光の先駆者
翌朝、ティアたちはキュリの研究室を訪れた。
街外れの石造りの二階建て。外壁には魔導装置のような部品や、発掘品らしき石板が無造作に立てかけられている。
「お、おはようございます……」
「あっ、来てくれた! 昨日はごめん、あんなテンションで突っ込んで……凄く珍しい構造だったから、つい……」
キュリは頬をかきながら、少し気まずそうに笑った。
昨日の狂気じみた勢いは影を潜め、今日は一応落ち着いた雰囲気……ただ、目の奥の輝きは消えていない。
「それで、その娘を解析させてもらいたいんだけど……正直、一日や二日じゃ無理なんだよね」
《解析難度が高いことは理解しますが、具体的にはどれくらいの期間が必要ですか?》
「最低でも一ヶ月…いや、半月は欲しいな。内部の構文核や制御層を外部から測定するだけでも、それくらいは……」
「えっ……そんなに……?」
ティアは不安そうにルシッドを抱えた。
十数日間も離れるなんて、心許ない。
「もちろん、ただ預かるだけじゃなくて、ちゃんと見返りは用意するよ!」
キュリは机の引き出しを開け、光を放つ水晶片を取り出す。
「これ、《魔素同調石》っていうんだけど……魔力の流れを滑らかにすることができるの。これを素材に使ったサポーターをこの娘につけてあげる。きっとあなたの助けになるわ。
《……交渉条件としては有益です》
ルシッドの冷静な言葉に、ティアは唇を噛む。
「……ほんとに大事にしてくれるなら、いいけど……」
「もちろん! 壊すなんて絶対にないから!」
こうしてルシッドは、しばらくの間キュリの研究室に預けられることになった。
研究室を後にすると、レオンが隣で口を開いた。
「せっかくだし、シルマに訓練つけてもらったらどうだい?」
「えっ、なんで?」
「さっき、キュリちゃんと話をして聞いたんだけど、あの人も光属性を使えるらしい。鍛えてもらうには、うってつけだろ」
「ほんと!?」
ティアの瞳がぱっと輝く。
ギルドに戻り、受付でシルマを呼び出す。
少しして現れた彼女は、書類を片手にこちらへ歩み寄った。
「訓練? ……悪いけど、今は手が回らないの。こっちは山積みでね」
「そ、そうですか……」
ティアが肩を落としたその時、背後から重い足音が近づく。
振り返ると、鍛え抜かれた巨躯の男が立っていた。
深い傷跡が刻まれた顔、圧を放つ眼光。
その瞬間、シルマが姿勢を正す。
「……お疲れさまです、バルグさん」
「新人か?」
低く響く声。
ティアは反射的に背筋を伸ばす。
「この人は、このギルドの第一魔章冒険者よ」
シルマの説明に、ティアの胸がざわつく。
──第一魔章。ガーネットの姿が脳裏をよぎり、少し怯え、それでも憧れがこみ上げる。
「シルマ、こっちはやっとく。そっちの娘に稽古つけてやれ」
「えっ、でも……」
「いいから行け。どうせ今の仕事は俺の方が早い」
押し切られる形で、シルマはため息をつき、ティアへと向き直った。
「……分かりました。じゃあ、少し遠いけど外の訓練場へ行くわよ」
広い岩場の訓練場に着くと、シルマは腕を組んだ。
「まずは実力を見せてもらう。何か攻撃魔法を撃ってみて」
「はいっ!」
ティアは両手を構え、閃光弾を放つ。
訓練場の一角が一瞬で白く染まった。
「……他には?」
「えっと……あとは生活魔法くらいしか……」
シルマは意外そうに目を細めたが、すぐに頷いた。
「珍しい属性だし、訓練も難しい。無理もないわね」
彼女は歩み寄り、真剣な口調で続ける。
「光属性は、特殊な魔法を除けば──唯一、回復魔法を使える属性。そして魔力や毒、呪いを浄化できる。さらに、光の反射を利用すれば高精度の索敵も可能」
「索敵……?」
「簡単に言えば、光を使って隠れている敵を探すことができる。森でも洞窟でも、魔物の位置を割り出せるわけ」
そう言うと、シルマは右手を掲げ、淡い金色の光を放った。
「光眼の覘──」
光は周囲をゆっくりと巡り、遠くの岩陰に隠れていた小動物の姿を浮かび上がらせる。
「これが、その一例。あなたの目標は──まず、この魔法を使えるようになること」
ティアはごくりと唾を飲み、こくりと頷いた。
「……はいっ、がんばります!」
ティアは息を整え、両手を胸の前で組んだ。
シルマが放った光眼の覘は、ただ光を広げるだけの魔法ではない。
微細な光粒を操り、全方位に薄く散らし、その反射を魔力で読み取って映像として脳内に結びつける。
視覚と魔力感知の複合制御──それは、今までティアが使ってきた閃光弾の単純な“発光”とは次元が違っていた。
「……やってみますっ!」
ティアは深呼吸し、魔力を両掌に集める。
手の中に温かな光の粒子が芽吹くように広がり──そのまま四方へ解き放った。
ぱんっ、と乾いた光が弾け、淡い霞が周囲を包む。
……しかし、像は生まれない。
光は乱れ、収束も解析もできずに霧散した。
「うぅ……だめ、です……」
「焦らない。広げるんじゃない、漂わせるのよ」
シルマは背後から手を伸ばし、ティアの肩を軽く押さえた。
「光は水面の波紋のように──滑らかで、途切れなく。強すぎても弱すぎても駄目。『探す』んじゃなく、『感じる』の」
「感じる……」
ティアは再び構える。
光を発するのではなく、光と共に呼吸するような感覚を意識する。
──が、やはり輪郭は歪み、感知範囲は半径数メートルにすら満たない。
「うぅぅ……また歪んじゃった……」
「魔力の流れがまだ硬い。腕や指先だけで制御しようとしているわ」
シルマは指でティアの胸元を軽く叩く。
「中心はここ。心臓から広げるの。頭で描くんじゃなく、胸で描きなさい」
その後も挑戦は続いた。
一度、二度──十度。
魔力を散らすたびに失敗し、像は途切れ、反射の情報はぼやける。
光の網が張られたかと思えば穴だらけになり、魔力の奔流が暴れてすぐに霧散する。
額には汗がにじみ、呼吸は浅くなる。
それでもティアはやめなかった。
──今までの自分なら諦めていたかもしれない。
でも、今回は違う。
シルマの視線がある。
ルシッドも、どこかで見てくれている気がする。
「も、もう一回っ……!」
何十回目かの挑戦。
胸の奥から静かに魔力を湧かせ、ゆっくりと全身に行き渡らせる。
光が優しく解け、岩場に淡い膜を張るように広がる──。
……見えた。
岩の陰に、小さな蜥蜴がいる。
風に揺れる草の動きが、光の網を震わせて伝わってくる。
像は歪で揺らいでいるが、確かに“捉えた”。
「っ……できた、かも……!」
ティアは息を詰めながら、シルマを振り返った。
シルマは静かに頷く。
「……ああ、今のは間違いなく成功よ。少し不恰好だけど、初めてにしては上出来だわ」
「やった……!」
「この魔法はこれからも毎日練習しなさい。成功率を上げて、像を鮮明にできるように」
「はいっ!」
ティアは笑顔で頷いたが、その笑顔はすぐに引き締まった。
シルマの表情が、次の段階を告げていたからだ。
「時間が惜しい。次の段階へ行こう。……次は攻撃魔法だ」
「えっ、攻撃魔法……?」
シルマは片手を上げ、静かに詠唱を始めた。
周囲の空気が震える。
「天より射貫け──」
高密度の光が一点に凝縮される。
「天穿光閃」
光の束は一瞬で射出され、遠くの巨岩を穿った。
石が爆ぜ、粉塵が舞い上がる。
「っ……すご……!」
「この魔法は威力も射程も申し分ない。ただし──制御はさっきの光眼の覘よりもさらに難しいわ。集中力と魔力操作が同時に求められる」
ティアはごくりと唾を飲み込み、真剣な表情で頷いた。
「やってみますっ!」
両手を掲げ、魔力を凝縮する。
だが──光線の形を作る前に、暴れて弾けた。
「わっ!? まぶしっ!」
「力を一度に込めすぎ。先端を作る前に、芯を固めなさい」
シルマの声が鋭く響く。
何度も挑戦するが、光は形を成さず、あるいは形成されても、すぐに崩れて霧散する。
少し形になったかと思えば、飛ぶ前にほどけてしまう。
「はぁ……はぁ……やっぱり、むずかしい……」
「当然よ。だけど──できるようになれば、光属性でも主力級の攻撃手段になる」
ティアは息を切らしながらも、強く頷いた。
「……やります。絶対に」