密林で虎に追われる
そういう事を気にしない普通の子という事で、出てくる名前実名になってるんですが、やはりモジッたり伏字を使ったりしたほうがいいんでしょうか……?
「あれ? お前ら何やってんの?」
「「ヤンマガのグラビアに修正ミスがないか探してる」」
「暇だねぇ」
「うっせ」
「田沼は購買行ってきたん?」
「おう。あ、さっきそこでさ、部活一緒のやつから聞いたんだけど――虎の倒し方がどうとかって」
「は? なにそれ?」
「いや、なんか昨日テレビで寺門ジモンが言ってたらしいぞ」
「……そりゃマジっぽいな」
「おう、なんか、よく分からんのだけどさ、まず手頃なバスタオルを――」
「ちょっ、待て! これB地区じゃないか!?」
「「なに!!?」」
「ツバ飛ばすなバカ!」
「見せろ!」
「よこせ!」
「ふざけんな!」
結局、それはB地区などではなく、グラビア全ページに渡って修正ミスなど一つも見つからなかった。
俺達は落胆し、そのまま虚しく昼休みは終わっていった。
……んだったら虎の倒し方を聞いておくんだったぁぁ!
バスタオルを、バスタオルをどうしたら良いんだ田沼!
後悔先に立たずだったが、そもそも未来に予測が立つなら、こんな状況になるのを避けていた。
現状、俺は突然目の前に現れたジャングルで、目を血走らせた巨大な虎に追いかけられている。
茂みから現れた虎は、体長五メートルは優に超えようかという巨体を誇っていた。
琥珀のように黄色く澄んで、黒点が極端に小さい肉食獣独特の瞳。
特徴的な縞模様をした体毛に、太く短い前足。
ただ一つ、俺が居た世界の虎との身体的相違点は、普通のモノに混じった半透明の長い髭だった。
水棲生物の触手のようにウヨウヨと動いている。
どちらかと言えば猫派な俺は、それでも一瞬前向きに考えた。
「よ、良く見りゃ可愛い顔してるよね、ぽ、ポケモンでこんなの居なかったっけ?」
虎。
人食いポケモン。
好物人肉。
「怖すぎるだろ!」
てか、いきなりこんなおっかないポケモンいたら、サトシの冒険もマサラタウンで終わっとるわ!
俺の奇行に気を悪くしたのか、虎が姿勢を下げて低く唸り始めた。
目の前の猛獣の変化に、自然と踵が後退していく。
動物は相手が自分より弱い存在だと感じた瞬間、容赦なく襲ってくると聞いたことがある。
その話に妙に納得したのは、相手に怖さを感じなければ、舐めた態度をとるのは人間も同じだからだ。
「そ、それじゃあ、あのー、俺これから握手会あるんで……」
何故か、この時怖い存在で真っ先に頭に浮かんだのがAKBファンだった。
「いやー、マジ麻里子様に鍛えたインナーマッスルのこと報告しないと……」
ファンの中でも強い方のファンなんだぞ、ということをアピールしながら後ろを振り返る。
とてつもなくデカイ虎に背中を見せるのは不安だったが、ゆっくり進めば大丈夫だろうと思っていた時期が俺にもありました。
「ガァァァァァァァァァァ!」
二歩三歩と進んでいるうち、むしろトロトロすんなとばかりのタイミングで虎が吠えた。
「ぎゃあああああああああああああああ! やっぱりゆきりんにしとけば良かったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
多分そういう事じゃないが、俺は絶叫を上げて走りだし、そして現在に至る、と。
密林のマラソンは、この辺りに出入りする人が余程少ないのか、繁茂する草木との戦いだった。
道など存在せず、背の高い草をかき分け、伸びた枝で顔を叩かれながら走る。
勝負する相手が虎、アウェーのフィールド、とても走りやすいとは言えないコースに、俺のは不公平にも人間の足、という条件で、それでも追いつかれない事から、あの虎が手加減しているのが分かったが、猫は手に入れた獲物を相当にいたぶるという事実を思い出し顔面を青くした。
右手には握りつぶした肉まんと、腕にかけたブレザーの上着。
左手には学校指定の手提げ鞄を握っていたが、走っている途中で邪魔だということに気がついて、後ろに放り投げる。
鞄、虎の鼻っ面にヒットする。
当たりどころがよほど悪かったのか、足を止めて痛そうに震えると、さっきまでとは比べ物にならないほど獰猛な顔で瞳の色がさっと赤く変わる。
ああこれはもう相当怒ってますね、と分かる変化に、追いかけっこがより悪い方向で再開された。
虎が痛がっていた間足止めできたと思われるかもしれないが、よくよく考えれば俺も足を止めて一部始終を見ていたのだから、相対距離に変化はない。
むしろ、怒ってセーブが効きにくくなった分だけ、先ほどより確実に差が縮まってきている。
そうして、徐々に差を詰められながらも必死で走っていると、土と木の香りで満たされていた嗅覚に、微かに変化が感じられた。
「はあ……はあ……これ、潮の……はあ……はあ……じゃあ……海があるんだ……」
胸の中に小さな希望の光が灯った。
知っている限りでは、殆どの猫が、水が苦手なはずだ。
猫、というには多少デカイし、殺気に満ち満ちているが、とりあえず終りの見えなかったマラソンに、ゴールテープが引かれた気分だった。
…………あれ? でもちょっと待てよ。虎って水平気じゃなかったっけ……?
嫌なことを思い出しかけていると、ジャングルを抜けて視界が一気に開けた。
空と海の境界のない、一面透明色で真っ青な光景。
「海だぁ、ってどああああああああああ!」
一瞬景色に目を奪われた為、足元の変化についていけずに砂浜に足を取られた。
ごろごろと転がり、慣性の法則に従って、しばらく砂と戯れる。
「ぶっ、ぺっぺっ……はあ……はあ……と、止まったぁ……」
砂まみれになりながら、這いつくばって口に入った砂を吐いていると、全身を覆うほどの大きな影が刺した。
尻餅をついて恐る恐る振り返る。
そこでは、先ほどまでの鬼ごっこの相手が悠然と俺を見下ろしていた。
「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ……」
フナムシのようにそのまま後退。
手に冷たい感触が触れて、そういえば潮騒の音がしていたことに気がつく。
寄せては返す波打ち際に、俺は追い詰められていた。
虎は少しだけ首を動かして辺りを確認するような動きを見せると、ゆっくりとこちらに近づいてきた。
瞳の色は元の琥珀色に戻っていたが、水に対して特別臆する様子もない。
「で、ですよねー」
絶望が心を埋め、容易に悲惨な未来が想像できた。
これから弄れるだけ弄り倒されてバラバラにされるか、さもなきゃ頭から丸かじりだ。
「どっちにしても痛そうだなぁ……」
疲れ果て、もはや自嘲すら出来る気分じゃない。
「肉まん食べとけば良かった」
もはや原型すら残していない肉まんが、右手の中で砂まみれになっている。
最後の最後に浮かんだ未練がコンビニの肉まんというのもお安い話だけど、こんな時に色々思い出せるほど、俺は器用じゃなかったらしい。
すぐにも飛びかからんばかりの態勢になった巨大虎に、固く目を閉じる。
もし次に生まれ変われるなら、もう少しマシな未練が残る人生が送れますように。
肉まんを強く握りしめ、虎が大きく吠えて、なにか、大きな音がした。
「……は?」
一万人くらいが、同時に手を叩いた様な音だった。
何事が起こったのか分からず、恐る恐る目を開けると、先程より少しだけ俺に近い位置で、虎が何やら藻掻いていた。
苦しそうな声を上げながら、取っ掛かりを探すように、前足で何度も何度も砂を引っ掻いている。
俺はすぐに立ち上がると、虎から十分に距離をとって、背後に回りこんだ。
「これは……」
虎の右後ろ足に、巨大な鋼の歯が食い込んでいた。
「トラバサミだ!」
トラバサミとは、獣を捕らえるための罠で、これを踏むと支点のバネが外れて、波型の鋼製の歯が獣の足や頭に食い込むと言う仕掛けになっている。
どうして知っているかというと、昔じいちゃんの田舎で畑がイノシシに荒らされる被害があった。
その時に活躍したのがこのトラバサミだった。
「さすがトラバサミ、虎を挟むこと火のごとし」
当然罠が動くにはある程度の体重が必要で、これだけの大きさともなると、俺の重みにも反応しなかったのだろう。
案外、この虎専用の罠だったのかもしれないと思いながら、俺はその場に倒れ込んだ。
「た、助かったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
大の字になって、吸い込まれそうな空を見上げた。
波の打ち寄せる音がそれに重なって、生きている喜びが自然と沸き上がってくる。
しばらくそうして休んでから、俺は立ち上がり、海で肉まんを洗い落とした。
息が整えばいつまでもこうしてるわけにもいかないし、変な日焼けになるのも嫌だからだ。
砂を払って、とりあえず海岸線に沿って歩くことにする。
虎は諦めたのか、瞳は赤いままでも、暴れることを辞めて静かになっていた。
ずっと走っていたおかげで捨て台詞を言う元気もないが、一度振り返ると目があった。
威嚇されてるような視線で睨んで、虎は大きく鼻を鳴らして視線を外した。
俺は姿勢を戻して、再び歩き出す。
しばらく歩いて、足を止めた。
「…………」
視界に入ったのは大きな流木だった。
長さは戦国時代の槍くらいで、太さは俺の両手でぴったりくらい。
後ろには罠にかかった巨大な虎がいて、目の前には手頃な流木が落ちている。
「…………チャンス、なんだよね」
小さくそう呟くと、俺は流木を拾い上げた。
次回、なんの問題もなければ虎視点になります。