55話 次郎衛門、本気出す!?
「調子に乗るのはここまでだブヒ!
我が出張る以上、お前達に勝ち目はないブヒ!」
オークキングは言い放つ。
闘気を身に纏い、猛然と次郎衛門に迫る。
そして巨大な金棒を大上段から叩き付ける。
その速度はハイオークの比ではない。
パンダロンをも凌駕していた。
「げ。めっちゃ早い!
しかも闘気だと? グハァ!」
咄嗟にピコハンで受けた次郎衛門だったが、その圧倒的なパワーの前にピンポン球の様に弾き飛ばされる。
何本かの木を圧し折り、十数メートル転がった後に漸く止まる。
「やったブヒ?」
攻撃自体は防がれたとはいえ、次郎衛門を弾き飛ばした時の感触に、確かなものを感じ呟くオークキング。
だが、その視線の先の次郎衛門は大したダメージを負った様子もなく立ち上がる。
「おー、いててて。
吃驚した!
豚ってもっと鈍重でトロ臭いイメージあったけど、認識を改めなきゃいかんかもな」
確かに日本では、食用として以外の豚のイメージはあまり良くない。
だが、これは間違ったイメージである。
実際の豚は体脂肪率15%前後であり、脂肪の下にはがっちりとした筋肉の鎧を身に纏っている。
その筋肉の鎧から産み出されるパワーは中々のもので、生物としてのスペックは結構高いのである。
家畜として飼育されている豚ですらそうなのだ。
更に異世界の魔物であるオークキングは魔力を操り魔法や闘気まで扱う。
そのポテンシャルはちょっとした村や街なら容易く滅ぼしてしまえる程高かったりするのである。
「あの手応えで平気だとは、こっちの方が驚きだブヒ」
次郎衛門を吹き飛ばした時に、確かな手応えを感じていたのだろう。
その声色には僅かに動揺が見える。
そんなオークキングの様子を気にした気配もないままに、次郎衛門は面倒くさそうに口を開く。
「ハァ……
仕方ない。
ちょっと本気出すか。
空間閉鎖に結構な魔力を割いてるから、出来ればエコモードで終わらせたかったんだけどな。
ま、新技の練習相手には丁度良いか」
次郎衛門は魔力を高め身に纏っていた闘気を強化し始める。
最初はパンダロンやオークキングのような薄っすらと光るオーラのような闘気。
それは徐々に濃く色づき始め、マンドラゴーレムが発する禍々しいオーラの様に、どす黒く変化していく。
更には次郎衛門の全身を漆黒に覆い尽くす。
完全に漆黒のオーラは全身を覆い尽くし。
やがて、一気に爆散。
飛び散ったオーラ。
「ブヒー!??」
そのオーラの欠片を浴びたハイオーク達。
それだけで生命を完全に奪われ死に絶える。
霧散したオーラが晴れる。
次郎衛門が姿を現す。
その姿には、直前にまで発していた禍々しいオーラはない。
だが、次郎衛門の露出している肌の部分、顔や手などには、怪しげな文様が刺青の様に刻まれており、その存在感や威圧感は竜族の若長であるアポロをも遥かに凌ぐものになっていたのだった。
「ふう。準備完了。待たせたか?」
「…… お前本当に人間ブヒ?」
オークキングに悠然と話し掛ける次郎衛門。
そんな次郎衛門へとオークキングは逆に問い掛ける。
オークキングの顔は人とはかけ離れている為に、表情等ではその感情が読めない。
だが、その声色には驚愕や恐れといった感情が。
これでもかと言わんばかりに込められていた。
「クハハハ!
人間かだと?
さてな。
俺には血の繋がった家族というものが存在しない。
だから……
本当に人間なのかどうか、俺自身分からんな」
「ブヒ…… 炎の矢よ!
この化物を焼き尽くすブヒ!」
オークキングは複数の炎の矢を生み出す。
それを次郎衛門に放つと同時に、次郎衛門へと突進する。
炎の矢が命中すれば良し。
ダメでも次郎衛門が何らかの対処をする事によって出来た隙を突き、強烈な一撃を喰らわせてやろうという二段構えの攻撃だ。
勿論、自らが放った炎の矢で傷を負うこともあるだろうが、それすら辞さないという覚悟の上の特攻なのである。
「クハハ!
狙いは悪くないが……
相手が悪かったな!」
次郎衛門は手にしているピコハンを軽く一振りする。
ただ一振り。
その行為が巻き起こした烈風は。
容易く周囲の木々を薙倒し。
炎の矢を消し飛ばし。
大型トラックの暴走を彷彿とさせる突撃を受け止め。
更には吹き飛ばす!
「ギャアァァ!
ヒィィ!
ば、化物ブヒィ!」
あからさまに手を抜いた一撃。
それで、魔法どころか渾身の突撃まで弾き返されたオークキングの心はあっさりと砕け散る。
まだ、戦っている配下のオークを置き去りにして逃げ出したのだ。
だが、周辺一帯の空間は既に次郎衛門に封鎖されている。
空間の境目で見えない壁に邪魔されて、それ以上逃げ出す事は出来ない。
「おいおい。
配下を置いて逃げ出すなんて、ちょっと酷いんじゃねぇか?
それにここいら一帯は、上空や地下まで閉ざしてるから、逃げ出すことは不可能だぞ?」
「ブヒヒィ!
化物ぉ!
ち、近寄るなブヒィ!」
もはや半狂乱になってしまっているオークキング。
二本足で立つ事も出来ずに這いずって必死に逃げようと足掻く。
そんなオークキングへと歩み寄る次郎衛門。
軽く、本当に軽く。
オークキングの頭部を軽く指で『トン』と突く。
その衝撃はオークキングの脳を駆け巡り、完全に破壊した。
「クハハ……
化物ね……
そういえば施設で一緒に育った連中も。
俺の事をそう呼んでいたなぁ。
でもさ……
俺を拾って、育ててくれた人だけは。
俺と人として接してくれて、人として育ててくれた。
だから俺は……
人でありたいと思っているよ」
オークキングが完全に死んだのを確認した次郎衛門は、誰に話し掛けるでもなく、そう呟いたのであった。




