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そして本物へ

日々の訓練と任務が、まるで息を吸うように日常へと組み込まれていく。


──それが、数日前にレオンから魔法の手ほどきを受けて以来の、ティアの生活だった。


「ふぅ……っと……これで、終わり……!」


ティアは両手で水桶を抱え、街路沿いの石畳に清水を撒いた。小さな泡が流れ、午後の陽射しを受けてきらめく。清掃任務も板についてきたが、彼女の心はそれだけでは満たされない。


任務を終えると、ギルドの訓練場に立ち寄り、何度も《閃光弾ルミナス》の発動を試みる。


だが──


「……瞬き、照らせ……《閃光弾ルミナス》──!」


──また、何も起きなかった。


「ううぅ……やっぱり昨日より精度落ちてる……?」


《内部推測:精神疲労蓄積、集中力の低下。休息を推奨》


「でも、もう一回だけ……っ」


彼女の心には確かに火がついていた。あの日のレオンの雷の矢、そして自分の掌から生まれた小さな光の粒──それらが、今も胸を焦がしていた。



その日の夕方、ギルドカウンターで任務報告を済ませたティアに、女性の事務官が声をかけてきた。


「ティアさんですね? 数日間の初期任務、お疲れ様です」


「え? あ、はい……ありがとうございます」


事務官は書類を手にしながら、にこりと笑った。


「そろそろ、“本ライセンス”を取得する頃合いかと。試験、受けてみませんか?」


「……本ライセンス……?」


「ええ。今は仮登録扱いですが、この試験に合格すれば、正式な“第序魔章プレリュード”の冒険者として登録されます。以後はランクアップも可能になりますよ」


ティアは一瞬迷ったが──すぐに頷いた。


「……やります!」


事務官は頷き、日時と場所を指定した紙を渡してきた。


「では、明朝。西門の外、草原地帯での試験となります。遅れないように」


「はい!」


紙を受け取ったティアの心に、不安と期待が混ざり合った。



翌朝。


草原は朝露に濡れ、遠くで風が草をなでる音がする。


ティアが指定の場所に立つと、少し離れた岩の上に、ひときわ目立つ大柄な男が腕を組んで立っていた。


黒に近い濃い茶の髪を後ろで束ね、鍛え上げられた筋肉が鎧の隙間からのぞいている。鼻筋が通った厳つい顔立ちで、どこか不機嫌そうに見えた。


「おまえがティアか?」


「……はい!」


「ふん。俺はギルドの第三魔章グレイブ冒険者、ヴォルグ・エラン。……言っても分からんか?」


「い、いえ……その、すごい人なんですよね……?」


「ま、確かに俺はかなりのエリートだ。基本、ギルドは五つのランクに分かれてる。最上位は第一魔章ジェネシス。その次が第二魔章カタクリシス第三魔章グレイブ第四魔章エクリプス。で、一番下の第序魔章プレリュードってわけだ」


男の話によると、冒険者の八割は第四魔章以下らしい。


ティアの脳裏に浮かんだのは、あの雷を操るレオンの姿。


(あの人、確か第二魔章カタクリシスって言ってたよね……その上に、ガーネットさんがいるのかな……)

実はかなり凄い人たちだったのでは…とティアは思い巡らす。


「あー、でだ。今日はその“仮”を“正式”に変えるための試験。内容は単純だ」


ヴォルグは草原の向こうを指差した。


「この辺にいる《スライム》を、制限時間以内に10体狩れ。倒すと魔石を落とすから、それを持ち帰れば合格だ。時間は一時間」


「は、はい……!」


「怪我すんなよ。じゃ、始め──!」



《索敵開始──生命反応感知、標的候補数:三。方位、北東。距離、六十メートル》


ルシッドの声が脳裏をよぎる。

ティアは背筋を伸ばし、訓練場で覚えた通りに深呼吸を繰り返した。緊張で指先が震えていたが、それでも彼女は足を前に出す。


「……よし……いくよ!」


朝露に濡れた草を踏み分けながら進むと、小さな丘の陰に、ずるりと動く紫色の塊が見えた。

スライムだ。透き通った体に、ぼんやりとした目玉のような器官が浮いている。


(できる。私ならやれる!)


ティアは両手を胸の前に掲げ、魔力を意識の内側に呼び起こす。


「瞬き、照らせ──《閃光弾ルミナス》!」


……反応はない。魔力の波紋が手のひらの上で泡のように弾け、虚空に消える。


「また、出ない……っ!」


スライムがぴょんと跳ね、間合いを詰めてくる。

慌てて一歩下がりながら、もう一度詠唱。


「《閃光弾ルミナス!》」


──パンッ!


小さな光弾が放たれ、スライムの側面をかすめた。かすかな焼け焦げの匂いが立ちのぼるが、それだけだ。


《出力不足。魔力の流動が不安定です。集中と再構築を──》


「……吸って、吐いて……イメージ、強く……!」


再度、手をかざす。想像するのは、あの日自身の手に宿った小さな光。手のひらの中で脈打つ“それ”を思い描く。


「──閃光弾ルミナス!!」


光が凝縮され、一直線に走った。

今度こそ、スライムの中心に命中し、ぬるりとした体が四方に弾け飛ぶ。


「やったぁ!」


草の上に転がるように残された、小石ほどの透明な結晶──魔石。ティアはそれをそっと拾い上げた。


《撃破数:1。残り9体》



その後もティアは草原を駆け、魔力を捻り出すようにして戦い続けた。


詠唱に失敗して魔力が暴発し、足元の草が一部焦げたり、

発射のタイミングが遅れ、スライムに跳びつかれ転がり回ったり──

泥だらけになりながら、それでも彼女は立ち上がる。


「瞬き……照らせ……っ! 閃光弾ルミナス!!」


光弾が正確に撃ち抜き、スライムが破裂。

体力と集中力は削れていくが、そのたびにルシッドの声が彼女を導く。


《呼吸を整えてください。魔力の流れを滑らかに。心を、言葉に乗せて》


「……わたしの、魔法……!」


五体目、六体目──数が増えるごとに、放たれる光弾は確実に鋭さを増していた。


だが、八体目を倒した時点で、ティアの脚は重く、膝が笑い始める。

呼吸も荒れ、汗が額から滴り落ちた。


(あと……二体……)


目の前には、並んで跳ねる二体のスライム。彼女の存在を感知し、ぬらりとした身体をうねらせる。


「……がんばれ私……!!」


ティアは叫んだ。


「《閃光弾ルミナス!!》」


まず一体。光の弾が鋭く撃ち抜き、スライムが吹き飛ぶ。


二体目が跳躍し、体当たりを狙う。

ティアは転がるように避け、泥に膝をつきながら手を突き出す。


「いけぇえええ!!」


全魔力を込めた光の弾が、地面を滑るように放たれ──

一直線にスライムを貫いた。


ズシャッ。


残骸が霧散し、最後の魔核石がふわりと宙に舞う。

それを見届けた瞬間、ティアは崩れるように尻もちをついた。


「……はぁ……っ……やった……?」


《確認:討伐体数10。時間残り6分。合格条件、達成》


「……ルシィ、ありがと……!」


彼女の目に、喜びと悔しさ、疲労と希望が混ざり合った涙が滲んでいた。

それでも、その顔はどこまでも誇らしかった。


街の門まで戻るとヴォルグは短く頷いく。

「……まあ、ギリギリだな。だが、合格だ、ティア」


二人はギルドへ向かう。ティアの胸は、どこか自身で満ちていた。



カウンターで事務官が正式なライセンスカードを差し出す。


それは銀色に縁取られた魔石板──正式登録の冒険者カードだった。


「おめでとうございます。“第序魔章プレリュード”冒険者、ティアさん」


「……っ!」


ティアはそれを両手で受け取った。震えるほど、嬉しかった。


(これで……やっと、ちゃんとした冒険者……!)


カードを胸元にそっと当てる。暖かい感触が、指先に伝わる。


《新規任務へのアクセス権限、解放完了》


ルシッドが告げる。


──彼女の物語は、まだ序章。しかし着実に終幕へと近づいてゆく。


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