162話 このタイミングで!?
本日5話目。
ラスト4話でっす。
「本物がない?」
「そうなのじゃー! この場にあったカギは全て偽物だったのじゃよー!」
焦った様子で報告するアイラ。
どうやら押収したカギは全て偽物だったようだ。
となると、信徒達の指導者となる人物もまだ捕まっていないという事になる。
これは少々困った事態と言える。
流石に大部分の信徒は捕縛しているので現状と同じ規模の計画は実行出来ないだろう。
だが、この遺跡はラスクの街と目と鼻の先と言える距離にあるのだ。
このままでは常に遺跡を厳戒態勢で警備し続けなければいけなくなる。
流石の次郎衛門もこのままでは枕を高くして寝る事は出来ないかも知れない。
まぁ、次郎衛門の事なので特に気にせずに普通に寝起きしそうな気もしないでもないが。
そんな次郎衛門がいきなり訳の分からない事を言い始める。
「ほい。毎度こちらジロー商会です。天津飯3人前ですね!
え?
違う?
チャーハン?
それも違う?
冷やかしならってゲコリアスかよ。
冷やかしかと思ったわ。
ほむほむ。
え? マジで?」
どうやらラスクの街にいるゲコリアスから通信用の魔道具によって連絡が入ったらしい。
ちなみに通信用の魔道具は非常に高価で出前に利用出来る程出回ってはいない。
ゲコリアスも非常用の通信を次郎衛門を相手に悪戯に使用できる程の度胸もある訳がない。
通信機の向こう側でうろたえまくるゲコリアスの姿が容易に想像できる。
ぶっちゃけると冷やかしは次郎衛門の方なのではないかと思わなくもない。
全くもって要領の得ない感じの通話内容にフィリアのイラッと値はウナギ昇りっぽい。
「ゲコリアス? ラスクで何かあったの?」
「ん? ああ。どうやらペーシュが脱走したっぽい」
フィリアの問い掛けに次郎衛門が答える。
「このタイミングで?」
「ゲコリアスの話じゃ、朝から部屋に籠ったきりトイレにも出て来ないってんで、
念の為に部屋を覗いてみたらもぬけの空だったって事らしい」
ペーシュがどのタイミングで抜け出したのかは分からないという事だった。
状況的に考えれば最初から脱走するつもりであった可能性も高い。
ペーシュも共犯である可能性を考えてペーシュの身体チェックは厳しく行っていた。
それにも関わらずペーシュが脱出出来たとなると空間系魔法を使ったという事になる。
ペーシュが魔王の333魔王の一人という事も考慮して監禁ではなく軟禁した事が裏目に出たと言える。
更には空間系の魔法にはアイテムボックスもある。
アイテムボックス内ならば封印のカギを隠す事も可能だろう。
と、その時。
「!?」
「地震か!?」
大地を揺さぶる振動。
その震源は封印の遺跡の中心、祭壇部分から引き起こされているようだ。
慌てて祭壇へと駆けつけた次郎衛門達の眼前にいたのは、つい今しがた話題に上がっていた人物。
ペーシュであった。
「何してんだよ!」
「決まっているじゃないですか。
邪竜の封印を解くんですよ」
次郎衛門の問いかけに答えるペーシュ。
だが見た限りではペーシュは封印のカギらしき物は持っていない。
そんな次郎衛門達の様子を嘲笑うかの様にペーシュは微笑む。
「ふふふ。封印の解き方についてあなた方には黙っていた事があります。
正式な解き方、それは幾つかの手順が必要になります。
先ず、三種のカギが揃う事。
第二に大量の魔力がこの遺跡一帯を覆う事。
第三に封印を掛けた者本人かその血を継ぐ者の体内にカギを入れ、
その者を生贄として祭壇の台座に捧げる事。
これらの条件が揃う事によって封印は解かれるのですよ」
以前に次郎衛門が聞きだした条件は、3種のカギと魔力が必要というものだった筈だ。
その場に居たアイラならばこの条件は知っていた筈だ。
しかし指摘はせずに黙認していたらしい。
次郎衛門は忌々しげにアイラを睨みつける。
睨みつけられたアイラはビクリと身を震わせる。
だが、これに関して次郎衛門はアイラを責める事は出来なかった。
元々アイラは封印の解除に関しての情報は頑なに口を閉ざしていたのだ。
知られれば己の命を狙われる可能性があるのだから。
条件を満たすアイリィが一度はアポロ達の元から攫われていたという事実もアイラの口を頑なにさせていた事は想像するに難くない。
今、この場に封印を解く条件は揃ってしまっていた。
生贄にはペーシュ自らが、三種のカギは生贄となるペーシュの体内にあるのだろう。
遺跡周辺にはゴーレム達から発せられる次郎衛門の魔力や竜族の吐息、タコさん姉妹の水魔法の影響で濃密な魔力に満ち満ちている。
最初から信徒達は周辺に魔力を充満させる為の駒だったのだろう。
「生贄ってことはあんた死ぬんじゃないの?」
「ええ。間もなく私の体は邪竜の肉体として作りかえられるでしょうね」
「魔王パックはもう捕えた。馬鹿親父の為にわざわざ犠牲になる必要はないぞ!」
「父? 父の為などではありませんよ。これは私の意志です。
姫、姫とちやほやしていたかと思えば、父が失脚すればあっさりと我が元を去る者達ばかり。
優しかった父も日に日に性格は変わり醜く成り果てる。
仕舞いには初恋のあの人にも邪魔そうに唾を吐き掛けられる始末。
こんな醜い世界は必要ありません。滅びてしまえば良いのです」
フィリアの問いに表情を崩す事なくペーシュは答える。
だが、その瞳には複雑な感情の色が見え隠れしている。
操られているのではなくペーシュ本人の意思で動いているらしい。
蝶よ花よと育てられたお姫様には今の自分の状況は我慢がならないものがあったようだ。
つまりこの事件の真の黒幕はペーシュだったという事らしい。
そんなペーシュの独白を聞き、次郎衛門が口を開く。
「なぁ、ペーシュ。お前が何を考えてこんな事仕出かしたのかは俺には分からん。
だから一つだけ教えてくれ。封印のカギってのは何処から体内に入れたんだ?
上の口か? それとも下の口――――」
「こんの馬鹿ジロー! 一体何を言い出すかと思えばあんたホントにアホじゃないの!」
「いてぇな! 重要な事なんだぞ!」
「今のはジローが悪いだろ! 時と場合を考えろ!」
「パパー! 下の口って何?」
次郎衛門の下品そうな問いかけにフィリアが思いっきり次郎衛門を引っ叩く。
この非常事態でも何時も通りな次郎衛門達の騒ぎっぷりにシリアスな雰囲気も台無しだ。
今まで完全に空気と化していたパンダロンも思わずツッコミに参加してしまったり、アイリィも無邪気に次郎衛門に問いかけ始める始末である。
そんな次郎衛門達の様子を見てペーシュは呆けた様子で立ち尽くしている。
「ご、ごほん。まぁ、良いでしょう。
どうせ儀式はもう完了しています。
その位の質問なら答えて上げましょう。
カギは口から呑みこみました。
こういった儀式では生贄は純潔をというのがテンプレですから。
これで満足ですか?」
何とか立ち直ったペーシュは次郎衛門の質問にも答えて見せる。
黒幕で処女膜。
失礼、言って見たかっただけで特に意味はない。
遺跡の振動は益々大きくなり続けている。
答えを聞いた次郎衛門はと言えば。
「純潔だと…… 褐色美少女が純潔だとおおおおおお!」
やはり純潔という部分に食いついたっぽい。
「あんた何処に食いついてんのよ!」
フィリアのツッコミはもっともである。
今まさに現在進行形で進んでいる世界の危機。
それをそっちのけで乙女の純潔に食いつく男は次郎衛門位のものだろう。
「食いつくに決まってんじゃん!
若い娘が愛も恋も知らずに死んでくって言ってるんだぞ!
そんな勿体―――哀れな事に食いつかない訳ないだろう!」
次郎衛門は至って真剣な表情で良い事を言っているっぽい。
だが、勿体ないとか言い掛けちゃってる時点で色々台無しだ。
「パパー! アイリィも純潔だよ!」
「マスター。私も一応純潔と言えない事もないかも知れません」
「そ、そう言う事ならご主人様! 私も純潔ですよ!」
「それじゃー私もー!」
「私もなのじゃー!」
まだ幼いアイリィはともかくとして揃いも揃って駄目過ぎやしないだろうか。
などと思ってはみたものの、ピコは次郎衛門と会うまでは鉱山でぼっちだったし、タコさんは魔物扱いされてぼっち、人魚ちゃんにはまだ時期尚早であるし、アイラに至っては崇拝の対象であった為にそういった機会には恵まれてなかったりするので駄目過ぎというのはちょっと言い過ぎかと思わなくもない。
「うあああああああああああああああ!?
ぐるああああああああああああああ!?」
ドタバタと騒いでいる次郎衛門達を尻目に、突如ペーシュが苦しみ出した。
体からは禍々しい赤黒いオーラが噴出し始めている。
どうやら次郎衛門達がおちゃらけている間にペーシュの体が邪竜へと作りかえられ始めたらしい。
「この馬鹿ジロー! あんたが無駄に遊んでるからこんな事になるのよ!」
「ちっ! 一か八かやるっきゃねぇな!」
フィリアの非難の声に次郎衛門は舌打ちを一つ付くとペーシュへと向かって疾走する。
そして充分に勢いの乗った次郎衛門の手刀がペーシュへと振るわれる!
次郎衛門の目的は邪竜が完全復活する前に器のペーシュごと始末する事――――――ではなかった。
「え!? 私は? 何で!?」
不意に邪竜へと作り変えられる苦痛から解放されたペーシュが茫然と立ち尽くす。
体から立ち上っていた禍々しいオーラも消え去っていた。
「っぷぅ。何とかなったっぽいかな」
そう言い放つ次郎衛門なのであった。




