価値なき者たちの邂逅
空は灰色、風は湿っていた。
谷間の村、《リンテール》は今日も静かに目覚めていた。だが、その静けさは温もりではなく、冷たい無関心の色を帯びていた。
「またあの子、ゴミ漁ってるのかい」
「まったく、親のいない子はこれだから……」
「魔物にでも喰われればいいのに」
耳に刺さる言葉は、もはや痛みを生まなかった。少女──ティアは、背を丸め、村のはずれにある小さな坂道を下ってゆく。そこにあるのは、村人たちが不要とした物を捨てる場所。《灰積みの丘》と呼ばれる、自然の窪地だった。
そこには、壊れた農具、焦げた鍋、割れた瓶、朽ちた木箱、そして、使い捨てられた魔導具の残骸が積み上がっていた。
ティアは、その中を慎重に歩く。視線は地面。手には古びた革袋。まだ使えそうな布切れや、焦げていない薪のかけらを拾い集めてゆく。
「……これ、まだ使えるかな」
独り言は、誰にも届かない。届かなくても、構わない。
ティアには、そうして拾ったもので作った家があった。森の奥、誰も来ない小屋。石を積み、木を組み、ぼろ布で屋根を覆った、粗末な住処。
「わたしは、壊れたものが好き……」
誰かが捨てたそれを、自分の手で再び“意味あるもの”にすること。きっとそれだけが、自分に許された“魔法”なのだと信じていた。
そしてその日──彼女は“それ”を見つけた。
積み上がる鉄屑の山の下、半ば土に埋もれるようにして転がっていた、小さな結晶体。金属とも石ともつかない、冷たい輝きを宿す、不思議な破片。
「……これは……?」
触れた瞬間、微かな振動が、指先を伝って腕を震わせた。
生きている。そんな錯覚すら抱く、奇妙な感触だった。
ティアは、その破片を両手ですくい、慎重に革袋へとしまい込む。
「連れて帰ろう。……きっと、何かに、なる」
その声に返事はなかったが、ティアはそれを“肯定”と受け取った。
◆
「なんだって、あんな子に生まれてきたのかねぇ」
「魔女の娘は、やっぱり魔女ってことさ」
「言葉を交わすと、不幸になるらしいよ。あの目、見たかい?」
「村長も言ってたさ。あれは“関わってはいけない”って……」
市場の通りを通り過ぎるたび、声なき声が突き刺さる。大人たちは面と向かっては言わない。だが子どもたちは違った。
「化け物!」「魔導災害の種!」「こっち来るな!」
石を投げられることも、珍しくはなかった。
ティアの母は、かつてこの村で“魔導の事故”を起こしたとされていた。詳細は知らない。だが村人たちは、“それだけで十分”だった。
ティアに罪がないことを知っていても、誰もそれを正さなかった。
だから彼女は、言葉を使うことをやめた。目を見て話すことも。感情を表に出すことも。
その代わり、彼女は“壊れたもの”を拾った。
それは、壊れているというだけで、価値を奪われた存在たち。
……そしてきっと、わたしも、そのひとつだった。
◆
森の奥の小屋。扉は、拾い集めた木板と蔓で作られていた。
ティアはその中央にある机──という名の、割れた箱の上に、今日拾った結晶体をそっと置く。
それは、見るたびに“違うもの”に見えた。
透明で、けれど光を吸い込むようでもあり、触れればほんのりと温かい。
「あなたは……何?」
問いかけは、ただの独り言だった。
けれど、その瞬間だった。
──ピ、と高い音が鳴った。
ティアは息を呑む。机の上の破片が、淡い青い光を脈動させる。
「……!」
まるで、目覚めるように。その光は一定のリズムで瞬き、やがて一点に集中する。
そして、かすかな声が、小屋の中に響いた。
【……起動、確認……認識環境:不明……自己データ:断片化……解析不能】
それは“言葉”だったが、ティアが知るどの言語でもなかった。
だが不思議と、意味は伝わってきた。感覚として。皮膚を通して心に届くような、不可思議な“理解”だった。
【……外部干渉源、存在確認。……観測対象:ヒト型個体】
「わたしを……見てるの?」
【……対象、危険性:低。保護モード、起動。適応言語、再構築中……】
結晶体が、一瞬、深く光った。
そして──
【……キミは、誰?】
明確な“言葉”が、ティアの脳に響いた。
自分の名を、久しく口にしていなかった。
名乗る必要も、聞かれる機会もなかったから。
「……ティア」
声はかすれていた。けれど、それは間違いなく“彼女自身の声”だった。
【……記録開始。キーワード:《ティア》】
まるで、祈りのように。その名前は、結晶体の中に刻まれた。
──こうして、ティアとLucidは出会った。
壊れた少女と、壊れた神。
それは、誰にも望まれなかった邂逅だった。




