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それ、今日やる必要あります?  作者: OwlKeyNote


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第1章 終電のホーム (1/6)

「……それ、今日やる必要あります?」

終電帰りの28歳、ついに口にしてしまう。


(6話完結)


「……それ、今日やる必要あります?」


俺――佐伯悠斗(28)は、できるだけ穏やかに言った。

穏やかに、だ。心の中は荒波だけど。


会議室の空気が一瞬止まる。


部長の黒田は赤いネクタイを指で引き、椅子にふんぞり返った。腹が机に軽く乗っている。物理的に“重鎮”だ。


「若いなぁ佐伯。俺の若い頃はな、終電なんて“帰宅手段”じゃなく“出社時間”だったぞ」


はい出た。武勇伝ガチャSSR。


(それ、ブラック自慢っていうカテゴリですよ部長)


俺は腕時計を見る。21時47分。

会議開始からすでに90分。議題は「来期の方向性」。


なお、方向はまだ見えていない。コンパス壊れてる?


「気合いが足りん!」


出た。


(気合い、やる気、成長。

全部“いい言葉”なのに、なぜか帰れない)


「若いのはな、数字ばかり見て――」


(方向も決まってないのに、アクセルだけ踏むなよ)


「もっと熱を持て!」


(熱って何度だ。摂氏か。華氏か。具体値くれ)


部長の拳が机を叩く。


ビクッと肩が揺れる自分が、少し情けない。


メモ帳には“議事録”と書いてあるが、実際に書いているのは業務改善案だ。


・定例会議は30分

・資料は事前共有

・結論から話せ


頼むから結論から話してくれ。俺の睡眠時間のために。


23時過ぎ、ようやく解放された。


革靴の先が少し擦れている。

これ、三か月前に買ったばかりなんだけどな。歩数アプリ見たら、毎日軽いマラソンレベルだぞ俺。


終電のホーム。

冷たい風がスーツの隙間から入り込む。


このまま10年後も、俺はここに立ってるのか?


40歳の俺。

目の下のクマが進化してパンダになってないか?


「……佐伯さん」


振り向くと、田中美咲が立っていた。


ショートボブが揺れて、パキッとした目がこちらを見る。

パンツスーツ姿で、片手にノートPC。仕事の化身か。


「今日の会議、議事録いります?」


「いらないでしょ。内容、なかったし」


一瞬、彼女の口元が緩む。


「……私も、そう思います」


その一言で、胸の奥が少し軽くなった。


(あ、仲間いた。よかった。俺だけが心の中で総ツッコミしてるわけじゃなかった)


終電のアナウンスが、ホームに低く響く。


蛍光灯の光が、彼女の横顔を照らす。

疲れているはずなのに、目だけは強い。


この人も、同じこと思ってるのか?


「……このままでいいんですかね」


彼女がぽつりと呟いた。


俺は少しだけ笑う。


「良くないから、今こんな顔してるんだと思う」


自分でも驚くほど、本音だった。


電車がホームに滑り込む。


「……じゃあ、また明日」


彼女はそれ以上何も言わなかった。

俺も、何も言わなかった。


ドアが開く。


一瞬、隣に立たれるかと思った。

でも彼女は、少し離れたドアから乗った。


(……助かった)


最低だな、と思う。

でも本音だ。


次の言葉を探すのが、しんどい。

相槌を打つのも、少し考えるのも、重い。

(人と話すのって、こんなに体力使ったっけ)


ドアが閉まる。

金属音が、やけに大きく響いた。

揺れる車内で、俺はつり革を握る。


視界の端に、少し離れたショートボブ。

彼女はスマホを見ている。

こっちを見ない。


それが、ありがたい。


スマートに働く大人になるはずだった。

なのに現状、終電プロフェッショナル。


……いや、待て。


(これ、誇れるスキルじゃない)


電車の窓に映る自分の顔。


疲れてる。


想像以上に。


このままは、嫌だ。


でも今は――


誰かと未来を語る元気もない。


ただ、明日も同じ朝が来ることだけが、重い。


たぶん。


この夜はまだ、始まりじゃない。


限界の手前だ。

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