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ゲイン洞窟にて

正式な冒険者登録から、わずか二日。


ティアは、ギルドの依頼掲示板の前に立ち、目を輝かせていた。

これまでの任務といえば掃除、荷物運び、買い出し……。いわば“冒険”とは名ばかりの雑用が中心だった。だが今は違う。彼女はもう、「第序魔章プレリュード」の正式な冒険者だ。


「えへへ……ちょっとだけ、強そうな依頼……どれがいいかな……」


と、そこにティアが背負っている革袋から、ルシッドの声が響く。


《提案:依頼番号37、ヨドミガエル討伐および油の収集任務。》


「ヨドミガエル……?」


掲示板の端に控えめに貼られた一枚の紙。内容はこうだ。


【依頼番号:37】

ゲイン洞窟入口付近に生息するヨドミガエルを討伐し、体表油を回収せよ。

依頼主:鍛冶工房リヴェルド

難易度:☆

備考:収集対象は体表粘液。5匹分で達成。

「なんでこれ選んだの?」


《理由:比較的安全圏に位置していること。加えて、ヨドミガエルは鈍く、魔法の練習には適しています》


ティアは少し笑った。ルシッドはいつも通り冷静だが、彼女のことを考えてくれているのが伝わってきた。


「うん。……やってみる!」


こうして、ティアは初めての“討伐系”クエストへと足を踏み出すことになる。



洞窟へ向かう途中の林道で、ティアは二人組の若い冒険者とすれ違った。


一人は活発そうな茶髪の少年。もう一人は少し落ち着いた雰囲気の金髪の少女だった。年齢はティアよりやや上、といったところだろうか。


「おや? そっちもゲイン洞窟?」


少年が人懐っこく声をかけてきた。


「あっ、うん。ヨドミガエル、倒しにいくの」


「奇遇だな! 俺たちも、その洞窟で素材を集める任務中なんだ。良ければ一緒にどう?」


少女が軽く頭を下げる。「危険なところではありませんが、道中は多少暗いので……助け合えればと思います」


ティアは一瞬戸惑ったが、ルシッドの声が背中を押した。


《複数人での行動は、初回任務の成功率上昇に繋がる。許可推奨》


「……う、うん! よろしくねっ!」


「俺はカイル、こっちはリセ。君は?」


「ティアだよ!」


初めての“仲間”に、心が少し弾む。



洞窟の入り口は、岩壁にぽっかりと開いた縦長の穴だった。中は湿り気を帯びていて、わずかに冷たい風が吹いている。


「灯りをつけるね……」


ティアは掌を掲げ、小さく詠唱する。


「……閃け……《光灯ライト》……!」


ふわりと、白くやわらかな光が手のひらに灯った。周囲の岩壁が優しく照らされる。


「おお……これ、火じゃないんだ?」


「うん、光属性の魔法なの」 


「こりゃあいいな!火より明るいし、熱くもない」


リセが小さく感嘆の息を漏らす。

「光属性の魔法は珍しいですね。適性があるなんて、羨ましいです」


その光は実際、洞窟の奥まで柔らかに反射し、三人の行く道を確かに照らしていた──そしてその裏で、ルシッドはひそかに洞窟内の気流や湿度を記録し、洞窟内の地形を把握していた。



洞窟の入口付近に入ってすぐ、じめじめとした空間の片隅で、何かがぬらりと動いた。


「いた……!」


青みがかった皮膚に、粘液を滴らせるカエル──ヨドミガエルだ。


三人が構えると、カエルは威嚇するように喉を膨らませ、跳躍。


「いくよっ……! 閃光弾ルミナス!」


ティアの放った光弾が、一体を直撃。カイルの剣が二体目の動きを封じ、リセの風の刃が三体目を仕留める。


三人の連携は思いのほかスムーズで、時間もかからず目標の五体を討伐した。


粘液を慎重に回収しながら、ティアは小さくガッツポーズを取った。


「ふふ……できた……!」



しかし、カイルが言った。


「俺たちはこの奥でもうちょっと素材が必要なんだ。……ティア、時間ある? できれば一緒に来て欲しいんだけど…」


ティアは迷った。けれど、今度は自分が手伝いたい思いもあった。


「うんっ。ついていく!」


こうして、三人は洞窟の奥へと足を踏み入れる。


湿度は増し、空気はさらに重くなる。だが、道中で出くわしたモンスターも、協力すれば難なく撃破できた。


やがて目的の採集ポイントへ到着し、カイルとリセは目的の鉱石を慎重に削り取る。


ティアは周囲を警戒しつつ、ルシッドの声に耳を澄ませていた。


──そのとき。


《警告:洞窟奥方向より、異常魔力波動を検知。危険度:高。備えを推奨》


「……え……?」


《詳細:おそらく高位個体の魔物。接近の可能性あり》


ティアの表情が緊張に染まる。だが──


「ねぇ、カイルくん。リセさん。終わった?」


「いや……こっちの奥に、もっと質のいい鉱石があるかもって話なんだ。少しだけ、進んでみるよ」


彼らは“その先”を見ていた。


ティアが慌てて声をあげたのは、そのほんの数秒後のことだった。


「ま、待ってよぉ……! 行っちゃだめっ、そっちは危ないの!」


 だがその声が届く前に、カイルは剣を手にぐんぐんと歩みを進めていた。洞窟のさらに奥にある鉱石を求めて。


「大丈夫、大丈夫! そんな深部まで進まないよ!」


 まるで競技の開始を知らせる鐘が鳴ったかのように、全身からやる気をみなぎらせて。


「ちょ、カイル!? 何してんのよっ、単独行動はダメって……もう……っ!」


 リセも叫んだが、カイルは立ち止まらない。


 ほんの一瞬、迷ったようにリセが振り返る。ティアは心配そうに手を伸ばしていた。


「リ、リセさん……」


「……っ、分かった。ティアちゃん、ここでじっとしてて。あたしが引き戻してくるから!」


 悔しげに歯を噛みながら、リセも駆け出した。


「もう……ほんとに! こういう時だけ無駄に行動力あるんだから!」


 置いてけぼりになったティアは、小さく唇をかんで地面を見つめた。


 空気が妙に静かになる。


「……ルシィ。あたし、行ったほうがいいかな……」


《彼らを引き止めることを推奨。決して無理はしないように》


ティアは不安で胸がいっぱいになったが、彼らを守るために足を進めるしかなかった。




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