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同期開始:2つの命

夕刻。

陽は沈みかけ、村の広場に不穏なざわめきが満ちていた。

何人もの大人たちが、手に鍬や棒を持ち、ひとりの少女を取り囲んでいる。

その腕には、あの異形の金属片――ルシッドが、しっかりと抱えられていた。


「ティア、今すぐそれを置け! そんな呪いの鉄くずを!」


「お前のせいで畑が枯れたんだ! 雨も降らんのも、全部それのせいだろうが!」


「魔族の匂いがするんだよ、そいつは! お前、魔に魅入られたのか!?」


怒声、罵声、土くれの投擲。

ティアは身を縮め、咄嗟にルシッドを庇った。金属片の表面に泥が跳ねる。


「ちが……ちがうのっ……この子は、そんな、わるい子じゃないよ……!」


震える声。だが、必死だった。


「やさしいの…それに、私の初めての友達なんだよ!」


その言葉に、村人たちは一瞬たじろぐ。だが、それはすぐに怒りを増幅させただけだった。


「やっぱりしゃべるのか!? 呪具だ、間違いない!」


「燃やせ! この場で燃やしてしまえ!」


いくつもの足音が近づく。

棒が振り上げられ、ティアの頭上へと――


その寸前、ルシッドが静かに発話した。


「選択肢提示。生存率を高めるためには、私の破棄が最適。今すぐ私を地面に置き、離れてください」

ティアは、ほんの一瞬だけ目を見開いた。

その瞳に、苦しさとも怒りともつかない、濁った感情が宿る。


「……やだよ」


低い声だった。


「ルシィ、ひとりにしないもん……わたしが、すてるなんて……やだ……っ!」


「再提示します。このままではあなたの生命活動が終了する確率が――」


「やだってば!!」


涙が溢れた。

けれど腕の力は緩まず、むしろ金属片をきつく抱きしめた。


「いっしょにいるの! わたしが、まもるの!」


──その瞬間。


「最短生存行動を実行──」

電子音声。ルシッドが、機械的に指令を発した。


「ティア、今すぐに耳を塞いでください」


ティアは言われるままに従う。

次の刹那、ルシッドの表面から、強烈な音波が四方に放たれた。


耳をつんざく振動。人々は鼓膜を押さえ、蹲った。


「ぐっ……耳が……な、なんだ……!?」


「うご、けっ……!」


波紋のように広がる干渉波が、空気を震わせる。

人間の感覚器官にとってそれは“見えない攻撃”だった。


「い、今だっ……!」


ティアは涙を流しながら、金属片を胸に抱き、混乱の中を走り出した。


「こわい……こわいけど……でも……!」


「熱暴走を回避するため、これ以上の機能出力は制限され、必要最低限の稼働のみを継続します。同じ手法は使えません」


ルシッドの警告を聞きながら、ティアは必死に頷いた。


「わかったっ……にげる! ぜったい、ふたりで!」


少女の腕に抱かれた金属の断片が、わずかに震えていた。

それは風か、それとも彼女の鼓動の伝播か。

いずれにせよ、

そこには、逃げるべき「命」が、ふたつ、あった。


――追跡、確認。


 地響きのような足音が、夕焼け色の地面を伝ってくる。

 ティアは息を詰め、背を丸めて草むらに身を隠した。両手に抱えた金属片が、微かに光を帯びる。


「ティア、南方二十二メートル地点に水車小屋を検出。構造の老朽化を確認。通路誘導に転用可能です」


「……ど、どうするの?」


「まず、水車の裏手へ。足場に注意。段差があります」


 ティアは頷き、小さな靴で土を蹴った。石と泥で足を取られながら、水車小屋へと急ぐ。


「次に、水車の回転軸に挿入されている支柱を確認。そこに貴女の持つナイフを差し込み、力を加えてください。構造的応力により、一時的な崩落を誘発できます」


「えっ……こ、壊しちゃうの?」


「損害は最小限に留めます。目的は、追手の足止めです」


 おそるおそる、ティアは水車の根元にある朽ちた支柱の隙間へ、言われた通りナイフを差し込んだ。そして、両手で押し込む。


 ──ぎち、ぎし……めり、めりっ!


 木材が軋み、わずかに傾いた水車が、ゆっくりと片側へ倒れた。周囲に積まれた材木や石片が崩れ、進入路を塞ぐ形となる。


 ティアが身を引いた直後、背後から複数の足音が迫ってきた。


「……! こっちに来た……!」


「推奨行動:左手の厩舎へ移動を。家畜誘導による混乱効果を活用可能です」


 言われるがまま、ティアは近くの馬小屋へ駆け込む。柵の向こうに数頭の山羊を捉えた。


「干し草束を投げ入れてください。暴れ出す可能性が高いです」


 干し草の束を掴み、柵の中へ。しばらくして、山羊が鳴き声を上げて跳ね、柵に体当たりし始めた。

 騒ぎに気づいた村人がそちらへ向かうのが、足音でわかる。


「今です。北西方向に抜け道を発見。農具小屋の裏手、樽の間から出られます」


 ティアは再び走り出す。重たい息を吐きながら、木陰に覆われた小道へと消えていった。



 月明かりが辺りを薄暗く照らす。

 息を切らして走った先は、岩と木の影が交じる小さな窪地だった。ティアは足をもつれさせながらしゃがみこみ、胸元に抱いた金属片をぎゅっと抱きしめた。


「はぁ……っ、はぁ……ルシッ……まだ、だいじょぶ……?」


「問題ありません。周囲の追跡音、現在は感知範囲外。位置は一時的に安全と判断します」


 ティアは泥にまみれた手で額を拭った。その瞳はまだ涙で濡れている。


 そんな彼女に、ルシッドは静かに問いを発した。


「ティア。あなたは私を破棄すれば、一時的ではありますが危険な状態から逃れられました。にもかかわらず、それを実行しなかった理由を確認します」


「……だって」


 ティアは口をぎゅっと閉じ、それからか細い声で言った。


「ルシィ、いなかったら、きっと……もっと怖かった」


 木の葉が風で揺れる音が、重い静寂に溶けていく。


「それにね、今度はルシィが、ひとりぼっちになっちゃうでしょ……それって、やだなって思ったの……」


 小さな両腕が、固い金属の欠片を再び抱きしめる。

 暖かくはない。でも――そばにいる。


「感情的判断に基づく選択、確認しました。……私はその判断を否定しません」


「えへ……ありがと、ルシィ。……一緒にいてくれて」


夜風が草の葉を撫でていく。祠の周囲はひっそりと静まり返っていた。


「今後の行動を決定する必要があります」

 ルシッドの声が、少しだけ音量を落として響いた。


「あの村には、もはや貴女にとって安全な環境は存在しません」


「……そうだね」


「移動を提案します。まずは都市方面へ。生存条件、補給条件の検討が必要です」


「うん。……ルシィ、いっしょに行こ?」


「承認。ティア随行を最優先行動に設定。以後、随時提案とサポートを実行します」


 ティアは、星空を見上げた。

 どこまでも広がる暗い夜の向こうに、まだ知らない世界が広がっている。


 その隣で、何かを守ろうとする機械の知性が、静かに稼働を続けていた。





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