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まだ幼き光

都市外縁の訓練場。昼下がりの陽射しが、地面の砂粒を金色に染めていた。


「じゃあ、まずは君の“得意属性”を確かめようか」


そう言って、レオンは革のポーチから小さな水晶のような器具を取り出した。掌ほどの大きさで、中心に淡く輝く魔石が埋め込まれている。


「これ、“導晶どうしょう”って言うんだけど、魔力の反応で属性傾向を測れる優れものなんだ。精度は高くないけど、参考にはなる」


「へぇ……」


ティアは興味津々でそれを見つめた。


「じゃ、軽く魔力を通してごらん」


促されるままに、ティアはそっと手をかざした。


意識を集中し、胸の内から魔力を引き上げる。ゆっくり、優しく、導晶へと流し込むように──


ぱぁ、と水晶が発光した。


色は、眩いばかりの白。


「……っ!」


ティアが目を細める。レオンも一瞬、目を見開いた。


「白……? あー……これは……」


「え、え? だめだった、の……?」


「いや、珍しいだけ。光属性だ、君」


「光……?」


レオンは頷く。


「魔法の基本属性は五系統ある。火、水、風、土、そして雷。そんで、光や闇は〃特質属性〃って呼ばれてて、他とはちょっと違う。戦闘に使えるレベルまで上達するには、生まれ持っての素質が必要なんだ。ほとんどの人間は生活魔法レベルが限界だね」


ティアの口が、わずかに開く。


「……それって、やっぱりすごいの?」


「いや、まあすごいんだけど、困るのも確か。教えられる奴、少ないから」


そう言いつつも、レオンは口元を緩めた。


「でも、やってみようか。攻撃魔法はどの属性でも基本構造は似てるし、俺の雷属性で説明するから、参考にはなると思う」


レオンは軽く腕を振り上げた。


「《雷迅針エレスティング》!」


バチィン、と空気が裂ける音がして、指先から雷の針が数本、地面に突き立った。


ティアは目を見張る。


「うわ……すごい音……!」


「ま、見た目は派手だけど、初歩的な魔法だよ。……君もやってみよう。“光”の魔法で、似たような構造の式を教えてあげる。試しにこれを唱えてごらん」


レオンが差し出したのは、魔法式を簡略化した短詠文のメモだった。


「《閃光弾ルミナス》──光の粒を飛ばす攻撃魔法。魔力制御がちょっとシビアだけど、初心者でも扱えるように調整してある」


ティアは緊張した面持ちで、両手を前に出す。


「魔力を胸から、手へ流して……想像する、光……」


(うまく、できるかな……)


「……《閃光弾ルミナス》!」


──沈黙。


風が吹き抜けただけだった。


その後数回試してみるが、全て失敗に終わる。


「……っ!」


「魔力が引っかかってるね。途中で流れが止まってる」


レオンは言うと、軽く背中を押してやった。


「焦らなくていい。魔法ってのは感情とイメージの両方が必要なんだ。“光”って、君にとって何を意味する?」


「光……? えっと……優しい、とか……あったかい……?」


「うん、それもいい。でも“攻撃魔法”なんだ。敵を射抜く光。貫く強さ。そういうの、思い描いてごらん」


ティアはもう一度、深く息を吸った。


胸の奥にある魔力の気配を、手先へ。

今度は、夕日に照らされた街角で見た、あの閃光のような魔法を思い出しながら。


「《閃光弾ルミナス──》!」


──パァンッ!


小さな光の弾が、空へ向けて弾け飛んだ。


「……!」


レオンが口笛を吹く。


「おお、出たじゃん!」


ティアはその場にへたり込みそうになった。


「で、でも……まだ不安定だぁ……すぐ消えたし……」


「上出来上出来。初めてでこれなら、十分すぎるよ」


彼はティアの肩を軽く叩いた。


「むしろ魔力が詰まって、暴発寸前だった。抑えながら発動できたのは、かなりセンスある証拠だね」


ティアは照れたように、少し顔を伏せる。


「……でも、もっとちゃんとできるようになりたい」


「なれるさ。君の光は、まだ小さい。でもな……」


レオンはティアの手を取り、指先に残る魔力の痕跡を見つめた。


「光は、どんなに遠い未来も照らすことが出来る。そういうもんさ」




ティアはその後も何度も練習し、最後にレオンに礼を言って帰路に着く。

訓練場を離れる頃には、太陽は傾き始めていた。


ティアの目には、何度も練習して放った光の残像が、まぶたの裏に焼き付いていた。


「ルシィ……見てた?」


《全記録保存中。解析結果:精神集中の精度上昇。魔力制御の成功率、10%上昇》


「そっか……よかった……!」


《課題:安定発動と距離制御。実戦に向け、再調整を推奨》


「うん。明日はもっと頑張るね」


背中には、確かな光の芽が宿っていた。


宿に着き、食事や整容を終えると、寝るには良い時間になっていた。

ティアが深い眠りに落ち、静寂が部屋を包み込んだ頃。

その瞼の奥に映るのはまだ未知の夢のかけらだった。


しかし、眠りについた少女のすぐ隣で、ルシッドのシステムは稼働を続けていた。

刻一刻と変化するティアの魔力制御の動向を解析しながら、過去に得た知識と今回の観測データを突き合わせる。


ルシッドの思考回路は、昼にレオンが教えた概念と照らし合わせていた。


魔力──世界に遍く流れる精気。あらゆる物質と環境に染み込む、未知の自然系エネルギー。

これを制御するための『式』とは、詠唱や魔法陣、想念の複合体。

プログラム言語の関数宣言に類似し、構造化された命令体系にほかならない。


その認識は、単なるデータの羅列に留まらず、人間が無意識に扱う自然系言語としての側面を強く示していた。


ルシッドは理解した。

この世界の魔法は、エネルギーを扱う物理法則の一部ではなく、むしろ言語体系の一種であることを。

ゆえに魔法の本質は情報処理であり、正確な『式』の定義がなければ、出力は不安定となる。


ティアの魔力操作が未熟なのは、彼女がまだ『式』の適切な定義を自身の体内で構築できていないからだ。

この点を補うことが、ルシッドに課せられた新たな使命だった。


《……時間がかかりますが、“アップデート“をすべきですね──》











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