☀️37
病院での話に戻ろう。わたしは律子さんの話を聞いて今後の方針を決めた。話を聞いている途中でわたしの指先があの古本に触れた。おもむろにそれを手にとり、表紙を眺めた。律子さんは口をつぐみ、わたしの動きを目で追っていた。
「ヒースクリフ」と律子さんは小さくつぶやいた。
音声データをくれたあの夜以来、わたしたちの間で小夜の物語について言及されたのは、これが初めてだった。
わたしは頷き、表紙に描かれた、帰る家のない孤児の少年を、人差し指で優しくなでた。隣からもうひとつの人差し指が差し出され、わたしと同じことをした。
「これ、ロビーの本棚に並んでるのに気づいたの」とわたしは言った。「律子さんがやったの?」
「ええ、そうよ」彼女は愛おしげに本を見つめた。「これは小夜がこの病室でいつも手放さなかったあの本なの。あの子がいなくなってから、ベッドの裏で、マットレスとバンドの間に挟まっているのを見つけたのよ」そう言って苦いものを飲み下したように笑った。「そういう子だったのよ、あの子は」
「そういう子?」
「ずっとふざけていたい。ずっと笑っていたい。苦しいこととか、難しいことなんて、自分の人生にはひとつもいらないんだって、それを乗り越えることなんかどうだっていいんだって、そんなふうに思ってる子だった」
律子さんは口元に静かな笑みを浮かべた。わたしたちは無言の海を泳いだ。気の済むまで戯れてから、律子さんが口を開いた。
「もうお話は最後まで聞いた?」とわたしに尋ねた。
わたしは首を振った。「まだ途中までだよ。でも最後まで聞くつもり。ただちょっと疲れたから、休憩してるんだ。もうあのひとの声を直接聞くことはできないんだって思うと、悲しくなっちゃって」
「無理はしなくていいのよ。いつか涼ちゃんにあのデータを渡したこと、後悔する日がくるかもしれない」
わたしは彼女の目を見た。その瞳は光を求めて、どこを目指していいかもわからずにさまよっていた。わたしは自分の手を彼女の手に重ねた。




