☀️5
わたしは足を引きずるようにして、その椅子にゆっくりと歩み寄った。傍らに立ち、冷えた背もたれに手を置いて部屋を見渡してみると、先ほど抱いた印象がますます強く感じられた。窓の外の小田原城は視界から消え、灰色の空といくつかの電線がのぞくばかりだった。そこは部屋のなかのすべてのものから距離があった。まっすぐ座ればベッドで体を起こしている人間と正面から顔をあわせる位置にあるけれど、言葉を交わすには少し不自然なほど離れていた。
気怠さをおぼえて、わたしはその椅子に腰かけた。体重をかけると金属が軋む音が聞こえた。そのまま両手に顔をうずめて、めまいが引いていくのを待った。こうして壁に囲まれ、あらゆるものの気配や視線をシャットダウンすると、気分が落ち着いた。
どのくらいそうしていたかわからない。頭の上で母親の声が、そんなところに座ってないでベッドで休みなさい、わたしはあなたの着替えをとってくるから、と言った。わたしは看護師の手を借りてのろのろとベッドに向かい、布団にくるまって横になった。背後で母親が心配そうになにか言っていた。看護師のゆったりとした静かな声がそれにこたえた。しばらくなにか言いたげな視線を背中に感じたあと、二人は部屋を出ていき、わたしはひとりになった。