108話 投げっぱなしにも程がある!?
そして夜。
少女はシャワーを浴びる。
別に次郎衛門への配慮という訳ではない。
少しでも自分の痕跡を消す為にだ。
恐らく行為を終えた後もシャワー浴びるだろう。
今度は次郎衛門の痕跡を少しでも消す為に。
悔しさで涙が込み上げてくる。
初めては王子に捧げるのだと心に決めていたのに。
これは文字通り罰なのかも知れない。
浅はかであった自分への罰だ。
穢れてしまった自分でも王子は今までと変わりなく接してくれるだろう。
王子はそういう人だ。
だからこそ甘えてはいけない。
あの方はこの国の将来を担う方だ。
穢れた自分が傍に居て良い人ではない。
夜が明けたらそのまま消えてしまおう。
そんな悲壮なまでの覚悟で次郎衛門の部屋へと訪れる。
そして少女の目にとある文字が飛び込んでくる。
『うそうそかわうそ』
という文字だ。
そして部屋の中に居たのは次郎衛門…… ではなく愛しい王子と苦楽を共にした二名の仲間。
つまり騎士っぽい少女の目に飛び込んできたのは、僕っ娘が手に持つ看板の文字だったのだ。
「え……? ど、どういう事?」
意味が分からずに思わずシグルドに問いかける。
しかしシグルドは何とも気まずそうに目を逸らす。
「それについてはジローさんから手紙を預かっていますので読んで下さい」
シグルドに代わって魔女っ娘が懐から手紙を取り出し騎士っぽい少女に手渡す。
騎士っぽい少女は手紙を受け取るとその内容に目を通す。
手紙を読み進める程に騎士っぽい少女は小刻みに震えていく。
それと同時に表情も険しくなり顔に赤みが増していく。
そして全てを読み終えた騎士っぽい少女は奇声を発しながら手紙を破り捨て親の仇かという位の勢いで手紙の破片を踏みつけ始めた。
「あの野郎! 殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す!絶対にぶっ殺してやる!」
凄まじい怒りっぷりだ。怒髪天を衝く勢いとは正にこの事かという程のキレっぷりだった。
騎士っぽい少女をここまで怒り狂わせた手紙の内容はどんなものだったかというとこんな具合だ。
『やっほーい。今、君がこの手紙を読んでいるという事は既に僕はその場には居ないのでしょう。
さて、君は様々な思いを抱きそして悲壮な覚悟を持って僕の部屋に訪れた事と思う。
詳細を事細かに記すと長くなるのだけれどあえて端的に説明するならば、酒場での一件、つまり罰ゲーム云々という話は全部嘘です。
君が意識を失っている間にあの場に居た全員で仕組んだどっきりといったところなのです。
そうとも知らずに僕の部屋を訪れた君を想像しただけで込み上げてくる笑いを抑える事が出来ません。
今、君はどんな気持ちなのでしょうか?
怒っているのでしょうか?
それともホッとしているのでしょうか?
ひょっとしたら僕に抱かれる事が出来なくて残念がっているのかも知れませんね。
僕も今の君の様子を知る事が出来なくてとても残念です。
嘘です。
別に君が怒ってようがホッとしてようがどうでも良いです。
だから結果は見ずにラスクへと帰りますね。
もし次会う事があったらどんな気持ちになったのか感想を聞かせてちょんまげ~』
これである。
道理でゲスな次郎衛門にフィリアが反応しなかった訳である。
しかも次郎衛門達は結果も見ずに帰ったらしい。
プロレスの投げっぱなしジャーマンよりも投げっぱなしだ。
何せその場にすら居ないのだから投げっぱなしにも程がある。
そして内容もかなり酷い。
中途半端に丁寧な文章なのが苛立ちを加速させる。
騎士っぽい少女が怒り狂うのも当然だろう。
「皆も酷いじゃないか! 私がどんな思いでこの場に臨んだと思ってるんだ!」
騎士っぽい少女は悲痛な思いをぶちまけ、その目からは止めどない涙があふれ出している。
「すまない。私を殴って気が済むならば好きなだけ殴ってくれて良い」
シグルドはそう言うと手を後ろで組み歯を食いしばる。
「言い訳しろよ! そんなにSランク冒険者に媚を売りたかったのか! 何年も一緒に組んできた私よりアイツの方が良いのか!」
騎士っぽい少女がシグルドを殴りつけながらそう叫んだ瞬間。
『パン』
僕っ娘が騎士っぽい少女の頬を張る。
「何するんだ! お前も裏切り者の癖に!」
「手紙もう一枚ある。読んで」
「なんだよ! これ以上アイツは私を馬鹿にするつもりなのか!」
「いいから読んで!」
僕っ娘の迫力に押されて渋々騎士っぽい少女は手紙を読み始める。
『今頃お嬢ちゃんは俺に殺意を抱いたり仲間を罵倒している頃か?
一枚目の手紙じゃ罰ゲームは嘘だと書いたが実の所は全部が嘘って訳でもないんだな、これが。
ハッキリ言おうか。今のままじゃ、お嬢ちゃんはこの先いつか必ずシグルドの足を引っ張る。
この国が安定してるのは王族達の人柄が国民に慕われているからだ。
いくらシグルドが好青年だったとしても傍に侍る人間が高慢だったなら周囲の者は高慢な者だけではなくそれを許している者、つまりシグルドにその不満が向けられる事になる。
まぁ、こんな事言ってもお嬢ちゃんは俺の助言を聞かなかっただろう。
だから理不尽な状況に追い込んで痛感して貰った。
言っておくがシグルド達は最後まで反対していたぞ。
今回はちょっとした罰ゲームだったが、実際にあり得た状況だったのだと理解するべきだな。
もしお嬢ちゃんがこの先もこのままだったならば、今回と似たような状況に陥る事もあるかも知れない。その時はお嬢ちゃん一人だけではなくシグルド達も巻き込むだろう。
シグルドは甘そうな奴だからお嬢ちゃんを切り捨てられないかも知れない。
お嬢ちゃんはそれで満足か?
仲間の好意に甘えて過ごして満足か?
それ以前にそんな慣れ合いの関係が仲間だと言えるのか?
今回の件を教訓ととるかただの嫌がらせととるかはお嬢ちゃんの自由だ。
だが、もし俺を見返したいと思ったのなら、次会う時には人として成長した姿を見せてみろ。
追伸
女性としても成長してたなら成長したおっぱいも見てみたいです』
最後に次郎衛門らしい一文こそあったものの今度の手紙の内容は結構真面目な内容だった。
というか最初からこっちの手紙を見せれば良いのにまず先におちょくる事を優先しているところが次郎衛門らしいと言えば次郎衛門らしいかも知れない。
「ふざけるな!」
騎士っぽい少女は手紙を床に叩きつける。
だが今度は破いたり踏みつけたりはしないようだ。
シグルドや仲間達に裏切られた訳ではなかった。
次郎衛門の口車に乗せられた感はするものの、彼等は騎士っぽい少女の事を確かに想っての事だったのだ。
「王子。私は変わるぞ! そしていつかアイツを見返してやるんだ!」
どうやら次郎衛門の忠告は騎士っぽい少女に届いたようだ。
決意に満ちた目で宣言する騎士っぽい少女。
「ああ。私達はまだまだ成長出来る。皆で頑張ろう!」
そんな少女を優しい目で見守るシグルドなのであった。




