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現代は呪文カードがないと魔法が使えないらしい〜お前らが欲しがってるS級呪文カードは、昔俺が作った初心者用の教材なんだが〜

作者: 玖遠紅音
掲載日:2026/03/02

 思えば長い旅路だった。

 力があるくせに引きこもって何もしようとしない隠れ里の連中に辟易して人間の世界に飛び出してから何十年経ったことだろう。

 長命種故に、全体で見ればほんの些細な時間の出来事だが、少なくとも何百年も暮らしたあの狭い空間よりも人間の世界で暮らした数十年間の方がよっぽど濃い体験が出来た。

 だが、飽きた。もはやこの世界で俺が訪れていない人間の集落はほとんどないだろう。そこに住まう人間たちの生き様を十分すぎるほど見た。もう俺はこの世界を満喫しきってしまった。

 だから死のうと思う。元より退屈に耐えかねて里を飛び出した身故、今更ノコノコと帰ったところで追い出されるのが関の山だ。

 俺の姿かたちは人間のそれとは大きく異なる。似た姿に変化することも出来るが、どういうわけか俺の種族は人間たちから酷く忌み嫌われているらしく、顔を見ただけで石を投げつけられることも珍しくない。だから人間の世界で生きていくのは無理なのだ。


 ただ、一人だけ例外がいた。俺の顔を見ても逃げ出さず、恐怖に震えながらも俺に付いてきた幼き子供がいた。

 

「……そういえば、奴は今何をしているのだろうか」


 5年ほど前だろうか。俺は一人の孤児を拾った。賊に村を焼かれたというその少年は、どういうわけか俺の旅に付いてくることを選んだ。

 さっさと適当な大人に預けてしまおうと思ったのだが、何をしても絶対についていくと言い張って聞かなかった。

 どうやら奴は、俺が使う魔法に興味があったらしい。


「教えてください師匠! どうしたら僕も魔法を使えるようになるんですか!?」


 人間という種族は魔力こそ持つが、その魔力を認識できず、制御方法も知らないため、魔法を使う個体が存在しなかった。

 あまりにもしつこいので旅の途中で理屈を説明してやったが、どうにも上手くいかないようで2年経っても奴は魔法を使えなかった。

 俺は指導者という役割を担ったことがない故、あれ以上にうまく説明することはできないから諦めろと言ったのだが、それでも奴は食い下がってきた。

 どうしても魔法を使いたい。人間の世界に魔法の技術をもたらしたいと言って聞かなかった。

 最初こそ旅のお供が出来て少しは楽しめたが、いい加減鬱陶しくなってきたので、俺は奴にあるものをくれてやった。


「師匠、これはいったい?」

「そいつには俺の魔法が刻み付けてある。魔力を通すだけで起動するようにした。これならお前でも魔法が使えるようになるだろう」

「!!!」

「ほら、試してみろ」

「はいっ! ありがとうございますっっ!!」


 それは魔法発動のトリガーを仕込んだ魔法のカードだった。

 腐っても2年以上俺の下で修業してきた奴は、最低限魔力というのがどういうものなのかは理解していたので、カードに魔力を通すことで奴は何もない空間に火の龍を作り出すことに成功していた。


「す、すごい……! これが魔法……!!」

「これで満足したか。ほかにも何枚かくれてやる。せいぜい好きなように楽しめ」

「ほんとですか!? こんな素晴らしいものがあるなんて……やっぱり師匠はすごいです!!」

「ふん、こんなものただの玩具に過ぎん。過信するな」


 その日、世界で初めて人間の魔法使いが誕生した。

 オリジナルの魔法には劣るが、それでもなお人間離れした魔法のカードの力を手に入れた奴は、それからというもの、毎日のようにカードの研究に明け暮れた。

 それこそ、俺が次の場所へ旅立つと言っても自分は残って研究すると言い出す程にな。


「……奴は人間の世界に魔法の技術をもたらしたいと言っていたな」


 だが、奴と別れてから2年ほど旅をしたが、いまだに魔法を使う人間に一人も出会っていない。

 奴の研究はまだまだ実っていないようだ。


「死ぬ前に奴の研究成果だけでも見ておくのは悪くない、が……」


 それにはこの退屈になった世界であと何十年も待たなければならないだろう。

 無論、待てなくもない。だが、それよりも手っ取り早い方法を思いついたぞ。


「……転生魔法でも試してみるか」


 転生魔法。それは己の知識や記憶を世界に保存し、将来的にこの世界に生まれてくる別の生命体に引き継ぐ魔法。

 簡単に言えば、今すぐに未来の世界に飛べるというわけだ。

 試したことはないが、出来るだろう。俺が生まれた里の長は、何度も転生して数万年以上生きていると言っていた。ならば同じ種族である俺にできない道理はない。

 まあ、失敗したらそれはそれでいい。元より未練などないのだから。


「……ふん。俺の弟子を名乗るなら、せめて俺が退屈しない世界を創っていてくれよ」


 そう呟き、俺は自身の胸に手を当て、ためらうことなく転生魔法を起動した。

 視界が真っ白に染まっていく。俺という存在が世界に溶けていく。

 さて、目覚めた先は果たして虚無か、それとも……


 ♢♢♢


「ちょっと! アルメス! なにボーっとしているのよ。もたもたしていると試験に遅れちゃうわよ!」

「……試験?」


 次に意識が覚醒すると、俺は見知らぬ人間の女に小言を言われていた。

 体に違和感がある。扉のすぐ横にあった鏡を見てみると、そこにいたのはおよそ10歳前後の人間の子供だった。

 ふむ、ちゃんと予定通り人間に転生できたらしいな。

 だが本来は生まれた瞬間に記憶の引継ぎが行われるはずだ。少々失敗したか。

 とはいえ、この体にはこれまでの記憶が宿っているだろうから、それをたどれば今の状況などすぐに理解できる。

 

「そうよ! ミネヴィア魔法学園の入学試験、あんたが行きたいっていうから何とか学費を工面したんだから、しっかり頑張ってきなさい!」

「ミネヴィア、だと……?」

「もう、いったいどうしたのよ。急に立ち止まったかと思えば、なんか雰囲気もちょっと変わっちゃって……もしかして体調を崩したの? それなら無理させるわけにはいかないけど……」

「……ううん、大丈夫だよ母さん。行ってくる」


 いろいろと違和感はあるが、とりあえず記憶の中にあるこの体の持ち主の振る舞いを真似してこの場を離れることにした。

 まあ元の持ち主と言っても、前世の記憶の反映が遅れただけで生物的には俺と同一存在なのだが。

 とりあえず、俺はアルメスという名の辺境の農家の息子に転生したらしい。

 そして幼いころから魔法に憧れがあったため、より専門的な知識を学ぶために魔法学園の入学を希望したようだ。


「くく、それにしても()()()()()魔法学園とは面白い。奴も大成したものだな」


 孤島にあるという魔法学園に向かう船の上で、俺はあの男の存在を思い返していた。

 そう、ミネヴィアとはかつての旅のお供。勝手に俺のことを師事し、魔法の研究に躍起になっていたあの子供の名前だ。

 今があれから何年後かは知らないが、どうやら人間の世界に魔法を普及させることには成功したらしい。

 魔法を使いたいのにさっぱり分からないと毎日のように喚いていたあの子供が、学園の名を関するようになるとは、人間の成長とは侮れんな。大したものだ。

 

 船を降り、試験会場へと向かう前に暇つぶしがてら島を歩く。

 どうやらこの島が丸ごと学園都市になっているようで、ここにいるのは大半が学園関係者のようだ。

 ちなみに引率の大人が同じ受験生と思しき子供たちを連れて受験会場に向かっているようだが、俺はこっそり抜け出してきた。

 そして船が到着した港と反対側の端へと到達したところで一息ついていると、

 

「あああああ!! お願い! みんな逃げてえええええっっっ!!」

「ん?」


 どこからか女の叫び声が聞こえたので上を向いてみると、そこには巨大な火の龍が大口を開けて俺のことを飲み込もうとしていた。

 なかなかの熱量だ。まだ直接触れていないのに皮膚が焼けるような感覚に襲われる。

 少し視線を落とすと、右手で何かを掲げたまま大慌てでこちらに走ってくる少女の姿が目に入った。


「……大方魔法の練習をしていたら制御に失敗して暴走させてしまったってところか」

 

 まあ、子供ならばそういうこともしばしばあるだろう。

 大した魔法ではないので俺は火の龍に向けて軽く手をかざし、その巨体を瞬時に消し飛ばした。

 すると先ほどまで全力疾走していた少女が、俺の目の前で急停止し唖然としていた。


「え、うそ、あなた、今何したの……?」

「何って、魔法無効化(ディスペル)しただけだけど」

「ええっ!? いくら私が未熟とはいえ、A級呪文(スペル)カードを無効化するなんて、あなたどれだけ強力なカードを持ってるのよ……もしかして伝説のS級魔法カード!?」

「……は? A級だのS級だのと、いったい何のことを言っているんだ?」

「もうっ、惚けちゃって! あれだけ強力な魔法を打ち消す魔法を使うには、それだけレアリティが高い呪文(スペル)カードが必須でしょ! A級魔法を無効化できるカードなんて特A級以上は確実じゃない!」


 いったいこいつは何を言っているんだ。呪文(スペル)カードとはいったい何を指している? もしかして俺があの時ミネヴィアにくれてやったあの魔法カードに何か関係性があるのか?

 少なくとも俺が知っている魔法カードは、あの時ミネヴィアにくれてやった玩具しかない。


「……ちょっとその火の龍の呪文(スペル)カードを見せてくれないか?」

「えっ? それは、うーん……じゃあ交換条件! あなたのカードを見せてくれるなら私も見せるわ! どう?」

「……分かった。それでいいから、とりあえず見せてくれ」

「やった! それじゃあ、はい、見るだけよ?」


 そう言って少女は手のひらに乗せた1枚のカードを俺に見せてきた。

 なんてことだ。こりゃあ、俺が作ったカードにそっくりじゃねえか。材質はちょっと違うが、仕組みはほとんど同じだろう。

 だが、あいつにくれてやったものとは刻まれている魔法が違う。

 まさか、あの野郎……


「ほんとは気軽に見せちゃいけない大事なカードなんだけど、それよりもA級魔法を消せるカードへの興味が抑えられない……ねえ、もういいでしょ! さ、あなたのカード見せて!」


 ブツブツと何かをつぶやいていたかと思えば、今度は目を輝かせながら俺に期待の視線を向ける少女。

 当然ながら俺は呪文(スペル)カードなんてものは必要がないので、彼女が期待しているようなものは所有していないのだが、その仕組みは先ほど見せてもらったおかげで理解した。

 要はあれよりも強力な魔法無効化(ディスペル)のカードが見たいのだろう。ならば今創って見せてやればいいだろう。


「ほら、はやくはやく!」

「……分かったよ。これでいいだろ?」

「……!! こ、これはっ……」


 俺が手のひらの上に作ったばかりのカードを乗せてみせると、彼女は唇が触れるんじゃないかという距離まで接近し、カードを凝視した。

 大したものじゃないんだからそんな食い入るように見られても困るんだが、舐めるような視線を外そうとしない。


「すごい……すごいわ! 見たことないカードだけど、さっと見ただけでもA級以上……前に本で見たS級カードにそっくり……うぅ、欲しい……隅々まで観察したい……」

「あの……」

「あっ、ご、ごめんなさい。決して奪うつもりじゃないの! でも、でも!」

「これが欲しいならあげるよ?」

「……は?」

「ほら」

「え、ちょっ……ええっ!!?」


 あの時のミネヴィアに近しいものを感じたので、作ったばかりのカードをくれてやることにした。

 しかし受け取ったはいいものの、何故かぽかんとした表情でこちらを見る少女。

 なんだ、思っていたものと違って不服なのか?


「こ、これ! くれるって、本当にいいの!?」

「いいから渡したんだけど」

「で、でも! これからあなたこの魔法使えなくなるのよ!? 魔法使いにとって呪文(スペル)カードは、命の次に大事なものなのに……! それをそんなあっさりと……」

「いや、別に使えるけど」

「……は? え? 今なんて……?」

「いや別に、そのカードがなくても魔法無効化(ディスペル)は使えるって言ってるんだけど」

「も、もしかして! 予備のカードを持ってるってこと!? こ、こんな貴重なカードの予備があるなんて……あなたもしかして、どこかの大金持ちの子供だったり……?」


 なるほど、読めてきたぞ。

 というか、今の会話でほぼ核心に至った。

 ミネヴィアの野郎、人間に魔法を普及させるとか言っていたが、奴が普及させたのは魔法そのものじゃなく、魔法カードの方だったのか。

 おそらく奴は俺がくれてやった魔法カードを解析し、複製したのだろう。

 だから肝心の自力で魔法を発動させるという発想それ自体が今の時代の人間にはない。

 それならこの少女の言っていることに納得がいく。


 てっきり魔法カードから魔法そのものの仕組みを解析、理解して人間なりのやり方を確立して広めたとばかり思っていたが、まさか玩具の複製で甘んじていたとは……

 正直、少しがっかりした。奴の研究も少しは手伝ってやったし、魔法の基礎は全て教えたつもりだったからな。

 しかもあんなショボい魔法を高く評価している時点で、レベルも相当落ちていると考えるのが自然だ。


「ま、まあいいわ! くれるって言うなら遠慮なくいただくわね! もう”やっぱなし!”は聞かないから!」


 あんなものを大事そうに抱えている時点で、今の人間界は俺が期待していたものからは遠く離れていることだろう。

 何というか、少し裏切られたような気分だな。

 まあ、勝手に期待した俺が愚かだったというだけのことか。


「ところであなた、名前は?」

「……アルメス」

「アルメスね! あたしはミストリア! よろしくね!」


 白銀の髪を靡かせる少女、ミストリアが笑顔で手を差し出してくる。

 あんなものでご機嫌になるとは、という気持ちと、こうして素直に好意的な態度をとられるのも久しぶりだという気持ちが交差した結果、俺はその手を握ることにした。

 想定したものとは大きく異なるが、これはこれで少しは新鮮な気持ちを味わえるかもしれない。

 呪文(スペル)カードという玩具を手にした人間界が今どのようになっているのか、もう少し見て回ってもいいかもしれないな。


 死ぬのはそれからでも遅くはない。


 「ところであなたはどうしてこんなところにいたの? 学生、じゃないわよね? 学生は制服なしじゃ学園の敷地内には入れないもの」

「あー、えっと……そういえば今、時間は?」

「あら、時計を持っていないの? 貸してあげるわ。ほら」

「――っ!」


 ミストリアが取り出した懐中時計を受け取って現在時刻を確認すると、あと5分ほどで試験開始時刻になることが発覚した。

 まずい、遊びに時間を使いすぎたか。正直魔法カードが常識の世界と知って一気に魔法学園の価値が落ちたが、一応両親の支援を受けて試験を受けに来ている以上サボるのはまずいだろう。

 最低限試験会場に足を運んでおかなければ。


「ごめん、ちょっと用事あるからお先に失礼するね」

「ええっ、どうしたのよ急に!」

「試験、始まっちゃうから」

「試験? 試験って、まさか入学試験のことじゃ――」

「それじゃ」


 当然ながらこのままでは走っても絶対に間に合わないので、空を飛んでいくことにした。

 俺を中心に風の流れを発生させ、試験会場まで最速で到達する。

 こんなことなら先に会場に行っておけばよかった。そうすれば転移魔法の座標を記憶できたのに。

 まあ、間に合うなら何でもいいだろう。


「……行っちゃった」


 一人残されたミストリアは、その光景をぽかんとした表情で見上げていた。


 ♢♢♢


「よぉし到着っと。ギリギリセーフか」


 爆速で空をかけ、会場である魔法訓練場に勢いよく着地したのはいいものの、少し足が痛いな。

 どうやらこの体、あまり頑丈ではないようだ。これからは着地の際に勢いを少し緩める必要がありそうだ。

 ん、なんか周りの奴らが騒がしいな。何かを恐れるような目線も感じる。


「き、貴様ァ……この僕を突き飛ばすとは何たる無礼! 許せん!」

「あ?」


 よく見たら足元に一人の少年が転がっているではないか。

 身なりからしてそれなりに位の高い人間の子供か。どうやら俺が着地した衝撃で吹っ飛ばされてしまったらしい。


「ああ、悪いね。ちょっと着地場所を間違えたみたいだ。怪我はないか?」

「ふざけるな! 僕を誰だと思っている!?」

「さあ? 初めて会ったから分からないけど」


 事実を言っただけなのだが、どうやらこの少年にとっては気にくわなかったらしく、奴のこめかみに青筋が浮かんできた。

 

「なら教えてやる! 僕の名はフリック・フォン・アルデベルク! 偉大なるアルデベルク帝国の皇子だ!」

「へぇ、王族か」

「さあひれ伏せ! 床を舐めて僕に許しを乞え! そうすればほんの少しだけ処分を軽くしてやる!」

「は? なんでそこまでしなきゃいけないんだ? 怪我させたなら責任をもって治療するからそう言ってくれよ」

「き、キサマ……もう許せん! ここで粉々になってから後悔しろ!!」

「ま、まあまあ、フリック様。この者もおそらく悪気があってやったわけではないと思いますので、どうか寛大なご対応を……」

「邪魔をするなクライヴ! こいつは僕に恥をかかせたんだ! 許せるわけがないだろう!」

「し、しかし、入学試験を目前にして揉め事を起こしたとなれば、我らが祖国アルデベルクの悪評に繋がります。どうかここは怒りを治めていただきますよう……」

「……チッ、命拾いしたな。だが今日のこと、覚えておけよ。僕に楯突いたこと、あとでたっぷりと後悔させてやるからな!!」


 おそらく護衛役と思しき老人に諫められ、フリックは引き下がった。

 喧嘩を吹っ掛けられたのならそれを買ってやるのも一興と思っていたが、どうやら今回はお預けのようだ。

 この時代の人間がどのような戦い方をするのか興味があったんだが、残念だ。

 周囲を見てみると、安堵した様子の奴らと憐みの視線を向けてくる奴と好奇心を向けてくる奴らがいた。

 一応は面倒な奴に目をつけられたという自覚はあるが、大した問題じゃない。

 あの爺さんだけはなかなかの手練れに見えたが、まあ大丈夫だろう。


「では帝国になったので試験を始める!」

 

 そうこうしているうちに試験開始の号令がかかった。

 俺はほかの受験生に紛れて、試験官と思しき男の近くへと向かった。


「試験内容は事前に通達した通り、この6つの属性の呪文(スペル)カードを用いる。これは諸君らの適正属性を見るものであって、単に複数属性のカードを扱えることがそのまま高得点とは限らない。器用貧乏よりも一点特化の方が高評価の場合もあるだろう。もっとも、多くの属性を扱えるということはそれだけのポテンシャルを秘めているということになるわけで、その辺りは評価にも影響することだけは伝えておこう」

 

 そう言って試験官の男は6枚の色が異なる呪文(スペル)カードを皆に見せた。

 なんだあれは。粗悪品というのも烏滸がましい最低の魔道具じゃないか。

 あれを起動したところで貧弱極まりない低劣な魔法が出るだけ。しかも魔力変換効率もカスだ。

 まあ、たかが入学試験で高等なブツを使う訳にはいかないというだけなのかもしれないが、そもそもあんなものがこの世に存在しているだけで正直今の人間たちに失望する。

 おい、ミネヴィアよ。お前が目指したのは本当にこんな世界なのか? 


「それでは順番にやってもらおう。試験番号1番から10番までの受験生は前へ」


 その言葉を聞いて母親に持たされた受験票を懐から取り出して確認する。

 俺の番号は43。だいぶ先だな。

 まあ、とりあえず見せてもらおうか。今の人間の子供らが扱う魔法の質を。

 ほとんど期待はできないだろうがな……

 

 「ほう、火、風、雷の3属性を扱えるのか。なかなかのポテンシャルだな」

「ええ、今年は特に有望な学生を確保できそうですね。先ほどの彼も、使える属性は水のみのようですが、かなりの出力でしたし」


 統括試験官と思しきお偉いさんが、受験生たちの魔法を見て感心しているが、俺はそいつらとは真逆の意見を持っていた。

 なんだあれは。子供のお遊びレベルの低レベルな魔法しか使ってないじゃないか。

 まあ実際に子供が行使しているのだから当然と言えば当然なのだが、大人であるお前らが感心するのは違うだろう。

 あんなもので将来有望だと? もし本気で言っているのだとしたらとんだお笑い草だ。

 当時11歳だったミネヴィアですら、俺特製のカード頼りとは言えもっとマシな魔法を扱えていたぞ。

 いくら子供たちが使っているものが低品質の粗悪品とはいえ、同じカードでも流石にもう少しまともな使い方が出来るはずだ。

 

「っ! バルトロイ先生、次の彼……」

「む、ああ……アルデベルクの第三王子か。兄君たちはいずれも優秀な魔法使いだったが、果たして彼はどうなのだ……?」

「それがその……かのアルデベルク王の血を引くが故に相応の実力を有していると聞きますが、兄君と比べるとどうしても……という噂が」

「……そうか。まあ、魔法の腕が全てではない。そういうこともあるだろう」

「ただ、それを案じたアルデベルク王が、あるカードを彼に授けたということで――あっ、あれです! あのカードです!」

「むっ、あれは……」


 どうやら俺よりも若い試験番号だったフリックが、訓練場の中心で高らかに1枚の呪文(スペル)カードを掲げていた。

 あれはどう見ても試験官が提示していたものとは違う。なんだあのカードは。

 遠目だとよくわからないが、何らかの生き物が刻み込まれているな。刻まれている術式から察するに、召喚系の魔法か?


「フリック殿下! おやめください! ()()はこのようなところで使うべきものではっ……!」

「うるさい! こんな低劣なカードで僕の実力が図れるわけないだろう! 僕の実力を正しく証明できるのはこの【星光龍(スターライトドラゴン)】の呪文(スペル)カードを置いて他にない!」

「しかし! 王はフリック殿下の身を案じてこちらのカードをお授けになられたのであって――」

「黙れ! 貴様も龍の餌になりたいのか!? それが嫌ならば黙ってみておけ――はぁぁっ!!」


 天高くかざした龍のカードが光に包まれていく。

 ふむ、なるほどな。あれは契約した召喚獣を呼び出すカードというわけか。

 なるほど、仕組みは単純だが、カード1枚で好きな時に呼び出せるのは便利かもしれん。

 俺を慕う生物なんてこの世にほとんど存在しなかったことから償還魔法には興味がなかったが、今の体なら多少なり絆を結べる生物もいるだろう。

 大したものは見れないと思っていたが、思わぬ収穫だ。あれは今後の参考にしよう。


「さあ、いでよ【星光龍(スターライトドラゴン)】! 我が意を愚民どもに見せつけるがいい!!」


 フリックの高らかな宣言とともに、あたり一帯が眩い光に包まれる。

 そして光が晴れると、黄金に輝く鱗を持つ巨大な細長い龍が顕現していた。

 

「はぁっ、はぁっ、ははっ! どうだ! 凄いだろう! 素晴らしいだろう! これこそが僕の実力――僕がこの中で最も優れた魔法使いである証明となる!」

「ふ、フリック様……」


 ほぉ、面白い。竜種を呼びつけるとは、なかなかの腕前じゃないか。

 竜種は皆例外なく強い。最も弱い個体でも、ただの人間では手足も出ずに喰われるのがオチであると言われるほど強大な種族だ。

 それをあんな紙っ切れ1枚で従えるとは。案外人間も悪くない成長を遂げているのかもしれないな。

 

 しかしあの龍、様子がおかしいな。

 図体はデカいくせに存在感がまるでない。視界に映ってこそいるが、今すぐにその場から消えてしまいそうな儚さを感じる。

 最初はその程度の龍なのかと思ったが、様子を見るにどうやらそうではないらしい。

 どうやら存在を維持し続けるためのエネルギーが足りていないようだ。酷く飢えた様子。今すぐにでも暴れ出しそうだ。

 そんなことを考えていると、案の定すぐに事件が発生した。


「くっくっくっ、あーっはっはっ!」

「ふ、フリック様! もう十分でしょう。さあ、この龍を元の場所にお戻しに――」

「ふん、分かっている。いちいちうるさいぞ。興が覚める。言われなくてもすぐに戻すさ。ほら――って、あれ?」

「――ッ! これはいけません――フリック様!!」

「うあっ!?」

 

 飢えに耐えかねた龍は、召喚主であるフリックに襲い掛かった。

 腰を抜かしたフリックをかばうようにクライヴと呼ばれていた側近の爺さんが慌てて間に割り込んだが、龍の勢いは一切収まらず、爺さんに向けて苛烈な攻撃を仕掛け続ける。

 獲物である剣を用いて華麗に捌いているが、後ろに守るべき存在がいるせいかイマイチ実力を出し切れていない様子。

 弱っているとはいえ、腐っても龍だ。そう簡単に打ち倒せる存在ではない。

 会場は大パニックだ。試験官たちも臨戦態勢を取っているが、どう攻めたらよいのか分かっていない様子。


 しかし龍はすぐにエネルギーを補給したいのか、一旦フリックの捕食を諦め、より強い魔力を持つ存在へとターゲットを切り替えた。

 この中で最も高い魔力反応を持つ人間――即ち俺だ。

 どうやらこいつは小生意気にも俺を食らって回復しようとしているらしい。


「君! 危ないぞ! 早く逃げ――」

「ふん、自分のペットの躾くらいしっかりしておけよ」

「え、あ……えっ?」


 馬鹿みたいに大口を開けて襲い掛かってきたので、右手をかざし、魔力霧散(バニッシュ)の魔法で消し飛ばした。

 どうやらあれば本体を呼びつけるカードではなく、その生物の情報を元に魔力で再現したものらしい。

 だからそれを構成する魔力を霧散させることで体を維持できなくさせた。

 

「さて、これでおあいこだ。さっきのことは許してくれるよな?」


 俺はやや意地の悪い笑みを浮かべながら、呆然とするフリックに問いかけた。

 

 フリックが龍を暴走させたせいで試験は一時中断となったが、大した被害が出ていないということですぐに試験再開となった。

 流石にあれだけのバカをやってしまった以上、フリックは退場こそさせられなかったものの会場の端から黙って見ているだけしか出来なくなったようだ。

 俺がいなかったら恐らくそれなりに死人が出ていただろうから、先ほどの件をチャラにするどころかむしろ感謝してほしいものだな。


「試験番号43、アルメス・クロス。前へ」

「はい」


 呼ばれたので俺の担当となる試験官の下へと歩く。

 そして机に並べられた6枚の呪文(スペル)カードを指さし、自信があるものを手に取れと試験官は言った。

 ふむ、ざっと見た感じ、敢えて分類するならば火、水、風、地、光、闇の魔法といったところか。

 もとより魔法に属性という概念はないのだが、確かミネヴィアに説明する上で、人間にとって馴染み深い概念を例に挙げて使ったことがあったな。

 恐らく奴はそれを鵜吞みにしてそのままの表現を使用しているのだろう。

 

 そんなシンプルな言葉で表現しきれるほど魔法というのは浅くはないのだが、まあここは奴らのやり方に乗ってみるのも悪くない。

 俺は火属性のD級呪文(スペル)カードを手に取り、少し離れた先にある人形に向けた。

 魔力を流せば、呪文(スペル)カードに刻まれた魔法が起動する。

 だが、その出力や性質は使い手の腕次第で多少は変化を持たせることが出来るようだ。

 このカードに記された魔法は着火(ファイア)というらしい。

 その名の通り、無から火を発生させるだけの実にシンプルでつまらない魔法だ。


着火(ファイア)


 呪文(スペル)カードは、刻まれた魔法の名称を口にすることで起動する。

 そもそも己のイメージを具現化することが本質である魔法にわざわざ名前を付けること自体ナンセンスだが、いちいち自分の技に名前を付けて喧しく戦闘するかつての人間たちを見ているようで少し懐かしさすら覚えるな。

 さて、見せてもらおうか。呪文(スペル)カードがもたらした人間の魔法とやらを。


「――あ?」

「えぇっ!?」


 発生したのは炎ではなく、爆発だった。

 しかも人形ではなく、カードが爆発した。

 嘘だろ? かなり出力を落としたのに、耐えきれなかったのか?

 いくら最低ランクのD級とはいえ、こんなんじゃあ使い物にならないだろう。

 おいおい、粗悪品もいい加減にしろよ!


呪文(スペル)カードが、爆発……? そんなこと、ありえるのか?」


 会場が再びざわつく。様々な反応があるが、皆目の前の光景が信じがたい光景といった様子だ。

 ちっ。粗悪品なのは分かっていたから限界まで注ぐ魔力量を落としたというのに、これでも耐えきれないとなればもっと落とさなきゃいけないじゃないか。

 クソっ、出力を上げるのは得意だが、下げるのは苦手なんだよ俺は。

 なんでこんなくだらないお遊びのためにこの俺が、まるでうっすいガラスの上を割らないように歩くかの如き繊細な調整をしなければならんのだ。


「あー、すいません。ちょっと制御に失敗したみたいです。他の奴試してみてもいいですか?」

「えっ、あ、ああ……」

「よし、次は水か――ダメか。次、風。地。光。はぁ……」

「ちょっ、ちょっと待ってください!! あ、あなたワザと壊しているんですか!? 呪文(スペル)カードは生半可なことじゃ壊れないはずですけど、それをポンポンと破壊するなんて、いったいどんな手を……」

「あぁ、すみません。あとで弁償するので勘弁してください。それよりも、次がラストチャンスか。集中集中……」


 限界まで――いや、限界をさらに超えた底の底まで出力を落とし、呪文(スペル)カードを起動させる。

 壊さないように。それでいて魔法はちゃんと発動するように。慎重に。繊細に。

 大きく深呼吸をして、細心の注意を払いながら魔力を注いでいく。

 すると呪文(スペル)カードが淡い紫の光を纏い、次の瞬間、人形の胸のあたりに大きな黒の渦が発生した。

 黒の渦は人形の体の大半のを飲み込み、抉り取り、消滅する。

 本来は暗闇を発生させて視界を奪う魔法だったらしいが、まあギリギリセーフだろう。


「よし! 成功した!」


 悔しいことに、ちゃんと呪文(スペル)カードを起動することが出来たことに謎の達成感を感じてしまった。

 もっと良質な魔法をいくらでも使えるというのに、こんなしょーもない魔法1つ発動させるためにここまで苦労するとは思わなかった。

 俺は生まれたときから魔法が使えたから、このような苦労はしたことがなかった。

 ある意味新鮮な体験だ。これはこれで存外楽しいじゃないか。


「これでいいですよね?」

「え、あ、ああ……君は闇属性の適性がある、というわけだな。うん」

「まあ、結果としてはそういうことになりますね」

「分かった。もう下がっていいぞ。私は一度、予備の人形を取りに行ってくるから」

「えっと、なんかすみませんね」

「…………」


 ぽかんと口を開けていた試験官に声をかけ、とりあえずもとにいた場所に戻ることにした。

 周りの奴らからは奇異の視線を向けられたが、下手に反応すると面倒なことになりそうなので無視することにする。


「……彼、どう思います? まさか受験生の身で呪文(スペル)カードを破壊するなんて、いったい何者なんでしょう」

「分からん。だが、魔力の過剰供給によってカードを破壊した学生は過去に何人かいたらしい。もっとも、何十年も前の話だがな……」

「もしかしたら、彼の固有呪文(オリジナル)という可能性もあるかもしれませんね。だとしたら……」

()が放っておくわけがないだろうな。そうなればまず間違いなく試験は合格だ。そんな逸材、囲わない手はないからな」

「やはりそうなりますよね……」


 何やら統括試験官たちがブツブツ話しているが、とりあえず合格らしいから一安心だな。

 彼らの言う上とやらが誰なのかは知らんが、少しはマシな魔法を使えると期待していいのだろうか。

 少なくとも、俺の知る幼き日のミネヴィアを超えるような逸材と出会いたいものだ。

 そうでなくては面白くない。俺は人間の進化が見たかったからわざわざ転生魔法を使ったのだ。

 

「ふんっ! お前も人のことを言えないようだな!」

「何のことだ?」

「魔法の制御がまるでできていないじゃないか! 何枚も呪文(スペル)カードを破壊した上なんて、唯一起動した闇属性の魔法も本来のそれとは大きく違うものを創るなんて、よっぽど下手糞と見た」

「あー、まあ、否定はできないな」

「くっくっくっ、ならば先ほどのことも適当な魔法が運良く嚙み合っただけか! 当然だ! 平民如きが皇族である僕の魔法を上回るはずなんてないんだ!」


 何故か俺の近くに寄ってきて訳の分からないことをほざくフリックだが、ホッとしたような表情で高らかに笑う様を見る限り、どうやら機嫌が直ったようで何よりだ。

 別に俺はこいつと喧嘩がしたいわけではない。嫌われるのには慣れているが、せっかく人間に転生したのだからなるべく多くの人間と仲良くやりたいものだ。

 俺は人間が好きだ。なんの面白みもない真っ白で空虚な俺の人生に彩を与えてくれる面白い人間が好きだ。

 だから、俺はそういう人間たちの生き様を特等席で楽しみたい。

 そのためにも、もっと人間らしい振る舞いを学び、身に着けていかなければ。


「くく、ちょっと楽しくなってきたぞ。なあミネヴィア。お前はこれから俺に何を見せてくれるんだ」


 最初こそがっかりしたが、これはこれで悪くない体験が出来そうだ。

 こんなことならもっと早く人間に転生すればよかった。

 まあ、今からでも遅くないはずだ。第二の人生は人間として、ミネヴィアが遺した世界を堪能するとしよう。

 

 久しぶりに、心に灯がともるような心地よい熱を感じた。

ここまでお読みいただきありがとうございます。

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