表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
brave hunter(かり)  作者: 中路太郎
名も無き最新の勇者
2/4

名も無き少年

 高校生活も一年を過ぎる頃となると色々あるものです。

 そうそう、例えば、ある冬の薄曇りの月曜日。

 週の初め、生憎の天気も相まって憂鬱だった一日の授業を終え、午後に入って急下降を遂げた気温に身を縮めながら、帰宅部のあなたは下校を始めました。

 部活動に勤しむ同輩の声を背中に聞きながら、自分はこれでいいのだろうか、なんて、帰宅部のくせに何が何でも主役じゃないと収まらない十代ならではな思いに悩まされていると、いつものバス停が見えてきました。

 折よく到着したバスに乗り込み、運よく確保できた一席分のスペースで、三十分と持たないだろうに、先ほどの悩みをうじうじと考え続けます。

 十五分後、目的のバス停に到着したあなたは、案の定降りる頃にはすっかり今週のジャンプの事で一杯になった頭を乗っけてバスを降りました。

 急ぎ足で最寄りの駅に向かい、駅中にあるコンビニで数冊の週刊誌を立ち読み、その後、図々しい行動に見合った後ろめたさに背中を押されながら、持て余した食欲に従って肉まんを買いました。

 直径およそ十センチ程度の半球状の暖かさを手で弄んでいると、これとおっぱいとどっちが柔らかいだろうと、どうでもいい思いが頭をもたげます。

 そう言えば、今年の春DTを捨てたばかりの庭球部畑中が言うには、おっぱいにはおわん型やロケット型など、様々型があるそうです。

 食卓から宇宙まで。

 その気になればおっぱいは大気圏を越えるんだ! なんて思春期特有の脳の病気を発病させていると、半自動的に動いていたあなたの体は改札の前に立っていました。

 掲示板を見て、時計を確認。

 そのまま定期で改札をくぐり、既にホームで待機していた電車に乗り込みました。

 生憎、車両は人でいっぱいで、座席はあらかた埋まっていたため、扉すぐ前の場所に陣取り、手すりにもたれて再びおっぱいの事について無駄に悩み始めます。

 思考と連動した手遊びのせいで、既に肉まんはグチャグチャです。

 しばらく電車に揺られながら、二駅を過ぎた頃、次は~畑打はたう~畑打~と鼻にかかったような声で車内アナウンスがかかりました。

 駅に到着し、開く扉に後二駅だな~と、思うでもなく思っていた時、それは起こりました。

 まるで、スライドの写真を瞬時に入れ替えたように、目の前の景色が変わっていました。

 平和な日本で電車に乗っていたはずのあなたは、藤岡探検隊ぐらいでしかお目にかかったことの無いような見事なジャングルに放り出されていたのです。

 しばらく呆然と固まり、混乱した頭で、そうなんです、と、遭難したわけでも無いのに呟きました。

 ――いかがだったでしょうか。

 あなたにも身に覚えの一つや二つあることだったんじゃないですか?

 電車に乗っていると、突然見たこともないジャングルに立っていて、冷たい汗が背中を流れている。

 そんな出来事、高校生ともなれば、誰だって経験のあることですy――ねーよ。



 ダメだった。

 自分をごまかそうと、結構あけすけにかなり長々頑張ってみたけど無理だった。

 だって、どう考えてもこんな事在り得ない。

 あ、ありのまま今起こったことを……って、ポルナレフももう良い。

「なんで急に目の前がジャングルになっているのでしょうか……?」

 呆然と呟いてみるが、当然答えは帰ってこない。

 よ、よし、落ち着け。

 落ち着いて、まずはここまでの行動をきちんと思い出そう。

 一つ一つ丁寧に自分の行動を思い返していけば、どこでしくじったのかすぐに分かるはずだ。

 まず学校……は特に何もなかった。

 ちょっと気になってる子からの告白もなければ、クリスタルに閉じ込められた同級生を助けに行ったりもしていない。

 学校を裏から牛耳る闇風紀委員会に目をつけられてもいないはずだ。

 本当にそんなものがあるかどうかは知らないが。

 次にバス。

 これも、いつも通りだった。

 毎朝同じバスに乗っているちょっと気になる子から告白もされなければ、クリスタルに閉じ込められた同級生を助けに行くために乗り込んでいたわけでもない。

 いや、大丈夫、俺は冷静だ。

 となるとやはり電車だが、電車自体におかしな所は見られなかった。

 車内は暖房がきいていたから窓は全席締め切られていたし、仮に開いていたとして、何らかの拍子でそこから飛び出してジャングルに到着と言うのもかなりおかしな話だ。

 そもそも俺の体は無傷だし、いくら住んでいる場所が田舎とはいえ、近所にジャングルがあればもっと、夕食ごとくらいに話題に上がっているはず。

 そこで、時間的にはどうだったかと、入学祝いに叔父から買って貰った腕時計に目をやった。

 こんな事になる直前、時計を最後に目にしてから、五分と経っていなかった。

 秒針が動いているから、花京院に壊されたわけでもない。

 って、JOJOネタはもう良いんだって。

 丸一日経った、とも考えたが、その考えはすぐに否定した。

 着ている制服の感じや、体の匂いなどに殆ど変化がなく時間の経過を感じさせない。

 むしろ、この暑さで今まさに汗を掻き始めたような状態だった。

 ブレザーの上着を脱ぎつつ、今度は何が起こったのかを、もう一度最初に戻って考える。

 一番現実的にありそうなのは誘拐……まあ、それも相当非日常ではあるんだけど。

 けど、足元の地面を見て、それも違うと分かった。

 そこにはまるきり足跡がなかった。

 地面は特別固いでも柔らかいでもなかったが、素人目とはいえ何も痕跡が見当たらないのはやっぱり変だ。

 確かに、足跡なら消すこともできる。

 でも、それをやってまで俺に誰もいなかったと思わせたい理由が思い浮かばない。

 手の込んだドッキリというのも論外。

 自分の身になって考えてみて欲しい…………やらないよね?

 現象的にも時間的にも、現実に沿う理由を見つけるのはこれ以上無理そうだった。

 そうなると、後は非現実、ファンタジーの領分に入っていくわけだけど……。

 真っ先に思いついたのは、突然異世界に行ってしまう物語。

 魔法に依る召喚や事故、あるいは超自然現象などの何らかの理由によって、いきなりこれまで過ごしてきた現実の世界とは別の世界に移動してしまうお話しだ。

 これの良い所は、異世界に移動する理由自体は特別重要ではないという所だ。

 元々考えるのが苦手な俺は、ここまでで頭の中が既にペースト状になってしまっていた。

 これ以上考えるのを拒否した脳が、もうそれでイイよ、お前は良くやったよ、とお為ごかしな賛辞をくれる。

 俺に敢えてそれを否定する気力もなく、脳の決定に諾々と従うのみだ。

「それにしても、異世界って……確かにネット小説とかじゃよく見かける題材だけどさ、何も現実に起こることないだろ」

 中二的発想というか、妄想ならおっぱいだけでたくさんだ。

 そこで、直接的な連想から、手にしていた肉まんのことを思い出した。

 色々興奮していたせいか、肉まんは握りつぶされて、手の中でグチャグチャになっている。

「この暑い中冬服のブレザーに学校指定の鞄が一つ。唯一の食料は肉まんで、それも手の中でグッチャグチャ…………無防備や、世界に笑われる無防備な日本人の典型やぁ!」

 頭を抱えたくなるような状況だが、肉まんと腕に抱えたブレザーのためそれも出来ない。

 ここで、疑問。

 どうして、人は分かっていてもフラグを立ててしまうのか。

「だって、こんな状態でさ、もし、猛獣とかに襲われでも、し、たら……」

 目の前で、茂みが激しく揺れていた。

「は、はは、これ、どうせアレでしょ? うさぎとか、猿とかさ、なんか、そういう小動物系ってオチだろ?」

 正解は、何かが起こった時に、ほらやっぱりねって言えるから。

 人は、場合によっては命を掛けてまでして、自分が間抜けになることを避けようとする。

 茂みの揺れはいっそう激しくなり、それから、すぐに収まった。

 安堵の暇もなく、まるでうどん屋の暖簾をくぐるような気軽さで、ヌッとそれが顔を出した。

 草木を掻き分け、茂みの中から現れたソレに、俺は半ば納得しながら呟いている。

 そう、ジャングルの王者といえば決まっている。

「虎だ――って、アホかぁ……」

 ……ほら、やっぱりね。

読んで頂いてありがとうございました。

連続投稿しましたが、以降は午前七時に投稿することが多くなると思います。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ