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81話 剣聖シドルウェル!?

 部屋は会議室のような部屋であった。

 いや、会議室のようなではなく、実際に会議室なのであろう。

 その中心には良く言えば質素な。

 有体に言ってしまえば、粗末な衣服に身を包んだ白髪の老人が座っていた。

 しかし、だからと言ってこの老人がみすぼらしいという感じはしない。

 例えるならば、霞みでも食べて生きる仙人のような清廉な佇まい。

 この老人こそが冒険者ギルドを統べるギルドマスターなのである。

 その背後には如何にも秘書といった雰囲気の女性が控えている。

 そして老人の直ぐ下手の座席には、クロッコ以外の支部長らしき人物達が並んでおり、更に下手には歴戦の強者といった風格の冒険者達が並んでいた。


「ほっほっほ。

 よく来てくれたのう。

 ワシが冒険者ギルドのマスターなどという七面倒臭い役職を押し付けられておるシドルウェルじゃ。

 この辺におるのがクロッコ以外の支部長達じゃ」

「東支部のゴードンだ」

「北支部長のハーティーよ。宜しくね」

「ギルドマスターの子孫で南支部を任されているマクスウェルです」


 シドルウェルに紹介された各支部長が簡潔に挨拶をしていく。だがマクスウェルの自己紹介がちょっとばかり奇妙である。

 確かにシドルウェルは老人だ。

 二十代半ばに見えるマクスウェル位の年齢の孫ならば居ても不自然ではなさそうである。

 だが、孫ならば孫と名乗るであろうし、あえて子孫と名乗ったと言う事は、曾孫や玄孫以上に世代に開きがあると言う事だろうか。


「ほっほっほ。

 ワシは300年以上生きておるからの。

 マクスウェルと何代離れているか咄嗟に思い出せない程度には代が離れておるのよ」


 疑問を含んだ次郎衛門達の空気を感じ取ったシドルウェル。

 追加で補足を加える。


「まさか、剣聖シドルウェル!?

 まだ生きていましたの?」

「ほっほっほ。

 今はただの老いぼれ爺じゃよ。

 お嬢さんこそワシと何処かで会った事なかったかの?」

「今の私はジロー商会のエージェントですわ。

 それ以上でもそれ以下でもありませんわよ」


 どうやら生前のエリザベートはシドルウェルと面識があったっぽい気配である。

 だが、エリザベートは己の事を語るつもりはないらしい。

 そんな空気を読んでか読まずかは定かでないが、次郎衛門が若干興奮した様子でシドルウェルに話しかける。


「剣聖!

 カッコいいな!

 ギルドマスターってのは一国の王よりも影響力高いんだろ?

 なのに質素な身なりってのもこれまた渋くて良いよな!」

「ほっほっほ。

 そう年寄りを持ち上げんでおくれ。

 それにこの身なりは単純に貧しいだけじゃからの」

「貧乏? ギルドマスターって給料安いのか?」


 次郎衛門が意外そうな声を上げる。

 何度か言っているかも知れないが、冒険者ギルドとは世界中に根を張り活動をしている巨大組織である。

 それ程の組織の頂点に君臨するギルドマスターが貧乏だというのはかなりの違和感がある。

 名誉や一攫千金といったサクセスストーリーを夢見て冒険者稼業に足を踏み入れる若者は毎年数え切れない程なのだ。

 そんな組織の頂点が貧乏とは次郎衛門にとっても予想外だったようだ。

 そんな次郎衛門の疑問に秘書の女性が応えるべく口を開く。


「ギルドマスターは言わば名誉職と言っても良いのです。

 現役のAランク冒険者の方が収入自体は多いでしょう。

 とは言っても、給料は決して安くはありません。

 ギルドマスターが貧乏なのには、マスターの一族に関する別の理由があるのです」

「そこから先はワシから話そう」


 秘書の女性を制すと沈痛な面持ちで重々しく口開き始めるシドルウェル。


「お年玉じゃよ」

「へ?」

「お年玉と言ったのじゃ。

 300年以上も生きておると、子孫の数が物凄い事になるのじゃよ。

 このドルアークに住んでいるワシの血縁の者は今現在で4000名を越える。 それ程の人数が年明けと共に押し寄せるのじゃ!

 老い先短いワシから全てを奪っていくんじゃ!

 その光景はさながらイナゴの群れじゃ!

 奴等が訪れた後にはワシには何も残らん。

 何も残らんのじゃよ……」


 この世界にもお年玉システムが存在するというのは驚きだ。

 そして何というか何とも切ない話である。

 ほんの数分前までは清廉な仙人の様に見えていたその姿が、今では身内に骨までしゃぶり尽くされている哀れな老人にしか見えないから不思議なものだ。

 多くの子や孫に囲まれた幸せな老後というものとは掛け離れた悲劇だ。

 いや、ここまで来ると喜劇と言っても良いかも知れない。

 現役時代はSランク冒険者として華々しい成果を残し、今でも世界中で吟遊詩人達にその英雄譚を歌われている剣聖シドルウェルの老後が、こんなに切ないものだとは、英雄譚に胸をときめかせ明日の冒険者を夢見る少年少女には決して伝えられない悲しい真実である。


「さて、ギルドマスターの愉快な身の上話で掴みはOKのようですし、そろそろ本題に入りましょうか」

「当事者のワシは愉快でもなんでもないのじゃが……

 さて、ジローといったかの?

 よくぞ依頼を達成してくれた。

 長年に渡って放置されていた依頼を完了してくれた事に心から礼を言う」

「面白そうな依頼だったから受けただけだぞ。

 礼には及ばんさ。ってかギルドマスターの爺さんがはなっから出張ってりゃあっさり完了出来てた気もするんだけど?」

「ほっほっほ。

 ワシはとっくに現役を引退した身じゃて。

 無茶を言わんでくれ」


 シドルウェルは次郎衛門に一目で実力を見抜かれた事に僅かに表情を動かす。

 だが、即座に元の表情に戻しおどけてみせる。


「それで報酬はちゃんと貰えるんだろうな?」

「それは勿論じゃ。

 支部で扱うにはいささか金額が大き過ぎる故に御足労願ったまでの事。

 依頼の完了が確認されている以上は報酬を踏み倒したりなんぞせぬよ。

 じゃが少し問題もあると言えばある。

「問題?」

「ランクの事じゃ」

「正直ランクはどうでも良いんだよなぁ。

 今回だって俺達はCランクなのにSランクの依頼を無茶振られた訳だし、この先もどのランクでも厄介事は舞い込んでくる気もする。

 Cランクのままでも構わんぞ」


 確かに今回の依頼の発端は貴族達が竜族の姫君であるアイリィの身柄の引き渡し要求し、これを拒否し次郎衛門に対する嫌がらせだった。

 今回は無事に切り抜けたが、この先も似たような事が起きるであろう事は想像に難くない。


「Sランクになれば、貴族共を黙らせる事も可能じゃぞ?

 少なくとも表立って嫌がらせをする事は出来なくなる筈じゃ。

 そしてワシは今回の依頼の達成はSランクに名を連ねるに相応しい成果だと思うておる」


『な!!!?』


 シドルウェルの言葉に一瞬にして室内の空気が一変した。

 次郎衛門達はあまりピンと来ていない様だが、この場にいる各支部長や幹部達の表情はからは信じられないといった驚きの表情がこれでもかと張りついている。

 Sランクという称号は冒険者ギルド本部の幹部達ですら恋い焦がれても手の届かないものであったのだ。

 それを冒険者になって数カ月の次郎衛門が手にするとなれば驚くのも当然なのかも知れない。


「ギルドマスター正気か!

 こんな若造にSランクだと!?」


 思わず東支部長のゴードンが叫ぶ。

 他のメンバーも口にこそ出さないが、その心内はゴードンと同様だと表情が物語っている。

 その中。

 一人の男が口を開いた。


「ギルドマスター。

 私もゴードン殿と同じ思いだ。

 3年前の時もそうだったが、何故あなたは地道に実績を積み重ねた我らではなくポッと出の者にばかりSランクを与えようとするのだ」

「ほっほっほ。

 バラルよ。

 己の未熟をワシの所為にするのは感心せんのう。

 ワシはただSランクに見合う実力の持ち主を推薦しただけに過ぎんよ」

「私が未熟者と言われるのか?」

「如何にも」

「ならば、ジローとやらとの決闘を許可して頂きたい。

 彼が勝ったのならば私も反対はしない。

 ですが、私が勝った暁には今度こそ私のSランク昇格を認めて貰おう」


 このバラルという男。

 実は10年近くもの間に渡って最もSランクに近いと言われている男だったりする。

 若いうちから頭角を現し、実績も他の冒険者に追随を許さない自他共に認める世界でもトップクラスの実力を持つ冒険者。

 『烈火の巨星』という二つ名もある。

 何度かSランクにという話が出るのだが、ギルドマスターであるシドルウェルの反対によりSランクに昇格出来なかったという経緯がある。

 ここでシドルウェルの推す次郎衛門を叩きのめせば、シドルウェルとてバラルのSランク昇格を認めない訳にはいかないであろう。


「ほっほっほ。

 良かろう。

 ジローに勝てたのならSランク昇格でも、ギルドマスターの座でも、好きにするが良い。

 さてジローよ。

 こんな話になっておるのじゃが、お主は決闘を受けるかね?」

「ん? 当然断るぞ?」

「ちょ!?

 Sランクを賭けた決闘だぞ?

 ここは受ける流れだろう!

 話を聞いてなかったのか!?」

「むしろ何で受けて当然みたいに思ってるんだ? 別にCランクのままでも構わんって最初から言ってるだろ?

 話を聞いてないのはあんただっての」


 完全に決闘する流れの空気を容赦なく無視する次郎衛門。

 慌てるバラルを尻目に、俺には関係ないとばかりに断るゴーイングマイウェイな次郎衛門なのであった。



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