知識欲、制御圏外
山を越え、谷を渡り──ティアたちは、ようやく目的地にたどり着いた。
ファルツ鍛治街。
魔導技術と鍛冶の粋が集まる、知識と火花の街。
石と鉄でできた高い門を抜けると、金属を打つ音と、魔導具の起動音があちこちから響いてくる。
煙と魔力が混じったような空気。浮かぶ魔法陣。飛び交う魔力制御式の運搬台車。
まるで生きているかのような機構の流れに、ティアは目を丸くして、きょろきょろとあたりを見回した。
「すごい……! なんか、ぜんぶが光ってて……ぜったい強くなれる街だよ、ここ……!」
《この都市における技術水準、想定以上です。複合術式と旧式構文の併用が各所に見られます。興味深いですね、ティア》
「へぇ……こいつは確かに、ただの辺境の鍛冶街じゃなさそうだな」
ティアの隣で、レオンが目を細めながら周囲を見渡す。
レオンは、今回の旅をティアと共にしている。
「何かあったら手伝ってやる」と軽く言いながらも、彼なりにティアを気にかけている様子だった。
街のメイン通りを進みながら、ティアはしばしば立ち止まっては、店先にある奇妙な装置や浮遊する武具に目を奪われていた。
「うわっ、あの剣、動いてる……! 自分から刃を磨いてる……!」
《魔法浮遊と清掃呪文を併用した「自律式武具管理棚」です。訓練施設にも応用可能です》
「未来みたい……!」
ある店舗では、試作型の魔導鎧が自動で体を動かしていたり、
またある露店では、術式をこめた小さな装飾具が空中に浮いて販促をしていた。
そんな街の風景を見ながら、ティアは無意識に背中のルシッドを撫でた。
──ここでなら、もっと強くなれるかもしれない。
ルシィも、きっと……。
ティアが小さく拳を握った瞬間──
「ぅおおおおおおお!? ちょ、ちょ、まってまって待って!?!?」
土の路地の角から、突如として誰かが転がり出てきた。
ボサボサ髪の眼鏡っ娘。
白衣のような布を羽織り、小柄な体を大げさにひねってティアたちを見上げる。
「な、な、なにこの魔力パターン!? この構造──見間違いじゃなければ、完全に魔鋼紀時代の痕跡じゃんかあああああああああっ!!」
目は輝き、顔は興奮で真っ赤。
彼女の視線は、ティアではなく──ルシッドに一直線だった。
「ルシィ……なに、この子……?」
《警戒は不要です。ただの……熱狂的学究者と推定されます》
「た、た、たのもぉぉぉぉぉぉぉっ!! お願いだからそれ見せてッ!! あの結晶体……っ、やっぱり、古代魔導言語で構文が組まれてる……!? ヤバ、尊っ……!!」
少女は、ルシッドを指差して目を輝かせていた。
──その目は、まるで伝説の魔導具でも見つけたかのような狂気すら孕んでいた。
「えっと……こんにちは?」
「こんにちは!! いや、どうでもいい!! 自己紹介よりそっちのが先!! お願いだから一度だけでいい、術式の構成構造だけ、ちょっと、ちょぉぉぉっとだけスキャンさせてえぇぇぇぇぇ……!」
「ルシィ……?」
《私の許可なく構造情報を渡すことはできません。ティア、どう対応しますか?》
「え、えっと……とりあえず、自己紹介……してもらったほうがいいかな?」
「うぐっ、そっちか……ッ、わかりました……!!」
少女は大げさに深呼吸し、胸を張った。
「私は《キュリ・エルム》! 古代文明研究者であり、ファルツ公認の魔導解析士! 好きな構文は魔鋼紀のソシラ文明で実用されていたやつ!趣味は廃遺跡の発掘と魔導核の記録鑑賞! よろしくね、未知の存在ちゃん……!!」
《……やはり、通常の思考パターンではありません》
「ねえ、キュリちゃん……そんなにルシィのこと、気になるの?」
「気になるに決まってるでしょおおおお!? あんな構文、現代のどこを探しても使われてないんだよ!? もしかして……《アウロス文明》の末端機構体!? もしくはもっと前……《ユア文明》の直系か……!?」
「あ、あうろす…?」
《アウロス文明──五千年以上前に滅んだ、高密度魔力制御技術を有した国家連合体。私との関連性は未確認ですが、可能性は否定できません》
「はわわ、本人が否定してない……ってことは、逆に言えば、肯定の余地があるってことじゃああああんッ!!!」
「うわあ、なんかすごい人……!」
キュリはテンション高く、ティアの手をがしっと握った。
「お願い、あなたたち! 滞在中に一度でいい、研究室に来てっ!! ちゃんとお菓子も用意するから! もしくは協力してくれるなら、こっちから鍛治街の内部技術も紹介できるし、強化術式の最新版も──」
「えっ、ほんと!? それって、魔法強化の訓練にも役立つかも……!」
「うんうん! すごく役に立つよ! だってね、この街の中枢には《魔仙石炉》っていう超高密度の魔力炉があって、そこから街全域に魔力の流れが通ってるの! それを利用すれば……うふふふふ、ぐへへ……!」
《いろいろと危険な人物ですが、有用であることは間違いないようです》
「……よ、よろしくおねがいしますっ、キュリさん……!」
キュリとの衝撃的な出会いを終え、ティアたちは街の中心へと足を向けた。レオンとルシッドを連れて、次に向かうのは《黎明の錬魔団》。魔導技術の集積地として知られるこの街では、冒険者ギルドもまた例外ではなかった。
重厚な金属扉をくぐると、そこは活気と秩序が同居する近代的な空間だった。受付カウンターの上には魔導スクリーンが浮かび、依頼掲示板は整然と分類され、内部には術式で動く自動応答機構まで備わっている。
ティアはその洗練された空間に圧倒され、レオンの後ろをついていく。すると奥のカウンターから、目を引く人物が現れた。
栗色のショートヘアを揺らす、鋭い眼差しの女性。歳は二十代半ばほど。冒険者というよりは戦術士官のような雰囲気を纏っており、腰には大型の術式短剣が提げられていた。
「……見ない顔だな。新入りか?」
女性はティアたちにまっすぐ歩み寄り、その視線をレオンに向けた。
「そうだが、あんたは?」
「私は《シルマ》。この支部の管理官代理よ。訪問者の素性くらい、把握させてもらうわ」
「へぇ……こっちも《レオン》。まあ、一応冒険者ってことで」
「……なるほど。筋は悪くなさそうね。で、そっちの子が新人?」
「あ、はいっ。ティアです……! まだ訓練中だけど、がんばります!」
「ファルツに来たからには、遠慮はいらない。技術も知識も、手を伸ばす者にだけ開かれる」
そう言って、シルマはティアの肩に軽く手を置いた。
「ようこそファルツへ、ティア。滞在中に困ったことがあったら、私に言いなさい」
「……はいっ、よろしくお願いしますっ!」
ティアは緊張しながらも、勢いよく頭を下げた。
ギルドでの登録や軽い手続きを済ませた後、一行は近くの宿、焔輪亭へと向かった。
石と鋼でできた外壁に、魔導灯のほのかな光がともる落ち着いた宿。内装は木材と布地で柔らかくまとめられており、長期滞在する職人や研究者たちが静かに酒を飲んでいた。
「ふぅ……ちょっとホッとするかも……」
ティアはチェックインを終えると、部屋に入ってベッドへと倒れこんだ。
「ふぅ……今日だけで、いっぱい歩いたね……」
ティアはベッドにぽすんと身を沈め、深いため息をついた。
「あのキュリちゃんって子……ちょっと変な子だったけど……なんか、気になる」
《解析に協力することは、我々にとっても有益かもしれません。ただし、情報の開示は慎重に行うべきです。過剰な干渉を避けるためにも》
「……うん。ルシィのこと、あたし……ちゃんと知っていきたいんだ」
ベッドの脇にルシッドをそっと立てかけ、ティアは窓の外に目を向けた。鍛治街の夜空には、魔導炉の輝きが霞のように広がり、まるで空そのものが魔法陣に包まれているかのようだった。
「……おやすみ、ルシィ」
《おやすみなさい、ティア》