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「むかしはわたしも毎日のようにバイクを乗りまわしていましてね」彼は淡々とつづけた。「実家のガレージには、いまでもニンジャの七五〇ccが置いてあります。もう弟に譲ってしまったやつですがね。わたしは根っからのカワサキ派だったもので。弟を誘って、そいつでよく山道のワインディングを攻めに行ってましたよ」
ぼくは座ったらどうかと尋ねようとしたけれど、邪魔をするのもどうかと思ったのでやめた。彼はそのままバイクについて語りつづけた。そのほとんどがぼくの知らない、興味もない事柄だったけど、彼はぼくが聞いているかどうかなど、まったく問題にしていない様子だったので、ぼくもたいして注意を払わずにパンを食べつづけた。
「バイク乗りのための安宿が北海道のあちこちにあるんです。畳敷きのボロ部屋に、赤の他人と雑魚寝で眠らなきゃならなかったりしますが、むかしは安ければ五百円硬貨一枚で泊まれる場所もありました。貧乏大学生の頃は重宝しましたよ。宿泊客はみんなわたしと同じように、バイクの荷台に着替えやテントをくくりつけて、何週間もかけて北海道を巡る旅の中途なんです。そこで出会った息のあう人間とは、肩を並べて街まで繰り出して、よくいっしょに夜明けまで飲み明かしたりしてました。それがわたしの青春だったんですよ」
ぼくはパンを食べ終えて水の入ったペットボトルに口をつけた。わずかに元々の中身だった烏龍茶の味がした。シロさんはバイクについてはなんでも知っていそうだったので、ぼくは最近気になっていたことを訊いた。車体の金属部品にぽつぽつと、錆がこびりつくようになってきたのだ。
「それなら歯磨き粉がおすすめですよ」と彼は言った。「タオルに歯磨き粉を垂らして、錆の部分を擦ってみてください。単純な方法ですが、かなり効果的です。粒子の荒いものを使用すると傷がつきやすいですから気をつけてください。特にフロントフォークは一度傷がつくと取りかえしがつかないです。ええ、わたしも失敗したことがあるんですよ。あそこは多少の隙間からオイルが漏れてしまいますから」
「むうん」ぼくは彼の横顔をちらっと見た。相変わらず街やホテルがある方向へ顔を向け、まぶしくもないはずなのに目を細めていた。
「お昼ご飯は食べましたか?」ぼくは尋ねた。




