●19
十二月のはじめ。バイクを駐輪場に停め、病室に向かった。正午を少しまわった頃だった。散った紅葉で地面が滑りやすくなっていた。
扉をノックすると、どうぞ、という返事がなかから聞こえた。ぼくが病室に入ると、小夜はベッドの上で、彼女の好きな漫画を読んでいた。彼女は顔を上げ、ぼくに挨拶する。
「こんにちは。お元気ですか?」
これを聞くと、ぼくは瞬時の変態で宇宙人になりきらなくてはならない。そういう決まりなのだ。鞄を肩にかけ、ヘルメットを抱えたまま、その日によって蛸型や植物型や薄い平面型などの地球外生命体になる。
「ワタシハセンケンタイダ。モシモノトキノタメニ、コノホシノイリョウセイドヲ、シサツシニキタ」
体を痛くない程度に捻じ曲げ、はじめてこの星にきたかのように、あたりをきょろきょろと見まわす。漂流物か、あるいは百足のように移動し、その拍子に鞄やヘルメットを壁にぶつける。ベッドをまわりこみ、窓外の景色を小夜の視界から遮り、彼女を見下ろす。
「コノホシノキオンハ、ワレワレノホシトハ、クラベモノニナラナイ、クライタカイ。キヲヌクト、イッシュンデ、ヒカラビテシマイソウダ」
そう言ってぼくは花瓶に活けてあった水仙の花を抜きとり、冷たい縁に口をつけて、なかの薄汚れた水をごくごくと飲む。それを見て小夜はお腹を抱え、くすくすと笑い転げる。まったく、ぼくの悪ふざけで笑うのは、小夜くらいだ。
ぼくは水道の蛇口を捻り、自分が飲んだ分の水を補填した。小夜はまだ笑っていた。花を元通りに花瓶にさし、ベッド脇の机の上に戻した。彼女との距離が縮むと、柑橘系のにおいもまた強くなる。この日はシトラスにラベンダーを混ぜたような香りだった。花瓶を手から離すとき、一瞬だけ、立ち止まってそのにおいを深く吸いこみ、肺のなかを満たしたいという衝動に駆られた。でもぼくは意志の力でそれを抑えこんだ。ぼくの内面を見抜かれる前に、部屋の隅にあるいつもの定位置へと向かった。小夜はぼくに、隣に座ることを許してはくれないのだ。初めてこの病室を訪れたときに、彼女がまっ先に言った言葉がそれだった。
「相沢くんはあっち。あそこに椅子を置いておいたから、つかってね。お願いだから悪く受けとらないでほしいの。ただ、わたしにとって心の距離と肉体の距離は、同じ意味を持つものなのよ」




