元婚約者の日記
「ルイーズ、僕と婚約破棄をして欲しいんだ」
生涯を共にすると思っていたヨシュアにそう言われて、目の前が真っ暗になった。
「どうして…」
「すまない、全部僕が悪いんだ」
「そうじゃなくて、理由をっ…!」
「ごめん、ルイーズ」
ヨシュアは謝るだけで、それ以外は何も言ってくれなかった。
納得がいかなくて、そのあと何度もヨシュアの家を訪問したけれど、応接間に通されてもヨシュアは顔を見せなかった。
手紙を書いても、返事はなかった。
結局私の同意なく、両親間で婚約破棄が成立した。
あれから半年、私に届いたのは、ヨシュアの訃報と彼が愛用していた日記だった。
「これは私が勝手にしていることです」
そう言って、ヨシュアの家の馴染みの家令が私を訪ねに来て、一冊の日記を手渡した。
「これは、ヨシュア坊っちゃまがある時期から書いていた日記にございます。これは、ルイーズ様がお持ちになってくださった方が、坊っちゃまも報われると思うのです…」
下手したらクビかもしれないのに、独断で日記を持ってきたことに、私は何も言えずに受け取るしかなかった。
読むのが、怖かった。
でも、それ以上に、ヨシュアが何を思っていたのか知りたかった。
1ページ目を捲ると、見覚えのあるヨシュアの字が書かれていた。
『医者に余命宣告を受けた。もって1年とのことだ。実感がないのに、何をしたらいいのかわからない。母はずっと泣いているし、父も難しい顔をしている。治療といっても、薬を飲むことくらいしかできないらしい。
ルイーズに、どうやって伝えたらいいんだろう。』
『跡取りがこんな状態で申し訳ない。両親は僕の好きなようにしたらいいと言うけれど、そういうわけにもいかない。早く新しい跡取りを探してもらわないと。
ルイーズに伝えるのを、いまだに迷っている。本当に伝えてもいいんだろうかと思ってしまう。未来のない僕に、ルイーズを巻き込んでいいのかわからない。』
どういうこと…?
ヨシュアは、病気だったというの?
それで、私には何も言わずに逝ってしまったって、こと?
『ルイーズには言わないことにした。彼女のことだ、きっと最期まで僕と一緒にいると言ってくれるに違いない。だからこそ、言えない。それに、病人と最期までいたなんて知れたら、ルイーズの今後に影響があるかもしれない。それは困る。僕ではない誰かとの未来があるルイーズをこのままにしておくわけにはいかない。』
『ルイーズとの婚約破棄を両親に話した。概ね了承を得た。ルイーズにだけは伝えずに、こちらの有責にしてもらおう。ルイーズは、怒るかな。きっと怒るんだろうな。ごめんね、ルイーズ。君との未来が僕にもあったらよかったんだけど。
最近は、呼吸が苦しくなってきた。だんだん自分の症状を自覚しているのが、怖いな。』
「勝手に、決めちゃわないでよ…」
1人きりの部屋でつぶやいても、返事があるわけではない。
私はさらに、ページを捲った。
『ルイーズのご両親にも話をさせてもらった。ルイーズに何も伝えないことは反対されたけど、僕の意志は変わらない。ルイーズは、僕のことは忘れて新しい道に行くべきだ。
…本当は、知ってほしい。僕のこと、今の状況、僕が本当はルイーズと一緒にいたいってこと。全部言ってしまいたい。ルイーズとあと何回会えるのかな。』
『ルイーズに婚約破棄の話をした。想像通り、どうしてだと怒られた。それすら嬉しかった。ルイーズに映った最後の僕が情けない顔だったかと思うとやりきれないけど、これでよかったと思いたい。ルイーズ、本当にごめん。僕はもうそんなに長くないと思うんだ。これまでずっと一緒にいてくれてありがとうって、伝えたかったな。』
この辺りから、涙が止まらなかったけれど、止まるわけにはいかなかった。
『最近は、ベッドからも出られなくなってきた。咳がひどい。これを書くのもやっとだ。使用人にも書くのをやめるように言われているけど、これは僕の足掻きだ。書いていきたい。
ルイーズがまた家を訪ねに来てくれたらしい。こんな状態で会うわけにもいかない。ルイーズにとって、僕は最悪な元婚約者なのかな。それは、自分で選んだ道のくせに、結構辛いな。ルイーズが訪ねに来てくれる間は、僕に想いがあるのかと思って、喜んでしまう自分が嫌だな。』
会いたくなかったわけじゃなくて、部屋からも出られなかったの?
それでも、私を追い返すわけにいかなかったから、毎回もてなされていたわけ?
なんなのよ、もう、それならそうって言ってよ。
「私、エスパーじゃないから、そこまでわからないわよ…っ」
『痛い、咳が苦しい、しんどい。毎日熱が出ているってことしかわからなくなってきたな。父も母も、僕に会うと泣いてしまうから、罪悪感で居た堪れない。親不孝な息子で、申し訳ないな。
手足が冷たい、ルイーズに手を握って欲しいと思ってしまう。今、ルイーズはどうしているのかな、新しい婚約者候補と見合いでもしているのかな。あーあ、嫌だな。そんなこと思える立場でもなくなってしまったのにな。』
『もう、そろそろだと自分でわかる。本当に苦しい。父さん、母さん、ごめん。
ルイーズ、ごめん。君を幸せにするとか言って、嘘つきでごめん。』
ボロボロ落ちていく涙と共に、最後のヨシュアの言葉を見た。
もう、文字の原型がなくて、書き殴られた最後には、こう書いてあった。
『ルイーズにもう一度でいいから会いたかった。顔を見たかった。ルイーズ、愛してる。』
『愛してる』の文字に涙が落ちて、インクが滲んでいく。
「うっ、うう…ヨシュア、あなた」
あなた、私のことばっかりじゃない。
だったら、呼び出しなさいよ、いくらでも駆けつけたわよ…!
「私も、会いたったわよ、バカ…」
日記はそこまでで、ノートの半分以上がまっさらだった。
私は泣き暮れたあと、ヨシュアの家を訪ねた。
「おじさま、おばさま、最後まで私のことを気遣ってくださったみたいで、ありがとうございました」
ヨシュアのご両親にお礼を言って、ヨシュアに花を捧げてきた。
「あなたがどう思っているか知らないけど、忘れてあげないんだから。バカね、ヨシュア」
日記の続きには、同じように『あなたバカね』と書いた。
了
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