123話 この阿婆擦(あばず)れが!?
空間転移であっさりとラスクの街へと帰還してきた次郎衛門達。
その中には何故かハイエルフであるアイラの姿もあった。
「お主らの疑惑はまだ晴れていないのじゃー。それに既に2つの封印が失われてしまっている以上、邪竜が封印された地を警戒するのは当然の事なのじゃー」
と言う事らしい。まぁ、邪竜が封印された地がラスク近郊であったという事は偶然と言う名の御都合主義が発動したっぽいようではあるのだが。
そしてラスクに戻って来て何をしているのかと言えば。
「転移であっさり帰って来たと思えば。何よこのお子様は? ジロー、あんた遂に幼女の誘拐まで……」
アイラを一目見るなりお子様呼ばわりし、ドン引いた表情を浮かべるフィリアの姿があった。
「いやいやいや!? フィリアたん!? 誘拐だなんてしてないって! たまに思うけどフィリアたんって一体どういう目で俺の事みてんの?」
「どんな目ってこんな目よ! 何か文句でもあるの!?」
慌てて無実を主張する次郎衛門を異臭を発し始めた生ゴミでも見る様な目で見つめるフィリア。
まぁ、以前に「ロリも好き!」等と声高らかに言い放った事もある次郎衛門ではフィリアのそんな態度も仕方ないだろう。フィリアのその瞳には次郎衛門に対する信頼度は微塵も感じさせない。
「やめろおお! 俺をそんな目で! そ、そんな目でぇ…… あ、やべ。ちょっと気持ち良くなってきたかも? 良いだろうフィリアたん! 俺はフィリアたんのどんな視線だって受け止めてやる! クハ! クハハハハ!」
何だか一周回って可笑しなテンションに振りきれ始める次郎衛門。
どうやらまた一つ高みに昇ってしまったらしい。
次郎衛門がどこを目指しているのかは謎であるが、昇り続けた先の頂きにはどんな光景が広がるのかそれはそれでちょっと気になるものがある。
きっと眼下には碌でもない光景が広がるのだろう。
「キモい! ちょっとキモ過ぎるわよ! 何なのあんた?」
罵倒ですら快感に変え始めた次郎衛門に慄くフィリア。
こうなってくると次郎衛門に通じそうなのは闘気をも貫く超強力なダメージくらいしかない。
フィリアならそういった攻撃を繰り出すのも不可能ではないだろう。
だがフィリアにはそれが出来なかった。
次郎衛門がそれらのダメージですら快感に変える事を恐れたのだ。
そんな事になったら手の施しようがなくなる。
そんな光景を想像しただけでも怖すぎたのだ。
そんな中、行動を起こしたのはロリエルフのアイラだった。
「お子様ではないのじゃー! 立派なレディーなのじゃー! な? な? ジローもそう思うじゃろ?」
誰がどうみても少女でしかないアイラが大人を主張し始めた。
ジタバタと両手を振って一生懸命に主張する。
その姿は周囲にいた者達を妙にほっこりさせるものがあった。
そんなアイラの元に更に幼い容姿のアイリィがトコトコと歩み寄る。
それは一見子供同士のほのぼのとした光景に見えた。
実際場にほんわかとした空気が流れたのは間違いない。
だがそれもほんの一瞬の事だった。
何故なら――――
「!?」
アイリィが容赦なくアイラの腹を拳で抉ったのだ。
「へへーんなのじゃー! そう何度も同じ手は喰らわないのじゃー!」
何とアイラは魔法による障壁によって辛うじて受け止めた。
ノーダメージで凌ぎきったのだ。
実年齢600歳オーバーのハイエルフと言う事は伊達ではないらしい。
少なくとも支部長やパンダロンよりはやりそうである。
だがアイリィの拳はもう一つあった。
一発目が受け止められた後、アイリィは流れる様な淀みない動きで再び拳を振るう。
「ゴフ!?」
今度のアイリィの拳はアイラの展開した障壁を物ともせずにアイラのぷにぷにボディを容赦なく抉った。いや、アイラの腸が飛び出したりはしていない様なので一応容赦はしてるのかもしれない。
思わずお腹を押さえ蹲るアイラの頭髪を掴むアイリィ。
「何お前パパに色目使ってんだよ!? この阿婆擦れが!」
ロリエルフに唾を吐き掛けんばかりの勢いのアイリィ。
容姿が近いだけに仲良くなれそうなものなのだが、どういう訳かアイリィはアイラを目の仇のように思っていそうである。
一応今までに次郎衛門に接近しようとしてきた女は居る事は居る。
ドルアークのお姫様であるエレオノーラがそうである。
だがあの時はこんな反応はしていなかったように思う。
「ちょ!? アイリィたん!? どうしちゃったの!? パパそんなどす黒いアイリィたんは見たくないよ!?」
ちょっと前までフィリアに罵倒されて見悶えていた次郎衛門も流石にアイリィを止めに入った。
だが次郎衛門の言葉にもアイリィは中々引く気配がない。
ここまで頑固なアイリィも珍しい。
多分このまま放っておいたら手加減していたとしてもアイラの命はあと数分といったところだろう。
「あ。アイリィ様のお怒りの理由が分かったかも知れません」
ジッとアイリィに痛めつけられているアイラの様子をみていたピコが何かに気が付いたようだ。
自然とピコに視線が集まる。勿論アイリィとアイラ以外のであるが。
「多分ですね。キャラ被りを気にされているんだと思いますよ」
「キャラ被り? なんだそりゃ?」
ピコの台詞の意味が分からないといった感じの次郎衛門。
「つまりですね。名前が似てる、子供、マスターの事が好き、そして人外。これらの点がアイリィ様のキャラと被ったと判断された為に排除に動いたのではないでしょうか?」
言われてみれば、確かにアイリィとアイラ、名前は似ていると言えるかも知れない。
多少アイラの方が年長に見えるが両者とも子供と言えば子供である。
そして次郎衛門の事が好きという点については、アイリィはパパ大好きと公言しているので間違いはないだろうが、アイラに関してはかなり疑問が残る所ではある。
まぁ、わざわざラスクにまで着いてきた事から考えて毛嫌いしているという事はなさそうだ。
キャラと言う点で考えてみるならば確かにファンタジーの定番と言えるドラゴンと、これまた定番と言えるハイエルフだ。更にいうならば人化ドラゴンが最近のラノベファンタジーのテンプレと言う事に対して、ハイエルフはハイファンタジーからの定番なのでキャラの重みが違うと言えるかも知れない。
そう考えればアイリィが危機感を抱いたとしてもそこまで可笑しな話ではないのかも知れなかった。
まぁ、本物のハイファンタジーの定番のハイエルフなら「のじゃー」などという変な語尾は付けたりはしないのだろうけども。
「そう考えると私も結構危なかったのかも知れませんね。宇宙人枠で良かったと心の底から安堵してます」
「あ、お前って宇宙人枠だったんだ……」
ファンタジーらしからぬピコの宇宙人枠発言に呆れる次郎衛門。
「ん? って事はフィリアたんは何枠になるんだ?」
次郎衛門は新たな疑問を口にする。
まぁ、誰がどういったポジションなのかは確かに気になる所ではあるが。
「決まってるじゃないの! メインヒロイン枠よ!」
「……え?」
「だからメインヒロイン枠よ!」
形の良い胸を逸らしながら自信満々に言い放つフィリア。
「うん。まぁ、フィリアたんならそう言うような気はしてたわ。となるとやっぱり最後は俺と結ばれるって訳か! いやぁ、こりゃ楽しみが増えたな!」
どうやら次郎衛門は次郎衛門で自分の事を主人公枠だと決めて掛かっているらしい。
ファンタジーものならば主人公とメインヒロインが結ばれるという事は当然の流れではある。
次郎衛門が浮かれ気味なのも頷けなくもない。
ある意味ポジティブ過ぎるフィリアと次郎衛門のその思考は似た者同士だと言えるかも知れない。
「ハァ? 何であんたが主人公なのよ!」
だがフィリアは気に入らなかったらしい。
「え? フィリアたん今の話のどこにキレポイントあったんだ?」
青筋浮かべながら詰め寄るその姿は次郎衛門でなくても怖いだろう。
「どこですって? この物語にはまだ主人公は登場していないわ! 私達の冒険はこれからだ! どころかまだプロローグすら始まってない筈よ! きっとその内私の目の前に素敵な主人公が現れてくれるわ!」
どうやらフィリアは次郎衛門が主人公とは認めたくないらしい。
それがツン的な要素から湧いたものであるのか本気で言っているのかは分からないが何だか妙に必死である。
だが、フィリアには申し訳ないが敢えて断言しよう。
30万文字を超えて続いている本作のプロローグはとっくに終わっていると。
もしそれでまだプロローグにすら到達していない様な壮大なストーリーだとしたらとても書ききれる気はしない。多分読む方もそこまで付き合ってくれないんじゃないかと思う。
まぁ、あれが主人公だと認めたくないというフィリアの気持ちは分からないでもないが。
そんなフィリアの気持ちを察したのか次郎衛門も生暖かい目でフィリアを見守るのみだった。
「って言うか、アイリィたん迄もが生き残りを掛けて自分のキャラ作りを徹底していたとはな。知りたくない裏事情聞いちまった気分だわ」
「いえ。恐らくそれは違いますよ。恐らくアイリィ様はそのような事は一切計算してはいないでしょう。強いて言うならば本能でしょうね」
ちょっと凹む次郎衛門にピコがアイリィをフォローするかの様に言う。
「ヒイ! し、死ぬのじゃー! そこ! 見てないで助けて欲しいのじゃー!」
リアルにヒイヒイ言わされているアイラ。
何とか逃げ出そうとしているが決して逃がさないアイリィ。
そんな二人を生暖かい目で見守る次郎衛門。
こうして今日も次郎衛門達の日常は賑やかに過ぎていったのだった。




