71話 男なら…… !?
撒き散らされたフィリアの恐怖。
それによって和やかな雰囲気が微塵も無くなってしまう。
沈黙が場を支配しかける。
だが、守衛のおっさんが何かに気が付いたかの様に口を開く。
「ところで、パンダロン君の姿が見えない様だが……
何かあったのかね?」
そう。守衛のおっさんの指摘通り、この場にパンダロンの姿は見あたらない。
「あーパンダのおっさんはちょっと…… な」
「!? まさか…… 」
今までピクリも動かなかった次郎衛門が何事もなかったかの様に起きだして答える。
丈夫な男である。
フィリアが仕留め損ねたかと軽く舌打ちしている。
そんなフィリアを無視するかの様に、次郎衛門のその言葉を聞いた一人の女性が顔面を蒼白にしながら呟く。
その女性は次郎衛門達もギルドでよく見かける女性であった。
年齢は30代前半の職員の女性だ。
物腰柔らかな丁寧な対応で、冒険者達の評判も良い美人さんである。
名はメアリーといい、そしてパンダロンの想い人でもあったりする。
この様子からすると、それなりに脈はありそうな気配。
「ちょっと毛が…… な」
「怪我!?
どんな怪我を!?
無事なのですか!?」
「いや、パンダのおっさんに怪我はないぞ。
でも……
毛が、なくなっちまったんだ」
「怪我ないけど怪我なくなる?
何を言っているんですか?」
「うーん。
上手く伝わらんかぁ。
実物見た方が早いか。
おい。おっさん!
何時までそこで隠れているつもりだ?
諦めてさっさと出てこいよ」
次郎衛門は従業員ゴーレム達の中に紛れて隠れているパンダロンに声を掛けるが一向に出てこようとしない。
「パンダロンさん!
そこにいるのね?」
業を煮やしたメアリーがゴーレム達の群れへと近づく。
どす黒いオーラの噴出は止んでいるとは言え、ゴーレム達の容姿は相当に怖い。
そんな群れへと近づいていけるとは、大した胆力の持ち主である。
ゴレーム達は空気を読む。
絶妙なタイミングで、海が割れるかのようにパンダロンを残し一斉に左右に移動したのだ。
相変わらずスケルトン時代と同様にノリで動く連中であるが、この場合はグッジョブと言えるだろう。
そして現れるパンダロン。
その頭部にはハゲを隠す為に、包帯が巻かれている。
それに気が付いたメアリーが慌てて駆け寄る。
「ああ!
頭を怪我したの?
大丈夫?」
「あ、あぁ……
心配を掛けて済まない。
だ、大丈夫だ」
心配そうに見つめるメアリー返事を返すパンダロン。
だが、その歯切れはかなり悪い。
挙動不審である。
「本当に大丈夫?
とりあえず今すぐギルドの治療士さんに診て貰いましょう」
「いや!
大丈夫だ!
ちょっと激務で疲れただけなんだ!
6か月程休めば元気になるから大丈夫だ!」
パンダロンの手を引きギルドへ向かおうメアリー。
そして必死に抵抗するパンダロン。
この男、6か月間休暇とって髪が生え揃うまで引き籠るつもりらしい。
必死過ぎるにも程があるし、メンタルも弱すぎではなかろうか。
文字通り、不毛な押し問答を眺めていた次郎衛門。
突如アイリィに向かって叫ぶ。
「アイリィたん! GO!」
アイリィは次郎衛門の合図を聞くと、にぱっと輝くような笑顔浮かべる。
そして疾風の如き勢いでパンダロン達の元へ駆ける。
メアリーの方に意識を集中し、ガードの甘くなっていたパンダロン。
完全に虚を突かれ、アイリィに包帯をあっさりと奪い取られ、頭部を露出させてしまう。
「な、何しやがる!
返せええええ!」
パンダロンは必死になって包帯を取り返そうと追いかけるものの、アイリィとは基本的なスペックが圧倒的に違い過ぎる。
全く追いつけない。
包帯を戦利品の如く高らかに掲げ走り回るアイリィ。
そんなパンダロンに次郎衛門が声を掛ける。
「おっさんおっさん。
もう、メアリーさんに見られちまってんだから、今更取り返しても意味なくね?」
確かに次郎衛門の言う通りだ。
一番知られたくなかったメアリーには、既にバッチリ見られており今更隠したところで意味はないと言える。
パンダロンはビクリと硬直したように動きを止め、ギギギギと音が聞こえそうな程ぎこちない動きでメアリーの方へと向き直る。
「毛が…… ない?」
「グ…… ああ。
金属生命体の攻撃を紙一重で避けたものの、髪は全部燃えてしまったんだ」
気まずそうに告白するパンダロン。
実際には避けたのではなく突き飛ばされただけなのだが、流石の次郎衛門も敢えて指摘しない程度の優しさは持ち合わせているっぽい。
「毛が無くなっただけなのね?
怪我じゃないのね?
良かったぁ」
しかしメアリーは毛がない事を特に気にした様子はない。
むしろパンダロンに怪我はない事を確認するとホッとしたように息を吐く。
「その、なんだ。笑わないのか?」
「笑って欲しいの?」
「い、いや、別にそういう訳では……」
パンダロンの質問に質問で返すメアリー。
思わぬ反撃にパンダロンは口ごもる。
そんなパンダロンの様子を見ていたメアリーがキッとパンダロンを睨みつけながら口を開く。
「どちらかと言えば、私は怒っているのよ?
パンダロンさんがSランクの任務に就く事になってから、ずっと心配してたのよ?
支部長さんも、メルちゃんもジローさん達の事は心配するだけ無駄だとか言って気にした様子もみせないし!
毎日毎日ずっとパンダロンさんが無事でありますようにって神様にお祈りしてたのよ?
無事に任務達成したって報告聞いた時はどれだけ喜んだと思う?
出迎えに来てみれば、貴方の姿が見えなくてどれほど不安になったと思う?
もしかしたら私はまた……
大切な人を失ってしまったのかも知れないって……」
最初は問い詰める様な口調だったメアリー。
だが、その口調は次第にか弱いものになっていき、最後にはポロポロと涙をこぼし泣き出してしまった。
泣き出してしまったメアリーにどう接して良いのか分からずにただおろおろと狼狽えるパンダロン。
「あらやだ。
フィリアさん見ました?
いい歳して女性を泣かせているおっさんが居ますわよ。
良く見たら冒険者ギルドさんとこのパンダロンさんじゃない?
きっと童貞よ」
「あら本当ね。
何て屑なのかしら。
リア充の癖に屑だなんて爆ぜて死ねば良いのにね」
「グ…… お前らな!」
すかさずジローとフィリアが路地端の主婦のような口調で茶化しだす。
フィリアの発言に関しては半分以上は妬みに聞こえるが、そこを刺激すれば逆上する事は間違いない。
触れない方が無難である。
そんな次郎衛門達に恨みがましい目で文句を言おうとするが、そんなパンダロンに思わぬアドバイザーが現れる。
「男なら……
惚れた女が泣いてる時は!
黙って抱きしめたらんかい!」
アイリィだ。
後ろにゴーレム達を従え、その手には奪い取った包帯ではなく一升瓶を持っていた。
その一升瓶をクピクピと飲み干し、ケプッと可愛いゲップをしたりもしている。
言っている事はそれなりに有効な意見だと思われるが、行動は完全におっさんである。
見た目5~6歳の幼女に一体何を仕込んでいるんだと、小一時間程と言わず3日位は問い詰めたいところである。
「そうだ! 抱きしめたらんかい!」
「抱っきしめろ!」
「抱っきしめろ!」
「「「「抱っきしめろ! 抱っきしめろ! 抱っきしめろ! 抱っきしめろ!」」」」
アイリィの抱きしめたらんかい! 発言に同調したゴーレム達。
一斉に抱っきしめろコールを始めちゃったりする始末だ。
「クッ! こいつ等完全に楽しんでやがるな!」
「フフッ。面白い人達ね。メルちゃんや支部長さんが、心配するだけ無駄って言ってた理由が何となく分かった気がする」
メアリーは涙を拭いながら笑みをこぼす。
そんなメアリーの様子にパンダロンはホッとした表情を浮かべ口を開く。
「本当にふざけた連中だよ。
何時も何時も、あいつ等が絡むと碌な事になりゃしないんだ。
だが…… その……
退屈はしないな」
「あら。私と居るのは退屈?」
「そんな事はない! 俺は!」
と、その時。
パンダロンに向かって何かが投げつけられる。
「これは?」
「金属生命体の素材から作ったんだ。
おっさんの取り分にくれてやるよ。
女性であるメアリーさんにあそこまで言わせちまったんだ。
男として責任取るべきなんじゃねーの?」
ニヤニヤと笑いながらパンダロンに発破をかける次郎衛門。
パンダロンはほんの少しの間、目を閉じ何事かを考えていたようだが、クワッと目を開くと決意に満ちた目でメアリーの方に向き直る。
「メアリー。
愛してる。
俺と結婚してくれ」
直球である。
今までのグダグダっぷりからは考えられない程に男らしいプロポーズ。
共に次郎衛門から受け取った指輪をメアリーに差出す。
何かとは、指輪だったっぽい。
「はい、喜んで。
旦那様、私に指輪をはめてくださるかしら?」
メアリーの返事とともに、歓声と喝采が二人に押し寄せた。
貴族連中から押し付けられた次郎衛門達のSランク任務。
その任務はパンダロンの結婚というハッピーエンドにて幕を終えたのであった。
アイリィの持っていた一升瓶の中身は麦茶。




