73話 桃源郷はここにあったのか!?
次郎衛門の工房には、今現在二人の次郎衛門が存在している。
一人は次郎衛門本人。
もう一人は次郎衛門の姿に変身した金属生命体だ。
キチンと肌や髪の色、何からナニまで再現しておりそのクオリティはかなり高い。
(マスターをスキャンして同じ姿をとってみました。如何でしょう?)
「姿形は自由に変更出来るのか、意外と便利かも知れんな。何で全裸なのかは、さっぱり理解出来んが」
「ちょっと!
何で裸なのよ!
汚いもの見せるんじゃないわよ!」
「パパと同じゾウさんがいる!」
「あ、こらアイリィたん。
そこはつついちゃいけません!」
傍から見ると、全裸で無表情に立つ次郎衛門のゾウさんをつつくアイリィ。
それをこれまた次郎衛門が制止するという、中々にシュールな光景が繰り広げられている。
ちなみにフィリアは手で顔を隠しているがゾウさんは気になるらしい。
隙間からチラチラと覗き見ていたりする。
「ん?
まてよ。
俺をスキャンしたって事は……
ひょっとしてフィリアたんに変身する事も可能なのか?」
(勿論可能です。再現出来るのは外見くらいですが)
次郎衛門の欲望全開な質問。
金属生命体は是と応えるとフィリアが制止する間もなく、あっという間にその姿をフィリアへと変更してみせた。
勿論全裸である。
「おおお…… と、桃源郷はここにあったのか……」
「見るんじゃない!」
涙を流し、感動に打ち震え、何やら拝みだしそうな勢いの次郎衛門。
そんな次郎衛門の目をフィリアの抜き手が容赦なく抉る。
「グオオオオオ!
目が!
目がぁあぁぁ!!」
どこの破滅の呪文だと言わんばかりに苦痛にのたうち回る次郎衛門。
だが、その程度で挫ける男ではない。
先ほどまでとは別の理由によって、溢れる涙で歪む視界にフィリアモドキを捉えると、その豊かな双丘に顔をうずめるべく飛び込んでいく。
「チッ!
仕留め損なったか!
待ちなさい!」
「クハ!
クハハハ!
もう遅い!
フィリアたんと同型式オッパイは、この鈴木次郎衛門が堪能しまくってくれるわ!
いっただきま―――――」
フィリアは舌打ちを一つ打ちつつも、次郎衛門を阻止するべく動き出す。
だが、間に合わわない。
次郎衛門はフィリアモドキの双丘に顔をうずめ床に押し倒してしまう。
だが、ここで次郎衛門の様子が何だか奇妙になる。
どう奇妙になったのかと言えば。
せっかく押し倒したというのに、大量の鼻血を出しながらも冷めた表情で起き上がったのだ。
その様子から最悪の想像を容易に連想させた。
何せ次郎衛門はこの世界に来てからというもの、ずっと禁欲生活を強いられているに等しい。
それ故に、そういう事になってしまうの充分にあり得る事だった。
「あ、あんた……
ま、まさか暴発して賢者タイムに……」
ヒリつく喉から何とか声を絞り出すフィリア。
そんなフィリアに向かって、次郎衛門は少し悲しげな微笑みを浮かべると口を開く。
「いや。
コイツ超硬いわ。
顔面強打して鼻折れたっぽい」
どうやら金属生命体は人体の柔らかさまでは再現出来ないらしい。
つまり次郎衛門は金属の塊に顔面から飛び込んだに等しく、その時当然の様に鼻を痛打した為に骨折し出血したらしい。
(それはそうですよ。外見しか再現出来ないと言ったでしょう?)
「アハハハ!
ばーか! ばーか!
良いザマだわ!」
金属生命体はため息交じりに告げると起き上がり、今度は衣服を着た状態のフィリアに変形した。
衣服ごと変形出来るのなら、最初からそうしとけよと思わなくもないが、恐らく金属生命体なりのちょっとした悪戯だったのだろう。
そして次郎衛門が急に冷めた事情を理解したフィリア。
安堵と共に次郎衛門をここぞとばかりに笑い飛ばす始末である。
「ちょっとあんた何時まで私の姿になっているのよ。
落ちつかないからその姿止めなさいよ」
(ならばマスターの姿にでもなりましょうか)
「自由に変身出来るならわざわざ男になるなんて認めんぞ!
断じて認めん!
絶対にだ!
女の子だ!
それも美少女だ!
今から絵を書いてやるからちょっと待っとけ!」
そう言い放つと、次郎衛門はサラサラの浅葱色の髪と目を持つワンピース姿のツインテール美少女を書きあげていく。
そのクオリティは滅法高い。
一本眉毛の警察官並みに多才な男である。
完成した絵と寸分違わぬ姿に金属生命体は変身してみせる金属生命体。
(マスター。どうでしょう?)
「OKばっちりだ!
これからお前は特に命令がない限りはその姿で過ごせ。
しかし、何時までもお前とかあんたとか金属生命体って呼ぶのもあれだよな。
お前って名前ないの?」
(あるにはありますが、私の名はこの星の人では恐らく発音出来ないでしょう。マスター達に良い名を付けて頂ければ幸いです)
「アイリィたん、アポロに続きまたしても命名イベントか……
今度はフィリアたん付けてみない?」
「却下よ。
私が名を付けるって事は神の加護を与えるって事よ。
高位の神が気軽にして良い事じゃないのわ」
「そうなのか。
それじゃ、俺が決めるしかないのか。
確かナノマシンの集合体に近いって鑑定に書いてあったよな……
ナノってのは安直すぎるか……
良し決めた!
ピコ! お前の名前はピコだ!」
(ピコですか。了解しました。これから私はピコと名乗りましょう)
何やらブツブツと考え込んでいた次郎門だったが、結局ピコという名前に決めたらしい。
命名された本人も特に異論はなさそうなので、アイリィの時と違ってあっさりと決まったのであった。
だが、フィリアによってピコに関する別の問題が指摘される事になる。
「加護で思い出したんだけど。
ピコって私達と一緒にいる時しか他人とコミュニケーションとれないわよね?
それって不便じゃないの?」
次郎衛門には翻訳に関する神の加護の効果で次郎衛門は誰とでもスムーズに会話する事がする事が出来る。
この翻訳の加護の効果は同じ会話に参加している者にも適用されるっぽい。
一緒に行動していたアイリィやパンダロンもオークやスケルトン、そしてピコといった異なる言語の会話も理解する事が出来ていたのである。
つまり次郎衛門がその場に居なければピコは誰とも会話出来ないのだ。
「それに関しては俺に一つ考えがあるんだ。
確かこの辺りに……」
「何よ?
また碌でもないもの開発したんじゃないでしょうね?」
空間魔法を使い何処かに手を突っ込み、何やらゴソゴソと探し始めた次郎衛門を胡散臭い目で見つめるフィリア。
「あ、こら!
抵抗するんじゃねーよ!
痛!
噛みつきやがった!
大人しくしろ!
ふう。やっと大人しくなったか」
何やら次郎衛門は手を差し込んだ先で、何らかの生物を捕まえようとしたらしいのだが、激しく抵抗されていた様だ。
それでも、結局力づくでねじ伏せたらしい。
転移先からズルズルと引っ張り出された生物はフィリアもよく知っている生物だったりする。
「お父様!?」
よく知っているというか、神の爺さんであった。
「痛たたた。
酷い目にあったわい。
いきなり手が現れたと思ったら、やはり次郎衛門の仕業じゃったか。
最高位の神を拉致するとか、邪神認定されても可笑しくない程の悪行なんじゃよ?」
「うるせーよ!
素直に呼び出されていれば良いものを。
無駄に噛みついたりするからちょっと黙らせただけだろ!
それより爺さん。
コイツの名前はピコって言うんだけどさ。
ピコにも翻訳の加護をくれよ。
俺達以外の誰とも喋れないだなんて、爺さんも可哀そうだと思うだろ?」
「それは出来ないんじゃ。
確かにその者の境遇には同情するがの。
神の加護というものはそんなにポンポンと与えて良いものではないんじゃよ」
どうやら、フィリアも言っていた事ではあるが、神の加護というものはそう簡単に貰えるものではないっぽい。
その言葉を聞き、ピコは無表情ながらも少し肩を落とす。
そんなピコの様子を見てとった次郎衛門。
何とか神を説得しようと試みる。
「そこをなんとか頼むよ。
もし、俺に何かあったら、またピコは一人ぼっちになっちまうんだ。
でも、会話さえ出来ればきっとコイツは上手くやっていける」
「無理じゃって」
「どうしても?」
「どうしてもじゃ」
「仕方ないな、諦めるよ」
「済まんのう。
こればかりばどうしようもないんじゃよ」
頑なに拒否し続ける神に次郎衛門は遂に説得を諦めたようだ。
そんな次郎衛門に神は申し訳なさそうに謝る。
「ハァ……
本当に仕方ないな。
んじゃ、お願いするのは諦めて、餅でもつきますか!」
「そうね。確かにお腹減ってきたかも」
この次郎衛門達の言葉に神の顔色は一気に青ざめる。
それもその筈。
神は以前に次郎衛門に臼にされるという強烈なトラウマを持っているのだ。
そんなトラウマを刺激された神。
ダラダラと脂汗を流し後ずさりながら……
何とか口を開く。
「か、神であるワシを脅迫するつもりか?」
「いやいや。神様を脅迫するだなんて、そんな恐れ多い事はしないしない。
ただ、餅が食いたくなってきたなぁって言っただけだぞ」
「翻訳の加護じゃな?
よく考えてみれば、大した加護でもないしOKじゃな!
ほい!
完了じゃ!
では、さらばじゃ~!」
神は今までの頑なな態度は一体何だったのか。
呆れる位にあっさりとピコに加護を与えると、文字通り逃げるように帰っていった。
「びっくりする位に上手くいったな」
「ありがとうございます。マスター」
呆気にとられ呆ける次郎衛門。
そんな次郎衛門へと礼を言うピコ。
その声は誰にでもしっかり聞こえる。
「ま、乗りかかった船だったからな」
「いたいけな美少女に対して乗っかるとか、セクハラですよ?」
「そういう意味じゃねーよ!
無表情な癖に下世話な話が好きな奴だな!」
「冗談です。
ですが。
『もし俺に何かあったらまたピコは一人ぼっちになっちまうんだ。
でも、会話さえ出来ればきっとコイツは他の人間とも上手くやっていける』
って言ってくれた時には本当に嬉しかったです。
抱かれても良いと思ってしまった程です)
「うがあああ!
やめろぉ!
その台詞の事は忘れるんだ!
改めて自分の発言を聞かされるとかどんな羞恥プレイだよ!」
「フフフ。
嫌です。
これは私の宝物ですから、絶対に忘れませんよ!」
苦々しい表情の次郎衛門を尻目に、極上の笑みを浮かべるピコ。
こうして次郎衛門の周囲に、またしても人外が増えたのであった。




