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●51

 問題が起こったのは夕食前、大浴場が宿泊客で混みあう時間帯らしかった。又聞きなので詳しい話は知らない。そのつぎの日、ぼくは船橋さんから報告を受けた。


「お偉いさんを怒らせちまった。あいつは三月いっぱいでクビになることが決まったよ」


 船橋さんも詳しいことは知らなかったみたいだけど、ヒステリック気味だった食堂のおばちゃんや、ほかの人間から聞いた話を総合すると、ある程度あらましがはっきりしてきた。どうやら彼はべろんべろんに酔っぱらった酩酊状態で大浴場へ向かったらしい。入口の付近にはコーヒー牛乳が売られている自販機やゲームコーナーがある。宿泊客はマッサージチェアに座っていたり、クレーンゲームに興じて賑わっていた。そんなひとの川のまっ只中にシロさんは飛びこみ、白い半袖シャツにメッシュの半ズボンという格好で、有名なアニメソングを大声で歌いながらタップダンスをはじめた。噂によればそのタップダンスは、酔っぱらいの千鳥足にしてはなかなかのものだったらしいが、何人かの客からフロントへすぐに苦情がいった。フロントの人間ははじめ、酔っぱらった客が騒ぎを起こしているものと考えたらしいのだけど、現場についてみると、それは短期アルバイトのひとりだった。しかも以前から白い目でみられていた輩だ。シロさんはほとんど引きずられながら、ホテルの事務室まで連れていかれた。そこでは専務だか支配人だかが憤怒の形相で待ち受けていた。言い逃れる術などあるはずもない。その場で派遣会社に連絡がいき、シロさんは解雇を宣告された。



 それからの日々は穏やかに過ぎた。彼はホテルを去るまで揉め事を起こさなかったし、飲酒の量も控えめになった。仕事は素早く、なにに対しても文句や愚痴をこぼさなかった。昼休みはぼくが教えたゲームコーナーの陰で、ひとり静かに過ごしていたらしい。共に作業をするときに多少言葉を交わすことはあったけど、ぼくらの関わりはその程度だった。


 彼の最後の出勤日の翌日。午前中の仕事に手間取ってしまい、昼休憩をとる時間がいつもより遅れてしまった。パンの入った袋を片手に外へ出ると、霧のように細かい雨が天地を覆っていた。見上げれば、空から羽虫のような水滴がぼくの瞳に迫ってくる。視線を海に向けると、繋がれた漁船の向こう、防波堤の先端に建つ灯台の横に人影があった。海を向いていた。暗い緑のジャケットを着て、左の肩に紐の張ったボストンバッグを背負っていた。冷たい雨のなかに、彼ひとりしかいなかった。

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