151話 さっぱり分からん!?
「ちっとは手加減してくれ。こっちはお前等みたいに化物じゃねぇんだからな」
殴られたパンダロンが愚痴を零す。
その傍らには何時間にかメアリーが寄り添って甲斐甲斐しく患部に濡れたタオルを当てていたりする。
何処かから「死ねば良かったのに」とか言う声が聞こえてくるような気もするが気にしたら負けだろう。
「いやいやいや、大したもんだ!
出会った頃のおっさんだったら今頃は頭が潰れたtomatoみたいになってた筈だぞ。
充分に強くなってるって!」
愚痴るパンダロンに対して次郎衛門は感心したように言う。
ちょっとしたボケのつもりでトマトをネイティブな英語っぽく発音しているらしい。
まぁ、翻訳の加護に寄って次郎衛門の言葉は英語も日本語も関係なく常にこの世界のネイティブな発音に聞こえているのでフィリア以外の誰にも伝わる事のない無意味なボケだったりする。
全くもってアホな男である。
そんな事よりも今は優先しなければならない事がある。
それはパンダロンの女葬男死コスにマインドブレイクされて崩れ落ちている冒険者達の事だ。
冒険者達の顔色は滅法悪く既に真っ青だ。
男2人に女1人という組み合わせの彼等は既に意識を混濁させて倒れており、只管にビクンビクンと痙攣しながらも、どろりとした酸味の効いた液体を吐き出すだけの生物と化している。
「フィリアたん、そこの哀れな犠牲者達を助けてやってくれよ。顔の血色が真っ青通り越してヤバい事になってるから」
「はぁ…… 何で私がそんな事をしなきゃいけないのよ」
次郎衛門の言葉に文句を言いながらもフィリアは魔法で柔らかい光を生み出す。
フィリアとしても直ぐ傍で酸味を効かせた物質を量産され続けるのは嫌なのだろう。
光は周囲を温かく照らし、その光を浴びた冒険者達の様子が落ちついていく。
「ハ!? ここは…… 確か…… !? そうだ! 化物だ! あの化物は!?」
ようやく意識が覚醒した冒険者の男の方の1人が身を震わせながら騒ぎ出す。
恐らく化物とはパンダロン女葬男死バージョンの事だ。
他の2人も鮮明に記憶が蘇ったのか周囲を警戒するように見回す。
そして冒険者達が再びパンダロンを捉えようとした次の瞬間。
「でりゃあ!」
「えい!」
「チェスト!」
次郎衛門、アイリィ、ピコの拳が冒険者達のそれぞれのボディにめり込む。
「「「グハ!?」
崩れ落ちる冒険者達に向かって次郎衛門が口を開く。
「ふう…… 安心しろ峰打ちだ。何度も吐かれちゃ困るからな」
非常に良い顔でそう言い放つ次郎衛門。
殴っておいて峰打ちとか相変わらず意味不明な男だ。
どうやら冒険者達がパンダロンを見てゲロ吐きマシーンへと戻らせない為の行為だったらしい。
その割には冒険者達は不意打ちでキツイ一発を喰らった所為で吐瀉ってしまっているので次郎衛門の行為に意味があったのかどうかは疑問が残るところではあるが。
「ク…… 魔族の長の一人である私が何故こんな目に……」
冒険者達の中での紅一点の少女が涙目で呟く。
言われて見てみれば彼等の肌の色は浅黒い。
俗にいうところの褐色だ。
どうやら彼女等は魔族らしい。
しかも少女が長の一人と言っている事から魔族の中でもかなり高位の地位に就いているようだ。
となると、残りの男二人はその護衛といったところだろうか。
まぁ、それも少女の言葉が真実であるならばなのだが。
「ん? 魔族の長? あんた等魔族の人だったのか? そんな奴がなんでこの街のギルドになんか来てるんだ?」
次郎衛門も少女の言葉の信憑性を疑っているらしい。
この次郎衛門の反応は妥当だとも言える。
この少女、普通の状態であればそれなりに見栄えのする美少女なのだろうが、吐瀉物に塗れた今の状態では如何せん説得力がなさ過ぎた。
その身なりも3人ともそれなりに良い物を身に付けてはいるようではあるが王侯貴族というよりはやはり冒険者といった方がしっくり来る。
それにそれ程の身分の者のお供が二人しかいないというのも不自然だろう。
そんな次郎衛門の反応に対して露骨に失敗したといった表情を作る。
小声で呟いた言葉が聞きとられるとは思っていなかったのだろう。
もしも少女が言った事が事実であるならば彼女達は身元を隠す為にわざわざ冒険者の変装をしていたという事になる。
「そ、それは…… 見分を広げる為の修行ですよ」
次郎衛門へと向かいにっこりと微笑む少女。
ショートカットの髪型、褐色の肌、クリクリとした目、キラリと白い歯が煌めき何ともボーイッシュな魅力に溢れた笑みであった…… 吐瀉物塗れでなければ。
「いや、嘘だろ」
「嘘じゃないです!」
「俺は嘘を吐いてるかどうかは目を見れば分かるんだ」
次郎衛門の言葉に次郎衛門の目を真っ直ぐと見つめる事で応じる少女。
最初は勢いで次郎衛門と見つめあっていた少女であるがそのうち冷静になってきたら恥ずかしくなってきたらしい。
ほんのりと頬に朱が差し始めそのうちに何かに気が付き一気に真っ赤に染まる。
どうやら吐瀉物塗れだという事に今更気が付いたようだ。
「あ、あの、まだですか?」
「ああ。まだまだだな」
次郎衛門と羞恥に顔を染める少女が更に見つめ合う事数分。
ようやく次郎衛門が少女から視線を外す。
「うーむ。ふむふむ。ほむぅ」
「どうです? 私の目が嘘つきの目に見えましたか?」
「いや、さっぱり分からん」
次郎衛門の答えに思いっきりずっこける少女。
次郎衛門はあれだけ自信満々に言っておいてこの始末だ。
性質の悪い事この上ない。
「どうやら嘘つきはあなたの方だったようね」
「そこは否定出来ない所ではあるな。でも魔族のお嬢ちゃんが嘘吐いてるって事は分かるぞ?」
断言する次郎衛門。
この次郎衛門の態度から察するにそれなりに根拠はありそうである。
「う、嘘ではないわよ!」
「いいや、嘘だね。人ってのはな、実は目を見た位じゃ言葉の真贋は中々見極められやしない。
でもな。目以外の所を見れば結構そういったサインは出てたりするもんなんだよ」
相手を騙そうとしている人間は大抵真剣な表情を作る。
そしてその場合多くの者は表情を作る事に意識を割き過ぎてそれ以外の部分がおざなりになり易い。
そしてそのおざなりとなった部分は心の平静を保つために無意識に何かをしていたりする場合が多い。
例えば貧乏ゆすりであったり、忙しなく指でチ○ポジを弄ったりといった具合に。
まぁ、チ○ポジに限ってはむしろそっちの方に意識を割いてる可能性も大いにありそうではあるが。
とにかく次郎衛門は敢えて目を強調する事によって魔族の少女の意識を目に集中させたらしい。
そうする事で目以外の部分に現れるその行動を見て判断したようだ。
「謀りましたね」
「さてなぁ。だがこの時期に魔族のお偉いさんが身分を隠してギルドに来てるって事は目的は十中八九俺への接触って事だろ?」
ジト目で睨む魔族の少女に首を竦めながら応じる次郎衛門。
そんな次郎衛門の言葉に魔族の少女は恐る恐る口を開く。
「ひょっとしてあなたが?」
「ああ。俺こそがラスクの街きっての失恋男。何度振られようとも不死鳥の如く蘇る! 七転八倒のロイドとは俺の事だ!」
その瞬間、周囲は大量の??? で埋め尽くされた。
魔族の少女は当然としてフィリアを始めとしたメンバーですらそれって一体誰なの? 状態である。
しかも街きっての失恋男だとか何の自慢にもなりはしない。一応不死鳥如く蘇るのらばメンタルの強さはアピール出来ていると言えなくもないが、二つ名らしきものが七転八倒では結局倒れちゃうんかいと突っ込まざるを得ない。
ちなみにロイドとは以前にギルド職員であるサラに盛大に振られた3人組の冒険者、通称ムキ男の本名だったりする。
そして沈黙が場を支配する。
冷たい視線のみが次郎衛門へと突き刺さる。
端的に言うならばだだすべりである。
「…… 俺が! 俺こそがSランク冒険者! 鈴木次郎衛門だ!」
何事もなかったかの様にやり直す次郎衛門なのであった。
表情以外の部分がおざなりになり易いというのはあくまでも一般の人の場合の傾向らしいです。嘘を吐く相手に対しての後ろめたさを持たない詐欺師などはこの範疇には入らないかもしれません。




