最終話 毎日がファンタジー!!
最終話でっす!
ちょっと長めの6000字オーバー!
ラスクの街近郊の森にて。
「なんでこんなに大量の魔物の群れが街の直ぐ近くにいるのよ!?」
「私が知る訳ないじゃないの!」
戦士風の少女の叫びに魔法使い風の少女が叫び返す。
その周りには仲間らしき少女が数名倒れている。
既に次郎衛門が姿を消して数年の月日が流れていた。
彼女達は数年前に作られたジロー商会が運営するラスクの街に創設された冒険者育成学園に所属する生徒達であった。
彼女達はその学園でも屈指の成績を誇る優秀な生徒達だ。
彼女達はここ最近、ラスクの街近辺で起きている不可思議な事件について独自の捜査を行っていたのだ。
不可思議な事件とは冒険者達や実習に出た生徒達が何者かに襲われるというものだ。
何故その事件が不可思議かと言えば襲われた者達には誰一人として死者がいないという点だ。
死者どころか怪我らしい怪我すら負っていないという相手の目的がさっぱり見えないという点もこの事件についての謎を深める事になっていた。
だが、分かっている事もあった。
それは襲撃を受ける場所が徐々にこの街に近づいているという点だった。
冒険者ギルドラスク支部の支部長パンダロンからの報告を受けた学園のフィリア理事長は即座に生徒達の街の外に出ての実習を禁止した。
これは学園が創設されて初めての事態だった。
それにも関わらず何故彼女達がこの場にいるかと言えば。
答えは欲だ。
この事態を無事に解決出来れば名を上げる事が出来るという欲。
彼女達には野望があった。
その野望とは冒険者として名を上げる事。
既に伝説となり始めているSランク冒険者ジローを超える名声を得る事だった。
Sランク冒険者ジロー。
活動期間は僅か2年にも満たなかったにも関わらず、その偉業は果てしない。
竜族の姫を保護、不可能と言われた廃鉱山の魔物を討伐、瞬く間にSランクへと駆け昇る。
ノーライフキングのダンジョンをたった一日で完全攻略、ノープリーズの街を長年苦しめていた魔物を支配下に収める、そして極めつけには邪竜の復活をその身を犠牲にして喰いとめるなど、これでもかという程の活躍っぷりだ。
その実力で王侯貴族をも黙らせ、冒険者として以外の実績も計り知れない。
影響力は国をも凌ぐと言われるジロー商会の設立、後進の育成の為に冒険者育成学園の設立など非常に多才な男であったと伝えられている。
そして学園の理事長はジローのパートナーだったと言われており、現在では唯一の現役Sランク冒険者であるフィリアなのだ。
事件を解決してみせればそのフィリアに一目置かせる事が出来るだろうという目論見だ。
しかし意気揚々と街の外に出てみれば、押し寄せる無数の魔物達の前にこの様である。
しかもどの魔物も異常な興奮状態にあって正気ではなさそうだ。
「ごめん皆。状況を甘く見てた」
彼女達は被害者に目立った負傷はなかったという情報に惑わされていたのだ。
慢心と言っても良いだろう。
自分達なら大丈夫だと根拠のない自信に突き動かされた結果がこれだ。
その代償は彼女達の命で払わされる事となるのだろう。
それでも最後まで足掻いてやろうと少女生徒は剣を握り直す。
だがしかし、彼女達の命運はまだ尽きていなかったらしい。
「諦めない姿勢は悪くなくってよ」
その声に振り向けば学園の教員でもあるジロー商会のエージェントと呼ばれるメンバーが勢揃いしていた。
エージェント達は瞬く間に周囲を取り囲んでいた魔物を掃討し始める。
自分達があれ程苦戦し、死を覚悟していた魔物の群れをエージェント達は事も無げに討伐していく。
揃っていたのはエージェント達だけではない。
「エリザベート先生!? 他の先生方も……!?
フィリア学園長に小竜姫アイリィまで!?」
その他にもフィリアの秘書を務めるピコやギルド支部長であるパンダロン、ジロー商会の従業員であるタコと人魚の姉妹の姿まであった。
「ど、どういう事? これってSランクパーティー悪夢王が総動員じゃない…… 戦争でも起こそうとでも言うの……」
女生徒は呟く。
つい数時間程前までは悪夢王をも超えると息巻いていたというのに。
街や学園で彼女達を見かけた時とはその体から放たれるプレッシャーが桁違いだ。
ようやく女生徒は己の未熟さ加減に気が付いたようだ。
本物の死線というものの片鱗に触れた事によって多少は視野が広がったらしい。
だが悪夢王から放たれているプレッシャーは殺気や覇気といった類の物ではない。
どちらかと言えば嬉々とした雰囲気が滲んでいる。
それが女生徒の混乱を加速させていた。
「戦争で済むなら楽で良かったんだがな」
茫然と立ち尽くす少女へとパンダロンが応じる様に言い放つ。
「パンダロン支部長…… この事件は戦争以上に厄介な事だとでも言うのですか!?」
「そうだな。俺達の予想が当っていればの話だが。
もし当っていたのなら俺が枕を高くして眠れる日はもう来ないだろうな」
そう言い放つパンダロン。
だが、その言葉とは裏腹にジロー商会の者達と同様に何処か嬉しそうな響きを持っていた。
一時間程も押し寄せる魔物の群れを討伐した頃だろうか。
不意に魔物の群れの姿が消えた。
「ふん。いよいよお出ましって訳ね」
学園の理事長でもあるフィリアが呟く。
その言葉にようやく生徒達は気付く。
今まで現れていた魔物の群れは常に森の奥から現れていたという事に。
何者かから逃げる為に魔物達は我を失う程に必死に逃走を謀っていたのではないかと思い至る。
無数の魔物が必死に逃げ回る相手、そして悪夢王が総動員されなければならない相手が傍に迫っているという事なのだ。
そしてそれは直ぐに現れた。
まだ目視出来ないにも関わらず未熟な生徒でもはっきりと分かるその存在感。
肌に纏わりつく様なねっとりとしたプレッシャーが女生徒達の体を竦ませる。
やがてそれは姿を現した。
ぱっと見は人間の様に見える。
いや、あれは人間なんかじゃない。
あれを人間と呼んで良い訳がない。
それ故に女生徒は心にわき上がった言葉を力の限り絶叫する。
「変態だあああああああああああああああああ!」
女生徒の言葉通りその者は誰がどう見ても変態だ。
360度全方位どの角度から確認しても間違いなく立派な変態なのだ。
何がどう変態なのかと言えば。
第一に頭に女性物のパンツを被っている。
第二に女性物のブラを身に着けてもいる。
第三にその他にも幾つかの女性物の下着をボクシングのチャンピオンベルトの如く両肩からぶら下げていたのだ。
その姿は誇らしげですらある。
小竜姫と呼ばれるアイリィが黒髪黒目の元気印200%の美少女ならば、目の前の変態は同じ黒髪黒目ではあっても性犯罪臭1200%の変態だ。
正に女の敵であった。
同じ黒髪黒目だというのにここまで印象が変わるとはちょっとした怪談レベルの恐怖である。
女生徒の身は先程とは別のベクトル方向に竦んでいた。
あんなものに身を囚われたら一生物のトラウマになる事必至だ。
「ふむ。奴の身に付けている下着は襲われた冒険者達の物で間違いなさそうだな」
「パンダロン支部長!? 何を冷静に分析してるんですか!
はやく! はやくあれを何とかして下さいよ!」
早くもパニックを起こし掛ける女生徒。
そんな女生徒に対してパンダロンは特に慌てた様子もなく落ちつき払っていた。
「落ちつけ。ああ見えてあれは、女に対してはそこまで非道な事はしない。
性的な方面に限れば精々下着を剥ぐとか胸を揉むといった程度。
あれはそういう生き物だ」
「はぁ!? 何言ってるんですか!? さてはビビりましたね!
この白髪チキン―――――痛ッ!」
完全に我を忘れてパンダロンを罵り始める女生徒。
そんな女生徒を結構容赦なく張り倒すパンダロン。
「はぁ!? 誰がチキンだ!
俺は白く――――パンダの獣人だ!
断じてチキンじゃねぇ!」
正直周囲の人間にはパンダロンのその拘りは良く分からない物がある。
それにそこまで何の獣人であるかを声高に主張するのならば白熊と言い間違えそうになるのも、どうなのかと思わなくもないところだ。
「すみません…… 調子に乗りました……」
「まぁ、良い。こっちだってなんの準備もなくここまで出張ってきた訳じゃねぇんだ。
相手は本物の化物だが、こっちにも化物はいるからな」
そう言ってパンダロンはフィリア達に視線を送る。
既にフィリアを始めとして、アイリィ、ピコといった者達は例の変態と向かい合っていた。
最初に動いたのはアイリィだ。
小竜姫と呼ばれる黒髪黒目の少女。
その少女が何の前触れもなく消えた。
次の瞬間には変態の土手っ腹にその頭部が突き刺さっていた。
いや、刺さってはいない。
変態の腕がその少女の体を受け止めていた。
その間にピコが変態へと接近していた。
だが変態は残ったもう一本の腕でピコの顔面に華麗にカウンターを炸裂させる。
瞬きする間もないくらいの一瞬。
その僅かな時間に吹き飛ばされるピコに絡め取られるアイリィ。
このままでは小竜姫が変態の毒牙に掛かってしまう。
女生徒がそう思った時だ。
小竜姫が嬉しそうに口を開いたのだ。
「お帰り! パパ!」
女生徒の思考が其処でフリーズを起こす。
小竜姫がパパと呼ぶ人物は一人しかいない。
実の親ですらパパと呼ぶ事はないというのは有名な話だ。
彼女がパパと呼ぶのはただ一人。
「おう! ただいま! アイリィたん。随分大きくなったな!」
嬉しそうに笑う。
変態改めSランク冒険者鈴木次郎衛門。
彼こそが一連の事件を引き起こしていた変態の正体だったのだ。
衝撃の事実に放心してしまう女生徒。
「マスター! アイリィ様だけハグするだなんてずるいですよ!」
「うるせぇよ。お前は硬くて抱き心地悪いんだよ」
吹き飛ばされたピコも特にダメージを負った様子もなく文句を言っている。
そんなピコに悪びれた様子もなくヘラヘラとしている次郎衛門。
ここでようやく女生徒が我を取り戻す。
「こ、こんなのがSランク冒険者のジローですって!?
こんな変態が!? 救国の英雄ですって!?
私達はこんな変態を目指して来たっていうの?
冗談じゃないわ!」
そんな女生徒に向かって次郎衛門は手を差し出す。
その瞳には不思議な優しさが灯っているように見える。
その手には女性物のブラジャーが握られていた。
「!? それって私の!? 何で!?」
慌てて胸元を押さえる女生徒。
「クハ! クハハハ! 冒険者ってのは実力が全てだ!
お嬢ちゃん、この程度で動揺してるようじゃ、
Sランクなんて夢のまた夢だぜ?」
どうやら抜盗術で抜き取ったらしい。
その瞳に反映されていたのは優しさではなくやらしさだったっぽい。
次郎衛門の前では油断も隙も出来たものではない。
まぁ、次郎衛門の場合は相手が油断してなくてもいつでも取れちゃうのが更に始末に負えないところではあるのだが。
そんな次郎衛門に、絶対零度の殺気が浴びせ掛けられる。
殺気の放ち主は当然の様にフィリアだ。
「ず・い・ぶ・ん・と! 楽しそうね?
私がずっと留守番してやってたっていうのに。
あんたはセクハラ三昧でうひゃっほいって?
良い身分よねぇ……」
「ハッ!? フィリアたん!? 落ちつけフィリアたん!
今ぶっ放したらアイリィたんが巻き添えに!?
って、アイリィたんが居ねぇ!?」
何とかアイリィを盾に身の安全を謀ろうとするが何時の間にかアイリィは次郎衛門から充分な距離を取っていた。
そしてピコやエージェント、タコさん姉妹と共に敬礼の構えを取っている。
どうやら彼女達は次郎衛門を見送る気満々のようである。
何処へ見送るつもりなのかは謎であるが。
「ちょ!? お前等薄情過ぎねぇ!?
涙流しながら見送るんじゃ――――――」
やっぱりフィリアの魔法にこんがり焼かれる次郎衛門なのであった。
フィリアの折檻が終わった後。
「くそう。俺のコレクションが……」
ガチで悔しげな次郎衛門。
コレクションとは誇らしげに所持していた下着達の事だ。
その打ちひしがれた姿はアホ丸出しだ。
「何時までもくよくよしてんじゃないわよ!
下着の類は全部処分してくれっていう依頼だったのよ!」
次郎衛門が焼かれたのは自業自得な面もある。
だが炎の魔法で焼却処分されたのはそういう依頼があったからでもあるのだ。
冒険者という職はハードであるが故に基本的に若い者が多い。
荒くれ者達が多いとは言え年若い女性冒険者達が奪われた自分の下着を何とか処理したいという理屈は分からなくもない。増してやそれが着替えもままならない冒険中の汗だく状態の下着ならば尚更である。
そういった面から彼女達は破格と言って良い程の金額を提示してフィリアに下着の処分を依頼していたのである。
ちなみに女生徒のブラも巻き添えを食って火葬されてたりする。
「それで? 拒絶反応ってのは何とかなったの?」
「コレ…… ん? ああ。時間を掛けて体に慣らしたからな!
もうばっちり大丈夫だ!」
フィリアの問いかけに次郎衛門が答える。
そして証拠を見せるかのように右腕を一瞬だけ竜化させて見せる。
どうやら本当に次郎衛門の体に降りかかっていた問題は解決しているようだ。
「本当に問題はなさそうね。
これで思う存分文句を言う事が出来るってものよ!」
そう言ってニッコリと微笑むフィリア。
「フィリアたん。お手柔らかに……」
「いやよ! あんたが居ない間本当に大変だったんだからね!
利子までたっぷり付けて思う存分に言わせてもらうわよ!
邪竜復活の後始末でドルアークと魔族が戦争に突入しそうになるし!
ジローが居なくなったって知った途端にスケベな馬鹿貴族共にちょっかい出されるし!
ジロー商会の運営は面倒臭いし!
学園の運営も面倒臭いし!
何よりも!
何をやってもぜっんぜん楽しくないのよ!
アイリィが居て。
ピコが居て。
パンダロンが居ても。
ジロー!
あんたが!
あんたが居ないと楽しくないの!」
一気にそこまで捲し立てるフィリア。
その顔はかなり赤面している。
それが怒りによる興奮によるものなのか、羞恥心によるものなのかは分からないが。
そして更に口を開く。
「私をこんなに退屈にさせた罰を与えるわ!
だから歯を食いしばりなさい!」
余りものフィリアの剣幕に助けを求めるように周囲を見回す次郎衛門。
しかし、アイリィやピコ、そしてパンダロンといったメンバー達は、そんな二人の様子をニヤニヤと見守っているだけで動く気配は全くない。
流石の次郎衛門も今回ばかりは自分が悪かったと諦めて目を閉じ歯を食いしばる。
そしてフィリアの拳が訪れるのを待つ。
だが、何時まで経っても顔面に衝撃は訪れない。
違和感を感じ次郎衛門が目を開けたその瞬間。
次郎衛門の唇にフィリアの唇が重なる。
ほんの1秒にも満たない僅かな時間であるが確かに二人の唇は重なりあった。
これには周囲で見守っていた連中も度肝を抜かれたようだ。
そしてフィリアは恥ずかしさを紛らわすかの様に次郎衛門を軽く突き飛ばす。
「この私のファーストキスをあげたんだから
一生私を退屈させないと今ここで誓いなさい!」
そう言い放つフィリア。
その顔は完全に真っ赤に染まっている。
この赤面は確実に恥じらいのそれだ。
そんなフィリアを茫然と見つめている次郎衛門。
流石の次郎衛門もこのフィリアの行動は予想外の事だったらしい。
「ちょっと! 何時まで馬鹿面ぶら下げて呆けているのよ?
さっさと返事をしなさいっての!」
フィリアに怒鳴られようやく我に返った次郎衛門。
その表情に自信に満ちた笑みが浮かび口を開く。
「ああ。誓うよ。決してフィリアたんを退屈させはしない。
俺達の異世界ライフはこれからも―――――」
そこまで言って一旦一息吐く次郎衛門。
次郎衛門の瞳の中には掛け替えのない仲間達が映っている。
この世界でようやく作る事の出来た家族とも言える存在達。
だから次郎衛門はもう一度口を開く。
この先の人生も彼等と全力で楽しむ事を宣言する為に。
「毎日がファンタジーだ!!」
今までお付き合い頂きありがとうございました。
初めて書いた作品だったのでここまで辿りつけた事がとても嬉しく思っております。
評価貰ってはニヤニヤし、感想貰っては何度も読み返す。
そんな些細な事を心の支えとし何とかここまで漕ぎ着ける事が出来ました。
バカバカしさの中にほんの一握りの温かさ。
そんな読後感を感じて頂けたのなら幸いです。
一年五カ月もの間、お付き合い頂き本当にありがとうございました。




