76話 ラスクの街のクリスマス!? 後編
迎えたクリスマスイブの夜。
「フィ、フィリアサン!
ワタシハアナタノコトガ!
モウガマンデキナイデス!」
「いきなり何するのよ!
止めなさい!
クッ!
ち、力が入らない!」
中々の三文芝居っぷりで揉み合うフィリアとゲコリアス。
特にゲコリアスの演技は酷過ぎだった。
ただでさえ野生動物以上にに警戒心の強い次郎衛門だ。
こんな芝居で釣る事が出来るとも思えない。
これは作戦失敗かと思われたその時である。
「メニークルシメマース……」
唐突それは現れた。
真紅の衣装に身を包むそれは、さながら鮮血に染まった深紅の死神。
フィリアを押し倒した形になっていたゲコリアスの肩を叩くと、凄まじく怨嗟の感情が込められた台詞を言い放つ。
「ヒ……」
「げーこーりーあーすー?
誰に手を出してんだ?
あ?
覚悟は出来てんだろうなぁ?」
どうやらあっさりと釣れてしまったようである。
しかも完全に冷静さを失っておりその目は完全に血走っていた。
タタリ神と化したフィリアよりも、邪悪なプレッシャーを放ちながら、歩み寄る真紅の死神。
その隣には赤鼻をつけたトナカイのきぐるみを身に付けてルドルフコスの愛らしいアイリィの姿もあったりする。
「しししししょ……」
「それが……
お前の遺言で良いんだな?」
「ごごごご誤解ででです!
ここここれには事情がありありありままましててて!」
最早ゲコリアスは恐怖のあまり、呂律すら回らなくなっている。
それ程までに、次郎衛門の放つプレッシャーは強烈だった。
それでも、必死に何とか真紅の死神から逃れようと後ずさっていた。
「俺ですらそんなに密着した事ないってのに。
一服盛って力づくとは。
許せねぇなぁ……
許せねぇよ……
どうしてくれよう?
決して死ぬ事を許されない生かさず殺さずを実現したファジーコントロール式の電気椅子とか良いかも知れんなぁ」
そんな事を言いながら死神はゲコリアスに一歩また一歩と歩み寄る。
そしてゲコリアスまであと3m程まで迫った瞬間。
次郎衛門の足元に魔法陣が現れる。
しかし、死神は異変を察知。
咄嗟にその場から離れようとするが。
「なんだとぉ!?
動けん!?」
そして無数の雷が死神へと降り注ぐ。
「うっぎゃぁあぁぁぁ!!!」
「掛かったわね!
あんた最近調子乗り過ぎなのよ!
その魔法陣はあんたの為だけに作った特製の多重起動式の複合型魔法陣!
魔法陣内の魔力を吸収してターゲットを拘束無力化、そして私が込めた魔力によって裁きの雷を叩き込む!
その威力は一発の雷でドラゴンですら魂ごと消し飛ばす!
ちょっとは痛い目にあって反省しなさい!」
どうやら、ゲコリアスは必死に逃げながらも、トラップの位置に次郎衛門を誘導していたらしい。
最近の彼はやればそれなりに出来る子のようだ。
最早ひねくれていた頃の面影は色んな意味で微塵もない。
そして魔法陣による落雷は、その後フィリアの込めた魔力を消費しきるまで10分以上も落ち続けた。
落雷が去った後には。
ボロ雑巾の様にはなっているが、それでも人としての原型を保ている次郎衛門の姿があった。
とことん頑丈な男である。
ちなみに至近距離にいたゲコリアスも結構な巻き添えを喰らいそれなりに黒こげになっていた。今回かなり頑張ったのに可哀そうな男である。
「これでも死なないか……
これに懲りたら、これからは妬みで嫌がらせなんて事はやめるのね」
ボロ雑巾と化した次郎衛門に声を掛けるフィリア。
そんなフィリアに次郎衛門は魂から絞り出すような声で口を開く。
「さ、寂しかったんだよ……
地球に居た頃からずっとクリボッチだ。
まさかこっちの世界に来てまでクリボッチになるだなんて思ってなかったんだよぉ……」
そんな次郎衛門にフィリアが何だか気まずそうに視線を反らす。
何やら後ろめたい事でもありそう気配。
するとアイリィがトコトコと次郎衛門に歩み寄った。
「パパはボッチじゃないよ?
アイリィはずっと一緒にいたもん!」
「アイリィたん!
良い娘や!
ほんま良い娘やで!」
ガシッとアイリィを抱き締め、涙どころか鼻水まで駄々漏れで号泣する次郎衛門。
何故関西弁になっているのかは気にしない方が良いだろう。
そんな次郎衛門の元へサラやメルやピコ、そして孤児院の子供達や従業員達が姿を現した。
「ジローさん。
家に帰りましょう?
パーティーの準備してありますから」
「パーティー……?」
次郎衛門はメルの言葉の意味を正しく理解出来ずに聞き返す。
するとメルの話を引き継ぐ形でピコが説明をし始めたのだった。
「本当はマスターも含めて皆でパーティーする予定だったのです。
ただ、フィリア様がマスターをあえて当日まで仲間ハズレにして驚かせたいと言い張ったのです。
それが裏目に出てこんな騒動になるとは流石に予想外でした」
どうやら先程フィリアが目を逸らしていたのは次郎衛門に対する後ろめたさから来ていたものらしい。
その割に次郎衛門に仕掛けた罠が容赦なかったのは、フィリアもパーティーを楽しみにしていたのに次郎衛門の暴走の所為で台無しになりうる状況にイラッとしたからであるらしい。
「ハァ……
何時まで泣いてんのよ。
さっさと立ちあがりなさいよ。
帰るわよ」
フィリアはそう言うと次郎衛門に手を差し伸べる。
「サ、サンキュー。フィリアたん」
普段のフィリアから考えられない行動に少し呆気にとられながらも次郎衛門はフィリアの手を取り礼を言う。
「勘違いするんじゃないわよ!
Sランクの依頼が無事に完了したら手ぐらいなら繋いであげるって約束したから仕方なくよ!」
「フィリアさんも素直じゃないですねぇ。
今回の騒動の原因も元々はジローさんに内緒でケーキ作りたかったからなのに」
サラはしょうがない人だなぁといった雰囲気で苦笑いしている。
だが、裏話をばらされてしまったフィリア。
「そんな事ある訳ないでしょうが!
いい加減な事を言うんじゃないわよ!
ジローも何時まで手を握ってるつもりよ!
もう充分でしょ!
さっさと離しなさい!」
「うおおおおお!
フィリアたーん!
あ゛い゛じ で る゛う゛う゛う゛」
「五月蠅い!
こら抱きつくな!
鼻水付くでしょうが!」
こうして次郎衛門は産まれて初めて賑やかな楽しいクリスマスを過ごせたのであった。




