大昔の魔王の話
パエゼ・ナティーオはイタリア語で故郷と言う意味らしいです。
ネーミング辞典バンザイ!
正気とは思えない速さで、横薙ぎに振るわれた剣が迫ってくる。
体を傾けてそれを躱すと、美しく輝く白銀の軌道が、鼻先を掠めていった。
神剣リーヴィデイン。
嘘か本当か、神が直々に呪いを施したと言われる品だ。
祝福を受けつつも呪われたその剣には、確かにとてつもない力が秘められていた。
鼻先を掠めただけ、向かい合っただけで、背筋が泡立つような感覚に襲われる。
それでも、この時彼の胸を占めていた大半の感情は『虚しさ』だった。
(最後の最後でこれとは、神様も中々効果的な罰をお与えなさる)
実の所、彼は只怒っていただけだった。
幼い頃から、世の中にあふれる理不尽や欺瞞が許せなかった。
それに甘んじる弱いものが許せなかった。
これだけなら、単なるガキの癇癪で終わるが、彼は、その怒りをこの世に現出させた。
その怒りに報いるだけの力を付け、些細な事にでも抗い続けた。
その内、彼の意志に共感した仲間が集まり始め、やがて、世界に喧嘩を売った彼は、いつの間にか魔王と呼ばれる存在になっていた。
「単にひねくれてるだけじゃん」
そうなのかもしれない。
人間を辞めて百年以上経った今頃こんなふうに思うのが、その何よりの証左のようにも思える。
だが、そんな風に彼を評した幼馴染も、もはやこの世には存在しない。
不意打ちに放たれたリーヴィデインの一撃から彼を庇い、代わりに半身を吹き飛ばされた。
視界の隅に、血にまみれた彼女だったものの半分が横たわっている。
思えば人生の殆どを彼女と過ごしてきた。
まだ彼の生が人生と呼べるのなら、だが。
子供の頃から、喧嘩はしても、何だかんだブツブツ言いながら、彼女が彼の傍らから離れることはなかった。
彼が魔王と呼ばれるようになってからも常に彼女は横にいて、挙句死んだ。
まるで片翼を失ったような喪失感も、それでも、『虚しさ』の正体にはならなかった。
「【クイックラッシュ】」
戦っている相手の放った声に、彼は素早く反応する。
変幻自在、四方八方から襲ってくる剣撃を、またも紙一重で避けていく。
剣で受けては、剣ごと体までばらばらにされてしまう為こうする他無い。
それ程に神剣の威力は凄まじかった。
それなのに、不思議なほどに心に生まれるものがなにもない。
(こうまでさせた原因はやはり俺なのだろうな)
魔王と呼ばれるようになってその名が広まると、彼を打倒しようとする存在が現れはじめた。
剣と魔法に長けた彼らはいつしか勇者と呼ばれるようになり、明確な魔王の敵として希望とともにその名を口にされるようになった。
その内、勇者達との死闘は、彼自身の楽しみの一つとなっていった。
戦いは数多くこなしてきたが、お互いが信念をぶつけ合うような戦いが持つ、苦しみだけでないものに満たされる感覚が彼は好きだった。
彼は、目の前にいる男を見る。
まだかなり若く、十代か、もっと幼くすら見える。
少年とすら言っても差し支えなさそうな彼の敵は、召喚勇者と呼ばれる存在だった。
こことは違う世界から、資質の優れたものを召喚し、勇者に仕立て上げる。
この世界に魔王以上のものがいないなら、別の世界から喚んでしまえばいいという、単純かつ効果的な方法だった。
どうやら異世界から喚ばれた勇者は魔力に長けたものが多いらしく、しかも召喚される際何らかの加護が付く事が多い為、その実力はこちらの世界の勇者とは比べ物にならない。
召喚勇者が挑んでくるのはこれで三人目だった。
いずれも強敵だったが、今回が最も強力だ。
実力もさることながら、その存在すら疑われていた”神剣”を手に入れたことも苦戦しいられている原因だろう。
でなければ、むざむざ幼馴染を失ったりはしなかった。
そこまで考えて、彼は胸の内を占める虚しさの原因を知り、思わず苦笑していた。
(なんだ……俺は拗ねているのか)
例えとして正しいかは別だが、ポーカーをしていて突然自分たちのテーブルに付いた男が、誰も知りもしない最強の役を使ってきた様な気分というか……。
しかもその役はその男しか使えず、その男はその役をいつでも使えるのだ。
そりゃ拗ねたくもなる。
どれだけ強力な技を浴び、命がひりつくような打ち合いをしても、どうりで気持ちが乗って来なかったはずだ。
結局、ゲームを潰されて楽しくなくなってしまっていたと言うのが、この『虚しさ』の理由らしい。
(どうやら、俺は相当子供だったようだな)
今更な事実に驚いていると、目の前の勇者が突きの構えに入った。
「【三連突き】」
必殺の突きを連続で放ってくる大技。
使った後の隙がデカイためタイミングを選ぶが、彼の動揺を気取られたらしい。
(……ふむ、なんだか、疲れたな)
自分に向けられた剣先を見つめつつ、彼はそう思った。
躱そうと思えば、躱せない事もない。
勝とうと思えば、勝てない事もない。
この勇者は確かに強かったが、この程度ならまだ何とか出来るだろう。
……だが、この次は?
それにも勝ったとして、この敵は次々やって来る。
それら全てを退け続けられるだろうか。
(あいつはもういないのに)
ふと、幼い頃の記憶が蘇った。
数人の子供たちに囲まれて、幼馴染が泣いていた。
彼女がハーフエルフであることを誂われたのだろう、子供は些細な違いにも時に残酷なほど敏感な反応を見せることがある。
たわいないと言ってしまえばそれまでだが、彼にはそれが許せなかった。
(ああ、そうか、そうだったな)
顔を上げると、当時のままの姿の幼い彼女が立っていた。
何もかもを見透かしたような、仕方が無いやつだと言わんばかりの笑顔で、彼を見つめている。
「……このお節介焼きめ」
苦笑紛れに呟くと、彼は剣を握る手から力を抜いた。
「え」
彼の態度に、当然躱されると思っていた勇者は驚いたような声を上げるが、剣に動揺を見せることを”神剣”自身が許さなかった。
するすると胸に吸い込まれるように突き刺さっていき、やがて彼の体を貫いた。
これまで感じたことのない痛みが全身を駆け巡るが、やはりなんの感動もない。
痛みはすぐに熱に変わった。
リーヴィデインに施された呪印がその効果を発揮して、彼の心臓を蒸発させた。
大量の血を吐いた彼は勇者に凭れるようにして絶命した。
こうして世界は再び平和を取り戻し、召喚勇者ユーリ・コウノキの名は歴史に刻まれたのである。
「おまたせ」
少年は、バツが悪そうな表情で、少女の前に立った。
「負けちゃったね」
「……だって、相手が強すぎるんだもん」
少年の拗ねたような言い方に、腰に手を当てて、少女が仕方がないなあと困り顔になる。
いつまでたってもこどもなんだから、と言う感想は、プライドの高いこの幼馴染には内緒だ。
「でもね、嬉しかったよ」
「なにが?」
「ぜんぶ。ずっと」
そう言って笑う少女に、少年は一瞬驚いたような顔になる。
それからすぐに照れたように頭を掻くと、素直に笑顔を返した。
「……そっか、だったらいいや」
「えへへ、行こ」
差し出された手を少年は受けとった。
「うん」
手をつないで二人は駆けて行く。
「……だけど、本当は勝てたんだよ?」
「はいはい」
楽しそうな声が、ゆっくりと溶けて消えていった。
この度は読んで頂いてありがとうございます。
書きました中路です。
という訳で新連載になります。
ずーっと書きたかった、けどアイデアが無かった、異世界召喚勇者モノ。
ストック無しの撮って出しなので、また不定期亀更新になると思いますが、それでも良いという方はよろしくお願いします。ダメだという方も出来ればご贔屓に。
あ、ちなみにタイトルの(かり)は『仮』と『狩り』の掛け言葉になってます。
100パー良かれと思ってやりました。
ではでは失礼致します。