表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
68/169

●38

 次に小夜の見舞いに訪れた日、彼女は珍しくぼくに近寄ることを許してくれた。ぼくはパイプ椅子をベッド脇に引きずっていってそこに座り、病院のロビーで借りてきた『ウォーリーをさがせ』を、彼女にもよく見えるように広げた。彼女がやろうと言い出したので、ぼくが下へ行って借りてきたのだ。ぼくらはどちらがよりはやくウォーリーを見つけだせるか競いあった。小夜はぼくが知っているほかのだれよりも、ウォーリーを見つけるのがうまかった。華奢で壊れやすそうな体を幾分こちらに傾け、ぼくがページをめくると視線を稲妻のようなはやさでぎょろぎょろと動かし、星の数ほどもあるダミーのなかから五秒とかからず本物を指さした。彼女にこんな特技があることを知らなかった。二、三ページもめくると、ぼくから熱量は失われてしまった。拗ねてしまったのだ。ぼくは彼女を糾弾した。最初からウォーリーの位置を知ってたんだろう。読んだことがあるんだろう。彼女はこの本を開くのは今日が初めてだと言った。ぼくは彼女が嘘をついてると思ったし、そう言った。彼女は怒って『ウォーリーをさがせ』をぼくの手から奪いとり、部屋の隅に向かって投げつけた。結局、ぼくが彼女のそばにいれた時間は五分もなかった。パイプ椅子を引きずり、すごすごと自分の定位置に引きかえした。


 午後になって律子さんが検温に訪れた。彼女はいつものように小夜の隣に椅子を広げ、腰かけた。手を伸ばせば、小夜の太腿に触れられる距離だ。それは先ほどまでぼくがいた場所だ。ぼくの場所のはずだ。小夜の隣に座ることを許されないのはぼくだけだった。二人が笑いあっているのを、世界の端っこから眺めていた。律子さんはぼくらの間に流れる不穏な空気に気づいたみたいだった。なにがあったのかぼくらに尋ね、小夜がそれにこたえた。話すにつれて、ふたたびさっきの怒りが鎌首をもたげてきたらしい。口調は徐々に熱を帯びた。小夜は身振り手振りを交えてぼくを非難した。ぼくに人差し指を突きつけ、「あいつがわたしを嘘つき呼ばわりするのよ!」と叫んだ。ぼくはなにも言いかえさず、彼女の目を静かに見つめ、黙って耐えた。その態度が、ますます彼女の怒りに拍車をかけたようだ。もはや物事は収拾のつかない境界線を越えてしまっていた。やれやれ、と律子さんに向かって肩をすくめてみせ、荷物をまとめて立ち上がった。「また土曜日にくるよ」と小夜に言うと、彼女が枕をこちらに投げつけるような素振りを見せたので、ぼくは小走りにその場から逃げ出した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ