148話 御注文はー!?
サマーバケーションを終えた次郎衛門達がラスクへと帰還して既に3週間が経過していた。
彼等が今何をしているかと言えば。
「あら。ジロー様!」
タコさんのタコ焼屋さんへと来ていたりする。
次郎衛門達の来訪に嬉しそうに微笑むタコさん。
詐欺同然の手口で次郎衛門に騙されタコ焼屋さんをさせられているとは思えない程の良い笑顔だ。
ちなみに一緒に来たアイリィは一心不乱にタコ焼を貪り食べている。
「調子は良さそうだな!」
「そりゃ、そうですよ! 何せ現役美人姉妹の屋台が流行らない筈がないですよ!」
次郎衛門の問いかけに人魚ちゃんがその慎ましやかな胸を張って答える。
姉妹が一体何の現役なのかはさっぱり分からない所ではある。
さっぱり分からない所ではあるのだが、客の七割が十四歳以上の男性である事から現役美人姉妹という看板が確街の男共に何らかの宣伝効果を与えている可能性は否定できない。
一部の連中にとっては既にタコさんと人魚ちゃん姉妹は既にアイドル並みの人気を誇っている。
「丁度今から午後のステージが始まるところなんです。
見て行ってくださるんですか?」
「ん? そうだな。今日は用事もないし、見て行くとするか!」
「!!! わ、私頑張ります! ジロー様の為に!」
「お、おう。が、頑張れよ」
嬉しそうにステージとやらの準備へと取りかかるタコさん人魚ちゃん姉妹。
こんなやり取りからも分かるかもしれないが、屋台に併設された簡易ステージならぬ簡易水槽では午前と午後に姉妹のショーが開催されていたりする。
鯛や平目の舞い踊りならぬタコと人魚のアイドル公演である。
姉妹の水魔法を駆使した幻想的な公演は瞬く間にラスクの街の名物となりつつあるっぽい。
可憐な少女とも言える人魚ちゃんはともかくとして、巨大な肉体を誇るタコさんがアイドルとしてやっていけるのかと思う人も居るかもしれない。
しかしプロジェクターの様な映像を流す魔道具が一般的ではないこの世界ではタコさんの大きな体を活かしたダイナミックで幻想的な公演は遠くからでも良く見えると評判だったりするのだ。
その公演の中でも特に人気なのがタコさんの―――――
「みなさーん!
御注文はー?
何にしますかー?
タコ焼ですかー?
それともわ・た・し?」
―――――というタコさんの投げキッスやウインクと共に言い放たれる蠱惑的な歌詞だ。
これにはメロメロキュン状態に陥る男共が大発生したりしている。
正直もはやタコ焼屋さんなのか御当地アイドルなのかよく分からない状況である。
ちなみに本当の注文時にわ・た・し? を頼んだとして普通にタコ焼が出て来るだけだったりする。
タコ焼の要とも言うべきタコの部分はタコさん産の触手だったりするので一応嘘は吐いていない。
某ファーストフード店で可愛い店員さんにスマイルを注文したら露骨な苦笑いを提供された時のあのやるせなさに比べれたら百倍はマシだろ? というのは次郎衛門の言葉である。
だが、次郎衛門の人相は滅法悪い。
どれくらい悪いかと言えば守衛のおっさんがとりあえず犯人だと断定しまう程だ。
むしろそれ程の悪人面に向かって曲りなりとも笑顔というものを浮かべる事が出来た店員さんのプロ意識を称賛するべきなのではないだろうか。
そんなこんなでタコさんはシープリーズの街であれ程までに魔物扱いされていたのはなんだったのかと思う程にこの街ではあっという間に馴染んでしまっているようだ。
最初からこの街に来ていればタコさんもあんな凶行に走らずに普通に旦那を見つけられたのではないだろうかと思わなくもない。
そんな状況だからだろう。
次郎衛門の言葉が実はプロポーズではなかったと知った時のタコさんの落ち込みようったらなかったのだが、ようやく明るく元気に愛想を振り撒く余裕が出来てきたようだ。
「ほい。お疲れ」
「ありがとうごいざいます!」
「ありがとー! うん。冷たくて美味しい!」
無事にステージを終えて休憩にやってきた姉妹を労う次郎衛門。
次郎衛門から手渡された麦茶を姉妹は美味しそうに喉へと流しこむ。
「本当に凄い人気だな。お前達は大丈夫か? 無理してないのか?」
次郎衛門の心配は当然だと言える。
何せタコさんのタコ焼屋さんは開店から閉店までフル回転で全力営業しているのだ。
しかも材料の一部はタコさん自身の体の一部なのである。
更に午前と午後に公演まで行っているのだ。
更に更にタコさんや人魚ちゃんには不慣れな陸上生活を強いている状況なのである。
それにも関わらず彼女達は文句も言わずに健気に頑張っているのだ。
やる事の酷さに定評のある次郎衛門であっても流石に心配をせざるを得ないっぽい。
「フフフフフ。それは余計な心配ってものですよ。
応援してくれているファンの皆さんはお客様であると同時に私の未来の旦那様候補でもあるんですから!」
どうやら人魚ちゃんからすれば有望な未来の伴侶を見つける事も兼ねているのという事らしい。
まぁ、公園には毎回数百人規模の人数が集まっている。
これ程の人数がいれば中には有望な伴侶候補も見つかる可能性も低くはないのかも知れない。
しかしタコ焼屋さんの常連で尚且つ午前と午後の公演を毎回見に来てくれるような者達は時間的にどう考えてもキチンと働いていない連中が多い。
熱心なファンであればある程に伴侶候補としてどうなの? となる状況にそれで良いのかと思わなくもない。
「私も大丈夫です! ジロー様の為に頑張ります!」
タコさんはタコさん次郎衛門へとにじり寄る。
どうやら完全に次郎衛門をロックオンしているっぽい。
完全に恋する乙女の瞳が次郎衛門へと絡みつく。
ついでに触手も次郎衛門の足にそっと絡みついていたりする。
ねっとりと絡みつく触手が妙なエロさを醸し出している。
前言撤回、どうやらどちらかと言えば恋する乙女ではなく淫乱お姉さんだったようだ。
次郎衛門に結構酷い騙され方をしたにも関わらず、何故にこんな事になっているのかと言えば、何だかんだ言っても意外と面倒見が良いところにやれたらしい。
タコさんちょっとちょろ過ぎるだろうと思わなくもない。
だがそこは父や里の男性(既婚)以外に異性と触れ合った事がないタコさんだ。
里を出て数年もの間ずっと魔物扱いされて、人の優しさとは無縁な生活を送っていたタコさんには1の優しさが100とかと100万くらいの優しさに感じられても可笑しくはないのかも知れない。
「そうか。やる気があるのは良い事だな!」
動機はともかくとしてやる気満々な姉妹の様子に満足気に頷く次郎衛門。
その傍らでに満足気にお腹をさするアイリィ。
ちゃっかり絡みついてきた触手も何時の間にかアイリィの胃袋に納まったようだ。
こうしてタコさんと人魚ちゃんは今日も大きなお友達から結構なお金を回収するのであった。




