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入院生活がはじまって二週間ほど経っても、体調に回復の兆しはまったく見えなかった。わたしは段々と医者の言いつけを無視するようになった。夜は遅くまで起きて、消灯時間が過ぎてもテレビをつけっぱなしにし、イヤホンもせずに大音量を漏らしながら、タブレットで動画を流した。毎日の体操は怠るようになったし、病院食には大声でケチをつけた。母親に暴言を吐いて、ひとりにしてくれるよう言った。彼女は泣きながら部屋を出ていったけれど、特に良心が痛むこともなかった。
入院生活が二十日ほどつづいたある日。わたしは午後の散歩を終えて、病室のベッドに腰かけていた。なにをやる気分でもなく、足を浮かせて履いているスリッパの模様を数えたりしていた。もうすぐ二度目の検温の時間だった。そこでわたしは退屈しのぎにあることを閃いた。いつもの看護師の声が、隣の部屋の入口でなにか言っているのをドア越しに聞くと、わたしは急いでベッド下の隙間に体を潜りこませた。掃除は頻繁にしているのだけれど、そこはいくらか埃がたまっていた。まもなくノックの音と、入りますよ、と言いながら引き戸を開ける音が聞こえた。わたしは息を潜めて、足音が近づいてくるのを待った。やがてあの看護師がいつも履いている、目も覆いたくなるほど薄汚い、縫い目のほつれた白いスニーカーがわたしの視界に入ってきた。彼女は空のベッドを見て立ち止まり、あたりを見まわしたようだ。しばらくうろついたあと、スニーカーはトイレの方向へ消えていき、そちらでわたしの名前を何度か呼んだ。沈黙がおりたのち、看護師はわたしの部屋を出ていった。
わたしは目論見が成功して笑いをこらえることができなかった。狭い空間の中央で、馬鹿な大人を笑った。わたしはその後も同じ場所で仰向けのままとどまり、ふたたび様子を見にきた看護師をやり過ごした。三度目の見まわりで、ようやく彼女もなにかおかしいと思いはじめたようだ。ドアの向こうで別の看護師と何事か相談したのち、わたしの捜索に乗り出したみたいだった。構うものか。気の済むまで捜すがいい。その結果、どんな面倒なことになろうがどうでもよかった。この思いつきで、少しは鬱憤を晴らせたような気分だ。それに背中にあたるフローリングがひんやり冷たくて気持ちいい。わたしは手足を広げ、くつろいだ状態でその場にとどまった。