手の背中はあまりにも無防備で、彼女には成す術など、もう何一つとしてなかった。
アッシュとレインの貧民街における帝国兵らとの攻防戦は、二人がまったく予想だにしなかった方向へと急速に進展しつつあった。
「レイン、奴の――デュランもどきの動向はどうなっている」
「相変わらずよ! つーか、アンタの援護しながら殺人鬼の監視もって、どんだけコキ使うつもりだ!」
進路確保のためわずかに先行するアッシュと一定の距離を置きつつ、子供たちを伴って移動するレインはボウガンの照準をあちらへこちらへ、向けては離し向けては離しを忙しなく繰り返す。
アッシュが戦列に加わったとて、赤マントの怪人の標的に変化はなかった。闘技会ではあれほど熾烈に刃を交えた相手を無視して、かの人物はひたすら帝国兵に対してのみ火を吹く魔剣を振るっている。されど安心するのは早計だということで、こうしてレインが見張りについているのだが、
「もう、アホみたいにすばしっこいヤツね! ちょっとは人間らしい動きしてよ!」
「おねえちゃん、わるいへいたいいる! スプーンもつ、うえのほう!」
「――んなろぉおおっ!」
道沿いに建築物が乱立する当地区において、およそ人間離れした超速度で周囲を自在に駆け回り、跳び回る怪人を逃さず捕捉し続けるのは至難の業。加えて建物の窓や屋根から時たま帝国の弩兵たちが姿を見せるとあらば、当然そちらも先手を打って仕留めておかなければならず、一瞬たりとて気が抜けない。
「ちょ――っ、邪魔――」
エルが教えた方向、右上方の民家の屋根に狙いを定めるなり、レインは盛大に泡を食った。そこにて自分と同じくボウガンを構えていた帝国兵を、どこからともなく跳び上がってきた赤マントが急襲したのだ。
あ――と思う間もなかった。解き放たれた矢は、本来命中するべき的とは異なる怪人の肩に突き刺さった。誤射。相手が急に獲物の前に飛び出して来たとはいえ、完璧な人違い。にもかかわらず怪人は怯むどころか、射られたことにすら気づかない様子で弩兵を切りつけ、あっさり倒してしまった。レインが思わず「げぇええー、うっそー!」と仰天する。
「トゲだらけの柄を握ってるってアンタも言ってたけど、あいつってマジに痛みを感じてないんじゃ!?」
「かもしれん。いずれにしろ、追いかけっこはここまでだ」
前方に待ち構えていた剣兵を一刀の許に排除し、アッシュは後方のレインたちとの距離を詰めて一塊にまとまった。
「子供たちの体力がもう限界だ。それに、ここまでやれば充分だろう。お前たちと合流する以前に俺が単独で仕留めたのを含め、敵は相当数の戦力を失ったはずだ。もはや当初予定していた作戦の完遂は断念すると踏んでいい」
「どこも火事になってないのを見ると、アンタの言う通りかもね」
「俺とお前、そして奴――。抵抗勢力の存在が完全に想定外だったんだ、連中にとっては」
アッシュの視線の先には真紅の影が、さきほど屠った弩兵の傍らで急に動くのをやめた怪人の輪郭が、暗黒街バドゥトゥの薄闇の中にくっきりと浮かび上がっている。
「邪魔者の排除を優先した帝国兵たちが放火の任を怠った結果だが、知ったふうな口を利ける立場ではないな、俺たちも」
「そうね。悔しいけど、ちっとも予想してなかったあいつの乱入があったからこそ、あたしらは最悪の情況を回避できたんだからさ」
礼くらい言ってやってもいいかな、とレインが殊勝なセリフを吐いた矢先のことだった。赤マントの怪人が再び跳躍し、あろうことかアッシュら面々のすぐ眼前に降り立った。感謝したそばからこれかと、大慌てで弩弓に矢をつがえるレイン。アッシュもブロードソードを構える。
「再戦の前に訊いておく。お前は一体何物だ」
「……ぅお、ぅおれ、ぅぅ、ぅおれはぁぁぁ」
「オレ――ということは男なのか、少なくとも性別は」
「ぅおれ、おとおと、おと、こ、で、なにぃ、もの。なにものぉ」
「デュランの真似事をしているのはなぜだ」
「デュ……ラン。ぅおれ、デュラン。なる、なったなった、なるなななった。あた、あたらしいいいデュラン、が、ていいこくの、へいたい、ごろ、す」
「なるほど、新しいデュランか。ならば問うぞ、デュラン二世。お前は不死身の兵――」
「ぅぅおれ、デュラン! デュランていいこくのへいたいころす! り、りり、りられれるもころす! どぅりぃぃぃぃいいいいぶも!」
どうにも噛み合わない会話の果て、赤マントの怪人改めデュラン二世は急に有頂天――アッシュにはそう見えた――になって全身をがくがくと揺すったかと思うと、ぱっとマントを躍らせ、いずこかへと跳び去っていった。アッシュとレインはただただ呆気にとられ、その姿を見送るより詮なかった。
まっとうな意思疎通どころか言葉自体を交わせなくなった相手のことはさておいて、今後のことだ。
周囲を見渡す限り、生きて動いている帝国兵は認められない。死んだはずの敵がいつかの廃村の折のように蘇って襲ってくる様子もない。耳をそばだててみても、少なくとも聞き取れる範囲内からは悲鳴や怒号や破壊音といった、不穏な音声は発せられていないようである。
とりあえず、当面の危機は脱した。ならばどこか落ち着ける場所へ移動し、子供たちを休ませるのが先決ということになった。
「このすぐ近くに医院らしき建物があったな。そこへ行くぞ」
アッシュの先導に従って一向は歩き始めた。
二人の懸念をよそに子供たちの大半は非常に元気だった。伝説の英雄デュラン・ダ・ディランの勇姿をすぐ間近で見られたのがその最たる原因だったが、中にはアッシュやレインの戦いぶりに胸躍らせた少年少女もいるようで、彼らは思い思いに自分が贔屓とする戦士の真似ごとをしては、小さな体できゃっきゃとはしゃぎまわっていた。それでも一部の子ら、特に年少者の何人かが疲労に耐え切れずに泣き出したため、レインが両手で一人ずつ手を引いて歩き、アッシュに至っては左腕に一人右腕に一人と抱き上げ、さらにもう一人を肩車して、事態の収拾に当たった。レインとしては、まるで自分たちが一つの大家族にでもなったかのような気分を味わい、わずかに懐かしさを感じると同時に息苦しさをも思い出して少々うんざりしたが、アッシュの妻となって彼の子を次々と産む自身の姿を妄想するにつけ、あまりの羞恥と屈辱の念にそんな過去のことはどうでもよくなった。
「アンタ、あとで一発ブン殴るからね」
「?」
「くっ、なんかすごいムカつく、その仏頂面」
両脇に木造のちゃちな作りの建物が並んだ、どれも同じに見える入り組んだ街路をいくつか抜け、一向は程なくしてイジェオの目抜き通りに出た。そこには戦火を免れた多くの人々が、大人も子供も揃って惨事の爪痕の許で、長らえた己が生を営んでいる。帝国兵に破壊された家屋を修繕する者、屋内から遺体を運び出す者、路上に盗品と思しきがらくたを広げて売りさばく者、そして、何をするでもなくぼんやりと立ち尽くす者。アッシュたちはそうした人々の波を縫って進み、目的地である医院の前まで辿り着いた。
イジェオにしては相当に立派な部類に入る石造りの平屋の前には、中に収まりきらない患者があふれ返っていた。しかも、そのほとんどがここに仔細を描写するのが憚られるほどの重傷者ばかりで、近隣の家々より通りに持ち出され並べられた無数の食卓机の上、悲痛な呻きや叫びを発する彼らに対して看護の手は明らかに足りていない。だからだろう、生命の灯火は次々と消え、さらにはそれを今や遅しと待ちかねていた他の怪我人たちが、ついさっきまで生者だったまだ温かな躯を押し退けるようにしてただちに即席の寝台に横たわる。順番を巡って争いが起こらないのは、定めしそんな体力も気力も誰もが持ち合わせていないからだ。いずれ死ぬのが確定なら地べたよりは机の上の方がいくぶんまし……程度にしか思えないのである。
「想像以上の惨状だな。これでは休憩もままなりそうにないな」
「そうねぇ。あたしらの中には怪我してる人間は一人もいないし、中の待合室に座らせてもらえりゃそれで満足なんだけど、どうも無理っぽいわ、この有様じゃあ」
野戦病院もかくやという情況に、アッシュとレインは考え込む。二人にぴったりと寄り添って離れない子供たちは、医院までの道中は元気だった者も今ではすっかりこの場の凄惨な雰囲気に怯え、皆すぐにでも泣き出しそうな気配を漂わせている。
「……メアリィ、おねちゃん」
アッシュが代案を検討していると、彼の懐中に抱かれた男児がぽつりと言った。
涙で潤んだ小さな瞳の見つめる先に、一同の視線も自然と引き寄せられた。
「きっともうすぐ、あともうちょっとで先生が来てくれるはずだから、それまで辛抱するんだよ!」
いかにも、彼女はベアトリーチェの私室でアッシュが出会った新米娼婦――メアリィだ。
「たかがかすり傷でへばってんじゃねえ! こんなのオイラがへし折ってやった骨に比べりゃ大したことねえだろ!」
その隣にはライもいる。姉弟はメアリィの同僚と見られる数人の若い娘らと共に、寝台の上に横たわる一人の少年を取り囲んでいた。
「ライ……」
「なんだ、ひょっとして再戦の申込みか!? だったら受けて立つぜ!」
「お前の言うとおりだよ……馬鹿なのは……この僕のほうだ……」
「そ、そんなの最初から知ってらぁ! 藪から棒にどうしたんだよ、一体!」
「たくさん訓練したんだ……たくさん考えたんだ……。なのに僕は……結局……」
「もういい、グレン! もういいからしゃべんな!」
「ごめんなさい……メアリィさん……。あなたのこと……僕……ちゃんと守れなくて……」
少年の血で汚れた傷だらけの手を、ぐっ――とか細い手が握り締めた。そんなことあるものかと、彼に伝えんがために。
「なあ……ライ……僕たちさ……」
「黙ってろっつってんだ! もう一回すげーのぶちかまされてえのかよ――っ、この大馬鹿野郎!」
振り絞るような友の罵声に少年は微笑んで、
「早く……大人になりたいなぁ……」
ゆっくりとその目蓋を閉じたのだった。
帝国軍による襲撃の日を境にして、バドゥトゥの様相は大きく変転しつつあった。
最初にして最大の契機は、街の再統治の中枢としてダスーダ地区に『統治府』なる文字通りの名を冠せられた行政機関が早々に発足したこと、そしてそこへギルガメシュと入れ替わる形で帝国本国から派遣されてきた新たな部隊が着任したことだ。後にバドゥトゥの人々から『スクァムズ』と通称されるこの部隊は、ギルガメシュと同じく帝国三名家の現当主を長とした女性隊員のみで構成される部隊で、その遣り口は実に徹底したものであった。
彼女たちスクァムズの面々は、アッシュを千倍にも万倍にもしたらこうなるというふうな、与えられた命令に単純に従うだけのまさしく人形と呼ぶに相応しい、役人兵士の模範のような集団だった。職務はあくまで市民の管理。統治府で厳に定められた規則の遵守。他の事柄は何ら頭の中にないと言わんばかりに、賄賂に篭絡されることもなければ、無用な殺戮に手を染めることもない、もちろん婦女を欲望の赴くままに暴行したりもしない。反面、少しでも自分たちに盾つく者はたとえ女子供であろうと容赦なくその場で処刑し、またそうした疑いのある者はダスーダに置いた庁舎へとことごとく引っ立てて、尋問という肩書きの苛烈な暴力で同じく死に追いやった。
斯様な謹厳実直かつ冷酷無残な支配体制は、暗黒街に住む人々の生活を一変させた。当局の犯罪に対する追及も当然のごとく厳しくなったため、日々のたずきをもっぱら悪事に求める盗賊だの殺し屋だのは言うに及ばず、脱税で私腹を肥やす旧体制の役人や富裕層から、果ては貧困により已む無くコソ泥に手を染める少年少女に至るまで、罰則を恐れるあまり現在の暮らしぶりを手放す者が相次いだ。
こうなってくると街には必然的に失業者が溢れそうなものだが、しかしそこはスクァムズを束ねる部隊長にして帝国三名家が一角、シーマ・マディスン卿の命によって希望する者については優先的に働き口が提供された。主にイジェオ地区およびラギア地区を対象とした街の再開発事業がこれにあたり、何ということはない、要は過酷な労働に低賃金で従事する人足へとならず者たちをそっくり転用してしまおうという統治府の企てである。
大きな変革の時を向かえ、これからバドゥトゥがどうなっていくのか――かつての忌まわしい監獄都市に逆戻りするのか、いずれまたしても革命が起きるのか、その顛末をアッシュやレインがつぶさに見ることはない。彼らは先を急ぐ者。そうでなくとも果たすべき任務を負ったまま一つ所で何日間も足止めを食っている現状を考えると、もはや一分一秒の時間ですら惜しまれる。とはいえ、帝国軍襲来の日から三日が経った今日現在、二人は満足に外を出歩くことさえ困難な身になってしまっていた。あれだけ派手に暴れれば無理からぬ話だが、アッシュとレイン、ベアトリーチェ、デュラン二世の四名は帝国に反抗する危険分子として目下街中に手配書が出回っており、下手にベアトリーチェから受け取った給金を旅の物資に換えようとマール地区の市場へ赴こうものなら、たちどころに多勢の敵兵、しかもギルガメシュ級の熟練兵士ばかりで構成されたスクァムズ隊員らに取り囲まれて敗北は必至。いくらアッシュといえど、レインを含めたった二名で立ち向かうには相手があまりに強大すぎる。
如何ともしがたい事情はあるにせよ、旅に必要な物資を急ぎ調達して出発しなければならないことに変わりはない。任務の続行もさることながら、日増しに狭まりつつある当局の捜査網はとうに危険域を越えている。ここまではイジェオを帝国兵たちの魔手から守った功績を認められ、同地区の住人たちの支援を得てどうにか隠れおおせてきたものの、それとていつまで保つか。現に今朝もアッシュたちが身を寄せていた街の医院――数日前にライたちと合流したあの医院である――へとスクァムズがガサ入れに入り、事前に連中の動向を探っていた住人の通報により二人は寸でのところで難を逃れたばかりだ。そして、差し当たって次の潜伏先に選んだ古道具屋にて、さらなる悪展開がアッシュとレイン両名を窮地に追いやるのだった。
「どどどど、どーしよー!」
「どうもこうも、失ってしまったものは仕方がない」
店主が勧めてくれた茶をすすりながら、アッシュは何食わぬ顔で言った。
「アンタねぇ、よくもまあこんな情況で落ち着いてられるわね! あれがないと馬も食料も他のなんもかんも、みぃぃぃぃいいいいいんな手に入らないって、そこんとこちゃんとわかってんの!?」
「無論だ。だが、どうすることもできない。当然のことながら時間は元には戻せず、だからといって敵が無数に徘徊している市中へ戻って探すことも不可能だ。ならば早急に諦めて違う方法を模索すべきだろう」
相も変らぬやりとりを繰り広げる二人。店舗とは別に店主の居住用として作られた手狭い部屋で、目下話の俎上に上がっているのは例のベアトリーチェから受領した護衛料…………の行方についてである。
「自分が抜かりなく管理するからと言った、お前のあの言葉を俺は全面的に信用した。信用したからこそ預けた。今も紛失は単なる過失だと考え、疑っていない。それともレイン、お前はその過失を巡る責任の所在を今ここで俺と議論したいのか。だったら――」
「悪かったわよ! 帝国の連中から逃げるのに必死で落っことしたことにすら気がつかなかったこのあたしが悪うございました! はいはい、これで満足でしょ!」
会話の内容からすでに自明であろう。一旦は大金を手にした彼らは、けれどレインの不注意により再び文無しとなり果てたのだった。
「うぎぃぃぃいいいいっ!! もうこうなったらアレしか、あたしが編み出した新商法で稼ぎ直すしかない! すぐに帰ってくるから、ちょっと待ってなさいよね!」
少なからず自責の念があるのだろう、せっかくの金子を台無しにしてしまった本人自らが行動を起こした。やにわに居室の扉を開け、店舗の方へと駆け出ていく。
「よすんだ、レイン」
アッシュはその後を追う。いくらなんでも無茶だ。敵がうようよしている街中を面の割れたレインがうろつくなど、自殺行為に等しい。止めなければ。
「――お前は、無事だったのか」
古道具屋の軒先に出ると、レインはそこに突っ立っていた。アッシュが声をかけた人物は彼女の目前で悠然と紫煙を吐きつつ、
「おかげさんでね。ところで、二人して血相変えてどこへ行くつもりだい。まさか、お尋ね者のあんさんらが街へノコノコ顔出すってンじゃあないだろうね」
メリハリの効いた色っぽい唇を冗談めかして緩める。
壊滅した傭兵集団デリコファミリーの生き残りにして、戦場に咲く美しき花一華こと隻眼の妖婦ベアトリーチェは、以前と変わらぬジレとドレープドレスという出で立ちのまま背中に巨大な片刃剣を背負い、小汚いイジェオの通りで艶やかな立ち姿を晒していた。
アッシュは手短に事の次第を語って聞かせた。
「そうかい、そいつぁまた難儀なこって。だったら、こういう手はどうだい」
そう言って、妖婦はあふれんばかりの濃艶な笑みを満面に湛えると、
「旅に必要な諸々、ついでに街からの脱出手段、あたいが一切面倒を見てやるよ。その代わり――あたいも一緒に連れていきな」
思いも寄らぬ申し出にレインは戸惑い、二の句を失した。その一方でアッシュはといえば、眉一つ動かさず、まずはっきりと「条件について、確かなのか」
「ああ、もちろんさね。あんたらは知ってるかどうかだけど、実はこの数日で街に色々と動きがあってね。帝国のえげつないやり口を腹に据えかねた〝そっち筋〟の奴らが水面下で結託したんだ。あたいも今日までそいつらのアジトに匿われてたってわけさ」
「反帝国の意思の許、秘密裏に結集した武闘集団――つまりはレジスタンスか。俺たちに対する支援はそこからということだな」
ベアトリーチェは首肯し、喫煙を終えた。
「アッシュ、あんたはあんたの窺い知らないところで、街の人間たちからそれなりに信頼ってのを得ていたのさ。おまけに、このあたいみたいな純真可憐な乙女が、どうか助けてくれろと涙ながらに訴えりゃ、断るような野暮な野郎はいないって話さね」
妖婦お得意の冗談は黙過し、アッシュは早々に結論を告げる。
「いいだろう。遠征先での戦力の調達は、部隊の指揮官の判断により認められると軍規には記されている。そして、現時点の指揮官は俺だ。動機はどうあれ、お前を信用に足る人材と見なし、許可する」
「え、いいの?」
意想外の展開にまたぞろ戸惑ったのはレインだ。彼女はベアトリーチェの素性を知らず、当然といえば当然の反応だろう。なお、後日になってアッシュがその話題に言及した折、たまたま食事中だったレインは驚愕のあまり喉にパンを詰まらせ、あわや窒息死という憂き目を見ることとなる。
「しかし、そちらこそ本当にいいのか。俺たちと行動を共にするということは、或いは常軌を逸した存在と殺り合う機会に遭遇するかもしれないぞ」
「常軌を逸した存在……ねぇ。なにかい、あんたらは帝国と戦争してるだけじゃなく、化物退治でもやってるってのかい」
「そんなところだ。あくまで可能性の話だが、念は押させてもらおうと思ってな」
アッシュの物言いは曖昧だったが、ベアトリーチェはすべて納得したふうで、
「よござんすよ。相手が化物だろうと神様だろうと、邪魔するヤツぁ叩っ斬るだけさね」
妖艶というよりは軽やかに、微笑んで見せた。
かくして、一時は二名にまで隊員が減少し、弱体化が否めなかった第三小隊に心強い仲間が加わった。
「――と、いうわけだけど、おい、あんたはどうすんだい」
いや、彼女だけではない。まだ、もう一人――
「自分の気持ち、ちゃんと伝えな。男だろ」
アッシュとレインのすぐ後ろに、彼はぽつねんと佇んでいて、
「兄貴、レイン……お、オイラは、オイラも、そのぅ……」
「却下だ。ベアトリーチェは別として、お前は戦力にならないからな」
「ダメ……かい? オイラの腕前じゃあ」
「ああ、認められない」
直後、耳をつんざくような金属同士の衝突音が、周囲に響き渡った。
少年の新たな得物、峰と刃が逆になった風変わりな鉄剣はアッシュのブロードソードにしっかと食いつき、離れない。
熾烈な鍔迫り合いを演じる二人の剣士は、互いの目線をも激しく交錯させる。
「死ぬことになるぞ。必ずな」
「うん……。それでも行く――行きたいんだ、オイラ、外の世界に」
「理由は」
「強くなるためさ。あいつに負けないような、強い男に」
アッシュは知っていた。さきほどから街路の片隅で少年を見守る一団があることを。
少年の姉と、弟妹分たちと、そして一命を取り留めた無二の親友。
彼らは皆それぞれ思い思いの表情で、少年の門出を、武運を祈っているようだった。
「なるほどな、今のお前ならば少なくとも足手まといにはならなさそうだ」
「兄貴、じゃあ――」
「よろしく頼む。ライアス」
アッシュが相好を崩すと同時に、鍔迫り合いに名を借りた確認作業は終り、これにて準備は整った。
アッシュ・ザム。
レイン・ヒッチコック。
ベアトリーチェ。
ライアス・マサリク。
レジスタンス組織の巧みな手引きによってイジェオ地区を流れる大河から暗黒街の外へと脱した四名は、一路エリスルム王国王都を目指し、北へと針路を取るのであった。
エピソード2 了