29話 ちょいデレ!?
1人の男が、次郎衛門達と向かい合っている。
赤髪で野性味溢れるその男は、全身痣だらけであった。
「我が子を保護して下さっていた方とは知らず申し訳ない」
「まぁ、そのなんだ……
死ななくて良かったわ。
危うくアイリィたんが、親殺ししちゃうところだったし」
この赤い髪の男は我が子であるアイリィを取り戻しに来たものの、勘違いから次郎衛門に襲い掛かったのだ。
しかし、実の娘であるアイリィに返り討ちに合い、ボコられたレッドドラゴンその人である。
ある程度以上の実力を持つドラゴンは、人化することが出来るらしい。
ちなみにボコった当人であるアイリィは、今は次郎衛門の膝の中でスヤスヤと御休み中だったりする。
「しかし、産まれた時から人型とは珍しい」
「珍しいって事は、有り得ない現象じゃないって事か?」
「我々ドラゴンは、卵の時に魔力を分け与えて貰った相手に近い姿で産まれてきます。我等夫婦が与えた魔力以上の魔力をジロー殿から受け取っていたのなら、充分に起こり得ますよ」
どうやら極稀にではあるが、ドラゴン以外の姿で生まれてくる子もいるようである。
前例があるならば、アイリィがこのまま父であるレッドドラゴンと一緒に帰る事も可能だろうと、次郎衛門はホッと胸を撫で下ろす。
「人型なのはジローの魔力の影響だとして、私にソックリなのはどういう事なのかしら?」
「フィリア殿に似ている理由も、ある程度見当は付きますよ。
魔力を与えてくれたジロー殿の保護欲を掻き立てる為に、ジロー殿に好かれ易そうな姿を読み取り、その姿を真似たのでしょう」
「そ、そそ、そ、それってつまり……」
「ジロー殿は余程、フィリア殿の事をを大切に思っているのでしょう。
あの子の姿が全てを物語ってますよ」
動揺しまくりのフィリアに追い討ちを掛けるレッドドラゴン。
「ジ、ジローは私の好きかも知れないけど、私はジローの事なんて眼中にないし? 良い迷惑だわ!」
フィリアは僅かに顔を赤くし、矢継ぎ早に言葉を繰り出し文句を言っているのだが、照れている事はバレバレだ。
次郎衛門はそんなフィリアをニヤニヤしながら見ていた。
実の所、次郎衛門にはアイリィがフィリアにソックリな姿で産まれた理由には別の見当が付いていた。
だが、フィリアの反応が面白いので黙っているのである。
特に問題も無さそうなので、フィリアには教えないだろう。
「しかし、中々に複雑な心境です……
ようやく奪われた我が子を見つけたというのに」
「それついてはごめんとしか、言い様が無いなぁ。
もし俺に娘が居たとして、娘がどっかのおっさんをパパだなんて呼んでたりしたら、血を吐いて死ねる自信がある」
レッドドラゴンは何とも言えない微妙な表情で心境を吐露し、次郎衛門は一応謝罪をする。
もし俺に娘がとか言っているが、その場合のパパはまた違った意味でのパパである可能性の様な気がしないでもない。
どちらにせよ、吐血する位のダメージは受けるのだろうが。
「勝手にアイリィって名前も付けちゃったけど、これも拙いよね?」
「我々ドラゴンは基本的に名は持ちません。
ですが、この子が気に入ってるのなら、その名で呼んであげてください。」
「そのまま呼ぶのは構わんけど、連れて帰るんだよね?
もう会う事が出来なくなるんじゃないか?」
「最初はその心算でしたが、どうやら私の力では、あの子を力ずくで連れ戻す事も出来そうにないですからね……
鍛えて出直すので、出来れば暫く預かって頂けませんか?」
どうやらこのレッドドラゴンは生後1日未満の娘にボコられたのが相当堪えたようだ。
アイリィに対して、父としての威厳は見せる機会は、もしかしたら永久に失われてしまったのかも知れない。
可愛そう過ぎるので、何時の日か威厳を見せる事が出来るように、頑張って鍛え直して来て欲しいものである。
「気持ちは分らんでもないから、預かるのは構わないけどさ。
この子が誘拐された理由に心当たりないのか?」
次郎衛門の質問に、少し動揺し迷う素振りを見せるレッドドラゴン。
しばらく視線を彷徨わせ、やがて決心したように口を開く。
「娘を預かって貰う以上。
ある程度の事情は話しておくべきでしょうね……
今から話す事は、他言無用にお願いします。
実はこの付近には、600年程前に封印された邪竜が眠っているのです。
邪竜の封印を解く鍵は全部で3つあり、そのうちの1つが我等が竜族の里に厳重に保管されていたのですが……」
「卵が奪われたドサクサに紛れて盗まれたってところか」
「恥ずかしながらその通りです。
幸い、他の鍵は奪われていないので、直ぐに封印が解ける事はないでしょう。
ですが、奪われた鍵は一族の誇りに賭けて取り戻さなければならないのです!」
「つまり、犯人の捜索に全力を尽くしたいから、その間預かってくれって事?」
「その通りです……
養育費として、この辺に飛び散っている私の牙や鱗を差し上げますので、どうかお願いします」
次郎衛門達の周囲には至る所にアイリィにレッドドラゴンがボコられた時にへし折られた牙や飛び散った鱗が散乱している。
竜族の鱗はたった1枚でも、高額で取引される。
それだけにアイリィが竜族の子供という事が知れたら、非合法な組織や王侯貴族にまで狙われる可能性があり相当危険な気がしなくもない。
しかし、アイリィの強さは既にSランク並みだ。
迂闊に手を出したら国ごと滅びるだけだろうが、流石にそれは拙いんじゃなかろうかとレッドドラゴンに告げる。
「ドルアーク王国と我等はそれなりに付き合いがありますからね。
連絡をしておくので竜族の姫たる我が娘に手出しする事もないでしょう」
どうやら、アイリィは竜族の長の孫に当たるらしい。
ちなみにレッドドラゴンは婿養子であるので家の中の立場は低いようだ。
「袖振り合うも何とやらってやつだな。
まぁ、しばらくなら面倒みてやるよ」
「それと、もう一つお願いがあるのですが……」
「まだあるのかよ。応えられるか分らんが言うだけ言ってみ? 」
「実は…… 私にも名前をつけて貰えませんか?
何だか名前をつけて貰って、喜んでいる娘を見ていたら羨ましくなりまして」
「ほぇ?」
いい年した大人? である筈のレッドドランが、期待を込めたキラキラした目で次郎衛門を見つめている。
「急に言われても思いつかんよ……
んじゃ、『どら○もん』ってのはどうだろう?」
「ほう! ドラゴンとジロー殿の名前から取った訳ですね!
良い名です!
これからは私はどらえ――――」
「うわー!
ちょっと待った!
今のなし!
フィリアたん!
何時ものソリッドなツッコミはどうしたんだ!? 」
次郎衛門としては、切れ味鋭いフィリアのツッコミを期待してのボケであったのだが、予想していた反応がない事を不振に思いフィリアの様子を見てみれば絶句である。
何故なら――――
「そんなにもジローが私の事を好きだって言うのなら……
仕方ないから手繋ぐ位なら……」
フィリアは未だに、次郎衛門に対する照れ隠しを並べていたのだ。
しかも、誰も見ていない間に何がどうなってそうなったのか謎だが、ほんのりデレ始めていた。
まぁ、デレても手を繋ぐだけとか、幾らなんでもフィリアのガードは堅過ぎるのではないかと思う。
結局、フィリアが別の世界に逝ってしまってるので真面目に考えるしかなくなった次郎衛門。
知恵熱でぐったりしながらも『アポロ』と命名し、レッドドラゴン改めアポロは喜んで帰って行ったのであった。
なお余談ではあるが、アポロが嫁(アイリィの母)にその事を嬉しそうに語った為に、今度は嫁が命名して欲しいと押しかけて来たりしてまた頭を悩ます事になる次郎衛門なのであった。




