106話 切り札はまだあったりして!?
「お、おのれぇ! 我を無視するんじゃない! 生意気な人間共があああ!」
憎悪に満ちた表情で次郎衛門を睨みつけるヴァンパイア。
手を次郎衛門達の方へ向ける。
その手から再び暗闇が生まれる。
暗闇から更に生みだされるは無数の矢だ。
ただの矢ではない。
暗闇を圧縮して凝固させたかの様な暗黒の矢だ。
だが次郎衛門に焦りはない。
『ガッガガガガガガガ!』
押し寄せた矢を迎え撃つ次郎衛門。
勿論振るう武器は愛用のピコハン…… ではなく見慣れない剣だ。
「貴様! その剣は!!」
ヴァンパイアの表情が更に憎悪に歪む。
「お? 顔色変わったな。流石に分かっちゃうか」
次郎衛門の振るっている剣はヴァンパイアに有効だと言われている銀製の剣だった。
それもただの銀ではない。
通常の銀よりも遥かに高い硬度を誇る至高銀の剣だ。
「確かにミスリルと我との相性は悪い。だが接近さえさせなければ振るいようがあるまい!」
ヴァンパイアはそう言い放つと更に大量に暗黒の矢を生み出す。
押し寄せる無数の矢は既に連射というレベルではない。もはや弾幕であった。
それでも次郎衛門には矢は届かない。
「俺はともかく他の皆にはこの弾幕は厳しいか…… んじゃ、次の手だ! フィリアたん対魔法結界を頼む!」
次郎衛門の合図と共にフィリアが全員を覆う結界を張る。
正に阿吽の呼吸といえる絶妙な連携だ。
ヴァンパイアの暗黒の矢もフィリアの結界を穿つには及ばない。
「んじゃ、フィリアたん以外全員集合!」
次郎衛門が集合を掛けると全員が次郎衛門に視線を向ける。全員と言っても既にピクリとも動かない騎士っぽい少女以外の者達だが。
ちなみに微動だにしない騎士っぽい少女は鎧の隙間から赤い液体が床に結構な染みを作っていたりするのが若干気になるところだ。
「あんたアレをやるつもりでしょ! アレが出来るのは私のお陰なんだから私をのけものにするんじゃないわよ!」
「いあ、フィリアたん結界張ってるじゃん。今回は見送る方向でよろしこ!」
「仕方ないわね。次私をハブにしたら許さないからね!」
普段文句ばかり言っている割に仲間ハズレは嫌らしいフィリア。
この後に及んで緊張感のない連中である。
「そ、それでジロー殿何か手があるのですか?」
「あるよ。ほい。これ使ってくれ。使い方はな―――――」
次郎衛門は対ヴァンパイア用に準備していた秘密兵器を各自に配る。
「こ、これは? 子供用の玩具なのでは?」
「これはひょっとして……」
「私はジローに賭けてみる価値はあると思う」
秘密兵器を手に取ったシグルドは若干不安そうな顔を、魔女っ娘はちょっと思い当たる節がありそうだ。僕っ娘は次郎衛門の事を疑う気はないっぽい。次郎衛門のダンジョン攻略の非常識さを目の当たりにして次郎衛門の行動を常識で計るのを止めたようだ。
「絶対効くって! それじゃ、3・2・1で一斉に行くぞ?
「え、ええ!? ちょ―――――」
「3!」
混乱するシグルド達もなんのそのお構いなしにカウントを始める次郎衛門。
「2!」
「ええい! やってやる! ジロー殿これでダメだったら責任とって貰いますよ!」
「断る! 俺は男を抱く趣味はない!」
「1!」
「ちょ!? 私だってそんな趣味は―――――」
「ファイアー!!!!」
シグルドの叫びを無視して一斉にそれはヴァンパイアに向かって放たれた。
一斉に放たれたそれは一直線に…… ではなく緩やか弧を描きながらヴァンパイアに降り注ぐ。
「ギャアアアアアぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
絶叫を上げながらのた打ち回るヴァンパイア。
その体から嫌な音を立てもうもうと煙が立ち上っている。
「クハ! クハハハ! やっぱヴァンパイアには効果抜群だったな! フィリアたんお手製の聖水の味はどうだ?」
秘密兵器とは聖水を使った水鉄砲の事だったらしい。
相手はヴァンパイアだけあって凄まじい程の劇的な効果を発揮していた。
ただ発射されたのが聖水なのでファイアーという掛け声はちょっと微妙な気もするが。
実は次郎衛門が草を抜くと勝手にマンドラゴラ? になってしまうように女神であるフィリアが魔法で水を作ると100%聖水になるのである。
本来は聖水というものは高位の神官が何週間も神に祈りを捧げながら水に魔力を込める事でやっと出来る貴重品なのだ。しかしそれでもヴァンパイアにダメージ与えられる程の効果はない。
ヴァンパイアにダメージを与えれる程の高品質な聖水を作るには年単位の時間が必要だろう。
だがフィリアお手製の聖水はアンデッドも昇天させる最高品質の聖水になる。
フィリア自身が神そのものなのでその結果も当然と言えば当然なのかも知れない。
シグルドは水鉄砲の聖水がこれ程絶大な効果を発揮するとは思わなかったらしくその効果の高さに驚いている。
その間にもヴァンパイアには聖水を浴びせ続けている。
聖水を浴びた部分がボロボロと灰になって崩れ落ちるのだが直ぐに再生していく。
今一歩の所で止めを刺しきれない。
「フハ、フハハ、き、切り札の、聖水ですら、我を、倒しきるには、い、至らぬ、ようだなあああああ! 聖水が、つ、尽きた時こそ! き、き、貴様らの最後だあああ!」
ヴァンパイアは力を振り絞って叫ぶ。
そして必死に耐える。
攻撃に転じる余裕はない。
ここさえ凌げば逆転出来ると己に言い聞かせて耐える。
実際の所は水鉄砲なんぞでチマチマと攻撃しなくてもフィリアが一発どーんと水系の魔法を使えば済む話でヴァンパイアはどう足掻いても既に詰んでいるのだが、その事を知っているのは次郎衛門とフィリアだけだ。
それ故にヴァンパイアは頑張る。
既に己が道化と化している事にも気付かずに。
「何か勘違いしてるっぽいけど切り札はまだあったりして。じゃじゃじゃーん!」
そう言って取りだしたのはまたもや水鉄砲だった。
「フハハ、何かと、思えば、また、せ、聖水か、せ、精々、時間稼ぎ、す、するが良いわ」
己をこれ程までに追いつめた人間が切り札などと言いだすから警戒してみれば出てきたのは変わり映えのしない水鉄砲で内心ホッとする。
「それじゃ発射~」
次郎衛門の水鉄砲から放たれた聖水は黄金色をしていた。
その聖水がヴァンパイアの体に降り注ぐ。
「うぎゃああああああああ!」
それまでの聖水とは一線を画す凄まじい激痛がヴァンパイアを襲う。
「一部のマニアの間では女性の体内で生成される黄金色の液体の事を聖水と呼ぶ」
唐突にとんでもない事を口走り始める次郎衛門。
そして女性陣の顔色が面白い位に変化する。
「ジローあんたまさか!」
フィリアが叫ぶ。
僕っ娘は無言で赤面し、魔女っ娘は力なくへたり込む。
「もしかしたら効くんじゃないかと試してみたら本当に効くとは…… ちょっとびっくりだ。ちなみに今の黄金聖水はメイド・イン・魔女っ娘だ!」
次郎衛門がヴァンパイアとの決戦前にトイレを勧めていたのはこの為だったのである。
ヴァンパイアの表情にも驚愕の色が張り付いていた。
信じられない話だった。
恐るべき女体の神秘であった。
そっち方面の聖水が己を脅かすものだとは思ってもみなかった。
だが己の体から立ち昇るツンと鼻孔をくすぐる刺激臭は次郎衛門の言葉が真実である事を告げていた。
「ちょっと待て!」
「イセカイゴ。ムズカシイ。ナニイテルカワカラナーイ」
急にカタコトになる次郎衛門。
心なしか顔もほりの深い濃ゆい顔になっているような気もする。
「嘘吐くな! 今までペラペラ喋りまくってただろうが! やめろ! いや、止めて下さい!」
「僕っ娘ゴールデンシャワー!」
「がはああああああ!」
最早ヴァンパイアは虫の息だ。
次の聖水には耐えられないだろう。
ヴァンパイア自身それを理解していた。
こんな屈辱的な負け方は嫌だと、少しでも次郎衛門から遠ざかろうと這いずっていた。
「止めだ! 女神スプラッシュ!」
どうやら止めの聖水はフィリア産のようだ。
「こんな、こんな負け方、い、嫌だ! 嫌だあああああ! 貴様ら覚えておけよおおおお! 復活した…… 暁にはどんな…… 手段を用いても復讐してやるからなあああ」
こうしてヴァンパイアは歴史上他に類を見ないくらい最悪な敗北を喫したのだった。
「クハハハハ! 大勝利ぃ!」
これ以上ないという位にご機嫌な次郎衛門。
だが次郎衛門の背後にはこれ以上ない位に不機嫌な者達もいた。
それは黄金聖水の生産者達、つまりフィリアを始めとする女性陣だ。
「ハッ!? 殺気!? おっとこりゃまずい。にっげろー」
「待ちなさいよ! 今日という今日こそは絶対に殺す!!」
「逃がしませんよ!」
「……殺す」
この後、小一時間に渡って逃走した次郎衛門だったが結局アイリィ、ピコ、エリザベートまで動員したフィリアに捕まってぶっ飛ばされる事になるのっだった。
◆◆◆◆
数時間後。
ヴァンパイアは蘇ろうとしていた。
ノーライフキングとも言われるヴァンパイアは基本的に自身の魔力を使い何度でも蘇る。
逆に言えば魔力が尽きた時ヴァンパイアは死ぬのだが、今までダンジョンから吸収した魔力があれば百回は生き返る事が出来る。
灰となった体が徐々に形を作っていき、そしてヴァンパイアは蘇った。
「ハァ…… ハァ…… ハァ…… 人間共めえええええ! 必ず見つけ出してぶち殺してくれるわ!」
ヴァンパイアの瞼には憎き人間の姿が鮮明に焼き付いていた。
まるですぐ目の前に存在しているかのようだった。
というか目の前にいた。
生きてるが不思議な位に顔を腫らした次郎衛門がいたのである。
「な!? 貴様は!」
「よ。お帰りぃ。そして逝ってらっしゃい!」
その瞬間に眩しい日光が降り注ぐ。
次郎衛門が空間魔法を天窓のように使い日光を取り込んだのである。
たちまちヴァンパイアの体は焼け崩れていく。
「きさまああああああああ! 覚えておけよおおおおお! いつか絶対に殺してやるからなあああ!」
「おう! またな!」
こんな感じで蘇る度に様々な方法で瞬殺され続けるヴァンパイア。
その後、結局次郎衛門が飽きてしまいフィリアが生み出した聖水でダンジョンの最下層を水没させた。 その為ヴァンパイアは復活すると同時に聖水によってエンドレスに殺され続ける羽目になった。
その結果、ヴァンパイアは割とあっさりと全ての魔力を失って完全に消滅してしまう。
こうして次郎衛門達は難関ダンジョンを完全攻略したのだった。




