83話 う る せ え!!!!?
「待たせたか?」
「ほっほっほ。
時間通りじゃて問題ないわい。
役者は揃ったようじゃの」
「逃げずに来た事は評価してやろう。
だが、この戦いを見世物にして金を稼ごうなどと、冒険者としての本分を見失っている貴様に、本物の冒険者が何たるかを叩きこんでやる。
覚悟するんだな」
ちょっとした待ち合わせかのように気軽に声を掛けた次郎衛門に対して、ギルドマスター特に気にする様子もなく、そしてバラルは挑発的に応じる。
「では、当人たちは既に承知じゃとは思うが、観客もいる事じゃしの。
ルールの説明をするとしようかの。
基本的には何でもありじゃ。
ただし、相手を殺さぬ事。
死にさえしなければ、ギルド本部が誇る治療班が何とか出来るからのう。
そしてポーションを始めとするアイテムや魔道具、そしてゴーレムや契約している魔物の使用も可とする。決着はどちらかが降参するか戦闘不能に陥ったとワシが認めた時につくものとする」
ポーションの使用を認めるというルールに会場がざわめきだす。
それもある意味当然だ。
こういった戦い等が行われる大会では、回復アイテムの使用やドーピングの類は認められていない事が当たり前なのだから。
「ほっほっほ。
観客の中にはこのルールに納得のいかないものもおるようじゃの。
今回の戦いは単純に強さを比べるものではない。
Sランク冒険者を決める戦いじゃ。
依頼内容を冷静に分析し、事前に対策を講じるなど、冒険者にとって基本中の基本じゃ。
さしずめ今回の依頼は討伐依頼、報酬はSランク地位といったところじゃの」
Sランク冒険者という高みには強さのみで辿りつけるものではない。
ギルドマスターの説明に俄かにざわめいていた観客達も納得したようだ。
「主審は、シドルウェルが務めさせて貰うとする。
念の為にゴードンとクロッコも副審として立ち合う」
「4支部長が一人ゴードンだ。
この歴史的な決闘に立ち合う以上は公正にジャッジすると誓おう」
「同じくクロッコだ。適当に頼む」
ギルドマスターに紹介されるとゴードンとクロッコの二人は観客に軽く会釈を行う。
「そして実況と解説はハーティーとマクスウェルが担当じゃ」
『お年玉争奪金額ランキング4位のマクスウェルと、男大好きハーティーの二人でお届けします』
『ちょ!?
この大観衆の前で何言ってるの!
それじゃ私が淫乱みたいじゃない!』
『もう充分冒険者稼業で稼いだから、そろそろ結婚したいなーって言ってたじゃないですか』
『言ったけども!
確かに言ったけども!!』
『ヒモ大歓迎だそうです。
女としては少しばかり薹が立ってしまっている気もしますが、働いたら負けだという確固たる信念を持って生きている御仁にはまたとないチャンス到来ですね』
『お前ふざけんなよ! ぶっ殺すぞ! ゴルァ!!』
次郎衛門がマクスウェルに初対面時に抱いた印象は、温和で尚且つインテリジェンスの滲み出る優男といったイメージだったらしいが、実際は中々にふざけた男だったようである。
そもそも毎年お年玉を御先祖様に集りに行くような一族なのだ。
そこから考えてみればこのふざけっぷりも納得出来る気もしないでもない。
余談ではあるが、お年玉争奪ランキング3位は食堂のウェイトレス、2位は大工、そして1位は自称家事手伝いである。
彼等は元々冒険者であるマクスウェルよりも上の順位なだけあってそこらの冒険者を歯牙にも掛けない強さを誇っているらしい。
だが、当人達はちょっと体力に自信のある一般人という自覚しかなかったりする。
剣聖の血筋恐るべしである。
「おっほん。
いつもの事ながら仲の良い連中じゃ。
とりあえず実況の連中の事は置いておくとしようかの。
それでは、バラルとジローには、一言ずつマイクパフォーマンスでも貰うとしようかの」
シドルウェルの言葉にマイクを受け取ると饒舌に語り出すバラル。
「この私がSランクになる姿を一目見ようと集まってくれた大観衆に先ず礼を言おう。
そして切っ掛けを作ってくれたという意味ではジローとかいうそこの男にも感謝している。
だが、この勝負私の勝ちはもはや揺るがない。
この決闘が決まってから、この一カ月間入念に対策を練ってきた。
私の準備は万全だ。
この一カ月ブラブラと王都の飲食店を食べ歩くしかしていないという男に負ける要素は皆無だ。
ほんの少し成功してしまった故に慢心し、遊び呆け、冒険者というものを舐め切っている。
それがその男の本性なのだ。
彼には本物の冒険者とは何たるかを、この戦いで叩きこんでやるつもりだ!」
「「「うおおおお!」」」
「ぶっ飛ばしちまえー!」
「「「バラル! バラル! バラル! バラル!」」」
演説とも言える様なバラルの言葉に、観客のボルテージは早くも最高潮に達している。
そして場内に再びバラルコールが巻き起こる。
そして、バラルは大声援を背に悠然と次郎衛門に向かってマイクを放りなげる。
マイクを受け取った次郎衛門は、不敵な笑みを浮かべると大観衆に向かって口を開く。
「きょ 「「「バラル! バラル! バラル! バラル!」」」」
「…… ごほん! きょ「「「バラル! バラル! バラル! バラル!」」」」
次郎衛門が何事かを言ったようではある。
言った様ではあるのだが、大歓声にかき消されて何を言ったのかさっぱり聞こえない有様である。
気を取り直して何度か仕切りなおそうとする次郎衛門だったが、全くの無駄っぽい。
「このやろう……」
基本的にアウェイの多い次郎衛門でも観客のこの態度は腹に据えかねたらしい。
声帯を闘気によって全力で強化した上で肺からありったけの声を絞り出す。
【う る せ え!!!!!!】
次郎衛門の驚異的な声量は衝撃波が生み出し、破壊の嵐が吹き荒れる。
観客に被害が出ないように張られた結界を打ち砕き、フェンスをベコベコに凹ませ、貴賓席の強化された窓ガラスにひびを入れた。
観客達の視界には一瞬で天災に見舞われたと言っても差し支えない位の惨状が出現した。
観客たちは、その壮絶な光景に唖然とし、そして沈黙した。
何より、至近距離でそれを喰らったバラルや4支部長は更に悲惨な事になっていた。
衝撃波によって吹き飛ばされ、目、鼻、口、耳と、あらゆる穴から血を噴き出し倒れている。
ゴードンとクロッコはフェンスに叩きつけられ、マクスウェルとハーティーは取っ組みあったまま倒れている。
気を失いながらも、マクスウェルの首から手を離していないハーティーの姿は見たものに彼女の結婚に対する執念をこれでもかと見せつけていた。
そして対戦相手のバラルと言えば。
観客席の手前に張り巡らされた結界に頭から突き刺さっていたりする。
ときおりビクン、ビクン、と痙攣しながらもにへらと幸せそうな笑みを浮かべている辺り、念願のSランクに昇格した夢でも見ているのかも知れない。
この惨状の中で観客が無事だったのは、次郎衛門という人物の事を熟知しており咄嗟に結界を張る事に成功したフィリアのお陰だったりする。
そして何故かギルドマスター無事だった様だ。
元Sランク冒険者という肩書は伊達ではないらしい。
しかし、流石の次郎衛門もこの事態は予想していなかったらしい。
ポリポリと頬を掻きながら口を開いた。
「ちょっと声がデカ過ぎたかな?」
「デカ過ぎじゃ! この惨状をどうするつもりなんじゃ!」
「やり過ぎた感はあるが、反省も後悔もしちゃいない。
何故なら話を聞かなかった観客が悪いから。
それより巨星のおっさんも戦闘不能っぽいし、もう俺の不戦勝で良いんじゃね?」
確かに次郎衛門の言う通り観客の方にも非はあった。
だが、だからと言って開き直った上に、ちゃっかり不戦勝まで主張し始めるとはやりたい放題な男である。
「阿呆か!
不戦勝などを認めたら客からギルドに凄まじい額の賠償請求が来るじゃろうが!
とりあえず治療部隊を手配するのじゃ!」
結局、次郎衛門の不戦勝案は主に金銭的な理由でギルドマスターに却下される。
Sランク決定戦は、バラルや支部長達を治療した後に、仕切り直す事となったのであった。




