88話 俺には無理だわぁ!?
好き放題していたダインの暴走。
その暴走は王妃であるマルローネのお陰で治まっていた。
何とか次郎衛門達が貴族にならない方向で話が進み始める。
「権力では動かんか。
ジロー殿といい、シド爺といい、ラッセルといい、Sランク級の者達は食えぬ奴等よ」
「ラッセル?
電車…… なわきゃないか。
誰それ?」
聞き覚えのない名前に、次郎衛門は思わず聞き返す。
少なくとも、次郎衛門はシドルウェルの実力は認めている節がある。
自分やシドルウェルと同列に語られているラッセルという人物に興味を持ったらしい。
「余とマルローネが修業時代にパーティーを組んでいた凄腕の男でな。
槍を持たせたら天下無双。
その割に気さくで悪戯が好きな男であった。
よく一緒に女湯を覗きに行ったものよ。
シド爺もSランクに推していた程の男であったのだがな。
結婚を期に冒険者稼業からは足を洗ってしまったのだ。
今頃は何処かの街でワイフと幸せに暮らしておるであろうな」
懐かしそうにラッセルの事を語るダイン。
どうやら、ダインやマルローネとはパーティーを組む程に親しい間柄だったようだ。というか、女湯を覗きに行った等という事を国王にしみじみと語られてもどうリアクションしたら良いのか周囲の者も困るので止めて頂きたいところだ。
「槍…… 槍ねぇ」
ダインの言葉に、何やらブツブツと考え込む次郎衛門。
「何よジロー。何か引っかかる事でもあるの?」
「ん? ああ、いや、何でもない」
そんな次郎衛門の様子に気が付いたフィリアが問いかけるが、次郎衛門は濁す。
「んで、王様の用事ってのは、これだけなのか?」
「うむ。伯爵云々は元々ダメで元々であったからな。
本当のところはシド爺が認めたという者達を、この目で見てみたかっただけなのである。
故に余の目的は済んだと言えるな」
「そっか。んじゃ、帰って良い?」
「うむ。シグルド、ジロー殿達を外まで見送ってやれ」
「ハッ! 心得ました父上!」
「では、さらばだ!」
再びダインとマルローネはゴンドラに乗り込む。
ちなみに途中で何回かロープを手放され、ダインは何度も床に叩きつけられるも、諦めずに不屈の精神でゴンドラに乗り続け、最終的は天井裏に消えて行ったのだった。
こうして国王との謁見はドタバタする場面はあったものの、意外とあっさり終了した。
だが、問題は預けていた武器を控えの間にて返して貰おうとした時に起きた。
「あら?」
「ん? どうしたエリザベート?」
「私の剣がありませんわ」
言われてみれば、確かに返却して貰った武器の中にエリザベートがスケルトン時代、いや、冒険者時代から使っていたという細身の剣が見当たらない。
細工も素晴らしく芸術品としても魔法剣としても極上の逸品だ。
無くなってしまったのが、『べっ○ん』や『でら○っぴん』といったお父さん世代が非常にお世話になったであろうエロ本ならば、諦める事も出来るのだろうが、流石にそういう訳にはいかない。
「おーい、シグルド!」
「ジロー殿。どうかしましたか?」
「部下の剣が一振り無くなってるっぽいんだよな」
「本当ですか!
お前達、どういう事なのだ!?」
次郎衛門から話を聞いたシグルドが、厳しい口調で侍女達を問い詰める。
それまでの温和なそうな表情から一変して威厳に満ちた厳しい口調になったシグルド。
侍女達は怯えてしまい、碌に言葉を発する事も出来なくなてしまっていた。
「黙っていては分からないだろう!
国賓の方々からの預かり物を紛失したとあれば、お前達の厳罰は免れないのだぞ!」
いよいよシグルドの口調が厳しさ増し始めたその時だった。
「厳罰に処されるのは、そちらの成りあがり冒険者共のほうですよ、兄上」
その声と共に勢い良く控えの間の扉が開け放たれる。
そこにはシグルドに良く似た青年が立っていた。
シグルドの事を兄上と呼ぶこの青年は、第二王子ラシルドである。
「口が過ぎるぞ、ラシルド!
それにジロー殿達の方が、厳罰に処されるとは一体どういう事だ!」
「そのままの意味ですよ。
無くなっただのと喚いているのは、この剣の事でしょう?」
「!? 何故お前がジロー殿達から預かった筈の剣を持っているのだ!」
「この剣は、遥か昔に我が王家から失われたとされる宝剣エスペランサーなのですよ兄上。
たまたま侍女達がこの剣を運んでいる場に遭遇しましてね。
その時に王家の紋章が刻まれたこの剣に気が付いたという訳です。
つまり、この者共は失われた筈の我が王家の宝剣を隠し持っていたという訳です」
「な!? ジロー殿が!?」
ラシルドの言葉に思わず次郎衛門に問いかけるような視線を送るシグルド。
シグルドから視線を向けられた次郎衛門は毅然とした態度で口を開く。
「ラシルド王子に言いたい事がある」
「なんだ。言ってみろ」
「あんた、さっき絶妙なタイミングでこの部屋に入ってきたよな?
ってか、部屋の前でずっと待ってたよな?
自分がカッコ良く登場出来るタイミングってやつを」
「ジロー。そういう事は言わないであげるのが、親切ってものなのよ。
本人カッコ良いと思ってやってるんだから。クスクスッ」
「いやぁ、ドヤ顔で自分に酔いしれながら、宝剣がなんちゃらって語れちゃうとかすげーな!
出来ねぇ……
俺にはとても出来ねぇよ。あんた勇者だぁ!」
確かに言われてみれば、ラシルドは妙にタイミング良く現れた。
次郎衛門の言う通り扉の向こう側でスタイリッシュに登場する為にタイミングを待っていたのだろう。
そして扉に聞き耳を立てて待っているラシルドの様子を想像してしまったのだろう。
ラシルド以外の者は小刻みに肩を震わせだす。
「クッ!
笑うんじゃない!
そ、そんな事は今の話とは関係ないだろうが!」
顔を真っ赤にして怒鳴るラシルド。
だが、既にこの場には先程までのシリアスな雰囲気は、微塵もなくなってしまっていたのであった。




