42話 クルッポー!?
次郎衛門に怯え、当てもなく無我夢中に散ってしまった生徒達ではあったが、流石に一人きりになることは恐ろしかったらしい。
自然と幾つかのグループに分かれてしまっていた。
そんな幾つかのグループの一つ。
とある男子生徒達は、普段は誰も来ない本校舎の地下にある倉庫に、逃げ込んでいた。
「あの冒険者は今日着たばかりで、まだこの学校に関して詳しくない筈だ。
ここなら、奴に見つからずに逃げ切れる!」
「ああ。
ここなら大丈夫だろう。
しかし暗くて何も見えないな。
いざと言う時に直ぐ逃げる事が出来るように明かりが欲しいな」
「そうだな。誰か照明の魔法を使えないか?」
「悪い俺は使えねぇ」
「俺も無理だ」
「照明魔法は使えないが小さな火なら出せるぞ」
「この際火でも良いだろう。でも、火事になって焼死なんてのはごめんだから気を付けてくれ」
「ああ。任せとけ。
こんなもんで良いか?」
そして小さな火が灯り、ユラユラと周囲を照らし出した。
そこに映し出されたのは―――――
黒髪黒目の凶悪な笑みを浮かべた男だったりする。
勿論、次郎衛門である。
「うわぁ―――――」
だが、唐突にその悲鳴は途切れる。
男子生徒は最後まで悲鳴を上げ切れなかったのだ。
男子生徒のその後の運命は、押して知るべしである。
そして倉庫には、沈黙が訪れたのであった。
◆◆◆◆
場面は変わる。
とある女子2人組が逃げ込んだ女子更衣室。
「あの冒険者と言えども、一応教師なんだから流石に女子更衣室までは入って来れないでしょ。
ここで時間を潰しましょう」
「でも、あの冒険者は一体何者なのよ。
今までも何度か冒険者が臨時講師になった事はあったけど、今回のは見た目からして―――――きゃぁあぁぁ!」
あからさまに次郎衛門の悪口を言おうとしていた女生徒。
彼女もまた、最後まで言葉を紡ぐ事が出来なかった。
何故なら、背後のロッカーが突如開き、そこから伸びてきた手が彼女をロッカーへと引きずり込んだのだ。
もう一人の生徒は友人が引きずり込まれる様を呆然と眺めるしか出来ずにいた。
「いや! やめて! いや! い―――――」
女生徒を呑み込んだロッカーが、ガタガタと震える。
女生徒が必死に抵抗しているっぽい。
まぁ、得体の知れぬ男に襲われているのだから、そりゃ必死にもなるというものである。
だが、不意にその気配が消えた。
そして僅かな間の後。
キィっと小さな音を立てて再び開いた時には。
呑み込まれた筈の女生徒の姿は何処にもなかったのである。
「ひぃぃ!!!」
目の前で友人が消え去ったのを見てしまった女生徒。
彼女は完全にパニック状態に陥った。
更衣室から逃げ、今度は女子トイレの個室に逃げ込む。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいこれからは真面目に授業受けますだから許してください」
何かの呪文のように必死に謝り続ける女生徒。
目の前で友人が引きずり込まれたのがショッキングだったっぽい。
その時。
「ひぃ!?」
女生徒の頭上からヌメリとした液体が落ちてきたのだ。
妙に生臭く粘りつくような液体。
恐る恐る女生徒が上を見上げようとした瞬間。
ドサリ。
「ぎゃああああああ!」
何かが女生徒の視界を塞ぐ様に落ちてきたのだ。
女生徒が必死に落ちてきた物を跳ね除けてみてみると、それは得体の知れない粘液に塗れた消えた筈の友人なのであった。
最早パニックを通り越し、放心状態となった女生徒が頭上を見上げると、そこには天井にへばり付いて舌なめずりする次郎衛門の姿があったのであった。
◆◆◆◆
ゲコリアスとその取り巻きは焦っていた。
何せ至る所から次郎衛門の発する奇声や、クラスメート達の悲鳴や絶叫が聞こえてくるのである。
「クハハハ!」とか「うぎゃぁあぁぁ!」とか「無駄無駄無駄無駄!」とか「オラオラオラオラ!」とか「クルッポー」とか聞こえて来るのだ。
最後の「クルッポー」に関しては何で鳩? とか思わなくもないが、その意味不明さによる心理的負担は相当なものだろう。
「ゲコリアス様、どうしましょう?」
取り巻きの一人が不安そうにゲコリアスに問いかける。
「ええい! うるさい!
今、考えておるのだ!
役立たず共めが!
貴様らも何か手を考えろ!」
不安や恐怖を紛らわせるかの様に怒鳴り散らすゲコリアス。
だが、既に彼等は冷静ではない。
最早、次郎衛門劇場は開催されているのだ。
この状況で一発逆転出来るようなアイディアが出せる程に優秀だったのならば、彼等がグレたりする事はなかっただろう。
やがて。
其処彼処から聞こえていた悲鳴や絶叫が途絶える。
「よう。イボガエル君。
後は、お前等を捕まえれば、ゲームセットだ」
「!!!」
不意に背後から声が掛けられる。
それと同時にゲコリアス達は吹き飛ばされた。
ゲコリアスが痛みを堪えて見上げると、そこには拳を握り締めた次郎衛門の姿があった。
「俺は次期辺境伯だぞ!
この俺に手を出せば、どうなるか分っているのか!?」
「分ってるも何も辺境伯直々の指名依頼だからなぁ」
「クッ! 親父め!
こんな化物を差し向けるとは余程俺のことが目障りらしいな!」
「目障りってか、捻くれた馬鹿息子の躾けだろう」
憎悪で染まった目で忌々しそうに吐き捨てるゲコリアス。
そんなゲコリアスに対して見下した態度で答える次郎衛門。
「貴様には分らん!
父に見限られた子の気持ちなど!!」
「この馬鹿ぽんがぁ!」
再び次郎衛門がゲコリアスを殴り飛ばす。
「辺境伯がお前を見限って居たのだとしたら。
態々俺に依頼をする訳ないだろうが!」
「俺が邪魔になっただけだろう!!」
「もしお前を見限った奴が居たのだとしたら―――――
それは、お前自身だ」
「なんだと!
俺が俺を見限っただと?
訳の分らない事を言うな!」
「努力を辞め、見っとも無く捻くれたのは、お前自身が自分自身の可能性を諦めたからだろう?」
「ぐ……」
ゲコリアスは図星を突かれ悔しそうに押し黙る。
父のように強くなりたかった。
過去に努力をしていた事もあった。
しかし、成果は遅々として上がらず、同年代の者達との差も開くばかりだった。
最初は期待していてくれた父。
自ら剣を手に指導してくれた父。
その父の瞳から、日に日に期待の色が抜け落ちていき、それに比例するかのように指導して貰える事も無くなった。
実際には、辺境伯は辺境伯で、息子にどう接して良いのか分からなくなってしまっていただけだったりするのだが。
ゲコリアスは辺境伯にとって、初めての子だ。
騎士として、武人としては一流ではあっても、親としてはまだまだ未熟であった。
そんな事を子供であるゲコリアスが知る訳もない。
だから、見限られたと思ってしまった。
そしてゲコリアスは諦めた。
自分には才能がないと。
「どうやら、図星だったようだな。
そんなお前にチャンスをやろう」
「チャンスだと?」
「ああ。強くなるチャンスをだ」
「…… 本当に強くなれるのか?
俺も親父みたいな騎士に。
一流の、騎士になれる…… のか?」
ゲコリアスの脳裏に幼い頃に憧れた父。
グロリアスの姿が過ぎる。
ゲコリアスが努力すればする程に、その背中が果てしなく遠くに感じられた父。
正直なところ、この冒険者の言う事は胡散臭く信用できない。
だが、グロリアスが一目置く存在である事は、指名依頼している事から見ても間違いない。
ひょっとしたら?
そんな想いがゲコリアスの脳裏に浮かぶ。
「俺は騎士じゃないから、騎士になれるかは知らん。
だが、一人前と言える程度の実力にはしてやる。
その代わり、最低1ヶ月、下手したら1年以上、山篭りで生き地獄と言って良い位の過酷な修行となる。
もしも、山篭りを乗り越える事が出来たなら、今までのゲコリアスとは別人になれると断言してやろうじゃないか」
「強くなれるなら……
どんな地獄だろうと乗り越えてみせる!
だから。
だから、俺を強くしてくれ!」
「クハハハ。
俺に任せとけ!
俺が新生ゲコリアスとして一端の戦士に造り変えてやるぜ!」
ゲコリアスの心の底から吐き出された想い。
その想いを受け止め、それでも自信満々に笑う次郎衛門なのであった。




