104話 全く笑えないわ!?
ここはノーライフキングのダンジョン。
その最奥の間の一つ手前の部屋である。
次郎衛門達はシグルド達を抱きかかえ一気にダンジョンを踏破した。
その勢いのままにボスのいると思われる部屋に突入したのだが―――――
「まさかボスがパンイチでいるとは思わなかったなぁ」
という訳でボスが着がえ終わるまで気を利かせて手前の部屋で待機しているのである。
「うああああああああぃrひfjぎhvjvtjcだ!?」
扉の向こうから悲痛な絶叫が聞こえて来る。
恐らくヴァンパイアが羞恥心に耐えきれず悶えていると思われる。
「おいおい。ヴァンパイアのやつ随分荒れてるみたいだなぁ。気持ちは分からんでもないけど」
「ふん。パンイチで徘徊する変質者の気持ちなんて知りたくもないわ」
「クハハハ! フィリアたんも言う事キツイなぁ。」
ヴァンパイアに同情気味な次郎衛門とは対照的に辛辣なフィリア。
別にヴァンパイアは露出癖がある訳ではない。
急に客が自宅に来る事になったもののまだ準備中に客が来てしまったと言えばイメージがしやすいだろうか。誰が悪いかと言えば尋常じゃないペースでダンジョンを駆け抜けた次郎衛門が悪いのだと思う。
「わざわざ待たずにあの場で倒しちゃえば良かったのよ」
「うーん。それも一つの手だとは思うけどさ。あのまま戦ってもしパンツが破れたりしたらヴァンパイアのアレがこんにちわ! って飛び出してくるんだぜ? そんなんなったら俺耐えられねぇよ。絶対笑っちまって戦いどころじゃなくなるぞ?」
「そ、それは嫌ね…… 全く笑えないわ」
方やシモネタ大好きな次郎衛門。
方や初心でそういったものに耐性がないフィリア。
それぞれ別の理由ではあるがヴァンパイアの準備が終わるまで待つという意見で一致したのだった。
◆◆◆◆
「ぼく死ぬかと思った…… こんなダンジョンの攻略法なんてあり得ないよ……」
ようやく次郎衛門に降ろされ、ぐったりとした様子で呟く僕っ娘。
恐らくここまでの道程で一番恐ろしい思いを味わったのが彼女だろう。
僕っ娘には危険なダンジョンを次郎衛門が無造作に突っ走っているようにしか思えなかった。
しかし、次郎衛門は落とし穴のトラップ、矢が射出するトラップ、隠し扉、様々な仕掛けを全て最初から分かっているかのように見抜いているかのようだった。
突破の仕方は至って単純だ。
落とし穴があればそれを後続に教えながら飛び越え。
矢が撃ち出されれば空間魔法でどこへぞと矢を転移させる。
隠し扉も空間魔法で扉ごとどこかへと転移させて入口を作ってしまう。
それどころか魔物がどこに居るのかも全て把握していた。
シーフとして腕に自信があるからこそ余計に理解不能な行動をとる次郎衛門が恐ろしかった。
「ん? そうなのか?」
「どうか教えて欲しい。トラップをどうやって見抜いていたの?」
「ああ。空間魔法による感知だな。この位のサイズのダンジョンなら構造全てを把握する位出来るさ」
「そんなの嘘だ。構造が分かったところで素人がそれを見抜ける筈がないよ」
「嘘じゃないさ。俺が元居た世界は魔法がなかった分そういった技術はこの世界とは比べ物にならない位に発達してたからな。ダンジョンに入る前にキチンと13階層まで120分って宣言してただろ?」
あれはダンジョンの広さ、トラップ、魔物の数、全ての情報を整理してみて設定した時間という事らしい。宣言通り120分でここまでこれたのが何よりの証拠だと言えるかも知れない。
「これがSランク冒険者の実力……」
次郎衛門のあまりの規格外っぷりにシーフとしての常識が、そして自信が僕っ娘の中で崩れ落ちた瞬間であった。
さて、ヴァンパイア戦の前にもう一人注目しておかねばならない人物がいる。
今回一番怖い思いをしたのが僕っ娘ならば、今回一番痛い思いをしているのが彼女だろう。
僕っ娘が精神的に凹まされたとするのなら彼女は物理的に凹まされている。
それが誰かとあえて言う必要もないのかも知れない。
そう、アイリィに強引に肩車されていた騎士っぽい少女である。
彼女がキチンと肩車されていたのは最初だけだった。
何度も繰り返される加減速にフルプレートメイルで重武装した彼女はあっという間に耐えきれなくなり後方にのけ反ってしまった。
肩車の土台をしていたのが大人だったならばぶら下がって頭に血が昇ってしまう程度の被害で済んだかも知れない。
だが土台をしていたのは幼女のアイリィである。
騎士っぽい少女がのけ反ってしまった瞬間に後頭部をしこたま床に打ち付け動かなくなった。
その後も落とし穴で大ジャンプした時も、階段を勢いよく駆け下りた時も、お構いなしに引きずられ続けたのである。
特に階段でガンガンガンガンと頭を連打する様は非常にコミカルかつシュールな光景だった。
ダンジョンに入る前にはピッカピカだった騎士っぽい少女のフルプレートも今じゃすっかりボコボコの古プレートといった有様である。
唯一の救いと言えば、頭部までがっちりガードしていたお陰で一応人としての原型は留めているといったところだろうか。これがもし頭部が露出していたのだったなら騎士っぽい少女の頭部はすり減って無くなっていたかもしれない。
「さて、一応全員トイレとかは済ませておけよ? 相手はヴァンパイアだ。長期戦になる可能性はかなり高いからな」
各自に準備を促す次郎衛門。
「ジローの言う事は一理あるとは思うから済ませて来るけど覗いたら殺すわよ?」
「やだなぁ。フィリアたん俺を見くびらないでくれよ。俺程になればわざわざ見なくても音や匂いだけでも―――――ゴフ!?」
「聞いても嗅いでも殺す! ピコ! エリザベート! あんたらトイレ関係ないでしょ。ジローの目と耳と鼻と口を塞いでおきなさい!」
「ちょ!? フィリアたん口も塞がれたら流石に死ぬって!」
「五月蠅い!丁度いいからそのまま死になさいよ!」
などとドタバタしつつも準備万端でヴァンパイアとの決戦に挑む次郎衛門達なのであった。




