105話 あるよ!?
ここはノーライフキングのダンジョンにある最奥の間だ。
今まさに次郎衛門達とヴァンパイアとの決戦の火蓋が落とされようとしている。
「ほう? よくここまでたどり着いた」
「おお。ボスっぽい! いやぁ、良かった良かった」
「…… 今宵は貴様たちの……」
「実は全裸がヴァンパイアの正装だったらどうしようかと内心ドキドキしてたんだよな」
「血で祝杯を……って五月蠅いわ! せっかく我が必死に雰囲気作りしておるというのに何だ貴様は!?」
ヴァンパイアはパンイチ露出事件の事はなかった事にしたかったようだ。
だがそんな空気を読む次郎衛門ではなかった。
何とかボスらしく振舞おうとしていたのだが次郎衛門に台無しにされキレたっぽい。
「何だ貴様は? と仰るか! よくぞ聞いてくれた! 俺こそは鈴木の中の鈴木! この世界で唯一の鈴木! キングオブ鈴木! 人呼んでスズキング! 鈴木次郎衛門32歳だ!」
何やら訳の分からないポーズをいくつも決め続け、最後にスタン○使いっぽいポーズを決める次郎衛門。
人呼んでとか言っちゃているが次郎衛門はスズキングなどと呼ばれた事は実は一度もない。
ちなみにアイリィとピコもちゃっかり一緒になってビシっとポーズを決めてた。
「スズキスズキ五月蠅いわあああ! 貴様の名前など聞いてはおらぬわ!」
「え? 違うの? まぁ、あれだ。自分を滅ぼす相手の名前位は知っときたいだろ?」
あくまでも小馬鹿にした態度を取り続ける次郎衛門。
「人間如きがヴァンパイアたる我を滅ぼすだと? 貴様ら全員全身の血を吸い尽くしてくれるわ!」
ヴァンパイアは頭上に手を掲げる。
すると闇そのものといえる真っ黒い空間を作り出す。
それが戦闘開始の合図だった。
次郎衛門が警告の闇の中に蠢く何かに気付く。
「みんな気を付けろ。何かくるぞ!」
「行けぃ! 我が賢族よ!」
ヴァンパイアの声が響く。
それと同時に闇が一気に周囲へと溢れだす。
否、闇ではない。
闇の様な黒い表皮を持った蝙蝠だ。
以前に廃鉱山で戦ったキラーバットよりも一回り小さい。
だがその動きはキラーバットを遥かに上回る俊敏さで襲いかかってくる。
「チッ…… 厄介だな」
次郎衛門達だけでなくシグルド達も(騎士っぽい少女を除く)必死に戦っている。
だが中々上手く倒せてはいない。
的が小さく俊敏なので非常に討伐効率が悪いのだ。
その間にも蝙蝠は闇から溢れ続けドンドン増え続けていく。
「クックック…… さっきまでの威勢はどうした?」
蝙蝠に手こずる次郎衛門達をヴァンパイアは嘲る。
「卑怯だぞ! 配下の影に隠れてないで戦え!」
ジリ貧の状況にシグルドが叫ぶ。
しかし無駄だ。
当然だ。
ヴァンパイアが自ら戦わなければいけない理由などないのだ。
「ハハハハハ! 冒険者共の無様な姿というのものはいつ見ても愉快なものだな!」
「このままじゃ……」
シグルドの表情に焦りが浮かぶ。
次郎衛門やフィリア、アイリィ、ピコ、そしてエリザベートにはまだ余力がある。
だがシグルド達は早くも消耗の色が見え始めていた。
このまま消耗戦が続けばシグルド達だけではなく遠くない未来に次郎衛門達もいずれ力尽きるのだ。
普段は放っておいても喧しい次郎衛門ですら黙々と蝙蝠を倒す作業に集中している。
それ程厳しい状況という事なのだろう。
「ジロー殿! 何か…… 何か手はないのですか!」
一縷の希望を求めシグルドは声を絞り出す。
「あるよ」
あるらしい。
その姿はどこぞのバーのマスターを連想させた。
「やはりそんな都合の良い話は――――― ってあるんですか!?」
あまりにあっさりと次郎衛門が言い放つので思わずスルー仕掛けてから食いつくシグルド。
「おうよ。いくつかあるけどどれで行く? プランAシグルドが頑張る。プランBシグルドが超頑張る。プランCシグルドが潔く人生を諦め――――」
「ジローどのおおおお!? 」
どこまでも不真面目な次郎衛門に次郎衛門に流石のシグルドもキレ気味だ。
いや、この状況で悪ふざけされてキレない方がおかしいのだが。
「クハハハ! 冗談だって。みんな耳塞いどけよ。行くぜ。せーの!」
次郎衛門の指示に全てを悟ったシグルドは自身の耳を塞ぎながらも声の限り叫ぶ。
「!? まさか!? みんな耳を塞――――」
シグルドの叫びを圧倒的な声量で次郎衛門の魂の咆哮がかき消す。
『愛! LOVE! フィリアたーん!!!』
その瞬間。
次郎衛門を中心に音の嵐が吹き荒れる。
いや、次郎衛門の台詞にちなんで愛の嵐と表現した方が良いかも知れない。
Sランク決定戦で次郎衛門が試合開始前にバラル氏をKOしたえげつない攻撃方法である。
今回は加減をしたのかダメージを負う様な衝撃波は発生していない。
だが、蝙蝠達にとっては致命的だった。
何せ蝙蝠は超音波を用いた反響を察知して周囲を探る。
それを次郎衛門の愛の嵐によってダメージを負ってしまったのだ。
これでは幾ら数が増えようとも次郎衛門が一喝するだけで対応出来てしまう。
最早、蝙蝠は次郎衛門によって完全に攻略されたと言って良いだろう。
「クハ! クハハハ! この俺のフィリアたんに対する愛の力の前には、蝙蝠など敵ではないのだ!」
勝ち誇る次郎衛門。
熱烈な愛の叫びに対するフィリアの反応が知りたくてチラチラとアピールしている様が非常にウザい。
既にバンパイアなど眼中にないといった風情の次郎衛門だった。
ちなみにフィリアは次郎衛門の声による攻撃が来ると分かった時点で結界を張って音をシャットアウトしているので叫んだ台詞は聞こえていなかったりする。
つまり次郎衛門のアピールは完全に無駄っぽい。
アホな男である。
「お、おのれぇ! 我を無視するんじゃない! 生意気な人間共があああ!」
次郎衛門に無視され、完全にプライドを傷つけられまくったヴァンパイア。
その表情が憎悪に醜く歪む。
次回ヴァンパイアの怒りの猛攻が次郎衛門達を襲う!
かもしれない。




