130話 あれってトランプじゃね!?
「それじゃ、皆修行お疲れ!」
カレーで乾杯の音頭をとる次郎衛門。
それを皮切りにカレーを平らげていく次郎衛門とアイリィ。
カレーは飲み物ですと言わんばかりの勢いだ。
心なしかその背後に色黒の太ったおっさんの姿も見える様な気もしないでもない。
何故か次郎衛門の家に居候しているアイラも興味深気にカレーを貪っている。
ちなみにフィリアは小奇麗に食べており、今日は特に汗だくになる気配もない。
ピコは食べる必要がないので見ているだけだったりする。
食べる必要がないのだったら来なくても良かったんじゃないかと思うかも知れない。
だがピコが一人だけ仲間ハズレは嫌だと主張し、次郎衛門も特に連れて来たくない理由もなかったので一緒に連れてきたのである。
店側としては何も注文しない者などただの嫌がらせでしかなかったりするのだろうが、次郎衛門はその点も配慮して客全員に奢っていたりするのでその点に関しては問題はないだろう。
仲間ハズレと言えば本来は元パンダロンの白熊も一緒に来るべきなのだろうがメアリーを抱えて夕陽に消えたまま行方が知れないので連れて来ようがなかったりする。
まぁ、白熊の最優先事項はメアリーといちゃいちゃする事っぽいので敢えて邪魔する事もないだろう。
しばらくは飲んで食べる事に夢中だった次郎衛門だが、店の一角でカードゲームに興じる冒険者らしき者達がいる事に気が付く。
「おお? あれってトランプじゃね?」
「そうみたいね」
「あれは良いものなのじゃー。何度か遊んだ事があるが楽しいのじゃー」
次郎衛門の言葉に珍しく素直に相槌を打つフィリア。
アイラは大層トランプの事が気に入っている様だ。
「トランプがこんなに売れるとは思ってなかったなぁ」
「トランプは元々占いや呪術に使われていたカードがそのルーツなのよね。この世界には普通に魔法という概念があった所為でトランプの様な物は生まれなかったという訳ね。だからトランプのゲーム性はこの世界の人にとっては斬新に映ったのかも知れないわね」
ここぞとばかりに知恵をひけらかすフィリア。
「まじで?」
「まじですよ。マスターからトランプの話を聞いたメルさんがこれは売れると判断した様ですね」
実際にはトランプだけではなく、オセロやチェス、人生○ームもどきの双六なども販売しようとしたのだがそちらは既に似たような物が存在していたので販売を諦めていたりする。
しかし場所を取らずに複数人でも楽しむ事が出来るトランプは子供達だけではなく行商人や冒険者達にも好まれラスクの街では知らぬ者がいないと言っても良い位には浸透している。
この様子なら王国中にまで広がるのも時間の問題だと思われる。
「そうだったのか。メルって結構やり手だったんだなぁ」
「ええ。その様ですね」
「ま、この分なら違法性のあるものでなければある程度は自由にさせといて良さそうだな。成り行きで拾ったにしては良い人材だったなメルは」
とか何とか言っているが実は次郎衛門の周りに居る者達はほぼ全て成り行きで行動を共にする様になった者達の様な気がするのは気のせいだろうか。
まぁ、次郎衛門が食後の団欒時に何となく喋っただけの物をキッチリと商売に結び付けてしまう辺りメルがやり手だという事に間違はないっぽい。
そんな会話を交わしながら次郎衛門達はトランプで遊んでいるらしき者達の様子を眺める。
「うちの商品が食後の憩いの一時を盛り上げている場を実際に見ると嬉しいもんだなぁ」
感慨深げに呟く次郎衛門。
恐らく次郎衛門の頭の中には子供達同士が楽しむ姿、兄弟で楽しむ姿、家族で楽しむ姿が思い浮かんでいるのだろう。
次郎衛門の普段の悪人面からは想像も出来ない程の穏やかな笑みが浮かんでいた。
どれくらい想像出来ないかと言えばたまたま付近を通りがかった看板娘がビクっと後ずさり手に持った食器を思わず落としてしまう位には違和感のある光景だったりする。
まぁ、アイリィと接する時や孤児院の子守りを手伝ったりしている時などは意外と穏やかな表情をしていたりもするので常に行動を共にしているフィリア達からすればある程度は見慣れた顔でもあったりはするのだが。
「何辛気臭い顔してんのよ。ジローらしくもない」
ちょっぴりセンチメンタルな気分に浸っていた次郎衛門をフィリアが冷やかす。
「クハハ! 確かに俺らしくなかったな。それじゃフィリアたんの御期待に沿って盛り上げて行こうじゃないか!」
「あんたに期待する事は何一つないわ! 余計な事はしなくて良いから大人しくしてなさいよ!」
急に元気になる次郎衛門。
そんな次郎衛門を見て明らかにしまったという表情をするフィリア。
慌てて大人しくさせようとするも、既にノリノリになってしまっている次郎衛門は止まらない。
「第一回暴飲暴食亭杯トランプ大会の開催をここに宣言する! 優勝者には看板娘ちゃんがほっぺにチューを進呈だ!」
「え? えええええ!?」
「「「おお! うおおおおおお!」」」
またしても碌でもない事を言い出す次郎衛門。
いきなりの景品扱いに困惑の声を上げる看板娘。
そして看板娘のキスが賞品に付くと聞き店にいた男達のテンションが一気に上がる。
何せ看板娘が目的で暴飲暴食亭に通う常連も結構いたりする。
ほっぺにチューという子供じみた賞品でも奮い立たない訳がなかった。
だが盛り上がる場に水を差す存在が現れる。
フィリアだ。
「ちょっと待ちなさいよ! 女の子のキスだなんて私は少しも嬉しくはないわよ! 賞品は別のものにしなさいよ!」
確かに女性であるフィリアにとっては看板娘のキスなど貰っても嬉しくもなんともないという主張は分からないでもない。
フィリアのもっともな言い分に場に沈黙が押し寄せる。
だがそんな空気を打破すべく一人の勇者が立ち上がった。
その勇者とは暴飲暴食亭の店主である。
「ならば…… ならばワシのキスを進呈しようではないか!」
恐るべき宣言であった。
トランプ大会の優勝賞品がドワーフのおっさんキスである。
流石は守衛のおっさん雑貨屋の若旦那と共にラスクの街の面白集団トップ3の一角を担う男であった。
そこにほんの僅かな躊躇いすら感じられなかった。
これでは優勝賞品どころか完全に罰ゲームである。
トランプ大会の参加者にとっては勇者などではなく大魔王に見えている事だろう。
喜んでいるのは景品的ポジションから脱出出来そうな気配の看板娘くらいのものである。
そんな店内に新たな勇者が立ち上がる。
「死ねぇぇぇ!」
「ゴバァアァァァ!!!」
やっぱりフィリアである。
大魔王と化した店主を問答無用に一撃の元に葬り去るフィリア。
脇腹に拳をねじ込まれ、のた打ち回る店主。
「「「おお! 勇者だ! 女勇者様が降臨なされたぞ!」」」
歓喜に沸く店内。
同時にフィリアを讃える勇者コールが巻き起こる。
これがフィリアのプライドを刺激しまくったっぽい。
「あ゛あ゛? 馬鹿なのあんた達。私は女神よ! 馬鹿なあんた達に女神フィリアの名の元に宣言するわ! もし私が優勝した場合は私以外の参加者全員店主とキスの刑に処す!」
神としてのプライド刺激されたフィリアが途轍もなく邪悪な宣言をしてのける。
「「「なんだとぅ!?」」」
驚愕に打ち震える次郎衛門ならびに客一同。
フィリアが優勝した時点でもれなく店主とキス。
想像しただけでも吐き気を催す事請け合いなシチュエーションである。
何とはなしに店主の方へと目を向ければ、のた打ち回りつつもまるで恋する乙女のようにほんのり頬を染めている始末で満更でもなさそうなのである。
もはや今のフィリアは自称女神の実質邪神という何とも手の付けられない存在で、むしろ次郎衛門よりもノリノリである。
「横暴だ!」
「そうだ!」
「せめて優勝したら看板娘とチューさせろ!」
「この風船おっぱいが!」
当然の様にフィリアに対するブーイングが巻き起こる。
「横暴? 神ってのは大抵横暴なものなのよ! 諦めて受け入れなさい! それと風船おっぱいって言ったの誰よ! ぶっ殺す!」
「うわぁ! 風船おっぱいが暴れ出したぞ! しかも超つえぇ! 逃げろ死ぬ……うぎゃああああ!」
「いや、今がチャンスだ! どさくさに紛れて風船おっぱいを揉んでやれ!」
「フィリアたんのおっぱいは俺の物だ! お前等なんぞには触れさせねぇよ!」
「うぎゃぁぁぁ!」
「店で暴れるな! 店が! ワシの店があぁぁぁ!?」
正に邪神の如く暴れ回るフィリア。一応フィリアを守ろうとしていた次郎衛門までぶっ飛ばして周る始末である。更に店主の悲しい絶叫が響き渡ったりもした。
という様なドタバタとした過程を経て、もしもフィリアが優勝したらフィリア以外の参加者全員が店主とキスというある意味デスゲームなトランプ大会が開催される事となったのだった。




