125話 スーハースーハー!?
実はまだ修行に行ってなかったり。
「嫌だ! ジロー達との修行だなんて俺は絶対に嫌だぞ!」
次郎衛門に強制的に修行組へと組みこまれたパンダロンはごねる。
パンダロン自身は一流の冒険者であるとは言え、それはあくまでも一般的な水準での一流なのである。
したがって、完全に人外の領域にどっぷりと浸かり込んでいる次郎衛門達の修行に加わる事はかなり無茶苦茶な話ではある。
分かり易く例えるならば超野菜の人達の修行にヤ○チャが参加する様なものである。
無茶を通り越して無謀と言えた。
「落ちつけ」
「これが落ちついていられるかハゲ!」
「な! 俺はハゲじゃねぇ! ちょっと薄毛なだけだ!」
部下でもあるパンダロンを何とか宥めようとするが、パンダロンのたった一言でちょっと涙ぐみそうになる支部長。その上必死にハゲじゃないと主張した代わりに出てきた言葉が切なすぎる。
「どっちでもいいわ! 大体アンタもつい一昨日ジロー達に殺され掛かったばかりだろが!」
一応師匠でもある支部長に対してもパンダロンは何の遠慮もしてない。
それ程に必死なのだろう。いや、もはや必死どころか完全にヒステリー状態と言っても良いかもしれない。
「まぁ、パンダのおっさんの言い分も分からんでもない。でもな、よく考えてみてくれよ。もし邪竜が復活でもした日にゃ、一体誰がメアリーさんを守るって言うんだ? 俺か? 違うだろ! 惚れた女は守ってやれよ! おっさん自身の手で!」
そんなパンダロンに向かって次郎衛門が熱く語りかける。
男なら大切な者は己の手で守りたいというその気持ちは分からないでもない。
「う、うるせぇ!」
次郎衛門に痛い所をつかれ少し苦い顔をするパンダロン。
パンダロンとて出来る事なら自らの手でメアリーを守ってやりたい気持ちはあるのだろう。
「俺の見た所、おっさんはまだ強くなれると思うんだ。おっさんはまだ獣人としての力を引き出しきれてない。だが俺達と一緒に修行すれば引き出せる可能性がある筈だ。おっさんが無事に修行を終えた暁には、俺達の、いや、Sランクパーティー悪夢王メンバーとして加わって欲しい」
「お、俺がSランクパーティーに?」
次郎衛門の言葉に呆けた顔をするパンダロン。
全世界でたった一つしかないSランク冒険者が率いるパーティーのメンバーと言うのは結構な社会的なステータスになる。
ついでに歴史にも名を残しそうだ。
まぁ、次郎衛門達の場合は悪い方の意味で名を残す可能性も無きにしもあらずだが。
「なぁ、おっさん。おっさんもメアリーさんもまだ充分に若いんだ。何時か二人の子が出来るかも知れない。その時に我が子に誇れる父でありたいと思わないのか? 我が子に誇って貰える父でありたいと思わないのか?」
次郎衛門はパンダロンに囁くように語り掛ける。
その瞬間パンダロンの表情がギラリと変化した。
そしてパンダロンが小刻みに震えながら口を開く。
「お、お、お……」
興奮の為か上手く言葉に出来ないパンダロン。
次郎衛門は己の話術に手応えを感じニヤつく表情を抑える。
その内心を文字として表わすのならば、『落ちた!』だろう。
しかしパンダロンの口から飛び出したのは別の言葉だ。
「お前が言うなあぁあぁぁぁ!」
「え? えええ!? おっさん? どうした!?」
そう叫ぶなり次郎衛門へと掴みかからんばかりの勢いで詰め寄るパンダロン。
その目に宿っているのは紛れもなく憎悪だった。
そんな展開を予想していなかったらしい次郎衛門は若干たじろぐ。
「どうした!? じゃねぇ! 何時か二人の子供が出来るだと!? 俺達は子供を作る事すら満足出来ないんだよ! この指輪の所為でな!」
怒涛の勢いで次郎衛門の顔面に指輪を押し付けるどころかめり込ませる勢いのパンダロン。
というか、実際にパンダロンの拳が次郎衛門の頬にめり込んでいる。
確かにパンダロンは結婚指輪に掛けられた浮気防止の魔法の所為でパンダロンは浮気どころか本命のメアリーとですら愛の営みが出来なくなっている。
もしこの状況が続くのであれば離婚の危険ですらあり得る残酷な状況な訳で怒り狂うのも当然と言えば当然だったりするのだ。
「あ、そう言えばそうだったな。王都に居た頃に掛けた魔法だったからすっかり忘れてたわ」
王都から戻って色々あった様な気がするかも知れないが王都につい数日前まで居たのだ。
張本人である次郎衛門は完全に忘れていた風を装っているのがまた白々しい。
これではパンダロンでなくても腹が立つだろう。
そんなパンダロンに向かって一つパチンと指を鳴らす次郎衛門。
「ほいっ。指輪の魔法は解けたぞ」
フィリアですら解けなかった魔法を呆気なく解除してみせる次郎衛門。
「と、解けただと! 本当だろうな! 嘘吐いてないだろうな!?」
「ジロウエモンウソツカナイ」
疑惑の眼差しを向けるパンダロン。
何故か急にカタコトになる次郎衛門。
胡散臭さ倍率ドン! である。
ちなみに次郎衛門は結構平気で嘘も吐いたりする。
「確かに魔法は解けているようね。でもこれだけは言っておくわよ! 私が解除出来なかったのはジローの魔法の構成イメージが複雑だった所為であって、私の実力がジローに劣っていたという事ではないんだからね!」
フィリアのどこか言い訳がましい墨付きが出たところでようやく指輪に掛けられた魔法と言う名の呪いが本当に解除された事を信じたパンダロンは喜びにその身を振るわせだした。
「これでようやくメアリーと! メアリーとぉぉぉ!!!」
感極まった様子でメアリーの名を叫び始めるパンダロン。
そんな中年男の様子をフィリアを始めとするアイリィ、ピコ、アイラ、実はこの場に居たエリザベート、つまりは女性陣が可哀そうな生き物を見る目で見ている。
まぁ、元人間のお姫様だったエリザベートは100歩譲って女性と認めるとしても、次郎衛門の願望によって美少女の姿をとっているピコを女性陣に加えて良いのかは若干疑問に思わなくもないが。
「まぁ、落ちつけおっさん。ほら深呼吸、吸って~吐いて~」
「スーハースーハー」
何故か大人しく次郎衛門の指示に従ってしまうパンダロン。
「吸って~吸って~吸って~吸って~」
「スースースースッ!? ブハ! ゴホ! ゴホゴホ!」
そして定番の悪戯をぶっこむ次郎衛門にその言葉を真に受けて咽り出すパンダロン。
こんな面があるからこそ次郎衛門の被害に遭いまくっているというのにその事にパンダロンは気が付いてなさそうだ。まぁ、そんな男だからこそメアリーさんと上手くいったという面もあるのだが。
そんなパンダロンを見て笑い転げる次郎衛門。
下らない悪戯も大好きな男であった。
「ガハッゴホッ。チッまぁ良い。つまりこれで俺は普通にメアリーと暮らせるって訳なんだな?」
次郎衛門の下らない子供染みた悪戯には目を瞑り、聞くべき事は聞くパンダロン。
「おういえ! その通りだぜおっさん! まぁ……修行が終わったらだけどな」
「何だと!? グ…… 目が霞む…… まさか…… じ……」
「クハ! クハハハ! どうだ? 効くもんだろ? 次郎衛門印の睡眠薬は!」
最後まで喋りきれずに崩れ落ちるパンダロン。
どうやら深呼吸させた際にちゃっかりパンダロンに睡眠薬を吸わせていたらしい。
そして次郎衛門の勝利の高笑いが周囲に響く。
そんな次郎衛門の行動にドン引きしながらも二次災害を恐れて特に咎めようともしない常識人枠担当の辺境伯や支部長の姿があったという。
こうしてパンダロンは強制連行されメアリーとの蜜月はまたもやお預けとなってしまったのだった。




