87話 国王ダイン・ドルアーク!?
音もなく滑らかに扉が開いていく。
巨大な扉だというのに、誰かが押したり引いたりしている訳でもない。
恐らくは扉自体が何らか魔法の掛けられたマジックアイテムなのだろう。
開け放たれた扉の向こう側には、多くの貴族や騎士と思わしき人がおり、最奥には二つの玉座があった。
だが、その玉座は両方とも空席であり、国王らしきものの姿はない。
次郎衛門一行が、その事を疑問に思ったその時である。
高らかにラッパの音が響き渡る。
すると天井から世紀末覇者ばりのゴテゴテとした衣装を身に付けた身長2mは軽く超える大男と、小柄な一見すると少女にも見える清楚だが品の良い衣服に身を包んだ女性が、ゴンドラと共にゆっくりと降りてきたのだ。
そして大男が次郎衛門達に向かって、如何にも大仰な身振り手振りを交えながら口を開く。
「フハハハ!
よく来きてくれた!
余こそが第13代ドルアーク国国王ダイン・ドルアーク!
そしてこっちの美女がマイワイフのマルローネである!」
無駄にテンションの高いこの男が国王であるらしい。
そしてマイワイフという説明を信じるならば、一緒に居る女性は王妃なのだろう。
ダインはゴンドラの上で無駄にポーズを決めたり派手に動き回っている。
だが、良く見てみるとゴンドラは微妙に小刻みに震えている。
扉と違ってこちらは人力で動かしているらしい。
次郎衛門が耳を澄ませてみれば天井裏の方から裏方らしき連中の声が聞こえてくる。
次郎衛門が内容を把握するとその瞳はワクワクとした期待に満ちていく。
その内容がどんなものだったのかというと。
「馬鹿王が!
ただでさえ、図体でかくて重いってのに、飛び跳ねるんじゃねーよ!」
「おい! もっとしっかり持てよ」
「もう、ロープ離して良いんじゃね?
俺達、充分に頑張っただろ?
楽になろうぜ!」
「それもそうだな。
人を扱き使う使う馬鹿王も一度痛い目に遭えば良いんだ!」
と、いった具合である。
まぁ、その結果どうなったかと言えば。
「フハハハ! 良きに計らおわああああああ!?」
ドガアアアアン!
「グハアアア! ノオオオオオ!」
当然こうなる。
ダインは床に叩きつけられたのだが、マルローネの方は魔法を使ったのか、ふよふよとゆっくり落下しふわりと舞い降りた。
「クハハハハ!
誰だかは分からんが、天井裏の人グッジョブだ!」
ダインは地面に叩き付けられて相当に痛かったのだろう。
配下達の生ぬるい視線など気にもせずにのたうち回っている。
次郎衛門は期待通り、いや、期待以上のダインのリアクションに大爆笑だ。
そして裏方達も次郎衛門以上に笑い転げているのが天井裏からの様子で伝わってきていた。
「マルローネ。痛ぇ、痛ぇよぅ……」
「あなたなら大丈夫。
痛い気がしてるだけ。
さぁ、起ちあがって。
私のヒーロー」
「ひぃ……ろぅ……?」
「そう、あなたは不死身のヒーローよ」
「フハ! フハハハハ!
そうであったな!
余はマルローネのヒーローであったな!
済まぬ。醜態を曝した」
マルローネの言葉に、泣きそうな表情でのたうち回っていたダインに生気が戻る。
そして元気に立ち上がった。
「それよりあなた。
お客様を放ったらかしよ」
「おお! そうであったな!
良く来てくれた!
そなたがジロー殿であるか!」
マルローネに促されたダインはやっと次郎衛門達の事を思い出したらしい。
次郎衛門の方を指差し問いかけてくる。
だが、その指は所謂ところの曲がってはいけない方向に折れ曲がっており、実際には誰も居ない部分を指差していた。
「どこ指してんだよ!
ってか、その指は大丈夫なのか?」
「む?
ちょと指がホットヨガしてしまっているな。
フン! これで良い!」
次郎衛門の呆れたような指摘に、ダインは指をベキベキっと嫌な音をさせながらも、力づくで真っ直ぐに戻してみせる。
誰の目から見ても明らかに折れてしまっていた指。
それをヨガで済ませてしまう辺り、ダインの思いこみの力は魔法に匹敵する効果があるのかも知れない。
ちなみに左足も向いてはいけない方向に向いてしまっているが、こちらは気が付いていないっぽい。
そのままである。
「なぁ、フィリアたん。俺ってこんなのに似てるか?」
「そうね。馬鹿さ加減とマイペースっぷりはそっくりなんじゃない?」
「まじか……」
フィリアの言葉に次郎衛門はショックの色を隠しきれないようだ。
「では、改めてジロー殿よ。良く来てくれた」
「まぁ、特に断る必要もなかったからなぁ。
んで、王様がたかが一冒険者をわざわざ呼び出して一体なんの用なんだ?」
「フハハハ!
たかが一冒険者とは言ってくれる。
理由は有体に言えば勧誘である。
どうだ伯爵位を授けるが故に、我に仕える気はないか?」
国王の突然の言葉に、謁見の間は俄かに騒然とした雰囲気となる。
ドルアーク王国で伯爵といえば侯爵、辺境伯に続く高位の貴族という事になる。具体的に述べるならば侯爵家は三家しかなく、辺境伯は四家しかない。そして伯爵家は八家である。
この階級までが領地を持てる上級貴族であり、この下の子爵や男爵は武官や文官としてドルアーク王国に仕えているのである。
「幸か不幸か、最近、伯爵家の内の一家を竜族の姫君の件で取り潰してな。
一つ席が空いておったのだ。
詫びの意味も含めて引き受けてはくれんか?」
どうやら、アイリィの件で一つ伯爵家が取り潰しになったらしい。
この件に関してはラスク辺境伯が相当頑張ったようだ。
まぁ、次郎衛門の一存でドラゴン達が飛んできちゃうのだから、そりゃ必死にもなるというものだろう。
「お断りだ。
詫びも別に要らん。
喧嘩売られたら、相手が誰だろうと買うってだけの話だしな」
相変わらず不遜な男である。
次郎衛門の態度に、結構な数の貴族達が、不愉快そうだったりホッとしたりしていた。
前者は無礼な次郎衛門に苛立ち、後者は空席となっている伯爵の座を狙っている者達だろう。
「ならば、末の娘のエレオノーラを嫁に付ける!
ぴっちぴちの12歳だぞ!
ロリだぞ?
これでどうだ?」
伯爵位に靡かない次郎衛門に娘を付け加えるダイン。
しかし、自分の娘のアピールポイントがロリだというのは如何なものだろう。
親ならば、もっと娘の良い所を探してやれよと思わなくもない。
「余計に要らねぇよ!」
「ロリでも駄目か……
となると男か?
……ならばなるか?
余の嫁に!」
「ならねぇよ!?
女が駄目なら男とかそういう問題じゃねぇよ!?」
「うむ。
そうであろう。
もしも、ここでジロー殿に首を縦に振られた日には、余も色々なものを失う覚悟をせねばならぬところであったわ。
フハハハハ!」
ダインの発言は最早意味不明である。
次郎衛門が好き放題に振りまわされている姿は、初めてエリザベート達に会った時と重なるものがあった。
相手をツッコミに回らせるそのマイウェイっぷり、普段の次郎衛門に通じる。
そういった意味ではシグルドの言う通り、ダインと次郎衛門は似ているのかも知れない。
結局、あらぬ方向に暴走し続けるダインに次郎衛門はツッコミ続ける羽目になるのであった。




