16話 次郎衛門、異世界でカレーを作る!?
「それじゃ、作り始めるよ」
料理を勧めていく次郎衛門。
その手際は良く、手馴れている。
フィリアと店主は、その一挙一動を見逃すまいと目を凝らす。
フィリアは監視の意味で、店主は料理人としてではあるが。
(今のところは変な事は起きてないけど、ジローのやる事に油断してはダメだわ。神としての能力は消耗が激しくて多用は出来ないし、プライバシーの問題もあるけど、思考を読むべきかしら?)
そう思い立つフィリア。
だが、思い立ったものの、良心の葛藤があるのだろう。
実行には、中々踏み込めないっぽい。
(でも、あのジローがまともな物を作るとは思えないわ。
いえ、ジローの常識は、世界の非常識。
それぐらいの警戒心は必要よ。
これは能力の悪用ではないわ。
世界のバランスを保つ為の行いなのよ)
そう自分に言い聞かせるフィリア。
高々カレー作りに、大袈裟だと思わなくもないが、色々と大義名分は必要なのだろう。
ちなみに本音は、自分に被害が出る事が嫌なだけだったりする。
一通りの言い訳を自分にしたフィリアは、次郎衛門の思考を読み始める。
散々自分に対する言い訳をしまくってまでして読んだ次郎衛門の思考内容と言えば。
(……良い感じに年老いた夫婦をコトコト煮込むと、付き合いたての思春期のカップルのようにイチャイチャしだすから……)
これである。
全く持って意味不明な上に謎すぎる。
老夫婦からは、人生経験という良い出汁が取れるかも知れないが、少なくとも次郎衛門の準備した材料の中に老夫婦は居ない。
当然、イチャイチャもしていない。
もし、居たとしたら、完全に拉致事件である。
フィリアは流れ込んでくる意味不明な言葉に、思わず頭を振る。
(思考読むの失敗したのかしら……
今度こそ!! )
そう思い、もう一度思考を読み始めるフィリア。
その表情には若干の焦りが見て取れる。
その焦りも当然のものだろう。
どう考えても、禄でもない方向に爆進中なのは、間違いないのだから。
(そしたら「卒業チャンス! 卒業チャンス! 」と連呼する生きの良い錯乱BOYを千切りにしてっと……)
相変わらずの意味不明っぷりである。
卒業チャンスとは、一体何を卒業するチャンスだと言うのだろうかと思わなくもない。
本当に「卒業チャンス!」と連呼する少年が居たとしたら、その少年は錯乱状態だと言えるかもしれない。
ひょっとしたら、錯乱BOYとさくらんぼ、つまりチェリーボーイと意味が掛かっているいるのだろうか?
となると、先ほど登場した老夫婦は、実はまだ結ばれてなかいプラトニックな夫婦だったりするのだろうか?
いずれにせよ。
妄想だとしても、逞し過ぎる妄想である。
しかも、カレーとは一切関係のない辺り、次郎衛門の内面に蔓延る狂気の様な物を感じざるを得ない。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!!
あんた一体何作ってるのよ!!!」
思わずフィリアが次郎衛門を問い詰める。
まぁ、脳みそ覗いてみたら、あんなカオスな状況だったのだ。
このフィリアの反応は仕方ない。
「何ってカレーだけど?
一体どうしたんだフィリアたん。
俺なんか手順を間違ってたかな」
びっくりした表情でフィリアに返事をする次郎衛門。
その顔は悪人面ではあるものの、脳内であれ程のカオスを繰り広げている人物だとは思えない。
「ワシが見たところは何か特別な様子は見受けられなかったのだが、問題でもあったのか?」
そんな2人の様子に、心を読んだとも言い出せないフィリア。
他人の思考を読むなどという事は、褒められた行為ではないという自覚があるだけに、言い出し辛いようだ。
次第に、自分が読み間違えたのではないかと、思い始めたフィリア。
神としての能力の多くを制限されているという事実が、フィリアから自信を奪ってしまっているのかも知れない。
そんなフィリアは、不安を抱えながらも、黙って引き下がるのだった。
「おまたせ。完成だな」
数時間後。
無事にカレーは完成したっぽい。
次郎衛門は3人分、皿に盛り付ける。
見た目は至って普通のカレーである。
「んじゃ、味見してみようぜ。
本来は一晩寝かせて熟成させた方が旨いらしいんだが、時間もないし、このまま食べよう」
そう言って次郎衛門は食べ始め、そして店主も食べ始める。
「中々旨く出来たんじゃね? どうよおっさん」
「確かにこれは使えるな。
材料を見る限り体にも良さそうだ。
まだ見直すべき点はあるだろうが、この先は料理人であるワシの領分だな。
約束どおり報酬は支払おう。
お前達には常に料理を半額で提供しよう。
勿論、一緒に食事に来たPTメンバーも半額でどうだ?」
などと、提案をしてくる店主。
未知の料理が産み出すかもしれない利益を考えたら、多少けち臭く感じないこともない。
「おっさん。それじゃ、足りんな。
未知な料理が出すかも知れない利益からしたら全然足りんと思わないか?」
「何…… かなりの好条件だと思うんだがな」
次郎衛門の態度に少し不快な様子を見せる店主。
店主は一流の料理人ではあっても、商人としての実力はイマイチであるらしい。
そんな店主に向かって、次郎衛門は更に続ける。
「カレーを店で出すには3つ条件がある。
1つ、独占はしないという事。
これは俺がレシピを広げたりするだろうから独占しようと思っても出来ないだろうが。
2つ、値段を高く設定しないことだな。
他の料理と同じくらいの値段で提供してくれ。
3つ、孤児院の子に週1度までは半額で料理を出す事。
以上の3点が守れるなら後は好きにすると良い」
それを聞いた店主は呆気にとられた顔で次郎衛門を見る。
だが、直ぐにニヤリと破顔すると条件を了承する。
「ワハハ、物騒な顔してる割に優しいじゃねえか!
気に入った!
条件を呑もう!
孤児院に関しては、週1度と言わず、いつでも半額にしてやろう!」
意外と話の分かるおっさんである。
孤児院の子共は10人以上いる。
育ち盛りの子供達が、毎日来たりしたら確実に赤字だ。
どうするつもりなのか非常に興味深くはあるが、あの院長先生が子供達に、そんな事はさせないだろうという事も簡単に予想がつく。
「契約も成立したことだし、冷めないうちに食べちゃおうぜ」
そしてカレーを搔き込み始める次郎衛門と店主。
カレーは飲み物です! と言わんばかりの食いっぷりである。
その様子を伺っていたフィリアも恐る恐る食べ始める。
「あら、美味しいわね。やっぱり気のせいだったのかしら」
一口食べ、そんな事を呟くフィリア。
更に「警戒しすぎたかしら」などと、ブツブツ言いながらも食べ進めていく。
そんな様子を見て、次郎衛門の口元が邪悪に歪む。
そしてフィリアが異変に気づく。
「何これ…… 汗が!?」
突如、フィリアの体から大量の汗が噴出し始めたのだ。
大量の発汗に戸惑うフィリア。
「クハハ。なぁ、フィリアたん。
勝手に人の考えを覗き見るようなわるーい娘ってどう思う?
そんなフィリアに向かって問いかける次郎衛門。
その言葉を聞いたフィリアの顔が一気に青ざめる。
「まさか…… 気が付いてたの?」
モチのロンだ!
そんな娘にはお仕置きが必要だよなぁ。
フィリアたんの皿には、錬金術を適当に勉強して開発した発汗作用を高める香辛料をプレゼントしといたんだ」
その間にもフィリアの汗は止まらず衣類をドンドン濡らしていく。
その衣類といえば、本日のフィリアの衣装は、街中での依頼の予定だったので薄手の白いワンピースなのだ。
つまりフィリア自身の汗でワンピースは濡れて透けていく。
早くもヌレヌレのムレムレで、更にスケスケになりつつあるフィリア。
ドワーフの店主も、そのエロさに思わずガン見である。
「昔、佐藤さんとかいう猿っぽいおっさんに、ストーキングされた事があってだな。
その時に似た感覚がしたからな。
そしてフィリアたんのあの態度だからな。
そりゃ、気が付くわ。
だから、その対策をとらせて貰ったって訳だ。
クハ! クハハハハ!
汗で塗れたワンピースが、肌に貼り付いて何とも良い眺めじゃないか!」
先刻までの孤児院の子達に対する優しさが幻想に思える。
それ程に邪悪な笑顔である。
ちなみに、次郎衛門の言っていた佐藤さんとは、本来は覚と呼ばれ、相手の心を読む妖怪の事だったりするのだが、ただのストーカー扱いしている所がとても次郎衛門らしいといえる。
「ジロー! あんた覚悟は出来てるんでしょうね……」
フィリアが顔を真っ赤にしながらも、殺意に満ちた目で次郎衛門ににじり寄る。
「おおっと、フィリアたんそのまま近寄って良いのかな?
その濃密な汗の匂いも!
滴り飛び散る汗も!
濡れ透けな女神様の折檻も!
全て俺にとってはただの御褒美でしかないんだぜ?
クハ、クハハハハ!」
超ノリノリで言い放つ次郎衛門。
ゲスである。
そして屑でもある。
「……ね」
フィリアが何事か呟く。
「ん? 何?」
高笑いを上げていた次郎衛門。
上手く聞きとれずに聞き返す。
「焼け死ね!!
このゲスがあああああああああああああああああああ!!!」
フィリアが鬼の形相で叫ぶと同時。
次郎衛門が巨大な火柱に包まれた。
その炎はあまりに高温であった。
最早、炎は赤ではなく白く輝いており、店の床は焼け焦げ、瞬く間に灰と化し、天井は吹き飛んでいた。
この事からも、フィリアの怒りが如何に凄まじいかが、窺い知れる。
「ほえ…!? うっぎゃああああああああああああああああああ!!!」
「ちょ!? ワシの店ががあああああああああ!?」
次郎衛門は自業自得だが、店主は完全にとばっちりである。
黒焦げになった次郎衛門が立ち尽くす。
何故に死んでないのか、不思議な程の見事な焦げっぷりであった。
「魔法の事をすっかり忘れてたのが敗因だったか……」
それだけ呟くと倒れ伏す次郎衛門。
火柱が消えた後には、調子に乗り過ぎた男の成れの果てと、店が強制的にオープンテラスに改装され、別の意味で真っ白に燃え尽きた店主の姿があったという。




