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●52

 ぼくは防波堤の付け根から三分の一のあたり、いつもの場所に腰をかけた。パンを袋から取り出し、それが雨に濡れないよう体を丸めて食べた。その日のメニューは、期限切れが迫って安く売られていたロールケーキだった。生クリームは少し酸味が増していて、スポンジ部分からは水分が抜けてパサパサしていた。体を傘にしていたけれど、それだけではどうしようもなく、ロールケーキからは雨の味がした。


 一本食べ終わっただけでお腹がいっぱいになった。ペットボトルから水を口に含み、軽くゆすいでから飲みこんだ。その水は雨の味がしなかった。雨は先ほどの強さで降りつづけていた。段々とあたたかくなってきたとはいえ、この日は冷えた。ホテルの制服が少しずつ水分を吸収し、冷たく重くなっていった。用済みの包装をしまい、丸めていた体を伸ばして、後ろについた手に体重を預けた。


 ぼくらはほかにだれもいない海岸で、煙雨のなかに漂う水滴のひとつひとつを目で追いかけ、それぞれが巨大なとぐろを巻く水面に溶けていくのを見守った。彼の着ているジャケットは雨に濡れ、肩から背中にかけて黒く変色していた。白髪混じりの髪の先端に引っかかった雨粒は、露から雫に、雫から流れに変わり、顔の表面を伝い落ちていった。


 やがて彼は灯台に背中を向けて歩きだした。ぼくの脇を静かに通りすぎるときも、歩くペースはそのままだった。ぼくは霧雨の向こうを見つづけた。別れの挨拶は、質素なものだったけれど、昨日のうちに済ませていた。だからぼくらに交わせる言葉などあるはずもなく、その必要もないはずだった。それでも一瞬だけ、振りかえって彼の目を見つめ、なにか声をかけたいという衝動に襲われた。この場にふさわしい言葉などどこにもなかったし、その衝動に抗うのは濡れた紙を引き裂くのと同じくらい容易だった。ぼくは昼休みが終わるぎりぎりの時間までその場から身動きせず、ずぶ濡れになり、ぼくの生活が属すると周囲が見当違いを起こしている世界から背中を向け、ただ海を眺めつづけた。

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