101話 お姉さんにはその優しさが痛い!?
「それでジロー殿は何故受付嬢に絡んでいたんです?」
「いや、別に絡んでなんてないよな?」
何度もいうが次郎衛門は受付のお姉さんには何もしていない。
勝手にお姉さんが慄き悲鳴を上げただけだ。
「は、はい! あの、その……」
次郎衛門に問いかけられ慌ててお姉さんも返事をしたものの、その後の言葉に詰まってしまう。
何せ相手はSランク冒険者である次郎衛門だ。
VIPもVIP、超VIPと言って良い相手だ。
まさかそんな相手に顔が怖かったとはお姉さんには口が裂けても言えはしなかった。
恐らく次郎衛門はその程度の事では怒ったりはしないだろうが、Sランク決定戦で対戦者の股間を容赦なく粉砕したというエピソードやさまざまな悪名が受付嬢であるお姉さんも知らされていた。
その事がお姉さんに次郎衛門に対する恐怖心を植えつけていたのである。
Sランク冒険者の機嫌を損ねたら首もあり得る。
何せ受付嬢には幾らでもとまでは言わないまでも代わりが利く。
だがSランク冒険者には代わりはいないのだ。
ギルドの受付嬢という職業は王都ドルアークでは人気があり過ぎて最もなるのが困難な職業の一つと言われている。
お姉さん自身幼い頃から受付嬢になる為にひたすら努力してきたのだ。
その努力は実り3年前にやっと受付嬢になる事が出来た。
そんなお姉さんを両親は我が事のように喜んでくれた。
更にとあるCランク冒険者と最近ちょっと良い雰囲気になりつつあった。
そのCランク冒険者は特に才能にあふれている訳ではなかった。
何とかCランクにはなれたものの恐らくBランクには届かないとお姉さんは思っている。
凄くカッコ良い訳でもない。
困っている人の役に立ちたいという彼の誠実な人柄にお姉さんは惹かれていた。
次郎衛門の機嫌次第でお姉さんのこれまでの努力も淡い恋心も全て無に帰してしまうかもしれない。
何か言わなくてはと気持ちは焦るもののお姉さんにはこの状況を上手く切り抜ける言葉が浮かんでこない。
ジワリと涙が込み上げて来るのが分かる。
ここで泣いても何も解決はしない。
それどころか更に悪くなるかもしれない。
泣いてはダメだ。
必死に堪えようとするがドンドン涙が込み上げてくる。
もうダメだ。
涙が堪え切れない。
零れるとお姉さんが思ったその時である。
「俺達ってまだダンジョンに行った事ないんだよな。言わばダンジョン童貞ってところかな。だからそこのお姉さんにダンジョンについて色々教えて貰おうかと声を掛けた途端にいきなり奇声を発しだしたんだよ」
言われてしまった。
ここに至っては誠心誠意全力で許しを請うしかなかった。
Sランク冒険者の不興を買って首になっただなんて事になればこの国ではもう生きていけないだろう。
お姉さんは謝罪の言葉を口にしようとするが次郎衛門がやんわりとそれを制する。
その表情はお前の魂胆など全て見透かしているぞ、とお姉さんには言っているように見えた。
そんな次郎衛門の態度に、お姉さんは自分の人生の終わりを感じる。
何故あの時自分は悲鳴を堪える事が出来なかったのか。
こんなささいな失敗で全てを失ってしまうだなんて数分前までの自分には想像も出来なかった。
最早お姉さんには次郎衛門が言い放つであろう言葉を待つしかなかった。
「荒くれ者の多い冒険者達を相手にしているとお姉さんもストレス溜まるんだろ? 欲求不満が溜まり過ぎてイケメンを見ると思わず奇声を発してしまう。そんな性癖に目覚めてしまう事もあるだろうさ」
何やら分かったような表情で意味不明な事を言い出す次郎衛門。
お姉さんも予想と違う展開に驚く。
ことの成り行きを見守っていたシグルド一向や周囲の者もそれはないだろうという困惑の表情を浮かべているし、事実お姉さんにそんな性癖はない。
何より次郎衛門の顔は悪人面ではあってもイケメンではない。大事な事なのでもう一度言っておくが断じてイケメンではない。
まぁ、不細工でもないのだけれども。
だが迂闊に否定しようものなら何で悲鳴を上げたのかを説明しなければいけなくなる。
それは出来ない。Sランク冒険者の機嫌を損ねる可能性があるのだから。
お姉さんの視界には次郎衛門が映っている。
満面の笑顔を浮かべて立っている。
お姉さんには次郎衛門の笑顔が死神の嘲笑に見えた。
次郎衛門の言葉は優しさから出た言葉だったが、お姉さんにとってはその優しさが痛い。
痛すぎだった。
お姉さんの中での選択肢は2つだ。
次郎衛門の発言に乗り奇妙な性癖を持つ人物として生きるか、正直に謝って許しを請うかだ。
どちらの道を選んでも破滅への道しか待っていない様に思えた。
しかし選ばなくてはならない。
この先の人生を変態として強く生きて行こう、例え家族に幻滅されようとも、意中のあの冒険者に嫌われる事になっても自分の大切な者達の傍で生きていこう。お姉さんが決意を固めたその時、救いの女神が現れた。
「馬鹿じゃないの! あんたのどこがイケメンだってのよ! 大体イケメンを見たら奇声を発する性癖なんて見た事も聞いた事もないわよ! そこの娘は単純にあんたの顔に怯えてただけよ!」
それはもう一人のSランク冒険者であるフィリアだった。
お姉さんがどうしても言いだせなかった真実をお姉さんに代わり次郎衛門に叩きつけた。
お姉さんにとっては起死回生の、フィリアにとっては渾身のツッコミ大炸裂だった。
フィリアのサラサラの金髪がふわりと煌めく。
それがお姉さんには破滅しか見えない真っ暗な未来を照らす一筋の光明に見えた。
「な、なんだよフィリアたん。何いきなりキレてるんだ? あ、そうか受付のお姉さんとの浮気を心配してんのか? でも安心しろって。俺はいつでもフィリアたんに、い・ち・ず・だ・ぞ!」
明らかにこれまた見当違いな発言をし始める次郎衛門。
モテる男は辛いぜと言わんばかりの態度が異常にウザい。
「うっさいわ! あんたがしてんのはセクハラとパワハラのダブルコンボなのよ! 死ね! この女の敵がぁ!」
「え…… え? まじで?」
フィリアに責め立てられ、次郎衛門は動揺しだした様子でお姉さんに問いかける。
ここぞとばかりに首を縦にブンブンと振りまわすお姉さん。
ロックバンドのライブ会場でも見かける事はないのではないかという位のヘッドバンキングっぷりだ。
「ほら見なさいよ! さっさと謝りなさいよ。この馬鹿ジロー!」
「お、おおう。そんなに怖い思いさせてたのかそりゃぁ悪かったなぁ」
必死なお姉さんの様子を見て己の勘違いを理解したらしく素直に謝る次郎衛門。
こうして受付のお姉さんの危機は過ぎ去り変態疑惑も消えて、めでたしめでたし、とはならなかった。
なぜならば―――――
「フィ、フィリアお姉さま! ありがとうございました!」
お姉さんが見た光明の先には一つの扉が存在していたのだ。
その扉を開いた先に現れたのは華やかな百合の園。
絶体絶命の危機を颯爽と現れ救ってくれたフィリアにお姉さんは惚れてしまったらしい。
「ちょっと!? こら懐くな! 触るな! ジロー! 眺めてないで何とかしなさいよ!」
「いや、女体同士がくんずほぐれつってのは良い光景だなぁ」
「お姉さまぁぁぁ!」
「コラ! 舐めるんじゃない!」
突然の展開に戸惑うフィリア。
それをニヤニヤと眺める次郎衛門。
既にCランク冒険者の事など頭になくフィリアに夢中なお姉さん。
こうして次郎衛門達に関わってしまった一人の受付嬢が新たなる扉を開いた。
そして王都ドルアークに一人の変態百合受付嬢が爆誕してしまったのだった。




