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めまいや吐き気をおもに、わたしの症状は数日ではおさまらなかった。医者はわたしに多くの習慣を課した。朝は六時に起床し、食事は必ず決まった時間に摂る。薬の摂取。朝食後は晴れていれば、日の当たる場所で少なくとも三十分は日光を体に浴びる。下を向いたり横を向いたりして長時間を過ごさない。座るときは足を組まない。血流を良くするため、操り人形のように無様な体操を毎日やる。夜はテレビやタブレットを見ない。晩ご飯を食べたあとに一定量のフルーツを食べ、夜の九時にはベッドで横になる。
入院生活はひどく退屈なものだった。妹に頼んで漫画やDⅤDを持ってきてもらいはするのだけれど、なぜだか日中はそれらに手を触れる気にならなかった。わたしは日がな一日をベッドに横になったり、窓からほかの患者や、庭に並ぶ葉桜や、そそり立つ天守閣を眺めて過ごした。特になにかを考えるわけでもなく、こみあげてくる吐き気と戦うだけで時間が過ぎた。
わたしは医者の言いつけを忠実に守った。診察も毎日の検温も、おとなしくされるがままに従った。午前と午後に一度ずつ、決まった時間に体温を計らなければいけなかった。わたしの部屋にくる看護師はだいたい同じひとで、まだそれほど歳をとっていない女性だった。ぱさぱさで水分のなさそうな黒髪を三つ編みにして、顎の細い逆三角形の顔はカマキリによく似ていた。そのひとはわたしに会うと、決まって天気の話をした。わたしが差し出された体温計を腋に挟んでいる間、今日は晴れていて陽気のいい日だから、午後も内にこもっているのはもったいないとか、これから気温は上がっていくだろうから、警備員や工事現場で働く人間は大変だとか、そんなことを言っていた。そして体温計を返すと「今日も異常なし。大丈夫ですよ、涼華さん。先生の言うとおりに過ごしていれば必ず治りますから。だから心配しないで、ファイトですよ」そう言ってわたしの肩を、前足の鎌で獲物を引っかけるようにきちっとなで、わたしがなにも返事をしないのを気にするふうもなく、急ぎ足で部屋をあとにした。